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京都

 途中で斎藤さんと合流し、道中の他国の砦や町村を殆ど素通りする。

 それでもかなりの日数がかかったが、私たちはこれといった妨害を受けることなく、無事に京都に到着したのだった。


 何しろ松平、織田、武田、今川、斎藤の、合わせて五勢力の連合軍だ。

 あとはおまけだが、名目上は稲荷大明神がトップに立って率いている。


 これだけの大軍勢に喧嘩を売るのは自殺志願者のすることだ。

 たとえ神様を信じていなくても、戦う前から逃げ腰になるのは間違いない。


 その結果、嵐が通り過ぎるのをじっと待つように、連合軍と敵対していた勢力は皆が鳴りを潜める。

 自領の城や砦に閉じ籠もって、出てこないのだった。




 ちなみに通り道の領民たちは皆こぞって、私たちの来訪を歓迎してくれた。

 これから天下を統一して、平和な世を築きに行くと伝えると、これでようやく戦乱の世が終わるのかと安堵し、誰もが稲荷大明神様万歳状態に早変わりしたのだ。


 大喜びするのはわかるが、これだから神様が普通に信じられている時代はと、私は表情は微笑みを浮かべたまま、心の中で羞恥のあまり赤面してしまう。

 すんなり事が進むのは良いが、中身は平凡な女子高生の自分では、民衆の期待に応えられない。

 やはりボロが出る前に、早いところ松平さんにバトンタッチして一抜けしたいものだ。




 そして所変わって、京都の南口に神輿が到着する。

 私は少し高い位置から町並みを見下ろし、素直な感想を口に出そうとした。


「これが日の本の国の中心、京の都ですか。ですが何と言いますか」

「噂には聞いていましたが、酷い荒れようですね」


 残念ながら流石にちょっとどうかと思ったので言葉に詰まると、松平さんが補足してくれた。


 何しろ町中には死体や糞尿が放置され、家々もボロが目立ち、住民の皆は元気がない。

 昔国語の教科書で読んだ、羅生門を彷彿とさせる酷い有様だ。

 もし百鬼夜行が出てきたら、私も狐っ娘として妖怪の仲間に入れてもらおうかと、そんなことを冗談だが考えてしまうほどである。


「何はともあれ、早急に治安維持と衛生管理を徹底させてください。

 京の都の稲荷大社には、既に文を送っていますが」

「ふむ、稲荷様は何処に滞在されるのですか?」

「ええと、ちっ、近場で良いでしょう」


 先触れとして私が京都に来訪すると告げた結果、滞在先として稲荷神を祀る神社が、多数候補に上がった。


 だが、日本の古き信仰が根付いた町は伊達ではない。

 ぜひうちにお泊まりくださいと、皆がこぞって自分を求めたのだ。


 正直な所、泊めてくれるなら何処でも良かった。

 それに京都に詳しい知り合いも居なかったので、候補地は到着まで保留となっていたのだ。


 なので行き当たりばったりの私は近場の稲荷大社に決めて、御輿を担いで移動する。

 五万もの連合軍は流石に京都の中までは入れられないので、外で野営地を建設して待機だ。


 私は精鋭の護衛部隊に守られながら、南口に近い伏見稲荷大社の敷地内に足を踏み入れる。


「短い間ですが、お世話になります」

「稲荷大明神様にご滞在いただき! 恐悦至極にございます!」


 相変わらず、お神輿に乗せられたままだ。

 恭しくかしこまる神職の人たちを上から見下ろす形になる。


「ご案内致しますので、こちらへどうぞ!」


 本宮に案内されてから、ようやく神輿を降りた。

 道中ずっと担がれっぱなしで、人と話す以外は殆ど動けなかったので退屈だった。


 私が奥の間でしばらく一人になりたいと告げると、何か御用があればお呼びくださいと一礼し、続いて数名の巫女さんが入室した。


 彼女たちはお茶とお菓子を順番に並べていき、最後に恭しく頭を下げる。

 続いて障子戸の向こうに退室していった。


「はぁー、ようやく京都まで来れたよ」


 狐耳を意味もなくピコピコさせて、周りに誰も居ないことを確認する。

 気配は障子戸や壁の向こう側で見られてはいないし、小声なら聞こえそうにないので、ようやく肩の力を抜いて一息入れた。


 正座を崩して、置いていってくれたお茶とお菓子に手を伸ばす。

 まずは喉を潤してから塩煎餅っぽいものを食べるが、殆ど味がしなかった。


「京都と言えば八つ橋のイメージだけど、砂糖が全然出回ってないからなぁ。

 それに生のほうが食べたいよ」


 戦国時代の京都は、あまり豊かではないようだ。町に住んでいる人たちの顔色は悪かった。

 それに三河からは遠いので、私の噂は関係者以外にはそこまで広がっていなさそうだ。


 だが今回私が来訪した伏見稲荷大社の関係者は、まるで栄養ドリンクでも飲んだように生き生きとしていた。

 

