131話、北の国の聖女、日野の日記・下
読み進めるノートのページには無数の乾いた涙の痕があり、何ページかは、握り締められた痕跡も残されていた。
「読んでて、悲しくなるな……」
俺は静かにつぶやくと、続きを読んでいくことにする。
日記の数日間が“成果なし”、“症状に大きな変化は見られず”といった内容であり、そのページには悲痛な叫びが下に小さく書き殴られていた。
一瞬、触れてはならないものに触れているんじゃないかと錯覚するほどに、不吉な感覚が全身を駆け巡る。
説明しにくいが、一言でいうなら……絶対に入ったらダメだと言われた心霊スポットに行った際に……帰らないとヤバいって本気で感じるみたいな感覚に似てる。
「大丈夫ですか……きんざんさん、酷い汗ですよ?」
俺の額から流れ出した汗にフライちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
深呼吸をしてからニッコリと笑みをフライちゃんに向けて浮かべる。
「大丈夫だよ、フライちゃん。俺も集中して読んでたからさ、本当にごめん。でも、何かが分かるかもしれないからさ……」
不安そうに見つめるフライちゃんに再度、微笑んでから、内側から込み上げる不快感を押し込むようにノートへと視線を向ける。
──今日もダメだった……ジェフを助けるために、私は医学に連なる者としての禁忌に手を出してしまった……私の手はもう、今もこうして書いているのは、これが自分自身の意思を保つための手段だからなのだろう。
今日で六人目の失敗……熱による痣の除去は不可能だった。
ただ、一つだけ、新たな発見があった。
今までの調査で、回復薬、薬草、解毒草、癒し草、回復の木の実、色々な物を試したがどれも効果はなかった。
そして、今日、温めた布を痣に当てた際に、痣が一気に活性化した。
一瞬で広がる黒い痣を前に布を剥がし、調査に使った患者をシーツで包み、外で燃やすことになった。
こんなことを書く日がくるなんて、思わなかった……ただ、私は間違ってない、間違ってないんだと思いたい。
黒い痣は熱に反応するのかもしれない。そのため、次の被験者……患者には、雪山から持ってきた湖の氷を使うことにする。
驚いた。成果が現れたのだ。黒い痣に氷を当てるとその部分のみ、肌の色に変化が現れた。
そこからは、複数の箇所を一変に冷やしていく。
私は興奮していて忘れていた。低体温になりすぎた患者の容態が変化した。
結果的に痣は減らせたが、体温の低下により、生命活動が停止した……最悪な結果だ。もう少しで結果が見えたのに……
──あれから、私は患者の体温に注意しながら、黒い痣を数日かけて、減らすことに決め、行動を実行する。
患者の変化が目に見えてわかる事実は私に安堵を与えた。私は患者を管理している倉庫に向かい、室内の窓を開いていく。
外の吹雪に冷たい風、倉庫内が一瞬で冷凍庫の中にいるように冷えていく。
氷を人数分、手に入れるよりもこの方が効率がいいので、寒さに耐えることに決めた。
やはりというべきだろう……痣が目に見えて減っているのが分かる。
ただ、三十分に一度は、窓をすべて閉じ、倉庫内を最低限の温度を保たないとならないことがネックだ、本当に大変な作業だった。
私は患者の容態を観察し、問題がないことを確認してから、私は手遅れだと判断した数名に眠りを与えた。もう、彼らは解放されていいはずだから、最後にごめんなさい、ごめんなさい。
すべてをリセットしてから、ジェフに同様の治療を開始していく。
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ここまでの行動を読んで、俺は吐き気を催うしていた。
途中で読むのを辞めた文面もあった、医学者として、多くのことをしていたことも文面から理解できた。ただ、内容は口に出せない酷いモノも存在していた。
俺は一旦、外に出ると新鮮な空気を肺に流し込んでいく。
「はぁ……なんでだろうな、日野さんは、人を助けたかったはずなんだよな……なのに、いや……だからこそなんだよな……」
