104話、過去の呼び名・フライの錫杖
目覚めたフライちゃんを見て、俺は安堵の表情を浮かべた。
それと同時に、メフィスとロゼの存在をどうしようか悩んでいた。
「うぅん、ロゼって……メフィスと揉めてるってどういうことですか、きんざんさん?」
俺の心配が表情に出ていたのか、フライちゃんに心を読まれたらしい。
「私の心配より、メフィス達の心配なんて、少しショックですね……もう……」
前言撤回だ。フライちゃんは俺がどんだけ心配してるかを覗きたかったらしい。
拗ねる前に、心配してた事実を想像して、両手でしっかりと抱きしめる。
「な、あわわわ、ちょ、きんざんさん。分かりました、分かりましたから!」
フライちゃんを抱きしめたため、ドーナとナギが俺に同じようにするように指で催促してきたので、三人をしっかりと抱きしめる。
「ゴホンっ、あの主殿、ウチらもいるので、それくらいにして、あの2人をどうするか決めないとマズくないかい?」
ウルグがメフィスとロゼをどうするかと質問をしてきた途端、フライちゃんが立ち上がる。
「大丈夫です。私が行きます。案内してください!」
起きたばかりのフライちゃんに申し訳ないと思いながら、メフィスとロゼの元に案内する。
既に2人は睨み合い、今にもぶつかり合いそうな雰囲気で言い合いをしていた。
フライちゃんはどこからか長い錫杖を取り出すと、地面に力強く石突きを叩きつける。
空気が振動した瞬間、遅れて全身が内側から震える感覚に襲われ、俺は半規管が狂ったんじゃないかと思うくらいの立ち眩みに襲われた。
平衡感覚が狂ったように立ち上がることができなくなっていた。
「きんざんさん、すみません。いきなりでしたから、先に注意しなかったのは私のミスですね」
ただ、それは俺だけでなく、その場にいた全員が襲われていたようだった。
ただ、メフィスとロゼは俺達と違っていた。
メフィスは身体を浮かして、バランスをとり、ロゼもまた、水で全身を包み、バランスを保っていた。
「あなた方は……メフィス、ロゼ。まだ争い足りないなら、転移生神である私、女神フライが直接相手します……どうされますか?」
メフィスとロゼが同時にフライちゃんに視線を向ける。
「いやいや、おかしいでしょ! な、なんで戦闘神のフライ様がお兄ちゃんといるのさ! メフィス君! 説明してよ」
「我輩に聞くな! 直接聞けばいいでしょうに、それよりも、女神フライ、貴女には常識がないのですか……我輩の部下達まで動けなくさせるなんて!」
心配そうに部下達に視線を向けるメフィス。
「皆さんには、申し訳ないと思いますが……貴方達、2人がぶつかる方が大問題なんです!」
結果的に、フライちゃんの合流はさらに事態を悪化させただけの気がする……やばいなぁ。
メフィスとロゼが動けない状態なのを理解したようにフライちゃんが2人の元に歩いていく。
「なんで、ロゼ……貴方がこの場にいるのでしょうか、何より、お兄ちゃんとは、私の旦那様であるきんざんさんのことですか?」
明らかに雰囲気が変化したフライちゃんの姿を動けない状態で見ていると全身が震えるようだった。
メフィスがゆっくりと俺の方に浮遊したまま、やってくる。
「なんで、フライを連れて来たのですか! 貴方は本当に我輩達をこの世界から消滅させる気なのですか!」
「何の話だよ、それに消滅とか、大袈裟だろう? 前も生きてただろうが」
「えぇ、フライが手抜きの状態で、軽く叱る程度なら、あれくらいで済みますが……本気なら、我輩でも消されますよ」
真剣な表情でそう語るメフィスの顔に俺は、ロゼに詰め寄るフライちゃんを見つめる。
「あ、あの、フライ様……怖いんですが……」
メフィスと張り合っていたロゼが仔犬みたいに小さく見える。
「説明してください。私の旦那様と何があって、この場にきたんですか? 話してください。ロゼ」
ロゼは[バリオン]の水源で出会った事実と俺を気に入り、お兄ちゃんと呼んでいたことをフライちゃんに説明をしていく。
まるで上官と部下のやり取りを見ているような気持ちになる。そんな、やり取りに苦笑いしか出てこなかった。