「早いところ戦乱の世を終わらせて、京都銘菓を再現してもらわないと」


 味の薄い塩煎餅を齧ったことで、甘い物を食べたい欲が刺激される。

 変な方向に物事を考えてしまうが、それでも戦国時代を終わらせるという目的は覚えていた。


 今は本来の歴史からはかけ離れているが、こちらは松平さんにバトンタッチすれば、元通りとはいかないが、多少なりとも軌道修正は行える。


 もっとも、私は正史の知識さえかなり怪しい。

 何処をどうすれば元通りなのかは、細かいところはさっぱりだ。


「うーん、今は足利義輝って人が室町幕府の代表らしいけど。

 ここからは、そう上手くはいかないよね」


 ふと振り返れば、ここまでは順調に行き過ぎていた。そろそろ障害の一つや二つ現れてもおかしくない。

 それなりの苦労はしてきたが、ここ最近はトントン拍子に事が進みすぎたので、逆に不安になってきた。


 私がそんなことを考えていると、廊下から慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。

 続いて少し遅れ、障子戸がガラリと開け放たれた。


「稲荷大明神様! 一大事です!

 三好が兵を上げて二条御所に攻め入り! その数は五千もの大軍でございます!」

「ごっ、五千!? ええと、あの……少なくないですか?」


 神主さんは大慌てで説明してくれたが、私は最初は驚いたがすぐに冷静になる。

 すると本宮の奥の間では、何とも言い辛い空気が広がった。


 しかし、連合軍の本隊は京都の外で陣を張っている。

 町中に居るのは治安部隊と護衛部隊だけだが、確かにそう考えれば、兵力が五千でも脅威と言わざるを得ない。


「三好の目的は?」

「あっ、はい! 恐らくは二条御所に居られる足利義輝様を、亡き者にすることかと!」


 私は、ふむーと口元に手を当てて思案する。

 今現在の状況だが、連合軍の主だった大名や武将が二条御所に出向いていた。

 足利義輝さんに、征夷大将軍を退位するようにと説得を行っているのだ。


 そして三好勢力だが、もし将軍の殺害が目的なら、相手の戦力が少ないときを攻めるのが一番なのは言うまでもない。

 そうとなると今は時期が悪いのは、素人目線でも明らかだ。


 ちなみに計画を押し切った理由だが、上洛軍が今代の征夷大将軍と面会していることを察知し、三好が近々実行に移そうとしていた殺害計画がポシャる可能性がでてきたからと、そのような話を聞かせてもらった。


「三好にとっては、足利義輝が邪魔だったんでしょうか?」

「そっその辺りは、私には何とも」

「ですよね」


 今の京都の情勢が、どのようになっているのかは見当もつかない。

 神主さんも政治の中枢はさっぱりらしく、噂程度ならともかく詳しい事情は知りようがなかった。


 何にせよ配下が統治者を殺す目的は、今も昔も変わらない。

 大方、次の足利将軍を、自分たちに従順な傀儡に仕立て上げるつもりだろう。


「もう足利将軍の時代ではないと言うのに」

「あっあの、稲荷大明神様はどのように動くおつもりでしょうか!」


 戸惑いながらも、私に質問してくる。

 どう答えようかと思案して、たった一言を口にする。


「何もしません」

「えっ? そっ…それはどういうことでしょうか?」


 若干落ち着いてきたが、まだ顔色が青い神主さんを安心させるために、京都の外に待機している連合軍のことを、簡単に説明する。


「京都の外に布陣している五万もの連合軍は、既に行動を開始しています。

 それに二条御所に集まっているのは、皆が一騎当千の強者で、巡回中の治安部隊も異常を察知します。

 結果的に三好は多方面作戦を余儀なくされ、さらに数的不利も合わさり、敗北は避けられないでしょう」


 ようやく神主さんの顔色が戻り、彼は大きく息を吐いた。

 一方私は、被害が出ないのは良いことなのだが、ラスボス(三好)出現かと思ったら瞬殺だったと、何とも素直に喜びにくい気分を味わった。


 こうなったら目の前に置かれた塩煎餅に、モヤモヤする気を紛らすためにムシャムシャするしかない。

 小さな手を伸ばして、ハムスターのようにモグモグするだった。

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