107話、最悪との決着、最後の一撃
フライちゃんの口から発せられた「最低最悪な事態」という言葉に俺は無言で空を見上げる。
激しい攻撃を放ち続けるメフィスとロゼの2人は、“白のイナメント”と“黒のインク”を次第に追い詰めていく。
だが、威力が強すぎるために片方が一瞬で吹き飛んでしまい、2体同時に仕留めることが困難になっていた。
「まずいよな、なんていうかさ、あの2体の魔獣が倒される度に肥大化してるように見えるんだが……」
俺の目に映る魔獣は、間違いなく最初の戦闘を開始した時よりも大きくなっていた。
それがわかっていても、メフィスとロゼの攻撃では本当の勝利には繋がらない。
ただ、俺も何もせずに指を咥えて見ている気はない。
「ナギ、ドーナ、それにメフィスの部下の皆も話を聞いてくれるか」
そう口にした瞬間、全員が俺に注目する。
「悪い、今から作るものを皆で結界の端、ギリギリから、手分けして撒いてほしいんだ!」
俺以外の全員が凄まじいスピードで森を移動する身体能力がある。
確かに、あの凄まじい攻撃の嵐を突っ切るのは不可能だろう、結界の端まで移動してから、周囲を移動することは可能なはずだと俺は考えたのだ。
そして、俺が全員に配るための仕込みを用意していく。
圧縮型巨大バックパック付き水鉄砲『BIG・デビルズ20L』(6000リコ)を人数分、“買い物袋”から取り出していく。
当然だが、水遊びをするために出したわけじゃない。この超巨大バックパック付き水鉄砲で飛ばすのは『酢』だ。
俺は19リットルの水に対して、1リットルの酢を混ぜた『酢水』をバックパックに入れていく。
「みんなも同じようにやってくれ。かなりキツイ香りだろうが、我慢してくれ」
ナギは泣きそうな顔で作業を行い、ドーナもかなり辛そうな顔をしている。
しかし、俺の考えが正しければ、コレが絶対的な効果を発揮するはずだ。
「マスター! 全員準備できたの、これからどうするの?」
ドーナの声に俺は作戦を伝えていく。
「みんなには結界ギリギリに到着したら、中の酢水を水鉄砲で噴射してほしい。霧状になる設定が最初からしてあるから、悩まずに引き金を引いてくれ」
俺の指示を聞いたその場の全員が頷き、俺は自分用の水鉄砲を装備する。
「マスターだけ、なんか形が違うの!」
「俺は動きが皆より遅いからな、今回はナギにもスピード重視で動いてもらうからな。そんじゃ、みんな頼む!」
そして、作戦が開始されていく。
各自が、結界の終わりまで走り出していく。
その間、メフィスとロゼの二人は“インク・イナメント”の足止めを行っている。
作戦は知らないだろうが、俺達の動きに気づいたのだろう。
「メフィスは、やっぱりすごいな、俺達の向かう先にあの魔獣を向かわせないように攻撃してやがる」
感心しつつ、俺は俺だけのルートを進んでいく。
目指す先は、戦闘の真っ只中だ。気を抜けば、俺も風の刃にやられるだろう。
だからこそ、ナギやドーナに任せたり、連れてくるわけにはいかなかった。1人でやらねばならないと改めて覚悟を決める。
走り出した俺の頭上に“黒のインク”が通り抜けていくと、それを追うようにメフィスの姿が目に入る。
メフィスも同様に俺の姿が目に入ったのか、驚いた表情を浮かべている。
俺はそんなメフィスと反対方向に向けて走っていく。目的は“白のイナメント”だ。
──ずっと見ていて気づいたのは、“白のイナメント”は大砲としての役割があり、“黒のインク”は砲弾のような役割を行っているように見えた。
だからこそ、最初に“白のイナメント”を封じることが大切なのだと気づいた。
ただ、問題は向かってる最中も攻撃が続いており、ロゼ側の“白のイナメント”が倒された場合、無駄足になってしまうことだ。
マイナスな思考は焦りの証拠だ。そう自分に言い聞かせながら、悩まずに“白のイナメント”へと向かっていく。
そんな俺とは別方向からの風に僅かながら酸っぱい香りが流れてくるのを鼻に感じた。
「よし。始まったみたいだな!」
酢水──こいつは植物のカビなんかに使う民間的な方法だが、効果は絶大だ。
ただ、問題は原液、つまり……酢をそのまま撒いてしまうと酸性が強すぎて植物を枯らしてしまう結果になる。
そうなったら、本末転倒だ。だからこそ、20倍程度に希釈して今回は散布してもらっている。