モヤモヤした気持ちを振り払うように首を横に振り、煙草に火をつけてから、缶コーヒーを“買い物袋”から取り出して一服していく。
一度、全てをリセットするように全てを終わらせると、“リサイクル袋”に吸い殻と空き缶を放り込む。
「よし、やるか……ふぅ」
再度、ノートに向き直るため、倉庫の中に入るとヒヒ様とメフィスがフライちゃんにノートを読めるかを聞いている最中だった。
「私には文字を読むのは無理ですね。しかも、かなり個性的で漢字という特殊な文字があるので、さすがに無理ですよ」
俺は話を聞いていて、少しホッとした。フライちゃんにあの内容は見せられない。
ただ、フライちゃんは俺の心を読めるため、僅かながら内容は把握しているだろうから、申し訳ない気持ちになる。
ノートも半分を過ぎているため、深呼吸してからノートのページをめくっていく。
──私の考えは正しかった。数名は半数にまで減ってしまったが、患者から黒い痣が消えているのを確認できた。
回復の兆しが見えた瞬間だった。
そして、新たな発見ができた。黒い痣が広がり、僅かに減らしても中々消えなかった痣が完全に消えた患者が現れた。
痣ができてからの日数にして、三か月程度であり、私は新たな仮説を立てる。
この黒い痣には、白血球が関係しているという推測ができる。設備がないため、確実なことは言えないがこの仮説を証明するために、患者の発症日を再確認することにする。
──発症日を再確認してから、やはり、三か月程度の時間が経過していることが実際にわかった。
はっきりと調べられないのがもどかしい。
ただ、私はこの方法で患者を減らすことを決めた。
──あれから数日経った。患者から発語が確認できた。
黒い痣の発症者は殆どの者が会話が不可能であり、発言する者も同じ言葉をリピートするばかりだったことを考えれば、衝撃的な変化だった。
会話を試みることにする。
私の質問に対して、痣ができる前の記憶はあるが、発症後の記憶はないようだ。
記憶にも障害を与えるこの痣は本当に恐ろしいと感じた。
私がこのノートを残しているのも、私自身が発症した際に誰かに私の罪と成果の二つを伝えたいからだ。
ただ、私の日本語を読める人がどれ程、この世界にいるのか、分からないため、女神様から唯一もらった能力である【保存魔法】をかけることにする。
願わくば、この悪夢が再発しないように……私はこれから治療のために全力を尽くすことになるだろう、私の罪は私の行動で償わなければならないのだから。
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──
─
ノートはそこで終わっていた。
俺は読み終えたノートを閉じるとヒヒ様に視線を向ける。
「ヒヒ様、この聖女様(日野 嘉)は、最後どうなったか分かりますか?」
「ああ、北の国の聖女ヒノは、『汚染』の治療法を見つけた人物と言われているが、その治療法を手に入れようと争いが起きたのさ、北の小国に対して、複数の国からの攻撃がね」
その結果、北の国は滅んだそうだ……逃げ延びた北の国からの亡命者が日野の遺品として、残っていたノートをバッカス王国に持ち込み、結果として滅んだ国の聖女が所持していた遺品として、回復師ギルドと王国の共同管理品として保管されることになっていたようだ。
俺は少し、悲しい気持ちになりながらも、拳を握ってから、深呼吸をする。
「怒られるでしょうが、聖女ヒノは、聖女じゃありません。医療従事者というべきでしょうね。偉大な、いえ、真面目すぎた医学の申し子だったと言うべきかもしれません」
俺の言葉にヒヒ様が複雑な顔をしたが、俺に視線を向けて口を開く。
「あまり他で聖女と呼ばれる存在を、中傷するような発言は控えな。誰がなんて言おうが、聖女ヒノに助けられた存在がいるんだ。否定と判断されれば……賢いアンタなら、わかるね?」
「すみません、ヒヒ様。軽率な発言でした。以後、気をつけます……」
そんな会話をしながら、俺はゆっくりと握った拳を開いたのだった。
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