130話、北の国の聖女、日野の日記・上
俺の話を聞いたフライちゃんは、早朝には戻ってきていた。
フライちゃんと一緒にメフィスと以前世話になったヒヒの婆ちゃんも一緒だった。
「お久しぶりです。今回はすみません、ヒヒ様」
俺は回復師のヒヒ様に頭を深く下げる。
「堅苦しいねぇ。アタシが来たくて来たんじゃから、気にするな。して、キンザン殿。本当にあの『汚染』を消し去る方法を見つけたのかね?」
単刀直入の言葉に俺は申し訳なさそうに口を開く。
「正直に言えば、見つけた訳ではありません。ただ、可能性があるという程度の話ですね」
俺はフライちゃんに説明したように白血球についての説明と北の国で治療に成功した事例があるかもしれないという話をしていく。
さすがのメフィスもこの話には、訳が分からないといった表情を浮かべていた。
しかし、ヒヒ様はしっかりと聞いてから軽く悩むように頭を動かす。
「北の国か……ふむふむ、一旦、王都に戻るよ。メフィ坊!」
何かを思い出したようにヒヒ様は慌ててその場から歩き出す。
「はい、分かりましたよ。まったく……ヒヒ様は、はぁ、すみませんなぁ……そういうことですので、後ほど、再度時間を作りますので、その際に話すとしましょう」
メフィスとヒヒ様は、嵐のように去っていったが、ヒヒ様の表情を見れば、何かあることは理解できる。
どんな些細なことでも今は突破口になる可能性がある。そのため、ヒヒ様に期待しよう。
俺と同じく取り残されたフライちゃんが、他の嫁ちゃん達のことを話し出す。
ミアとペコ、グーの3人はグリド商会の嫌がらせを任されていたチンピラをジンさん達とともに返り討ちにしながら、街の防犯を強めているらしい。
ミトとドーナ、ミトの仲間である砂鮫人族の人達と共に解体広場の入口である路地の見張りを行っており、グリド商会も手出しはしてこないようだ。
ニアとナギに関しては、自分達の種族を転送陣で送り、数日を実家で過ごすことになったらしい。
実家に一度帰るのがニアに協力する条件だったそうだとフライちゃんは語った。
ナギに関しては、俺について色々と聞かれており、帰れないようだ。
どちらにしても、実家に帰る気がなかった2人にはかなり迷惑をかけてしまったな。
そして、ベリーとポワゾンだが、2人は『フライデー』の拠点がある[バリオン]に戻っている。
今回の騒動では、[バリオン]の冒険者ギルドや調理師ギルドのルンダさん達も駆け付けてくれており、裏で色々と証言をしてくれていたようだ。
そんな問題解決のために動いてくれた人達に挨拶をして回ってくれているらしい。
今回もだが、本当に嫁に救われてると思う。感謝しかないな。
それにしても、これだけの騒ぎがあったにも関わらず、街に迷惑をかけるグリド商会に関しては本当に嫌悪感しかないな。
俺はフライちゃんと軽く話してから“買い物袋”を使って、学生時代の黒歴史を取り寄せることにした。
学生時代の俺は少しでも頭をよく見せたかったために、色々な本を読み漁って、賢い人物になろうとしていた時期がある。
勿論、頭がいいとモテると信じていたからだ……ただ、現実はそんなに甘くなかったがな……
だが、その時にいくつかの医学に関する訳の分からない本を買っていたはずだ。
必死に思い出しながら、“買い物袋”から数冊の本を取り出していく。
「ふぅ、過去に捨てたものを再度買うことになるなんてな……皮肉な話だよなぁ、はは……」
今、読み直せば何か得られる気がする。学生時代には分からなかったけど、今なら多分、多少なりとも違う結果になるはずだ。
取り出した無駄に堅苦しい雰囲気を醸し出す分厚い本をめくっていく。
俺の知りたいのは、痣についてと、白血球について、他にも『汚染』に似た症状がないかを調べていく。
読めない文字も存在したため、ついでに国語辞典と漢字辞典も“買い物袋”から取り出していき、
学生時代の気分を再度経験することになった。
色々と調べてみても、やはり血管の炎症などに繋がる病気がちらほらと名前を並べるのみであった。
静かに本を読み進める最中、俺の元にメフィスとヒヒ様が戻ってきた。
最初にヒヒ様が俺を見て不思議な表情を浮かべる。
「おや、不思議な文字の本だね? 見たこともない、いや……ふふ、とんでもない偶然もあったもんだね……」
