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治療

 京都の伏見稲荷大社の一室を貸し切った私は、取りあえず前世に近い簡易的な病室を作ろうとした。

 しかし色々と足りない戦国時代なので、殆ど一から準備を整えていくことになる。


 まずは掃除や布拭きを念入りに行い、朝廷や公家への献上品のはずの枕と布団を横流しして、子供たちのために使わせてもらう。


 だが実際に本来なら病人に入浴は控えさせるべきだろうが、子供たちが不潔すぎた。

 なので一度お湯を染み込ませた布で体を丁寧に擦り、終わったら水滴を拭き取る。

 あとは、清潔な寝間着に着替えさせた。


 ちなみに今さらだが、病人の介護は全て私が行っている。

 取りあえず花子さんと桜さんにも、後ほど手伝ってもらう。

 けれど見本として、まず一回は自分がやらなければいけないのだ。




 それはともかくとして、今の日本は小氷河期で、秋でも冬に近い寒さになる。

 なので室内の気温と湿度を一定に保つために、中央の囲炉裏に献上品として持ってきたヤカンを設置して、湯を沸かし続ける。


 あとは極度の栄養失調と風邪で、胃腸が弱っていそうだ。

 まずは温かい流動食から始めて、徐々に消化が良くて栄養が豊富な食べ物に切り替えていく。


 念の為に京都の名医を呼び、漢方薬による治療も同時に進める。

 私は子供たちが完治するまで吐瀉物や糞尿の処理も含めて、桜さんや花子さんたちと一緒に付きっきりでお世話をしたのだった。




 そもそも私は、京都に来てから特にやることがなく、暇を持て余していた。


 伏見稲荷大社の御本尊の部屋で一日中何もせずに過ごすよりは、治療の名目で子供の相手をしているほうが、断然マシだ。


 何より今回、孤児たちを引き取って面倒を見るのは全て私のわがままである。

 仮宿の伏見稲荷大社にさらに部屋を貸し切り、食費や医療費を負担してもらうのは申し訳なかった。

 なので前世の知識や技術を使って看護師の真似をして、人件費だけは自分が働いて返させてもらう。


 ついでに花子さんは、私の知る医療技術に興味があるようで、せっかくなので医師兼看護師見習いに任命して色々と教えている。

 この時代では異端だろうが、少なくとも手に職があれば役には立つだろう。


 ちなみに巫女の桜さんも、成り行きで医療技術を学んでいる。

 こっちは私のお世話係と言うか、いつの間にか専属秘書みたいになっていた。




 伏見稲荷大社の一室を貸し切り、孤児たちの看病を始めて数日が経過した。

 知識と経験不足を痛感しながらも、京都の名医の力を借りて、前世と今の時代の医療のすり合わせという試行錯誤を行い、少しずつ効率化を図っていく。


 その結果、治療は上手く行った。

 孤児たちは順調に回復していく。


 しかし、発見当初は風邪と栄養失調のダブルパンチで、かなり衰弱していたのだ。

 完全に回復するまでには、今しばらくの時間がかかりそうだった。




 けれど布団で横になって体を休めているのは退屈なようで、小さな子供はじっとしていられない。

 落ち着きがないのが普通であり、うっかり病み上がりに無理をして熱がぶり返すのは困る。


 なので私は墨と筆を持って、京都の紙漉き職人に特別に用意させた丈夫な厚紙に、前世の漫画風な絵を白黒で書き加えていく。


 ある程度絵が形になったら、厚紙を固定できる同サイズの木枠の額縁に丁寧にはめ込んでいった。




 やがて完成したので、感染伏見稲荷大社の病室で退屈している子供たちを前にお披露目する。


「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが──」


 同年代なら人並み以上には絵心があるし、子供たちも喜んでくれるので普通に嬉しい。

 だがそのせいでまた、また正史からズレそうでちょっと怖い。

 しかしこの程度なら誤差だし、私が亡くなったあとの歴史の修正力に期待したいところだ。


 ちなみに最初に描いたのは桃太郎で、日本の有名な昔ばなしである。


 これなら戦国時代の人たちにも受け入れられやすいだろうと考えていたのだが、犬猿雉の仲間を得て、いよいよ鬼ヶ島に突入する直前で、花子さんから意外な一言が出てきた。


「稲荷神様。狐はお供に加わらないのですか?」

「えっ?」


 私はそんな桃太郎あったかなと思案する。

 だが自分の知る限りは、桃太郎のお供は犬猿雉の三匹だけだ。


 狐の存在は影も形もないのだが、桜さんがすかさず助け船を出してくれた。

 ただし、私にとっては泥舟にも等しい、嬉しくない援護である。


「桃太郎は稲荷神様の御加護を得ているからこそ、鬼と互角以上に戦えるのです。

 よって、お狐様は仲間にはなりません」

「「「なるほど!!!」」」

「えっ? ……えっ?」


