132話、奇跡の再来、『汚染』の治療法
聖女ヒノとして語られる日野 嘉の残した人生の記録を読み終えた俺は、複雑な気持ちと葛藤していた。
日野さんはその後、どんな運命を歩んで、生きて、最後には自分が見つけた治療法が原因で国が滅ぶという結末をどう感じたのだろうか……
「とりあえず、治療法はわかった……ただ、そのためには、かなり気温が低い地方に行く必要があるな」
小さく呟く俺に対して、メフィスが首を傾げる。
「温度が関係あるならば、我輩が風魔法で温度を下げることもできますが、それでは足りないのですかなぁ?」
メフィスには申し訳ないが、俺は首を横に振る。
「かなり寒くないとダメなんだ。単純に氷とか雪があるような地域に行かないといけないしな」
そう話すとメフィスが軽く悩み、口を開く。
「確かに我輩には氷を作るような魔法は持ち合わせていませんが、ロゼならば、可能なはずですなぁ」
その言葉に俺は少し悩みながらも、ロゼからもらった水晶を見つめる。
「こんなにホイホイ呼んでいいのか……さすがに申し訳ない気持ちが……」
そんな呟きにフライちゃんが、ため息混じりに俺の肩を叩く。
「大丈夫ですよ。それに今は緊急事態ですから、ロゼが文句をいうようなら、私がしっかりと物理的に納得させますから」
身内に対しては容赦ないフライちゃんの言葉に内心で謝罪しながら、俺は解体広場の端にある井戸に紐で結んだ水晶をゆっくりと垂らしていく。
井戸の中でチャポッと音がした瞬間、井戸の水が次第に湧き上がってくるような音が聞こえる。
例えるなら、滝の流れる音を逆再生したような不思議な音であり、それは一気に井戸から吹き上がり、俺達の前にロゼが姿を現す。
「やあやあ、お兄ちゃん! 会いたかったよ、どうしたの、まさか寂しくて僕に会いたくなっちゃったとか?」
冗談ぽく笑うロゼ。しかし、その言葉は俺と反対側にいたフライちゃんの逆鱗に触れたようで、しっかりと2人で話し合いが行われたようだ。
フライちゃんに連れられていったロゼが戻ってくると顔が真っ青になっており、かなり怖い話し合いだったことが窺える。
明らかにテンションが下がってしまったロゼには申し訳ないが、こちらの本題を話させてもらうことにした。
「ロゼ、いきなりすまない。ただ、無理なら無理でいいんだが、ロゼの水を操る力で氷を作ったりできないか?」
俺は説明をすっ飛ばして、本題を確かめるように質問をするとロゼは不思議そうな表情を浮かべていた。
「え、できるけど。なんで?」
「え、できるの!」と、俺は口をあんぐりと開きながら言葉にしていた。
「できるよ? 温めたりするのは難しいけど、冷やすのは簡単だからね。へへ、むしろ、得意技だよ!」
ロゼの言葉に救われた気持ちになりながら、すぐに本題を話していく。
人の体温を下げたいという内容を聞いたロゼは少し悩んだような仕草をした後、井戸に向けて手を伸ばす。
ロゼの伸ばした手に吸い込まれるように井戸の水が空中で巨大な球体に変わるとゆっくりと地上に下ろされる。
球体となった大量の水がゆっくりと回転する。太陽の光に照らされた球体の周囲には虹が浮かび上がり、不謹慎ながら、とても綺麗だと素直に感じてしまった。
「さぁ、お兄ちゃん。準備できたよ! 早く中に入れたい人を連れて来てよ」
ロゼの準備ができたという言葉に、見た目に変化は感じなかったが疑うよりも信じようと決めて、すぐに生け簀型の牢屋から団長さんを連れて来ることになる。
さすがに凄い抵抗があったがそこは、メフィスの部下の皆さんが全力で取り押さえる形で無事に広場に連れて来ることができた。
ここからはロゼとフライちゃんにすべて任せることになる。
球体が停止して、縦に真っ二つに割れると水の中に作られた窪みへと団長さんが吸い込まれて行く。
団長さんが球体に吸い込まれると水の中は停止したまま外側が高速で回転していく。
「ロゼ、これ大丈夫なんだよな?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃん、まぁ、ゆっくり見ててよ。すぐに分かるからさ」
回転する水の球体の中から、少しずつ靄が浮き上がり、それが全体に広がっていく。
