106話、ロゼとメフィスの本気。敵は“インク・イナメント”
俺達は結界に包まれたまま、フライちゃんの笑いながら怒りに震える姿を見つめていた。
フライちゃんは、錫杖を構えると、さらにメフィスとロゼ、インク・イナメントの2匹を閉じ込めるように、巨大な結界を展開していく。
光の円が広がりドーム状に展開した瞬間、インク・イナメントが慌てて結界から逃げようと高速で動き出すが、それをフライちゃんは許さなかった。
容赦なくドームが広がり、その場にいた全員が結界の内側に閉じ込められる結果となる。
俺達は小さな結界の内側からどうなるのかを見守っていく。
最初こそ、非協力的な態度をとっていたメフィスだったが、状況を理解して頭を抱えてため息をつくような仕草をする。
「本当に貴女という女神は! 力を軽はずみに使うことにより、世界のバランスが崩れる事を考えないのですか!」
メフィスの言葉にフライちゃんはただ、笑って返事をせずに錫杖を振るっていく。
空気を切断するように振るわれる錫杖の遥か先、インク・イナメントの片割れである白いイナメントが突然、空気が切り裂かれると同時に真っ二つに切断されていく。
「メフィス、ロゼ、これが最後の慈悲ですよ。協力しなさい……断るなら、この結界内の全てを粉砕して、塵も残らないように綺麗にしてしまいますよ?」
怒気を纏った涼しい笑顔と優しそうな声が逆に恐怖を与えていくように見える。
フライちゃんには言えないが……本当に怒らせたらダメなタイプだと何度目かの再確認をする。
その雰囲気に最初に協力を申し入れたのはロゼだった。
「メフィス君、ごめん……あれは無理だよ。僕の負けでいいから、やめよう……お願いだよ」
フライちゃんを相手に戦意を完全に失ったロゼにメフィスが語り掛ける。
「女神フライと戦うわけではないでしょうに、貴方という人は……はぁ、分かりました。我輩も意地になりすぎましたなぁ」
メフィスの言葉にロゼがにっこりと笑う。
「良かったよ。さすがにどっちを相手するかで、本当にメフィス君が無茶しないか心配だったからね」
メフィスはロゼに背中を預けるような位置に移動すると背中越しに答えていく。
「確かにあの魔獣と女神という化け物、どちらを相手するか、選ぶとしたら魔獣2体の方がマシですなぁ」
ロゼがそれに頷くとメフィスはそのまま喋り続けていく。
「例えるなら、ドラゴンと小さな虫を見比べて、どちらの討伐を選ぶかと聞かれているようなものですなぁ。悩むまでもありませんねぇ、女神フライを嫁にするような選択をするキンザンには本当に驚きましたがねぇ、ふふふっ」
“シュンッ!”
メフィスの長い後ろ髪が僅かに触れた瞬間だった。触れた部分が瞬時に吹き飛ぶとフライちゃんはメフィスを凝視した。
俺からは完全な表情は分からなかったが、メフィスが狼狽える様子が分かった。
「わ、わかりました! 我輩も協力しよう。だから、そんな顔はやめてくれ、さすがにいい気分にはなりませんからねぇ」
メフィスが協力すると口にしたため、ロゼが嬉しそうに笑い出す。
「久しぶりにメフィス君と共闘だね。さぁ、あの魔獣を2人でぶっ飛ばそう! 楽しみだよね」
「何をはしゃいでいるんですかねぇ、早くやらないとあのヤバい女神が我輩達ごと、あの馬鹿げた魔物を始末しそうだというのに、まったく……とんだ、災難ですねぇ」
そう語るとメフィスはロゼを一瞬見て、ロゼもそれに合わせるように頷くと互いに両手を前に伸ばす。
「我輩に合わせなさい。ロゼ!」
「任せて、メフィス君!」
「ふん、ならば、やるとしましょうか! 【千華円斬】」
メフィスが言い放った瞬間、凄まじい数の風の刃が空中に出現すると一斉に回転し始める。
「僕もやるよ! 【水流円舞】!」
ロゼの周囲に巨大な水球が形成され回転しながら、次第に形状を変化させ、六層からなる段が水の円を作り出す。
メフィスはインク・イナメントの黒に向けて、すべての風の刃を撃ち放つ。
「ロゼ! 1体目を駆逐したらわかってますね!」
「任せてよ! 僕も全力でいくからさ!」