 説明を聞いた花子さんと病み上がりの子供たちは、皆深く頷いて納得している。


 唯一腑に落ちないのは、私のみという有様だ。

 その後、新しい紙芝居を披露するたびに、狐の参入を希望する声が上がるのは言うまでもないのだった。




 やがてリハビリも含めて十日もかかってしまったが、子供たちは全員が完治した。

 もし失敗したらどうしようかと、内心はかなり不安だったが、戦国時代は前世の子供より病気に対する抵抗力があったようで、何とか無事に乗り越えられて何よりなのであった。







 ちなみに何処で噂を聞いたのかは不明だが、長谷川等伯はせがわとうはくさんという人が、ぜひとも弟子にしてくださいと頼み込んできた。


 医者ではなく、絵師のほうらしい。

 だがあいにく弟子は取っていないので、丁寧にお断りした。


 巫女や孤児たちには色々教えているが、成り行きでそうなっただけだ。


 しかし、なかなか引き下がってくれなかった。

 なので勝手に見て覚えるのなら構いませんよと、次回作の紙芝居を描きながら渋々許可を出すのだった。




 なお、私が描いた紙芝居は伏見稲荷大社で評判になり、神職の人たちが借りて大勢の参拝者を前に披露している。

 大変好評で声に自信がある人が担当になり、今度から伏見稲荷大社の出し物に組み込むらしい。


 さらに噂で聞いたが、既に舞台化も決定しているようだ。

 色んな意味で言葉が出なかったので、驚きながらも相づちを打つのが精一杯だった。


 しかし介護の息抜きや、子供たちが喜ぶからという理由で、オタク的な思考に基づいて紙芝居を描いていたのに、どうしてこうなったと嘆いてしまう。


 結果的に長谷川さんや、その同好の士やお弟子さんまでが大集合したのだ。


 そして私の紙芝居の技法に関して、議論や研究、またはモロに影響を受ける。

 自分としてはもはや理解が追いつかずに、自分の手を離れたあとは好きにしてくださいと放置するしかないのだった。




 無事に退院した子供たちだが、助けた後に何処かで野垂れ死にしても困る。

 今後は花子さんの下に付いて、色々教わることになった。

 その結果、信仰心が天井知らずで上がっていく。


 さらに伏見稲荷大社の関係者一同は、稲荷様は医者の神でもあり、無病息災の御加護があると、そんな噂を大々的に広め始めた。

 過大評価が過ぎるが、トンデモ医療技術や知識を披露すればそうもなろうと、小っ恥ずかしいが受け入れてはいる。




 しかし、問題はここからだ。

 稲荷神様の元なら最新の医療技術を覚えられて、治療も受けられる。

 そんな根も葉もなくはないが、過剰に尾鰭がついた噂が京の都でまことしやかに囁かれるようになった。




 ちなみに伏見稲荷大社の神主さんが言うには、こっちは本願寺か延暦寺が流した偽情報らしい。

 彼らは近年救いや教えを求める民衆が多数押しかけてきて、これ以上は面倒見きれないと私に押しつけたのだ。


 もしここで門前払いすれば、こっちの信仰を下げられるので、どっちに転んでも美味しいらしい。

 確かに人間だったら無理でも、神様なら可能だと思われるのは良くある。


 そして私は稲荷神を名乗る以上、撤退は許されない。


 たとえ自称であろうと、稲荷神として振る舞うことになったのが私だ。

 頼られたからには人々を救うし、願われたからには叶える義務がある。


 それが妥協に妥協を重ねた苦し紛れの代案であろうと、とにかく神様っぽい行動をしなければいけない。


 ついでに、これまで散々馬鹿にされてきた一向宗に、この期に及んでまだ好き放題にされるのは癪だ。


 相変わらずの一度も失敗を許されない綱渡りに、穴が開かない頑丈な胃で良かったと、心の中でホッと息を吐くのだった。




 救いと教えを求める民衆をどうにかするために、私は足りない頭を捻って考えた。


 その結果、医療の学校を建てることを思いつく。


 今の時代は、個人の診療所ならあちこちにある。

 しかし大勢が学んだり患者を受け入れる総合病院や医療大学のような施設は、多分ない。




 そもそも戦国時代の医療技術は、漢方治療か自然治癒に任せるのが主だ。

 あとは詐欺としか思えない祈祷で、病魔を追い出すかだ。


 私は医者ではないが、前世の医学を知っている。

 そして狐っ娘は一日中働いても全く疲れないので、やってやれないことはない。


 しかし、それでは平穏な暮らしからかけ離れているうえ、ずっと働きっぱなしは嫌だ。


 だったら学校や病院を建てて医者を増やし、医療技術を底上げして患者の治療の効率化を図る。

 今は苦労しても将来的に楽になれば、先行投資ということで割り切れるのだ。


 そんないつもの場当たり的な判断で、今回も形振り構わず突っ走るのだった。

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