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水爆実験

 時は流れて、昭和二十九年になった。


 正月三が日も、いつも通りに早朝ジョギングを行う。

 次にラジオ放送を済ませて、境内の石畳の上を同じ石は二回乗ったらアウトというマイルールを作り、我が家の帰り道を遊びながら歩いていた。


「しかし、今日は参列者が多いですね」


 本日一月二日は新年の始まりなこともあってか、東京の稲荷大社はとても混雑していた。

 ちなみに私にとっては、表舞台に引っ張り出されなければ一年中が休日のようなものだ。


 正月だろうとクリスマスだろうと関係ない。

 四百年以上も適当に過ごしていれば、曜日どころか月々の感覚も曖昧になって、当日になって気づくことも多々ある。


 だがそれでも、正月三が日に稲荷大社にやって来る日本国民の気持ちは何となくわかった。

 新年早々に狐っ娘の姿を一目拝もうと、東京だけでなく地方からも大勢の人が願掛けに訪れるのは、初参りなら当然だ。

 転生する前の私も、年が明けるたびにお参りしに行っていた。


 しかし、まだまだ寒い一月にわざわざ遠出するのが面倒だったし、臨時巫女のバイトもあるので、毎度家から一番近い寂れた稲荷神社で適当に済ましていた。


 まあそれはともかくとして、参拝客は稲荷神の行動を妨げてはならないと思っているようだ。

 遠巻きに見守るか、拝むに留めてくれている。


 関係なく近づいてくるのは無邪気な子供たちぐらいだが、私は四百年以上生きているが精神年齢的には女子高生から全くブレない。

 お子様の相手は望むところであった。


 だがまあ、それでも今日は流石に人が多すぎる。


 今現在私が歩いている石畳に近寄らせないように、急ごしらえだが頑丈なロープを左右に張っている。

 おみ足ペロペロどころか許可なく触れてはいけない稲荷神で、側仕えや近衛ですら恐れ多いという有様だ。


 つまり一定の距離以上近寄るのは、当人が許可した時以外は基本的には禁止なのである。


(でもこれは、早いところ家に帰ったほうが良さそうだね)


