102話、笑顔を守る為の一歩
長く続いた回復ポーションタイムにやっと終わりが見えてくる。
既に重傷者は軽傷者や完治となり、フライちゃんの作った結界が時間を停止させたからこその結果だと改めて感謝した。
だが、そんな無理をさせた結果、フライちゃんは既に体力の限界に近づいているのが理解できた。
「フライちゃん、大丈夫か」
額に汗を滲ませながら、必死に重傷者を治しているフライちゃんは俺の声に、にっこりと笑みを浮かべた。
「はい、大丈夫です。わたしは女神ですから……ただ、少し、目が……あれ、なんか……すごく、眠いかもです……ね」
その言葉を最後に、フライちゃんは糸が切れたように、ふわっと倒れ込んだ。
「フライちゃん、無理すんなよ。本当に大丈夫か?」
「はい、あと1人ですから、まだ、やれます……」
最後の1人を治療してフライちゃんは倒れるように眠りについてしまった。
フライちゃんが眠りについた瞬間、結界がヒビ割れていく。
ピキッと、結界に亀裂が入りだし、フライちゃんが完全に眠りにつくと同時にひび割れた箇所から粉々に砕け、時間が動き出す。
それと同時に殺伐としたメフィスとアロガンテの部下の声が耳に入ってくる。
「や、やめてくれ! いであぁぁぁ、やめで! 」
「さぁ、まだまだですよ! 愚かな皆様に教育をして差し上げます! 教養、礼儀、敬意、尊敬、すべて、貴方達には欠けていますからねぇ!」
まあ、耳に入ってきたのは、アロガンテの部下の悲鳴であり、メフィスはニヤついて教育という名の暴力を行使していた。
次々にメフィスに吹き飛ばされ、地面に転がされる男達。悲鳴も絶望もメフィスは無視して、ただ教育と称して、愚かな男達をねじ伏せていく。
「分かりますか、人に対して力を行使するというのはこういうことなのですよ! 数の暴力、大勢の意見、全て、必要なことです、ただ、それには力がなければなりません!」
壮大な演説をしようとしているメフィスに慌てて声を上げる。
「メフィス! それくらいにして、移動しよう!」
そんな俺の声にフッとメフィスが笑い、最後の1人を問答無用に吹き飛ばすと俺達の元にやってくる。
「おやおや、かなり無理をしたみたいですなぁ? 女神フライが倒れるだなんて……一昔前の我輩を前にした頃のフライならば、ありえませんでしたのに」
よく分からない昔話が始まりそうだったため、とりあえず、フライちゃんを背負おうとした時だった。
「待ちなよ、主殿。奥様はアタイ達が運ぶからさ」
そう声をかけてきたのは復活したばかりのウルグであり、その後ろにはフェイとファンの姿もあった。
「助けてもらったから、なんかしたい頼むよ。主殿!」
予想外の提案だったが、フライちゃんを置いていくなんて選択肢は俺にはないため、ウルグ達の提案を受け入れることにした。
それと同時に押し寄せていた人々を何とか説得したブルーノと警備兵団。そして予想外だったのは、ブルーノ達と一緒にダイン達、『フライデー2号店』のメンバーが勢揃いしていたことだ。
「旦那! 手伝いにきやした! 水臭いっすよ」
ガルダがそう呟くと他の面々も頷く。
「そうですだよ。オラ達もなんか手伝いたいだよ!」
そんなダインの言葉に俺は感謝した。
「なら、頼みがあるんだ。皆には少し大変だろうが」と前振りしてから、俺は頼む内容を説明する。
それはこの場にいる人々への炊き出しであり、かなり大変な作業になることが想像できた。
しかし、ダイン達はそれを受け入れてくれた。
そのため、手持ちから必要素材と道具をその場に置いていく。
「ダイン。皆も頼むな」
「へい、オーナー。任せてくだせいませ! オラ達で上手くやりますだよ」
そうして、その場の調理をダイン達に任せることで話が纏まり、俺達は改めて移動を開始しようとしたその時だった。
あろうことか、アロガンテが俺達の前方に立ち、怒号を上げる。
「ふざけるなッ! キサマ、これ程のことをしておいて、ただで済むと思うなよ! グリド商会を本気で敵に回す気か、馬鹿どもが!」
まさかの逆ギレであり、俺からすれば、思い通りにならないから駄々をこねるガキにしか見えなかった。
「おい、とっつぁん坊や、いい加減にしろよ。それ以上、邪魔するなら俺も本気で相手してやるからな」
