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イッチーブーム

 昭和三十三年になって、私はひょんなことから南極と日本を往復するハメになった。


 悪天候の影響で、冬越しも引き継ぎも断念した探検隊は撤退することになる。

 その際に第一次越冬隊の樺太犬十五頭を、無人の昭和基地に置き去りにせざるを得なくなったのだ。


 顛末を政府関係者から聞いた私は居ても立っても居られなくなり、思い立ったが吉日とばかりに耐衝撃及び耐寒性のコンテナを至急取り寄せてもらい、それを担いで空を飛んで向かう。


 昭和基地を目指して飛行を続ける私は、氷点下や悪天候など何のそのだ。

 結果的に樺太犬十五頭をコンテナの中に入れて再び大空を飛び、あっさり日本に帰国した。


 犬係だった二人の越冬隊員は思わぬ再会を喜ぶ。

 このエピソードから南極物語という題名の映画が作られて、世界中の人々を感動させたのだった。




 ちなみに、一度はワンコたちを迎えに行くのを断念したものの、装備を整えて再度南極に向かったり、日本の信頼を勝ち取るために、他国の調査船が我先にと南極に行ったり回収するつもりだった。


 しかし私は話もろくに聞かずに、砲弾のように飛び出していったのだ。

 海上で追い抜いたりすれ違ったりしても、向こうからは目立つから丸見えでも、他国の調査船は全く気にしないのだった。


 なので、見せ場を奪われた各国の関係者一同は、とても残念がっていた。







 時は流れて昭和三十四年になる。

 日本の皇太子が四月十日に結婚するということで、私も式場に参列して直接お祝いの言葉をかける。


 だがまあ、その際に皇太子妃から冗談が飛び出した。


「稲荷様は気になる殿方は居ないのですか?」


 そう尋ねてきたので、式場はたちまち大騒ぎである。

 特に若い女性を中心にして、キャーキャーと黄色い声があがった。


 私は顔を赤くしながらも必死に口を動かし、気になる方は居ませんねと、はっきり否定しておいた。




 そして夜になって家に帰って来た私は、テレビもつけずに居間のちゃぶ台に頬杖をついた。

 珍しく真剣に考えていた。


 自分は不死身なので、人間を夫に持っても彼のほうが絶対に先に逝く。

 いつまでも現世に残ってしまうのだ。


「長く生きた中で気になった人は居ないとは言わないけど。別れの時が来たら、きっと耐えられないよ」


 なので、気になる異性より上には絶対にならなかった。

 友達以上恋人未満ではなく、それより下の知り合い程度に留めていたのだ。


 だが徳川さんが亡くなってからは、誰も彼も子や孫のようにしか見れなくなった。

 恋愛感情を抱くことはないのだった。




 思考の海から浮上した私は、体を起こして大きく深呼吸をする。

 そしてグイーッと伸びをして、特に意味はないが腕をグルグル回して肩を上げ下げする柔軟体操を行う。


 気持ちの切り替えに一区切りついたら、リモコンを操作して薄型テレビの電源を入れる。

 するとちょうど、今日の結婚式の様子と馴れ初めを放送していた。


「皇太子と皇太子妃は、親善テニストーナメントの対戦がキッカケだったんだ」


 式の途中に聞いた気がするが、私の恋愛話に変わった瞬間、頭の中からすっぽ抜けてしまったのだ。


 それはともかくとして、テレビの向こうでは華族と平民の自由恋愛の物語が語られていく。

 続いて、私がテニスウェアを着用してコートで試し打ちをする映像が流れた。


 正直殆ど関係ないので、二人の馴れ初めは何処に行ったのかと首を傾げる。


「それに、イッチーブームって何? 私関係ないよね?」


 子供サイズのテニスウェアを着て、ラケットを無邪気にブンブン振る私が背景になっている。

 皇太子と平民女性の結婚を後押ししたのは、実は狐っ娘だったと明かされる。


「確かにアドバイスはしたたけど。恋愛経験ゼロとは言い出せなかったし」


 テニスコートで偶然たまたま、二人と会話した覚えがある。

 何を話したかは忘れたが、言われてみれば自由恋愛に関して聞かれた気がする。


 だがこっちは四百年以上も処女をこじらせており、恋愛経験など皆無だ。

 それでも頼られたら基本断れないので、親身になって相談に乗り、当たり障りのないことを答えたと思う。




 結果、稲荷神と皇太子妃の名前を合わせたイッチーを昭和のシンデレラと銘打ち、大々的に報道することになった。


 テレビ画面を見る限り、二人の関係を後押しした自分は、かぼちゃの馬車を出す魔女役だろう。


 こじつけ感が否めないが、高貴な方のご結婚なので、どのマスコミもとにかくめでたいと囃し立てる。

 なのでイッチーブームが日本中に広まって社会現象になるのは、ほぼ間違いない。


 朝廷と神皇の繋がりを強調するのが日本にとってプラスになるなら、私はこれからの二人が上手くいくように願うのみであった。




 同じく昭和三十四年に、王選手が読売稲荷軍に入団した。

 彼の家庭は隣の大国から移民でやって来たのだが、厳しい審査を通過して中華料理の五十番というお店をやっている。

 日本に溶け込もうと頑張っているのを見ると、私もついつい応援したくなる。


 それにしても東京一強とばかりに戦力強化されてはいるが、負ける時は負けるものだ。

 さらに相手のチームが食らいついて、延長線に突入したりする。だからこそ、きっと野球は面白いのだろう。


 一方私は、居間のちゃぶ台の上にお菓子とお茶を用意してどっしり構えていた。

 野球中継の延長で、予定されていたアニメが中止になったことに、大きな溜息を吐く。

 だがすぐに気持ちを切り替えて、別の時間帯に録画した番組を見ようと、素早くチャンネル変更するのだった。




 同年の九月に台風十五号が発生し、紀伊半島から東海地方を中心に甚大な被害をもたらした。

 特に伊勢湾沿岸の愛知県、三重県での被害が甚大だったことから、伊勢湾台風と名付けられた。


 正史よりも高度な技術力を持っていても、やはり自然災害には勝てない。

 被害は抑えられたが、私は久しぶりに慰問に出向き、割烹着姿で巨大な鍋をグルグルとかき混ぜることになった。


 全国からの食糧支援や自衛隊の活躍もあるので、実際には私の出番は殆どない。

 それでも日本国民が期待しているのだから、頑張らないわけにはいかない。




 いくら機械化や自動化が進んでも、災害によってライフラインが寸断されては、復旧するまでは人力に頼る場面が多くなる。


 なので、私が山間部を大荷物を抱えたまま疾走し、道路が寸断されようが雨風に晒されようが関係なく、山越え谷越えで助けを待っている被災地に救援物資を届ける。


 まあ、日本の最高統治者の仕事としては正直どうかと思うが今さらだ。

 それで苦しむ国民が助かるのなら、やらない理由はない。


 何より最近は近衛の装備が充実してきたので、置いてけぼりではなく一緒に荷物運びになってくれた。

 おかげで被害を受けた現地住民も感謝感激だ。

 そんな微笑ましい光景を、現地で大鍋をかき混ぜながら静かに見守るのだった。

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― 新着の感想 ―
稲荷様にとって松平さんはとても大きな存在でしたねえ…
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