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巻き貝

 しかし、久しぶりに巫女服以外を着た気がする。


 それはそれとして、現在この家は今無菌状態だ。

 人体に有害な病原菌や微生物のみを燃やし尽くすようにと設定したが、人間こそ燃やさないが服にもしっかり適用されたようだ。


 継ぎ接ぎや穴開き、ほつれ等は変わらないが、何故か汚れまで綺麗に落ちていた。

 これは多分、自分が想像している清潔なイメージ通りに、焼き払ったのだろう。

 細かい部分で融通を利かせてくれた狐火に、内心で感謝する。


 まあ私のことはさて置き、今問題なのは桔梗ちゃんだ。

 同行者を要求したのは私だし、おじいさんから稲荷神様を死んでも守るようにと厳命された。

 信仰深い戦国時代では仕方ないが、今は無理でも少しすれば自分の身ぐらい自分で守れるまで回復するので、なるべく彼女の負担を減らすように気を配ろうと思ったのだった。




 ちなみに桔梗ちゃんに貸した巫女服についてだが、一部露出しているので素肌を外に晒している。

 もしそこに病原菌が付着したらどうなるかと考えたが、何とかなるだろうと楽観視した。


 何故なら巫女服を脱いでからは、私が四つん這いでぜえはあ言っていた時よりも、狐っ娘パワーが戻る速度が落ちたからだ。


 つまり巫女服には、自動回復機能が付与されている。

 たとえ病原菌や寄生虫が体内に侵入したとしても、何処からか集まってくる狐っ娘パワーで、あっという間に駆逐してしまうと確信していた。




 だがしかし、これには致命的な問題がある。

 私の巫女服を着た生身の人間が、一体どうなるかが不明なことだ。


 私のように狐の耳と尻尾が生えるならまだマシなほうで、もっとも危うい展開として、狐っ娘パワーの過剰供給か拒絶反応により、肉体か精神に何らかの悪影響を及ぼすことである。


 しかし、狐っ娘パワーの回復速度が変わるのを知ったのは、服を取り替えてからだ。

 今の私は大きく力を落としているので、気づけたことと言える。


 そのような事情があって、短時間なら問題ないと割り切った。

 何より村のことに詳しい同行者である桔梗ちゃんの存在は、本当にありがたかった。


 今私がやるべきことは、出来る限り早く任務を遂行して巫女服を脱がせることだ。

 こうなったら、ただちに影響はないで済ませるしかないと、心に決めたのだった。




 私があれこれ思案をしている間にも、桔梗ちゃんに案内してもらっていた。

 村人はあまり立ち寄らないので、草茫々の獣道を歩いて川へとやって来る。


 奇病が確認された地域の川や田んぼには、病魔が潜んでいる可能性が高い。

 無闇やたらと近づいてはいけないと、お触れを出して足が遠のいたのだろう。


 それ以前には、公共用水として頻繁に利用されていたらしい。

 取りあえず桔梗ちゃんを少し離れた場所で待たせて、私は警戒しつつ川に近づいていく。


「村民が少し前まで使っていた小川ですが、あの? 稲荷神様?」

「あー……いえ、なるほど」


 川の中には多種多様な生物が住んでいる。


 しかし私が目を凝らして観察すれば、水の流れが緩やかで、なおかつ泥が溜まった場所に、小さな巻き貝が生息しているのを見つけた。


 しかも、そいつから明らかにヤバそうな気配がするのだ。

 根拠も何もない直感だが、アレは絶対に放置したら駄目な危険生物である。




 そして多分だが、甲斐だけではなく他の地域でもあの巻き貝が原因で奇病が発生している。

 何となくだが、そう理解してしまう。


「あの、いっ、稲荷神様?」


 私の様子が明らかにおかしいと思った桔梗ちゃんが、声をかけてきた。

 なので静かに落ち着いて、ここから一番近い巻き貝を指差す。


「水場に生息する巻き貝が奇病の発生源で、ほぼ間違いはないでしょう。

 ここから見えますか?」


 彼女はムムムと唸ってじっと目を凝らして、しばらく川を観察する。

 すると小さく頷くて、こちらに声をかけてくる。


「あの貝が、奇病の正体ですか?」


 この距離からあんな小さい巻き貝が見えるのは凄いなと感心する。

 だが桔梗ちゃんが特別なのか、この時代の人が凄いのかはわからない。


 巫女服の影響だったらどうしようと、嫌な予感がしてしまう。

 それでも私は、極めて平静を装い簡単に説明する。


「接触しなくても、水や風に乗って感染する可能性があります。

 決して近づいてはいけませんよ」

「はっ、……はい」


 私は念の為にサンプルを取るためにさらに近づき、水面に足を踏み入れることなく腰をかがめる。

 指先で、巻き貝をヒョイッと摘み上げる。


 そしてガラス瓶を持っていないので、酒を入れる予定の密封性の高い土瓶に水を半分ほど入れる。

 巻き貝を続けて数匹ほどポチャリと落とした後、しっかり栓をして密封する。


(これでヨシ。病原生物の採取はしたから、長居は無用だね)


