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三河島事故

 同じく昭和三十七年のことだ。私は五月三日にお忍びで東京見物をしていた。

 目的は、雑誌に載っていた限定スイーツの食べ歩きである。


 今は外国人も日本国内でたまに見かけるので金髪は珍しくないが、そのままだとやはり目立つ。

 側仕えに丁寧に櫛で整えてもらい、今回はお団子状にまとめる。

 そして最後に野球帽を深くかぶって、年頃の女の子らしい服装という簡易変装でいつも通りに誤魔化す。




 そして夜の東京荒川区に、お忍びで食べ歩きをするのだ。

 道中の私は、何だかんだでバレていないようだった。


 通行人は皆最初はこっちをマジマジと凝視するものの、やがて人違いだと思ったのか視線をそらして、特に話しかけてはこなかった。


 夜間に幼女がぶらつくのは逆に目立つのではと思わなくもないが、近衛や側仕えと家族のフリをしているので、今の所は上手いこと誤魔化せているようだ。


 何よりたまの外出は楽しいので、余計なことは考えずに食べ歩きに集中しないと損である。




 しかし眠らない街の東京は、夜でも電灯がついていて昼間のように明るい。

 それに何処も人通りも多くて、とても賑わっている。


 他にも気になるモノを見つけたので、何となく口から出てしまう。


「何だか狐の小道具が多いですね」

「稲荷様を崇拝対象とするのは、日本国民ならば当然かと」


 夜の都会の人混みに紛れ、適当にぶらつきながら漏らした呟きに、私と同じく変装した近衛が小声で返答する。

 狐っ娘の最高統治者を崇拝すると聞いても、四百年以上経ってもピンとこない。


 場当たり的な指示しか出せない自分でも、見た目がマスコットキャラクターなのは自覚している。

 なので、もし人気というなら神様ではなくゆるキャラ部門だろうと、私なりに納得しておく。


 あちこちの建物には狐のイラストが描かれたり、狐の像が設置されている。

 中には稲荷神様万歳の文字まで目に入ってしまう。


 人は古来より、ちっちゃくて可愛い生き物に弱い。

 だがそれにしてもここまで狐っ娘グッズが溢れていると、物には限度がある。もしくは加減しろ馬鹿と叫びたくなるのだった。




 それはともかくとして、適当にぶらついているうちに駅前までやって来た。

 そこの置き時計を見ると、時刻は夜の九時を過ぎていたことに気づく。


 同行している者たちもそれを見て少しだけ思案し、イチゴのクレープを満面の笑みで頬張っていた私に声をかける。


「そろそろお帰りになられたら如何でしょうか?」

「そうですね。今日は十分に楽しみましたし、そろそろ帰りましょうか」


 常磐線三河島駅を利用している人たちに、稲荷神だと悟られないように簡略的なやり取りする。

 しかし東京都内とはいえ、思えば遠くに来たものだ。


 ここから稲荷大社に帰るには徒歩だと時間がかかり過ぎるし、タクシーを使うのも出費がかさむ。


 ならば、目の前の駅から電車で帰るのがお得そうだ。

 何より公式の場では稲荷神専用列車ばかり乗っていたので、一般車両に乗るのは本当に久しぶりだった。


(何だか凄く懐かしく感じるよ。うん、決めた。今日は電車で帰ろう)