その表情を見てすぐ、俺は慌てて本を閉じて、【ストレージ】に放り込む。
「そんなに慌てて隠さなくてもいいだろうに、まったく──まぁ、いいさ。アンタの見てた本の文字だがね……これを見とくれ」
ヒヒ様は予想外の物を俺に見せる。
「な、これって……」
俺は驚いた表情を浮かべてしまった。そこにあったのは間違いなくルーズリーフのノートであった。
「ヒヒ様、それを見せてもらってもいいですか……」
「構わないさ、これは北の国に現れた聖女の所有物だったみたいでね……王国と回復師ギルドの共同管理遺産の一つさ、保護魔法がかけられてるから気にせずに見ておくれ」
北の国……その言葉にフライちゃんから教えられた日野 嘉の存在が頭によぎる……
俺は受け取ったノートをゆっくりと開いていく。
最初のページに記された名前は『日野 嘉』であり、ノートの中にはぎっしりと日本語が書かれ、患者であろう人の名前、その横に症状などが事細かに書かれていた。
そんな日本人の名前が途中から、横文字になった部分、俺はそこが日野さんの転移した部分なのだと感じた。
読み進めていく。
1日目──今日から新しい世界というやつらしい。奇想天外、摩訶不思議、言葉にしたら呆気ないもので、書いていて実感が未だに湧かないものだ。
ただ、私は医師を目指す者として、何よりも医学を学ぶ者として、これから起こる最悪を何とかしたいと考える。そのための記録として私が生きた証を書き記していくことに決めた。
2日目──今日は何もなく、無事に時間が過ぎていく。ただ、今いる場所が日本でも地球でもないことを自覚させられた。見たことのない新種の植物や見た目が明らかに妖怪や空想世界の容姿をした人々が多数おり、実際に姿を見せられないことが残念でならない。
正直、今の悩みは食事だろう……米と母さんの漬けてくれた、ぬか漬けが食べたくて仕方ない。
3日目──空き家に住み着いていたのがバレて、すごく怒られた。狼男のジェフさんに見つかった時は本当に死んだと思ったが、親切に私をギルドという、街の仕事紹介所まで案内してくれた。
見た目が怖いから、手篭めにされないかと焦ったが優しい人だった。
そんな感じの日々が日記のようにノートへと書き記されていた。
それからの日々は幸せそうな内容が続いていた。そして、数週間の日々が流れた辺りから、内容が変化していく。
30日目──最悪だ。街の中で初めての感染者が確認された。街は混乱し始めていて、正直、雰囲気はよくない。
私は医療ギルドで患者を直接見たが、体に黒い痣が複数確認できる。
患者の体に広がる痣を見て、切除する方法が取られた、結果は患者の死亡。出血多量による失血死だろう。
痣の切除は話し合った結果、全会一致で以後、禁止と決定した。
34日目──複数の患者が運ばれてくる。意思の疎通は難しく、会話も皆無であり、痣は患者により、範囲も進行速度も違っている。
正直、私の知る知識で何とかなるようなものではないのかもしれない。
40日目──患者が増えていく。どこから増えているのかも分からない現状で、他国との交流もなくなってしまった。次は食料の問題になるだろう……正直絶望的だ。
患者について、追記する。
死んだ患者の体内から黒い胞子が確認された。すぐに火炎魔法で焼却されたが、僅かに吸い込んだギルド職員に黒い痣が浮き上がり、意思の疎通が不可能になった……助け……あきらめない、何とかしたいんだ。
45日目──猛吹雪になった。最悪な天気の中、私の元にジェフが運ばれてきた。正直、心が折れそうだった。
幸い、ジェフは感染したばかりであり、他の患者よりも進行速度がかなり遅いことが確認できた。
雪の中で倒れていたのを偶然発見されたらしい。
ジェフについて、発見者から話を聞いて一つの仮説を立てることにする。
46日目──私は覚悟を決めることにした。ジェフを連れて、彼が発見された場所の近くにある小屋に向かって移動することにする。
ギルドからは反対されたが、今のままでは何も見つからない。ジェフだけは絶対に助けたい……
小屋の中はテーブル、椅子、簡素なベッドがあるだけであり、ジェフを寝かしてから、逃げないように拘束して観察を開始する。
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