メフィスの放った刃が“黒のインク”を捉え、一斉に襲い掛かると“黒のインク”が必死に体を動かし回避をしようとする。
しかし、一斉に襲い掛かる数百の風の刃はそれすら許すことなく、“黒のインク”が消滅する。
それと同時に“白のイナメント”が高速で移動を開始して距離を取ろうと森の中に身を隠していく。
「僕から逃げるなんて、ダメなんだよ! いけぇぇぇッ!」
ロゼは水円を森に向けて撃ち放っていく。
木々が水の刃に薙ぎ払われると“白のイナメント”が進行方向とは別方向に“黒のインク”を生み出し、高速で移動を開始する。
「あ、あわ! メフィス君、そっちに!」
「わかっています! すぐに仕留めないからこうなるんですよ!」
メフィスが再度、風の刃を撃ち放つとそれに合わせて“黒のインク”が方向を逆方向に変更し、ロゼに向かって突進する。
「え、うわぁぁぁ!」
ロゼを襲う“黒のインク”に対して、“白のイナメント”がさらに速度をあげていく。
メフィスの放った風の刃が“黒のインク”を襲うと同時にロゼも巻き込まれていく。
「ロゼッ!」
メフィスが叫んだ瞬間だった。
「メフィス君は、白を見つけて!」
ボロボロになりながら、そう叫ぶロゼ。
メフィスは悩まずに“白のイナメント”を追跡していく。
「我輩に恥をかかせおってぇぇッ!」
メフィスが瞬時に攻撃を仕掛けた瞬間、それを予想していたように逆方向を向く“白のイナメント”。
突如、膨れ上がるように体を巨大化させると“白のイナメント”の体から別方向へと新たな“黒のインク”が弾丸のように飛ばされていく。
「またですかぁ、何度もふざけるなよッ!」
メフィスの激しい攻撃に地形が変化していき、一撃ごとに樹木が吹き飛ばされ、隠れる場所が消えていく。
俺は勝負あったと内心でホッとした時、フライちゃんがつぶやいた。
「マズいですね……さすがにこのままだと、勝負に勝っても結果的な惨敗になりますね」
フライちゃんの言葉の意図が分からず、俺は真剣な眼差しで攻防を見守るフライちゃんに質問をする。
「今のって、どういう意味なんだ!」
地上から声をかけた俺に向かって、フライちゃんが降りてくると簡単な説明をされた。
「今の戦闘があれ以上酷くならないのは、結界でこの範囲を覆っているからに他なりません。仮に結界を解いた時のことを考えて見てください」
俺はフライちゃんの謎かけのような言葉に考えるが答えが浮かばなかった。
そんな悩む俺にナギがつぶやく。
「今の森は、普通じゃない。結界が無くなると、中の白いヤツ、全部、舞い散ってくみたい」
ナギの言葉に俺は周囲を見渡した。
“黒のインク”と“白のイナメント”は闇雲に逃げているわけではなく、結界ギリギリまで移動しながら、わざと攻撃を受けて、片方がやられるというやり方をしていたのだ。
やられた“インク・イナメント”は、粉砕されて、また片割れから新たな“インク・イナメント”となって復活する。
ただ、やられた死骸はそのまま残り、白いカビに包まれていることに気づいた。
「まさか、あの化け物達、わざと死んで、自分達の死骸をばら蒔いてるのか……アイツら、自分たちの“死”すら利用して、外の森を殺そうとしてるのかよ……」
俺のつぶやきに、フライちゃんが静かに頷く。
「そのために早い段階で結界を張りましたが、あそこまで巨大な“インク・イナメント”になると、処理後にかなり厄介な浄化作業が必要になります……さらに森の復活までとなると……」
フライちゃんは苦虫を噛んだような顔を浮かべながら、グッと堪えていた。
「フライちゃん、もしかして、結界を維持してるから、戦えないのか……」
俺は自分が考える一番の最悪を口に出して質問する。
「はい、きんざんさんの言う通りです。私が戦闘に参加して、力のコントロールを間違えれば、結界に穴ができて、“インク・イナメント”は、すぐに逃げ出すでしょう……そうなれば、最低最悪な事態になります」
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