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オーストラリア(下)

<オーストラリアの考古学者(自称)>

 信長と猿が亡くなって遺体は日本に送り帰すことになったが、所持品の一部はオーストラリアが保有している。

 現地で新たに作成した私物もあるため、この地で埋葬や所有すると主張した。


 結果、二人の墓はエアーズロックの麓にある。

 今は重要文化財として大切にされていて、外国人観光客にも大人気のスポットだ。


 現地住民の私も何度か見に行ったが、自分の場合は考古学的な視点である。


「そして、異民族と争う時代は終わりを迎え、稲荷時代に入る。

 これ以降のオーストラリア大陸は、四百年以上も外敵の侵入を一切許すことなく平和が保たれている」


 信長の死後も、オーストラリアは日本と活発に交流を行う。

 部族の垣根を越えて、皆が稲荷神の教えを受け入れることとなった。


 外敵との衝突や干渉はたびたび起こるものの、そこは日本に習って鎖国政策を行う。

 情勢が安定するまで防衛と内政に力を入れたおかげか、皆は一致団結して外敵を追い返すことができた。


 そして平和な時代が数百年続く。

 その間にオーストラリアは日本の知識や技術、さらに政治や経済、その他にあらゆる分野を吸収していき、国民の全てが稲荷主義に染まる。


「迫害や侵略で強引に植民地にせず、一貫した柔和政策で原住民と争うことなく寄り添い続けた日本。

 オーストラリア統一に血は流れなかったが、混血化が大きく進んだと」


 江戸時代の日本は鎖国政策を行っていたため、親日国のオーストラリアでも移民にはとても厳しかった。

 現在は開国しているものの、相変わらず日本国内への移住権は非常に条件が厳しい。


 定期的に査察が入るし、パスポートの期限が切れて一週間もしない内に、祖国に強制的に送り返されるので、その点は筋金入りと言える。


 ちなみに、それは表の話だ。


 もう少し詳しく説明すると、稲荷神様は江戸幕府が開いた当初に、情報を制する者は全てを制すると公言し、世界最高レベルの特殊諜報機関を設立した。

 それによって外国の情報を得るのが容易になったが、もっとも重視したのは国内の監視であった。


 侵入した敵をいち早く見つけ出し、秘密裏に排除し、稲荷様が心穏やかに過ごせるように尽力する。

 日本人は同族や身内には優しく紳士的に振る舞うが、敵認定した者には一切の容赦がないのだ。


 特に隣の大陸は、最高統治者の心を煩わせる面倒な存在なので有名な話だ。

 国内のゴミ掃除は一般市民も喜んで協力するので、とても綺麗好きな日本人なのであった。


「今も昔も世界で一番生きやすくて、誰もが住みたがる国。

 ですが、移住権を手に入れるのも、一番難しい国ですね」


 ただし法律を守らない犯罪者、そして他国の諜報員や工作員は除く、という一文が続くことになる。

 それでも、稲荷神様の教えを真摯に守っている人々にとっては楽園なので、何も問題はない。


 軽犯罪なら酌量の余地ありと解放することも良くあるし、最高統治者を信奉しなくても気楽に生きていける。

 だが、稲荷神様の築いた平和を乱す者には日本国民は一切容赦しないし、する必要性を感じない。


 ちなみに諜報機関の本部は日本にあるが、オーストラリアにも早い段階で支部を作って欲しいと熱心に頼み込む。

 結果的に他国の不穏分子は徹底的に排除されて、国内の治安は大きく向上することになる。

 これにより、ますます稲荷神様に感謝の念を抱いたのであった。


 なお、彼の国の表の顔が知られ過ぎているためか、世界で一番モテる国民はと聞けば、十人中の十人が日本人と答える。


 だから、日本人が外国に行って巻き込まれる事件の多くは、殺傷ではなく性的暴行というハニートラップからの、既成事実がとても多い。


 そして、オーストラリアを含めた親日国は色々とやんちゃだ。


 具体例を上げると、我が国にやって来る日本人に粉をかけ、人気のない裏路地かホテルに連れ込み、そこで何やかんやして恋人か婚約まで一気に話を持っていく。

 そんな、犯罪スレスレの強引な手口が横行していたのだ。




 そもそも、日本人の人気がとても高いのは、本国がとても住みやすいのもあるが、彼らが皆大人だったからだ。


 原住民族やヨーロッパ人と比べて、日本人は昔からとても奥ゆかしい。

 たとえこちらがどれほど劣っていたとしても、一歩引いた位置から優しく接し、決して蔑んだり馬鹿にしたりはしなかった。


 それどころか、手取り足取りの教育や技術の指導をしたり、常ににこやかな笑顔を浮かべて、オーストラリア人を親しい友人のように接してくれる。


 今風に言えば、憧れのアイドルが密着状態で家庭教師をしてくれる感じだ。

 オーストラリア人にとっては、まさにそんな夢のような心境であった。


 大陸が統一されたばかりの当時は精神的に幼く、忍耐や我慢ができずに手を出してしまう。

 ある意味では、仕方ないことかも知れなかった。




 なお、この件は当然稲荷神様の知るところとなり、若干引き気味にしてしまった。

 沖縄や北海道に続いて日本の一部になる話が流れたというのは、オーストラリアの国民の誰もが知っており、触れられたくない最大の汚点である。

 うちを軽蔑する時の常套句がコレで、外国人に言われると、その瞬間にブチ切れる自信があった。


 だがまあ、代わりに親日国の一つになれたので、そちらはとても誇らしく思っている。