 地方からわざわざ、私を見に来た人も居るだろう。

 後列は狐っ娘が全然見えていない。きっと今頃、ロープの向こうで押し合いへし合いをしているのは間違いない。


 あまり長くこの場に留まっては、人集りが不意に横転した時に下敷きになった人が大怪我するだろう。

 なので私は、周囲に警戒している近衛と側仕えに、いつも通りの軽い感じに告げる。


「少し早めに家に帰ります。参列者のことはよろしくお願いしますね」


 満員電車と同じく過密状況が長引くのは不味いと判断した私は、戸惑う近衛と側仕え、そして大勢の参列者にニッコリと微笑みかける。


 その後、軽く地面を蹴って真っ直ぐ空高く飛び上がった。


 私が参道を歩いたり走ったりすると、周りの人混み押し合いへし合いで転倒してしまう。

 地上が駄目なら空だという、いつも通りの場当たり的な思考だ。

 それ自体に、深い意味は全くなかったのであった。




 私にとっては軽く飛んだ程度だが、地上の人が砂粒程の大きさに見えるだけの高度に到達すると、久しぶりに狐火で大きな翼を展開する。


 そもそも、これがただの炎ではないのは一目瞭然だ。

 物理法則やら質量保存やら、世界のルールを完全に無視している。

 空を飛んだのも初めてではないのだが、久しぶり過ぎて思うようにはいかない。


「何とかなったけど! おおっと!」


 狐火の放出は制御がなかなかに難しく、上手いことバランスを取るのが一苦労だ。

 それでも何とかふらつきながらも方角と速度を調整して、降下目的地である森の奥の我が家を目指す。




 だが、やはり久しぶりだったからか、狐っ娘の身体能力を以てしてもなかなか上手くいかなかった。

 なので最初は勢いが強すぎて、稲荷大社をあっさり飛び越えて勢い良く外にぶっ飛んでしまった。


 そのまま安定しない飛行を続けて、結局東京の上空をグルっと一周するハメになる。

 早めに帰ると告げたはずが、何故か余計に時間がかかってしまったのだった。




 後日談となるが一月二日に、東京の空が青く輝く光景が目撃された。

 まるで天にかかった美しい橋のようだったことから、日本国民は二重橋事件と呼称するようになった。


 なおこれは、私が大きな翼を何度も羽ばたき、姿勢制御がなかなか上手くいかなかったからだ。

 飛行を試すのが久しぶりだったし公言することなく、墓まで持っていこうと決意するのだった。




 やがて昭和二十九年の一月中旬になり、今度ビキニ環礁で水爆実験を行う予定であると、米国の外交官がわざわざうちに伝えに来てくれた。


 だが、そもそもの話、国家の重要機密を打ち明けるのもどうかと思った。

 アメリカのことなので、これまで通りに他国を無視して実験を強行するのも十分に可能だったはずだ。




 しかし、日米英独豪安全保障条約を締結したこともあり、表向きは友好的に接している日本である。

 だがイエスマンではないので、躊躇なく反対派になるだろう。


 その動きに親日国は当然のように同調し、他に支援している国々も後に続く。

 もしそうなれば、アメリカは国際社会的に孤立しかねない。そんな厳しい立場に追い込まれることになる。


 なので、核実験を行う前にリトルプリンセスの許可が欲しいのだと、そんなことを説明してくれた。




 ちなみに今私が何をしているとか言うと、稲荷大社の謁見の間の一段高い畳の上に真面目な表情で佇み、近衛、側仕えを控えさせて、政府関係者も大勢集まっている。


 自分の正面に座って肩身が狭そうに縮こまっているのがアメリカの外交官だが、彼は身なりの良い服装でパリッと整えた金髪碧眼の中年男性であり、顔色はあまり良くなさそうだ。


「アメリカの核実験については、賛成しかねます」

「……やはりそうですか」


 外交官はガックリと肩を落とすが、日本はかれこれ四百年以上も環境保護とクリーンエネルギーを推進している。


 それに、前世の日本では核爆弾はとにかく恐ろしいものとして広く知られていて、非核三原則まで組み込まれている。

 あっちの元女子高生だけあって、国民感情としての核兵器嫌いは筋金入りであった。


 だがたとえ膨大な電力を生み出す発電所だろうと、メルトダウン一歩手前まで行った前世の日本や、チェルノブイリ事故の件もあるので、絶対に許可は出さない。




 当然アメリカの外交官にとっても、私の返答は予想通りだろう。

 世界の警察官がすんなり引き下がるかは、全く別の問題だ。


「アメリカは私が反対すれば、核実験を中止してくれますか?」


 なので一応、この後の予定を彼に尋ねてみた。

 答え次第では、こっちも腹をくくらなければいけなくなるからだ。


「それは、……正直わかりかねます」


 外交官のおじさんは疲れたような表情で溜息を吐き、多分だが嘘偽りのない答えを返してくれた。


 稲荷神に嘘をついてバレるのを恐れているのか、最初から隠す気がないのかは知らないが、腹芸のベテランが集まる謁見の間においては悪くない判断だ。

 下手にこじれるぐらいなら正直に話したほうが、アメリカの印象も少しは良くなるだろう。


(うーん、核実験を強行されたら面倒だね。

 世界の警察官として強力な兵器を誇示する必要があるのは、わからなくもないけど)


