ラジオ放送
昭和二十六年のことだが、ラジオの民間放送が大人気となり、社会現象にまで発展した。
大ブームとなった原因だが、取りあえず順を追って説明していく。
まず、稲荷神はラジオで大本営発表をしていた。
だが時代の移り変わりにより、情報伝達の手段はテレビが主流になる。
順番に乗り換えていき、最近はインターネットに移り始めたが、それでも今も変わらずテレビは強い。
そしてこれは私の周囲だけではなく、日本全体も同じような流れになっている。
情報化社会への移り変わりを考えれば、ラジオ放送が縮小の一途を辿るのは避けられない。
それでも災害時や一般の需要がなくなることはないし、民衆が受け入れやすいのはそっちだ。
しかし一般的ではないし、娯楽としては斜陽となっているのも確かだ。
そんなラジオ局は細々と生き残ることをヨシとせず、どうにかしてかつての栄光を取り戻そうと、稲荷神である私に頼み込んだのだ。
その際に、何ならおみ足をお舐めして永遠の忠誠を誓っても構いませんと、ラジオ局の面々が、稲荷大社の謁見の間で鼻息荒く詰め寄ってきた。
だが暴挙に及ぶ前に、背後に控えた近衛たちが華麗に押さえ込む。
図らずして活躍の場が与えられた彼らは、何だかとても喜んでいた。
当然、稲荷大社の謁見の間に集まった面々を元にして、翌日の新聞の一面が決まることになる。
見出しは、稲荷様のおみ足を許可なく舐めようとした不届き千万の狼藉者を、近衛たちが華麗に撃退だ。
そんな記事が大々的に取り上げられて、狐っ娘のおみ足を守り通して天晴なりと、褒め称える声が全国で上がった。
日本は平和すぎて頭のネジがぶっ飛んでいるのではないかと、何とも気が重くなったのだった。
それはともかくとして、私としてもリアルでおみ足ペロペロは断じて許すつもりはない。
幸い今回は未遂で終わったことだし、ラジオ局の名誉を回復させた後に、早朝の短い間だけなら良いですと、善意で協力することにしたのだった。
稲荷大社には、私が大本営発表を行うための特設テレビスタジオがある。
元々はラジオ放送で使用していたし、現在も災害時には普通に使っていた。
改装に大した手間はかかっていない。
そして私は、子供用の小さな椅子に座る。
番組ディレクターから渡された視聴者からのお便りを片手に持って、堂々と読み上げていた。
「本日のお便りは、ケモミミ大好き労働者党さんです」
今やっているのは、ランダム抽選で選ばれるリスナーのお便りを読んで、私がそれに答えるという一般的なラジオ番組だ。
世界各国から寄せられる感謝状と似たようなものだし、これぐらいお手の物である。
ディレクターも私に負担をかけないように気をつけているようだ。
どれだけ名前が変でも、滅茶苦茶なネタを拾うことはない。
「稲荷神様のことが好きすぎて、夜も十二時間しか眠れません。ところで、最近ハマっている食べ物はありますか?」
この質問も、前半とリスナーネームが少々おかしい以外は、割とまともである。
そして十二時間も寝られれば十分だと思った。
なお、私は気が向いたらすぐお昼寝するので、たまに一日中スヤアしていたりする。
そして、追記でジャガイモか肉を使った食べ物であれば、なお良いですと書かれていた。
私は顎に手を当てて、しばし思案する。
「ポテトチップスのコンソメパンチですね。
うすしおやピザポテトも好きなので、あくまでも最近のマイブームですが」
私が質問に答えながらデジタル時計を確認すると、スタジオ入りして五分が経過した。
とにかく放送時間が短いので、ディレクターは手早く次のお便りをこちらに渡してくる。
ちなみにこのラジオ番組は、早朝ジョギングから我が家に帰る前の十五分間、ほぼ毎日放送されている。
微妙に不定期なのは、雨や雪が降っていると一日家に籠もって外出しないからだ。
当然毎朝のジョギングはお休みになって、特設スタジオにも寄ることはない。
あくまで日々の生活の合間のスキマ時間を使い、善意で放送している。
なので、辞めるも続けるも私の気分次第なため、ラジオ局の無理強いはできない。
だが実際のところは、日本国民が喜んでくれるなら、これぐらい骨を折ってもいいかなと思えてしまう。
強く頼まれたら断りきれないのでラジオ放送を了承してしまった自分に、表情には出さないが心の中で盛大に溜息を吐く。
結局、今日も私は、スタジオの中で全国から寄せられるお便りを片手に、場当たり的に本音トークを披露する。
神様としてお願いされたら叶えないわけにはいかないし、穏便に退位するには続けるしかないのだ。
「次のお便りは、紅茶の国の王様さんです」
ちなみにIHKラジオだが、日本と親日国で放送している。
なので、本当に紅茶の国から送られて来るわけがないため、読む方は気楽だ。
「ふむふむ、わざわざ英語でお便りを書くなんて、紅茶の国の王様になりきっているようですね。
こういうノリは嫌いではないですよ」
しかもかなりの達筆な英語文で、手紙を書き慣れていることが伺える。
ディレクターが和訳したルーズリーフを一緒に渡してくれたので、私は生放送でミスをするのは不味いと思い、遠慮なくそちらを読ませてもらう。
「次にイギリスに来る予定はありますか? あとは、行きたい場所があれば教えて欲しいです」
それを読んだ私は、紅茶の国の王様さんは凄くイギリスが好きなことが伝わってきた。
しばらく考えて、頭の中にいくつかの答えをまとめたので、ゆっくりと口を開く。
「世界情勢が安定して、イギリスへの直通便を出しても、撃墜される心配がなくなったらですかね。
行きたい場所はレドンホールマーケットと、クライストチャーチカレッジですね」
今は第二次世界大戦が終結したばかりで、情勢はまだまだ不安定だ。そう簡単にはイギリスに行けない。
国境を越える時に何処かの国の対空砲火で撃ち落とされたら、私はピンピンしてても同乗者が全滅という悲惨な事故になってしまう。
自分は日本の最高統治者なので、何処かのテロリストが亡き者にしたり、人質として利用しようと考えてもおかしくない。
特に中東の辺りはごたついているようで、おちおち空を飛ぶこともできないのだ。
それはそれとして、行きたい観光地は未来の映画のロケ地となった場所だ。
場面が強く印象に残っていたので、口からスラスラと出てくる。
大英博物館も興味がないわけではないのだが、美術品の鑑賞よりもオタクとしての聖地巡礼のほうが、より強く惹かれてしまう狐っ娘なのだった。