俺は目の前で起きている出来事を理解できずに固まっていた。
気づけば、団長さんを包むように氷の球ができ上がっており、すぐにフライちゃんが動き出す。
「ここからは私の役目ですね。やることさえ分かれば、あとは簡単な話ですから!」
フライちゃんは俺達を包み込むように時間停止の結界を作り出していく。
これにより、全ての時間は停止する。俺達も結界内で動くことはできるが実際は全ての時間が停止した状態になる、つまり、今からの24時間が勝負になる。
最初におこなうのは、氷に包まれた団長さんを球体から取り出す作業になった。
わざわざ、凍らせた球体から団長さんを引っ張り出すのにはちゃんとわけがある。
日野さんが遺したノートの内容が正しいなら、今の段階で団長さんの全身に僅かながら変化が生まれているはずだからだ。
確認するために団長さんの服を脱がしていく。今回は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたが、背後からフライちゃんに背中を叩かれた。
「何を迷ってるんですか! 時間が無いんですよ、それに……申し訳ない気持ちになっても今更なんですから、しっかりしてください」
手厳しい言葉だが、間違いなくその言葉は俺の手を動かさせた。
服をすべて脱がせた団長さんの体にはいまだに黒い痣が広がっているが、間違いなく痣は活動を停止しているのが目に見えて確認できた。
「本当に止まってるよな?」
「大丈夫ですよ。団長の時間は完全に停止してますから、外と同じで動くことはありません。白血球という奴もしっかり止まってますよ」
フライちゃんの言葉の通り、痣が動かないことを確認してから、次の作業に取り掛かる。
ここからはロゼとヒヒ様の出番である。
俺がやろうとしてることは、俺の人生で初めて行う行為であり、不安しかないが、辞めれば一生後悔することになるだろう。
やっても、やらなくても、後悔するならば、やって後悔すると心で強く叫ぶ。
「ロゼ、団長さんの血液を操ってくれ、血液を水分として扱ってもらう、間違えたらヤバいが、頼む」
真剣な表情の俺とは違い、笑みを浮かべるロゼ。
「任せてよ。少し操りづらいけどさ、間違いなくやってみせるからさ!」
ロゼが両手を伸ばすと団長さんの体がビクッと反応してから、小刻みに震え出す。
慌てる俺にフライちゃんが両手を広げて、近づくのを止める。
「今は、邪魔になります! もう少し待ってください。ロゼは見た目や口調はあれですが、間違いなく信頼できる存在ですから」
最初とは違う真剣な表情のロゼを見て、俺はゆっくりと頷く。
それから数分でロゼがニッコリと俺に笑いかけてくる。
「お兄ちゃんの言われた通り、血液ってやつの流れを全部操れるようになったよ。これからどうしたらいいの?」
「あ、ああ。ここからはヒヒ様に頼みます」
俺はこの作戦を開始する前にヒヒ様に白血球が何なのかをできる限り説明しており、血液の白血球を正常に治すことで『汚染』が治る可能性があると話すと理解してもらうことができた。
ただ、問題はこの白血球を正常に戻せるかは、理解とは別物の話であり、最初から本番を行うことになってしまうことだろう。
なので、黒い痣を生み出しているであろう白血球を指先に集中させてもらい、ヒヒ様に回復スキルを発動させてもらう。回復対象は白血球であり、俺達にも緊張が走る。
団長さんの指先がヒヒ様の回復スキルにより、輝き出す。
今までも『汚染』の患者に対して、回復スキルを使った記録は残されている。
しかし、それは肉体に対しての回復スキルであり、体内の血液などは、対象になっているはずもない。
今、俺達はその未知の領域に足を踏み入れていく。
ヒヒ様の表情は真剣そのものであり、額から頬に流れる汗が、そのすべてを物語っている。
数分で指先から手のひらに広がり、さらに次の指に光が広がっていく。
まるでイルミネーションがゆっくりと点滅して行くような様子に固唾を飲んだ。
回復スキルの輝きを見つめる俺の心臓は酷く脈打っていた。
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