 世界情勢は日本が安定させるとして、私は核兵器による環境の悪化のほうが心配であった。


 実験を行った場所は当然生物が住めなくなるし、元に戻るまでかなりの年月が必要になる。ついでに言えば、汚染物質は風に乗って他の地域にも飛んでくるのだ。


 さらに政治や経済を含めて日本も影響を受ける。

 世界各国がうちを矢面に立たせて、アメリカ相手に猛抗議するかも知れない。




 何にせよアメリカが核実験を強行した場合、平穏に暮らしたいだけの私に、面倒事が山程舞い込むので、大迷惑この上ない。

 だからこそ、ここが切り札の使い所だと判断した。


「わかりました。アメリカを支持しましょう」

「「「ええっ!?」」」


 四百年以上も一貫した原子力否定と環境保護政策からの、突然の手のひら返しである。


 さらに不干渉ではなく支持すると言い出したのだから、アメリカ外交官だけでなく謁見の間に集まっている日本の関係者も、一斉に驚きの声を漏らしてしまう。


 だが私としても、悩み抜いた末の苦渋の決断だ。

 本当はこんなことをしたくないのが本心である。


「ただし、これから言う条件を受け入れてくれた場合はですが」

「じょっ、条件ですか!?」


 別にもったいぶる気はないので、私は若干の気の重さを感じながらも、アメリカ外交官に真面目な口調で説明する。


「日本の技術者を受け入れて、共同で核実験を行うことです」


 外交官は微動だにせず、じっと私を見つめている。

 多分だか第二、第三の追加案件が出されると思って身構えているのだろう。


 しかし私は、あいにくそれ以上条件を追加するつもりはなかった。


 双方が沈黙したまま一分ほど時間が経過したところで、向こうの金髪碧眼のおじさんが先に根負けして、おずおずと私に尋ねてきた。


「あの、稲荷様。それはどういったものでしょうか?」

「わかりました。もう少し詳しい説明をしましょう」


 本当の所は、現場で話し合って詳細を詰めて欲しい。

 だが丸投げでは、あまりにも無責任でアメリカの外交官も納得できない。

 だからこそ、もう少しだけ詳しい説明を行う。


「アメリカは今後、環境を汚染する水爆実験を減らして、臨界前核実験を増やしてもらいます」

「臨界前核実験ですか? それは一体?」


 彼に説明しても良いのだが、正直なところ私も専門家から報告を聞いて、何となく理解したような気になっているだけだ。


 なので、核物質が臨界に達する前の段階で実験を終了させる。

 通常の核実験で起こるような、広範囲を巻き込む核爆発は発生せずに、環境に対する汚染も少ない。

 熱も発生するし、ゼロにはならないのが悲しいところだが、それでも多少はマシになる。


 コンピューターでの試行錯誤を繰り返して、情報を集めるだけに留めている。

 詳細な結果を知るだけならばそれで十分だし、コストも抑えられて環境にも優しい。


 ここまでは朧気ながら知ることが出来た。

  だがそれ以上ツッコまれると、ウンウンそういうことね。完全に理解したわー。と言ったものの、実は全くわかっていないことがバレてしまうので、ボロを出す前にお口チャックである。