「今なお共同開発や研究が頻繁に行われて、交流や貿易も活発。

 何より今はもう性的に襲わず、まずは紳士的に口説きます。そして、うちの標準語は日本語です」


 今はオーストラリアも反省しているので、性犯罪スレスレの危険な行為はしなくなった。

 しかしやはり日本人が好き過ぎるので、事あるごとに紳士的に口説いてしまう。




 話を考古学に戻すが、オーストラリアが完全に統一されて、稲荷神様の教えが国中に広まった。

 そして彼女の基本方針は、元々あった文化や自然を守りながら、日々の暮らしを豊かにすることである。


 だがそのやり方は、当時の人からすれば何とも効率が悪いように思えた。

 しかしそれは、長くても数年単位の物差ししか持っていないので、そう見えるだけだ。


 これが毎日を幸福に暮らすための最適解だと知ったのは、疑問に思う親が亡くなり、当たり前に日々の教えを受け入れる子供が育ってからだった。




 環境を破壊して手早く資源を得ることで、人間は確かに一時的な豊かさを手に入れられるだろう。

 だが、それでは後に続かない。


 何故なら、人間を一から育てるのと同じように、環境を壊すのは容易いが、再生させるには途方もない時間と労力が必要になる。

 それこそ、人の一生ではとても足りないほどであった。


「自然と人間の共生を成し遂げた日本が、オーストラリアに救いの手を差し伸べてくれたおかげで、砂漠化や動植物の絶滅は免れましたね」


 日本年表による江戸時代中期は、まさにそのような感じで緩やかに発展していった。

 言語だけでなく暦もあちら基準なのだ。


 ちなみにだが、オーストラリアが緩やかと強弁した所で、圧倒的な速さで国力を増進していったのは明らかである。


 しかし、過去の物差しは日本しかなかった。

 偉大な先輩に追いつくのは、果てしなく遠い道のりに思えてしまったのだ。


 まあ、現代になっても距離が縮まっているとは言い辛いので、稲荷神様のおかげでここまで立派に育ちました。

 そう胸を張って報告できる日は、まだまだ遠そうである。


「江戸時代以降の、明治、大正、昭和も日本とオーストラリアの蜜月が続くと思いきや、新たにイギリスとドイツが親日国になりましたね」


 昔は親日国が殆どなかったので、そのことをオーストラリア国民は誇りにしていた。

 だが時が流れるたびに増え続け、第二次世界大戦終結後にイギリスとドイツが猛プッシュし始める。


 まあ、その二国も殆どプッシュする前から、親日国と言っても良い扱いだ。

 あくまでも自称止まりだったが、稲荷様が公式発言で認めなければ、そこまでであった。


 だが大きな声を上げたことで稲荷神様の耳に届き、若干引き気味になりながらも、親日国として認めることを公言した。


「新たに親日国が増えたことで、人と物の行き来が活性化。

 そこからさらに進み、加盟国か日本連邦発足なるか、というのが今朝の新聞の一面か」


 書物の上に乱雑に置かれた新聞を手にとって読み進めると、たくさんのカメラを向けられて若干引きつった表情で親日国入りを公言する稲荷神様が載っていた。


 とても可愛らしい最高統治者の尽力により、現在の世界情勢は安定しているのだと言っても過言ではない。

 私は一人納得して、ウンウンと頷く。


「見た目も性格も、とても可愛らしい。

 しかも裏がなくていつも本音で話してくれるから、好感が持てるよ」


 政治家は二枚舌が普通だが、稲荷様は嘘が嫌いらしい。

 いつも本音で指示を出し、たまに根拠のない出鱈目を口にするが、本気で考えてそれである。


 だがまあ、稲荷神様の言うことだからと首を傾げながらも命令に従えば、不思議と理に適っていた。

 事件解決の最適解になっているのだ。


 しかも、議論する暇さえ与えずに厳命することで、国家や世界滅亡の危機を察知して未然に防いだ。

 それもきっと、一度や二度ではないだろう。


 もっとも、滅亡に至る過程は想像しかできないため、実は彼女が動かなくとも状況は悪化せずに沈静化したことも考えられる。


「もし稲荷神様がいなかったら、今の世界情勢はどうなっていたことやらですね」


 オーストラリアは日本の味方ではあるが、稲荷様に協力を要請されることは滅多にない。

 だが、日本が悠長に話し合っている時間を惜しんで世界に先駆けて独断専行で動く場合には、後に続けとばかりに勝手にお手伝いすることが多々ある。


 おかげで、いつも隣に寄り添う幼馴染ポジションを確立したので、昔より好感度が上がっているのは間違いないだろう。


「しかし、オーストラリア以外にも稲荷様の後に続く国が増えてきたのは、少し面倒かな」


 日本の信頼度が、世界レベルでぶっちぎりに高いことの証明なので、それ自体は好ましい。

 だが、もし日本連邦を樹立した場合に、ライバルが増えればオーストラリアの一番乗りが難しくなってしまう。


「やはり日本の歴史に堂々と名前を刻むには、我がオーストラリアが相応しいね」


 これまで数百年も日本の背中を追い続けてきて、ようやく隣に立てる機会が来そうだ。

 ここはぜひとも、特別な存在になりたいところだった。


 考古学者的にも、自国の名前が憧れの国の歴史に刻まれるのは、とても誇らしく思える。


 私はもう一度新聞に目を通して、他に興味を引く考古学的な記事がなさそうなので閲覧を止める。

 二つ折りにして適当な場所に投げ置き、再び資料とにらめっこを開始するのだった。

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