この酢水の霧は風に運ばれて、結界内を循環していくだろう、そうなれば……
俺の考えに答えを与えるように、2匹の魔獣が苦しみ出していく。
一般的にはキツイ香りで不快になる程度だろうが、全身がカビなどと変わらない2匹の“インク・イナメント”からすれば、猛毒と変わらない効果になる。
次第に動きが弱まる2体の魔獣、そして、俺がロゼの元に辿り着いた時、ロゼは攻撃態勢に入っていたが、全力で声を出す。
「ロゼ、待ってくれ!」
俺の言葉にロゼの動きが止まり、攻撃が止まる。
「え、お兄ちゃん! なんで、危ないよ」
ロゼの意見はごもっともだが、俺はメフィスが“黒のインク”を仕留めるタイミングを待っている事を早口に伝える。
「わかったけど、何する気なのさ!」
ロゼは攻撃を当てないように操作しながら“白のイナメント”の退路を塞いでいく。
「考えがある! 今も作戦のためにみんなが動いてくれてる。だから、もう少し耐えてくれ」
そして、メフィスの攻撃が“黒のインク”に直撃した瞬間、“白のイナメント”が膨れ上がる。
「来たな、このタイミングを待ってたんだ!」
俺は覚悟を決めるとすぐに俺専用の水鉄砲という名のバズーカを構えて、悩むことなく撃ち放つ。
「いけえぇぇぇぇーーッ!」
“ズバンッ!”と原液の酢が勢いよく発射され、1リットル近い酢が圧縮された状態から解放される。
俺だけが原液を詰めており、その原液はまさに2体の“インク・イナメント”に直撃する。
本来なら容易く回避されたであろう、俺の一撃。
だが、今この結界は酢水の霧に包まれており、2体からすれば、動くだけで激痛だったことだろう。
そんな状態なら、俺でも楽に2体の“インク・イナメント”を狙うことができる。
ロゼはそんな、予想だにしない状況に驚きの表情を浮かべていた。
そんなロゼに向かってすぐに俺は声を上げた。
「ロゼ! 早くトドメをさしてくれ」
その言葉に、“ハッ!”としたようにロゼが水の刃を構えると2体に向けて撃ち放つ。
撃ち放たれた水の刃が同時に2体の魔獣を切断した瞬間、今までと違い“インク・イナメント”が真っ白い灰になり、消え去っていく。
その瞬間、俺は勝利したことを確信して、その場に座り込んで、ホッと息を吐いた。
決着がついた事実を知ったロゼが喜び、俺に飛びついてくる。
そんな様子を見つめるメフィスに俺は親指をぐっと立てる。
結果的に美味しい所を掻っ攫ってしまったが、今回は許してくれるだろう。
なにより、問題はまだ解決していないのだから……
俺達はその後、結界の外にも酢水を散布していき、さらにフライちゃんが森の修復に力を使っていく。
そして、森で死んだ動物や魔物達の死骸をきれいに洗って、カビを完全に取り払ってから土に返していく。
すべての作業が終わるまでには、どれくらいの時間が必要か考えると頭が痛くなるな。
そんなことを考えていた俺にロゼが服を引っ張って自身の考えを訴えてきた。
「あのさ、お兄ちゃん! 僕にその原液をたくさんくれないかな」
「え、『酢』が欲しいのか?」
「うん、僕が空の上から、薄めたそれを雨として降らせるからさ!」
俺は少し悩んだ。大量の酢を既に使っているため、水にさらに負担をかけてしまうリスクがあるからだ。
そんな俺の心を読んだフライちゃんがロゼに質問をする。
「ロゼ、雨を降らせた後に、酢だけを水から抽出して、集めることはできますか?」
フライちゃんの質問にロゼがニッコリと笑う。
「当然できますよ。僕は水の汚染や異物を集めるのが得意ですからね。お兄ちゃんにも見せてあげるよ」
川のそばに移動したロゼは、指を川に向けると軽く指を動かし出す。
川の流れから一本の糸が宙を舞うように集まっていく。
水とは異なる色の液体であり、それがなんなのかはすぐに理解できた。
俺は香りを確かめると、間違いなくそれは『酢』であり、俺は改めてロゼが操る能力のすごさを見た気がした。
そこからはロゼによる森の洗浄が開始され、酢水の雨という不思議な光景が目の前に広がり、大地に降り注がれていく。
ただ、ナギは終始、泣きそうな顔をしていたため、マスクも『酢』の香りまでは防げない事実に改めて申し訳ない気持ちになった。
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