「機密情報なので、あとは関係者に聞いてください」


 そう言って私はさらにツッコまれる前に逃走を図るべく、座布団から立ち上がった。

 そこでふとまだ言うべきことが残っていたことを思い出して、狼狽えているアメリカの外交官に顔を向ける。


「アメリカが、今後も日本の良き隣人であることを願っています。

 では、私は用があるのでこれで失礼しますね」


 そう言い終わって私はアメリカの外交官に背を向けて、近衛やお世話係を引き連れて、謁見の間から堂々と退室したのだった。




 ちなみにだが、本来技術というのは試行錯誤の積み重ねで発展していくものだ。

 しかし日本はコンピューターでの核実験が主で、原爆は親日国で秘密裏にしか行っていない。


 ついでに何故だか他国の技術者が亡命というか、もはや流入に近いほど売り込みに来るので、なし崩し的に臨界前核実験を行えるほどに極まってしまった。


 しかし今回の私の提案でアメリカ合同の研究開発が正式に決定したので、原子力技術のさらなる発展が期待できる。

 うちの科学者たちはこの情報が伝えられた時に、稲荷様万歳と大喜びしたらしい。




 まあそれはさて置き、交渉が一段落したことでこっそり溜息を吐き、稲荷大社の廊下を歩きながら考える。


 日本の機密情報をアメリカに提供するのは、少々やり過ぎかも知れない。


 だが向こうも水爆実験をすると教えてくれたので、それも駆け引きのうちとはいえ、両国関係は割りと良好なのだろう。


 安全保障条約を結んでいるので、アメリカの立場が悪くなると日本も引っ張られる。

 もちろん少しぐらいなら無視しても問題ないが、核実験を黙認するのは流石に不味い。


(そう言えば切り札って、あといくつ残ってるんだろう?)


 日本の切り札を一つ使ったが、私も全ては把握しきれていなかった。

 説明を聞いても、頭の悪い自分には理解不能な物があまりにも多かったのだ。


(こんな自国の現状を把握しきれてない最高統治者って、絶対不味いでしょ!)


 私が大きな溜息を吐いたことで近衛や側仕えは、ははーん、さてはいつもの退位したい病だな。と察したのか、皆が微笑ましい視線で見守っている。

 実際その通りなので、こちらからは何も言えなかった。


 なので私は口には出さずに大きく肩を落として、精神的な疲労を癒すために、森の奥の我が家に癒やしを求めて足早で帰るのだった。




 アメリカが核実験を強行するのは、自国はこれだけ凄い兵器を持っているのだと、目に見える形でチラつかせて世界各国に逆らわないように言い聞かせる狙いがある。

 だが、臨界前核実験では技術は発達するが、凄まじい破壊力を秘めているのかどうかは謎のままだ。


 ならば抑止力としての効果が期待できないかと言えば、そうはならなかった。


 回数を減らしたり実験の場所は要相談で決めているし、世界の国々は日本が支持するならとアメリカの意見も通りやすくなる。

 正史よりも、遥かに情勢は安定していた。


 なので、無理に爆弾を落として環境汚染と地形破壊をしなくても、稲荷様が賛成すれば殆どの国は素直に従う。

 この事実は知らぬは本人だけだが、もし気づいても精神的なヒギイによってチベットスナギツネ一直線だ。


 なので今日も、自分が絶大な支持を集めていることに薄々感づいてはいるものの、見て見ぬ振りをするのだった。







 後日談となるが、同年に放射火炎を吹く怪獣映画が公開された。

 水爆大怪獣という触れ込みだが、核爆弾への抗議活動は一切行われておらず、国内は至って静かなものだ。


 しかし、地球を何度も焼き払える兵器の存在を知らないままにはしておけない。

 地震や台風等の災害への対処と同じく、これも必ず知っておくべきことなのだ。


 そこで、もし広島や長崎に投下されたらどうなるのかとイメージ映像を制作させて、多くの学生を恐怖のどん底に叩き落した。


 これが怪獣映画の製作の一助になったのは間違いない。

 あとは名誉会長である私があれこれ口出しして、強引ながらも物凄い必死で頼み込むことで、何とか映画製作をスタートさせた。


 ただまあ歴史を改変した影響なのか最初はタコ型の原案が提出されたので、名誉会長の私が待ったをかけるハメになってしまう。


 その後、らくがき帳に自分の知る例の怪獣を描いて、こんな感じでお願いしますと頼み込んだ。

 だからなのか華奢な痩せ型ではなく、やたらとゴツい平成VSシリーズの怪獣が大暴れする一作目となってしまった。


 そんなこんなで公開前は不安と期待が半々だったが、実際に試写会に見に行ったら、物語は面白いし芹沢博士も登場したので、私は始終大興奮したのだった。

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切り札…すでにガ◯ダムなんかも開発してたりw アメリコ「稲荷国の秘密兵器は化物か!?」 稲荷神「日本ね、日本」
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