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野宿

 私は悩んだ末、長山村を飛び出した。

 だが気持ち的には、台風の日にちょっと田んぼの様子見てくるのと同じで、別にそこまで深い考えはなかった。


 それでも歩みを止めることなく、東条城を目指して犬ぞりで駆けた。


 神主さんに簡単な地図を描いてもらったのでそれを参考にしているが、戦国時代の街道に電柱が立っていて、町名や番地が書いてあるわけでもない。


 なので分かれ道の地形や、通りがかる村の特長、途中に通過する関所等が記されているだけの、何ともあやふやなものだ。


 正直自分が今何処を走っているかがわかり辛く、本当に合っているのかどうかと、かなり不安であった。


 それでも持ち前の気楽さと行けばわかるさの思考で、直感と地図を頼りに時々立ち止まって確認し、間違いに気づいたら引き返したりする。

 三歩進んで二歩下がりつつも、徐々に目的地へと近づいていったのだった。




 東条城の近くまで来たとき、遠くの空を見ると山の陰に太陽が沈んでいく。

 どうやら日が暮れてきた。


 私も狼も夜目が効くし、狐火を灯せば夜間も走り続けることもできる。

 しかしワンコたちは元気なフリをしても、自分と違って疲れるものだ。


 ならば何処で休もうかと考えたが、流石に他の村で一泊する気はない。


 万が一にも正体がバレて妖怪として追われたら困るので、常に藁傘で耳を隠して何食わぬ顔で素通りしてきた。


 私のことを知っていれば、関所のように歓迎してくれるかも知れない。

 だが安全圏から出れば、指定暴力団ならぬ野武士や一向宗が我が物顔で闊歩する危険地帯だ。


 身バレは死ではないが、妖怪だと勘違いされて斬られそうだし、できれば手荒なことをしたくない私は尻尾を巻いて逃げるが勝ちである。




 それはそれとして、東条城の様子を見て三河の殿様が優勢なら、何もせずに実家に帰る。

 もし不利なら何やかんや手を貸すことになるが、野宿生活はもうしばらく続きそうだ。


 念の為に長旅用の荷物は犬ぞりに積んでいるので、その点は抜かりなしである。


 そして、とうとう太陽が完全に山の向こうに隠れてしまった。

 辺りは暗闇に包まれたので、犬ぞりから下りて狼たちを結んでいる紐を外す。

 続いて近くに人が居ないことを確認してから藁傘を外して、狐耳を澄ませる。


「ふむ、川はこっちかな?」


 川が流れる音を感知した私は、犬ぞりを背負って街道を外れて歩き出す。

 林に分け入って茂みをかき分けて進んでいくと、小さな川が流れているのを見つける。


 水も透き通っていて綺麗なので、これなら飲んでもお腹を壊すことはなさそうだ。


「今日はここで一泊するよ。

 明日の朝には出発するから、それまでゆっくり休んでね」


 躾が行き届いているので、勝手に何処か行ったりはしない。

 ある程度自由に動き回ったりはするが、口笛を吹けばすぐに集合するので、本当に優秀なワンコたちだ。




 解き放たれて各々自由に過ごす狼たちを前にして、私は犬ぞりに積んでいる荷物の中に手を入れる。

 ガサゴソとさばくって、燻製肉を探しだした。


「一個ずつね。もっとお肉が食べたければ、自分たちで狩りをするように」


 そう言って煙でいぶしたシカの燻製肉を、小刀で均等に切り分ける。

 続いて狼たちのほうに放り投げた。


 尻尾を振りながら飛び上がって空中でキャッチするので、芸を教えたつもりはないが、こっち方面の躾けも完璧であった。


 犬の先祖は狼と聞いたことはあるが、私の前では完全にワンコ化している。


「明日の早朝に出発予定を忘れないでね。以上……解散!」


 実際のところ、私の言葉を何処まで理解しているかは不明だ。

 しかし、ある程度わかっていればまあ問題はないだろう。




 狼たちには、干し肉で良いだろう。

 自分はと言えば、出かける前に作ってきた、たくあんとおにぎりというシンプルイズベストの和食である。


 海苔なしなのは寂しいが、今の時代は高級品だから仕方ないと割り切って頬張る。

 日本人の原点回帰というか、毎日は嫌だけどたまにはおにぎりも良いなと、小さな口をモグモグと動かす。


 一部残った狼たちに夜の間の見張りを任せて、適当な草地に横になる。

 焚き火もしないし緊張感もまるでなく、あっという間に眠りに落ちるのだった。







 次の日は早朝に出発して、犬ぞりを走らせて街道を進んでいく。

 目的地まであと少しなので、今日中には辿り着けるかも知れない。


 そんなことを考えていると、途中で寂れた農村を見つけた。

 別にわざわざ立ち寄る必要はないが、通り道にあるので真っ直ぐ突っ切ったほうが移動時間の短縮になる。


 今の御時世なら、旅の僧侶や巫女など珍しくない。


「私だとバレても、声をかけられなければセーフ」


 金髪の艷やかな長髪や犬ぞりは、遠くからでもとても目立つ。

 もし噂を知っていたら、一発で私だとバレてしまう。


 しかしこれまでの関所や村は、拝まれたりはしたけど問題は起きなかった。


 なので今回も何食わぬ顔で通り抜けてしまおうと開き直り、私はそのまま進むことにする。




 なお、犬ぞりに乗っている身綺麗な幼女という時点で普通でない。

 先程も考えたが、耳は藁傘で隠せても、絹のように滑らかで美しい狐色をした長髪は丸見えだ。


 さらにはお貴族様かと思えるほどの仕立ての良い紅白巫女服と、傷一つない瑞々しく健康的な柔肌が露出している。


 つまり誰がどう見ても、とても目立っているのだ。

 しかしそれこそ今さらなので、開き直って寂れた村を横切ろうとする。


 だが途中で妙な匂いがして、はてと首を傾げてしまう。


(これは肉の焼ける臭い? しかも、動物じゃない。

 想像したくないけど、もしかして人を燃やしてる?)