 私は近衛と側仕えに電車で帰ることを伝え、大勢を引き連れて常磐線三河島駅の構内に入る。

 時刻表を見ると終電はもう少し先のようなので、問題ないと判断して続いて路線図の前まで移動する。そして稲荷大社までの乗り換えと切符代を調べた。


「では切符を──」

「スイカを持っているので必要ありません」

「はい、……ですよね」


 硬貨を払って切符を買えるとワクワクしていた。

 だが現実は、デフォルメされた可愛らしい狐が描かれたスイカを側仕えに渡されるだけで済んでしまった。


 そもそもの話、今日も変わらず手ぶらだ。お金は一円も所持していない。

 最新スイーツも全て同行者に買ってもらったので、前世のように券売機に硬貨を入れて切符を購入するなど、夢のまた夢である。


 良い悪いはともかくとして、四百年以上も無一文の最高統治者を続けていれば、否が応でも慣れるものだ。


 なので私用のスイカを受け取って、溜息を吐きつつも堂々とした態度で立ち止まらず進む。

 そのまま駅の改札を潜り抜けたが、料金は子供か大人かが少しだけ気になった。

 結局、まあどっちでも良いかと適当に流したのだった。




 結果的に切符は買えなかった。しかし久しぶりに一般車両に乗ることができる。

 なので私は内心ウキウキしながら常磐線三河島駅のホームのベンチに座り、両足をブラブラさせて電車を待っていた。


 だがそんな中で、予想だにしなかった事件が起こった。


 別路線を通り過ぎたのは良いが、何故か停止信号を通り過ぎて安全側線に進入し、あろうことか脱線して他の路線を塞いでしまう貨物列車を目撃したのだ。


 甲高いブレーキの音が聞こえたので、咄嗟に止めようとはしたのだろうが、残念ながら時既に遅しだ。




 私以外にも目撃者が数多くいて、こうなると当然駅の構内は大騒ぎになる。

 自分も頭の中は大混乱中だが、皆と一緒にアタフタしている時間はない。


 狐耳に人々の悲鳴や驚き以外に、別の電車がこちらに近づいてくる音を聞き取ったのだ。


「貴方たちはこの場に留まり、二次災害を防いでください!」

「何処へ行かれるのですか!?」

「他の列車を止めてきます!」


 そう言って私はホームのベンチからスクっと立ち上がって、すぐさま跳躍する。

 脱線して横転した貨物列車を越えた先の路線に、華麗に着地した。


 そして真っ直ぐ向かってくる電車を遠目に見据えると、疾風のように勢い良く駆け出すのだった。




 常磐線三河島駅を目指してひた走る電車の運転手が、路線を塞いでいる貨物列車に気づいてブレーキを入れるよりも前に、私は先頭車両と接触した。


 その際に、通常ならゴールキーパーの森崎君のように為す術もなくふっ飛ばされる。

 もしくは、ミンチより酷でえ肉片になるはずだが、私には人間の常識は当てはまらない。


 両手両足に少し力を入れるだけで、何の抵抗もなく受け止めてしまえる。


(漫画では新幹線を素手で受け止めてたし、私だって電車ぐらい)


 漫画では、子犬を守るために新幹線を受け止めていた超人が居た。

 私も狐っ娘パワーを使えば何とかなるはずだと、これまでの実績を頭に思い浮かべる。

 だがまあ電車を真正面から受け止めた経験などあるはずもなく、ぶっつけ本番だ。


 いつも通りの、場当たり的な判断だと言えばそれまでである。

 しかし、狐っ娘の身体能力が不可能を可能にしてくれた。




 かなり前方で受け止めたことと、異常に気づいた運転手がブレーキを入れたことで、電車の速度はみるみる落ちていった。

 時間にしては数分程度だが、私の体感としてはかなり長い間踏ん張っていた気がする。




 それでも何とか、常磐線三河島駅の構内で脱線した貨物車と自分の足が、ほんの僅かに接触した辺りで、ようやく停車してくれたのだった。


「はぁ……怪我人を出さないよう手加減するのは、なかなか骨が折れました」


 受け止めていた手を離して、自由になった私は先頭車両から離れる。

 そして取りあえず、肉体的に何処にも異常がないことを確認する。




 実際に最高速度で列車が突っ込んできたところで、棒立ちで難なく弾き返すことができる。

 しかし、大勢の乗客や乗員の被害を抑えるには、それは絶対にやってはいけない。


 だからこそ私は列車を正面から受け止めるだけでなく、体の力を抜いてジリジリと後退を続けたのだ。


「とにかく、何とかなって良かったです」


 理論上や物理的に不可能だろうと、狐っ娘なら難なくやれてしまう。

 ただし中身の私が行えるのは脳筋ゴリ押しに限るが、ともかく結果オーライである。


 急停止による負荷で怪我人は出ているだろうが、転倒した貨物列車と衝突するより断然マシだ。


 それに、二次災害を防ぐために近衛や側仕えが動いている。

 もうこの場で、私にできることはもう何もない。


 しかしまだ、立ち去る前の最後の一仕事がある。

 列車の窓から、狐っ娘に感謝の言葉を伝える乗員乗客に、笑顔で手を振った。


 しばらくそうしていたが、これではいつまで経っても我が家に帰れないことに気づく。

 ゆっくり背を向けて、精神的な疲労の溜め息を吐く。


 それでも気を取り直して顔を上げ、常磐線三河島駅のホームに向かって、ゆっくりと歩き出すのだった。




 余談だが、ホームに残った側仕えは狐っ娘の指示だと、駅長に伝える。

 三河島駅に向かっている列車の全てに、即刻停車命令を出させた。


 一方で近衛は、何処に準備していたのか全員が強化外骨格を装着し、私が笑顔で手を振っている間に脱線した貨物列車を片付け始めた。


 なお、これらの出来事は三河島事故と呼称されて、狐っ娘の活躍も含めて翌日のトップニュースを飾ったのは、言うまでもなかったのだった。




 史実よりも遥かに技術力が向上して安全管理をきっちりしているのが今の日本だ。

 しかし実際に操作し、判断を下すのが人間である限り、どうしても見落としや事故は起こってしまう。


 日本国民から神のように崇められている私でも、何度もうっかりをするのだ。いくら気をつけても失敗はするものだ。


 それでも国民全員が常日頃から気をつけていれば失敗する回数を減らせて、同じ過ちを繰り返さずに次に繋げていける。


 歴史にも電車にも詳しくない私は、三河島事故が史実でも起きたか、同様の場合は原因まで全く同じかはわからない。

 だがまあ死傷者ゼロだったのだから、私のしたことも無駄ではないのだと、ぼんやりとそう考えたのだった。

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