「分かりました。良かったです。もし、きんざんさんに手を出していたら、怒りで貴方を蒸発させてしまったかもしれません」
「あ、は、はい。お兄ちゃんとは、ただのお友達です……間違いはありません」
半泣きのロゼを哀れに思っていると次はメフィスにフライちゃんの視線が移動する。
「メフィス、貴方もまだ過去を引きずっていく気ですか……貴方もロゼも助かった事実を喜ぶべきではないですか?」
「さすが、女神フライですねぇ……我輩も既に理解はしているのですよ……ですが、理解と感情は別物なのですよ」
「私が2人を生かすように進言したことを忘れないように、これは神としての決定であり、二人が生きる価値があると判断したからこそなんですよ」
俺は混乱していた。以前にメフィスがフライちゃんと元ドゥム子爵邸で話していたため、知り合いなのは理解していたが、思った以上に複雑な関係だとわかった。
フライちゃんは俺にも聞こえるように説明をしていく。
過去の争いとは、神軍に対して、魔王軍が仕掛けた争いを指していること、その際、フライちゃんは戦女神として、名を轟かせていたらしい。
魔王軍側からは“破壊神フライ”と呼ばれ、神軍側からは“戦闘神フライ”として、魔王軍を震え上がらせていたようだ。
今のフライちゃんからは想像できない事実に俺は動揺した。
そして、魔王軍との戦闘は、やがて決着を迎えることになる。魔王軍の敗北が決まった際に、ロゼとメフィスの戦闘を停止させた張本人でもあった。
メフィスの存在は敵ながらに神軍でも有名な戦士であり、本来は魔王軍の再来を恐れた神々からすれば処刑対象であったが、ロゼはその決断に異議を訴えた。
本来はそんな異議で覆る程、甘くない話であったが、そこにフライちゃんが口添えしたそうだ。
「なら、私への褒美を使ってくれて構いません。2人の戦いを停止させたのは私ですからね」
戦女神として、多くの働きをした女神フライの言葉を無視できず、メフィスが再度暴れないように監視することとロゼも反逆罪となったため、2人の監視を条件に許可が降りたのだった。
メフィスは女神フライからの再教育を100年程受けることになり、ロゼは星から出れなくなる代わりに自由を許された。
メフィスはそれから、このバッカス大陸で暮らすことになるが、そこはまた別の話になる。
とにかく、女神フライとして、2人と深い関わりがあることが俺にも理解できた。
話を聞いていて、理解できたのは、メフィスもロゼも互いを恨んでる訳じゃなく、本気で戦わなかったことを怒っているように思えた。
2人に必要なのは、殺し合いじゃなく、喧嘩なんだと理解できた。不完全燃焼のまま終わったから、蟠りがあるんだ。
「なあ、メフィス、ロゼ。二2人ともさ、全力で殴り合いして勝ち負け決めた方が良くないか?」
自分でも無茶苦茶な発言だと思うが、このままだと、本当の解決になる気がしない。
「我輩とロゼが殴り合い? いきなり、何を言い出すかと思えば」
「僕は構わないよ。メフィス君と本気で殴り合うなんて、子供の頃以来だしさ。メフィス君を倒して解決にするよ」
「言いましたねぇッ! いいでしょう……我輩としては、魔法も武器もないロゼが可哀想で仕方ありませんが、容赦しませんよ!」
互いにフラフラの状態で対峙した二人に俺は固唾を呑んだ。
しかし、そんな緊迫感を吹き飛ばすようにフライちゃんの錫杖が振り上げられ、今度は空気を叩き、振動させる。
俺もだが、再度、全身の水分が振動し、内側から震える感覚がさらに強くなり、その場にへたり込む。
「はぁ、なんできんざんさんまで……そんな安直な意見になるんですか……これだから、大きな子供は困るのですよ。まったく、きんざんさんは特に反省ですよ!」
多分、今回は俺が悪い気がするけど、フライちゃん、容赦ないな……
「容赦してますよ。失礼ですよ? 私が本気で怒ったら、こんなものじゃないですよ。安心してくださいね」
優しく微笑む笑顔の先に背筋が凍る感覚を覚えた瞬間だった。
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