 村に点在する茅葺屋敷や掘っ立て小屋は、かなり破損していた。

 中には火事でも起きたのか、炭になっている家もある。


 さらに犬ぞりを走らせて広場の前を通りかかると、死体を積んで火葬している現場を目撃してしまう。

 まだ生焼けなのか、何とも言えない強い臭いが漂ってきて、気分が悪くなる。


 そんな中で生気のない農民たちは、誰もが犬ぞりを操る私を見てくるだけでなく、一人の少年が狼たちを恐れることなく、真っ直ぐにこちらに駆け寄ってきた。

 具体的には、犬ぞりの前に立ち塞がったと言ったほうが良いだろう。


「稲荷神様! どうか! 母ちゃんを助けて!」


 今までは狐っ娘はスルー安定だった。

 しかし少年は違い、私は慌てて狼たちを止める。

 ギリギリで停止して、何とか人身事故にならず済んで安堵の息を吐く。


 だがやっぱりバレていたことがわかり、ついでに東条城はかなりの距離があるのに、噂は何処まで広がっているやらだ。


 それはそれとして、少年はきっと困った時の神頼みだ。

 けれどバレたら仕方がないと藁傘を投げ捨てるつもりはなく、私はあくまで旅の巫女として接する。


 少年は狐っ娘が稲荷神を自称していることを知っているが、他の村人はどうなのかはわからない。

 正体現したねからの、妖怪が攻めてきたぞのコンボは考えすぎだと思うが、できれば内密に済ませたかった。


 私はわざとらしく咳払いをした後、それっぽい対応をする。


「コホン! どういうことですか?」

「うちの村が野盗に襲われて! 母ちゃんが連れてかれちまったんだ!」


 頼りにされても、それは巫女のできる仕事ではない。

 狐っ娘の身体能力なら撃退は可能だろうが、それはそれこれはこれである。


 そして私の正体を知ってか知らずか、少年以外の村人も続々と集まってきた。

 続いて、口々に救いを求める声を上げる。


「野盗は女と食料を奪っていっただ!」

「逆らった者は、皆殺されて家と一緒に焼かれただ!」

「次に来たら、おらたちが殺されちまう!」

「領主様に訴えても戦をしてて、それどころじゃねえだ!」


 この人たちはたまたま通りかかった巫女に事情を聞かせて、どうしようと言うのか。

 そして家や人を燃やしたのは、野盗だったという事実が明らかになった。


 しかしきっと村の人たちは、自暴自棄になり誰でも良いから助けて欲しいのだろう。

 それでも私にとっては、大迷惑である。


(これって旅の巫女として、どう答えるのが正解なの?

 神仏が決して野盗の乱暴狼藉は許しはしません。必ずや天罰が下るでしょう。……かな?)


 多分これが旅の巫女として振る舞うなら、模範解答だと考えた。


 しかしそれでは、連れ去られた女性たちや奪われた食料は戻ってこない。

 殺された人たちの無念も晴らせないから、諦めて泣き寝入りしなさいと言っているように聞こえる。


(でも私って、泣き寝入りは好きじゃないんだよね)


 目の前に困っている人たちがいるのに、それを無視して先に進むことはできない。


(それに私のことを稲荷神だと思ってるし、スルーしたら手の平返しは確実かな)


 何より自分の近くには、生焼けの死体も積み重なっている。

 戦国時代特有の理不尽な仕打ちを見せられて、怒りと不快感が酷い。


 なので私は、にっこりと微笑みながら少年に声をかける。


「連れ去られた人の私物は、残っていますか?」

「あっ、あの? 稲荷神様、一体何をされるおつもりでしょう?」

「狼に匂いを覚えさせて、攫われた女性を追います。そして野盗の拠点を突き止めるのです」


 村人たちが唖然としている間に、私は犬ぞりから下りる。

 次に乱雑に積まれて、燃やされている死体に歩み寄った。


「……その前に、死体を何とかしないといけませんね」


 人間が積み重なって火葬されている様子を見ても、怒りが勝っているので全く動じることはなかった。

 近くまで来ると匂いが酷くなったので、衛生的にも迅速に処理するに限ると覚悟を決める。


 右手をかざして青白い狐火を生み出し、物言わぬ死体に向けて飛ばす。

 赤い炎ごと死体を飲み込んで上書きして、時間にして一分足らずの出来事だ。


 目の前の物全てを燃やし尽くして白骨化させると、青白い狐火は自然に消え去る。


「私が手を貸すのは、拠点を突き止めて野盗を片付けるまでです。

 連れ去られた人や物を取り返すのは、貴方たちがしてください」

「「「はっ! ははー!!!」」」


 恐らく私の正体に薄々気づいていた村人たちは、今や両手をついて地面に頭を擦りつけている。


 見事な土下座であった。

 それを見た私は、自分がまたも盛大にやらかしたことに気づく。


 だが今は誰彼構わずに当たり散らしたい気分だし、危険な野盗を野放しにしておくこともできない。


 なので仕事を終わらせたら、この村を速やかに去ろうと心に決めるのだった。

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