国際連合
幣原外務大臣が我が家に訪れ、敗戦国から日本に謝罪と賠償を要求する声が大きくなってきている。何か良い案はありませんかと、相談を受けた。
私は知恵熱が出そうなほど考えた末に、軍事力を持って不平不満を抑え込むしかないと告げた。
色々と悩んで時間が経っていたようで、ほうじ茶が空っぽになったことに気づく。
座布団から立ち上がって台所に向かい、お湯を沸かして淹れ直す。
そして再び居間に戻り、よっこらしょと座布団の上に腰を下ろした。
一息ついてから、幣原さんに続きを話した。
「自衛隊の軍事力は世界でも上位です。
領海侵犯には毅然とした態度で追い返していますが、基本は専守防衛なので、抑止力としては弱いですね」
前世とは違い、こっちの日本は敗戦国としての負い目がない。
それどころか、わざわざ利権を放棄した戦勝国である。
国際社会でも高い地位を維持しているため、領土を侵犯されたら物怖じすることはない。
毅然とした態度が取れるので、まずは相手に警告を発する。
その際に秘匿せず、日本や親日国に開示できる情報をリアルタイムで流し、国際的な状況証拠を揃えていく。
これで立ち去れば良いが、極稀に強気な態度を維持する艦船が現れ、さらに攻撃的な態度を取られる。
なので、場合によってはこちらも威嚇を行う。
大抵は向こうも戦争を望んでいないので引き下がってくれるが、相手の国際的な立場は確実に低下する。
ここまで攻撃的な対応をしていても、日本は他国を侵略する気は毛頭ない。
私は、そこが舐められる一因になっていると考えた。
腕を組んでウンウン唸りながら思案していると、幣原さんが尋ねてくる。
「稲荷様。では今後我々は、何をすれば良いのでしょうか?」
「……そうですね」
足りない頭を働かせて、お隣から苦情が来なくなる方法を考える。
自身の平穏な暮らしに直結するので、かなり真剣だ。
けれど、正直前世でも解決していない外交問題である。
私にどうこうできるとは思えないが、隣国に好き勝手言われるのも腹が立つ。
真綿で首を絞めるような経済制裁や、誠に遺憾であるしか返せないのも何だかなーである。
正当性を主張して言い返しても、喉元過ぎれば熱さを忘れるのイタチごっこだ。
何よりやらかす頻度がかなり高いので、そのたびに日本政府は大騒ぎだった。
しかしここで私は、相変わらずの行き当たりばったりだが、お隣さんを黙らせる案を思いついて口を開く。
「国際連合を設立しましょう」
幣原に向けて堂々と告げた。
「えっ? いや、あの、稲荷様?
国際連合の見当はつきますが、日本は既に連盟に属して──」
前世で国連と言えば、国際連合のほうだ。
それより前に連盟があったのかは、歴史に疎い私はすっかり忘れていたし、今の日本はそっちに加盟している。
だがしかし、それでは祖国を守れない。
あくまでも私個人の意見でしかないが、彼の言い分を躊躇いなくバッサリと切り捨てた。
「ならば、国際連盟から即時脱退しなさい」
「ええっ!?」
我ながら、滅茶苦茶言っている自覚はある。
だが今後の国際社会の中心になるのは、欧州ではなく欧米だ。
少なくとも前世ではそんな感じだったので、きっとこれからメキメキと頭角を現してくる。
なお、現在のアメリカはヨーロッパに干渉されたくないようで、孤立主義を貫いていた。
そんな我が道を行く自由の国は、そっち方面に拗らせすぎたのか、国際連盟には加入していない。
「連盟から脱退した日本は、アメリカ主体で設立させた連合に、二番目に加盟します」
他国の不満を避けるために、アメリカを盾にして二番手に甘んじるのだ。
「日本はアメリカの影に隠れることで、隣国も少しは静かになるでしょう」
最初は困惑していた幣原さんも、顎に手を当てて考え込む。
やがて一分ほど経ち、彼は深く頷いて口を開いた。
「ようは、虎の影を借る狐になるのですな」
「ふむ、上手いこと言いましたね」
アメリカが虎で、日本が狐だ。
なお見た目こそ弱そうな狐だが、実はこっちのほうが強い。
だがしかし、いくら軍事力を持っていても、使わずに済むならそれに越したことはない。
世界の警察官なんて危険極まりないことは、やりたい国に任せておけばよいのだ。
「第二次世界大戦は終結しました。現在は、時代の節目と言えます」
国際連盟は、集団安全保障や国際平和の維持を目指していた。
それでも第二次世界大戦が起きてしまい、多くの人命が失われる。
「国際機関は古い慣習を見直し、未来を見据えた対策を講じるべきです」
組織や方針は、時代に合わせて柔軟に変えていく必要がある。
だがどうしても古い慣習を維持しようという者が一定数出るため、なかなか大きな変革は行えないのが常だ。
この際なので、脱退して一から設立したほうが手っ取り早い。
幣原さんも、あとは私が口にしなくても理解してくれた。
その後、彼はお礼を言って席を立ち、他の役人と打ち合わせるべく、慌てた様子で我が家を立ち去るのだった。
後日談となるが、国際連合は無事に設立された。
日本がアメリカをヨイショしたので、世界の警察官に守ってもらう計画は成功と言える。
実際に、隣国からの賠償や謝罪の要求や領海侵犯なども、完全には止まらないが頻度は落ちた。
それに、日本も常任理事国に入れたので、安全保障理事会の議決において、否決権を得られて何よりだ。
なお、国益を重視して拒否権を行使することがあるので、撤廃すべきだと言う意見もある。
だが国際連合の裏の目的は、日本の平和と繁栄を得るためだ。
なのでアメリカが後ろ盾になって私が平穏に暮らせれば、その辺りの仕組みなんてどうでも良かった。
いざという時に自国を守れない国際機関ならば、加盟する意味はない。
もしそうなったら速やかに脱退するように進言し、また新しい組織を設立するだけであった。
幸いなことに今の所はそんな傾向はなく、うちに不利益な発言は即否決されている。
アメリカや数多の親日国が、まるで日本という姫を守る騎士のように見えた。
私的に言えば狐っ娘がオタサーの姫なので、あながち間違いではない。
しかし何だかんだで順調に進んでいるように見えるものの、一つだけ納得できないことがあった。
前世ではお馴染みの国際連合のシンボルマーク、左右のオリーブの枝が稲穂に差し替えられたのだ。
WHOは私が多少なりとも関わっているが、連合は提案しただけで以降はノータッチである。
しかし、そもそもオリーブの枝は平和の象徴のはずだ。
それが何故、どうして稲穂という疑問が消えることはない。
だが、アメリカと日本の結びつきを表現するのに一役買っている。
WHOに関連した国際機関を表現していると考えれば、シンボルマークに一応の納得はできる。
なのでたとえ、チベットスナギツネの表情になっても、自らの運命を受け入れるしかないのであった。
なお国際連合の組織は徐々に大きくなっていき、狐っ娘の旗の元で地球人類が団結するキッカケになる。
だがこの時の私には、知る由もなかったのだった。