 この場でやるべきことは済ませた。

 一刻も早くこの場から立ち去るべく、小川に背を向けて村へと歩き出す。




 なお、これから巻き貝をどう扱うかだが、取りあえずは自領の問題なので、武田さんに委ねることにする。


 正体を絵に描き起こして警鐘を鳴らすか、奇病の原因を究明するために動くか、それとも殲滅を図るか。

 何にせよ今後の対応を決めるために、歴とした証拠が必要になるのは確かだ。




 その一方で、私は内心で焦っていた。

 理由は、巫女服を着ている桔梗ちゃんの体が心配だからである。


 今の所はただちに影響はないで済んでいるが、長時間となれば何処かしらに異常がでてもおかしくない。

 薬は過ぎたら毒になるのだ。


 なので異常はないかと何度も確認しつつ、若干ソワソワしながらも、私は元来た道を引き返すのだった。




 ちなみに、奇病の原因を巻き貝と断定しても、今の時代に証拠を見つけるのは難しい。

 推理ドラマの人物紹介を一目見て、現場や事件を見ていないのに、犯人だと断言するようなものだ。


 しかし、私には不思議な確信めいた何かがある。

 もしそれを否定したらさらなる犠牲が増えると、そんな気がした。




 村へと戻るために小道を歩く私だが、帰った直後に孫娘ちゃんの巫女服を脱がして良いのかどうか、少し迷っていた。


 何故なら、巻き貝が病原体であると判断を下したものの、実際にそれがどのような経緯によって奇病に至り、人の命を奪うのかは、まだ判明していないのだ。


(まだ試作品で性能は十分じゃないけど、アレは持ってきた。でも、巻き貝だけ調べてもなあ)


 私も何か、これといった名案があるわけではなあ。

 証拠として巻き貝を提示する時に、直感だけで貫き通すのは、いささか苦しいものがある。


 なので奇病の取っ掛かりでも良いので、証明に繋がるモノは他に何かないかなと、もう少しだけ調査をしたかった。




 しかしここは、私が全く知らない村だ。


 地理や施設の把握、住民の対応や雑用、その他諸々を含めたうえで奇病の調査まで全部一人でやるとなると、時間がいくらあっても足りない。


 そうなると、病魔にかからない桔梗ちゃんの続投はほぼ確実となり、当然巫女服も着たままだ。


(本当は男手のほうが頼りになるけど。見た目の問題がなぁ)


 屈強な男性で、奇病に感染していない人も居るかも知れない。

 その場合はサイズの小さな女物の巫女服で、パッツンパッツンになる。

 それはあまりにも酷い絵面であり、この服の製作者も思わず怒り出しそうだ。




 何より桔梗ちゃんは、巫女服がジャストフィットしている。

 さらに今の所はこれといった悪影響を受けていないことから、ここで編成を変えるのは何か危うい気がした。


 ならばやはり、彼女にはもう少し頑張ってもらったほうが良さそうだ。


 だが少しだけ心配なので、村に近づいてきたところで、気遣うように声をかける。


「ところで、体は大丈夫ですか? 何処かおかしいところは?」

「あっ、はい! 大丈夫です!

 それどころか、体が羽のように軽くて疲れも全く感じないので! もう何も怖くないです!」


 矢でも鉄砲でも持ってこいとばかりの、超強気な桔梗ちゃんであった。


 それを見た私は、彼女が巫女服の影響を受けていることを理解してしまう。

 しかし幸いなことに、今の所はまだ人間の範疇に収まっている。

 せいぜい疲労回復や、遠くの物がよく見えるぐらいだ。


 これなら早めに調査を終わらせれば、普通の女の子に戻れそうである。


 逆に着用時間が長ければ、アウトと言うことになる。

 取りあえず今の私には、どうしても桔梗ちゃんが必要だ。

 失敗例は考えないことにして、早めに調査を終わらせないといけない。


「でっ、では引き続き、奇病の調査の手伝いをお願いします」

「はい! お任せください!」


 彼女の元気の良い挨拶を聞き、何だか騙しているような気がして良心が痛んだ。

 それでも平静を装い、黙って小さく頷く。


 しばらく使われていなかったので、すっかり獣道となった川に続く小道を抜ける。

 茂みをかき何度も分けた後、私たちはようやく元の寂れた村へと、無事に帰って来られたのだった。

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