我慢の限界を迎えた俺はアロガンテを睨みつける。
こんな奴の相手をしてる時間が本当に無駄だし、何より偉そうに部下を従えているのにも関わらず、救助活動の一つもしない奴は本当にイライラするんだ。
「ふん、キサマが? ふざけるなッ! 今、謝れば腕の一本で許してやる! さぁ、謝罪しろ、そして、チビ女を叩き起こせ! 私の治療をさせろ!」
メフィスに部下を全滅させられてる事実を忘れたようにふざけた言葉を並べる眼前の男に俺は本当に堪忍袋の緒が切れてしまった。
「おい、お前……今、俺の大切な嫁を叩き起すって言ったのか……なあ? 答えろよ」
今までに感じたことのない怒り、いや、違う感情、本気の殺意というやつだろう。
俺は【ストレージ】から竜切り包丁を取り出す。
それを見て、アロガンテが腰を抜かし、倒れ込むと俺はさらに【ストレージ】から“マグロもどき”を取り出して、縦に真っ二つにする。
「次、ふざけたこと、ぬかしてみろッ! 真っ二つじゃなく、三枚に下ろすぞ!」
既にマグロもどきを両断した時点でアロガンテは白目を向いていたと後にメフィスに聞かされたが、その時の俺は本当に柄にもなく怒っていたんだと思う。
それからすぐに移動を開始していく。
アロガンテの邪魔がなければ、もっと早く移動を開始できたと思うと再度、苛立ちが生まれてくるが、こればかりは仕方ないと怒りを飲み込んでいく。
俺達は目的地である、川の上流を目指して進んでいく。
川の水は酷く濁っていて、明らかに口にできるレベルでは無いと判断できた。
「やっぱり、上流に何かあるみたいだな……」
俺はわかっていたが一度、川の水に対して【食材鑑定】で確認していく。
当然だが、『生食✕』『煮沸消毒△』『ろ過後、煮沸消毒〇』と言った感じで、いつもの『可』という表示はされなかった。
つまり、それだけ汚染されているからこそ、このような表示なのだと思う。
一人で水を調べている姿にナギが不思議そうに質問をしてくる。
「マイマスター、喉乾いたの……ナギの水ある。飲む?」
少し困ったようなナギの表情と下半身の蛇の尻尾がゆっくり動く姿に俺は優しく微笑む。
「大丈夫だよ。少し確認してただけだ。それより、思ってた以上に川の水がやばいかもしれない」
自分の考えていた上流の問題は、大木や土砂による被害だと思ってたが、それは間違いだと理解したからだ。
「すぐにメフィスに話さないと……」
俺はすぐにメフィスの元に向かい、水の汚染状況が思っていた何倍も危険なレベルだと説明していく。
最初はメフィスも災害だから水が汚染されるのは当然という雰囲気で話を聞いていたが、俺が話を続けていくと表情を曇らせはじめる。
「つまり、今流れてる水は熱しても完全に飲水にできないんだ」
「それは、予想外ですなぁ──川そのものが死んでいると、いうべきなのか……貴方の話が本当なら、急がねばなりませんなぁ」
「あぁ、誰か飲んだらマズイよな、すぐに知らせないと」
俺の発言にメフィスが苦言を呈す。
「貴方はわかってないようですねぇ? 問題はもっと深刻な事態になってますよ。このままでは、感染症が拡がり始めるでしょう……そうなれば[カエルム]は終わりです」
メフィスの言葉に俺も理解した。飲水のことばかり気にして、もっとも重大な問題が見えていなかったのだ。
俺は水が飲めるかを気にするあまり、感染症の発生という、洪水や水害の際に起こる最悪を忘れていたことに絶望した。
その場で額に手を当て、悩む俺にメフィスが語り続ける。
「だからこそ、急いで上流に向かわねばなりません。必要なら貴方の全力も要求するでしょうから、そのつもりでお願いします」
メフィスの言葉に俺は考えることをやめて、自分が何をできるかを考えながら再度、前を向く。
俺は[カエルム]の住人とは言えないだろうが、それでも知り合いがいて、友人がいる。皆の笑顔が集まるからこそ守らないとダメなんだ!
「行こう、皆のために急がないとな」
焦る思いとともに移動する足を早めていく。今の一歩がここから先の未来を大きく変える可能性がある以上、ゆっくり休んでる時間なんかないのだから。
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