帰国
色々あったが、連合国の勝利という結果で第二次世界大戦は終わった。
そして当然、参戦した国々は失った以上の利益を得るべく、共産主義に染まったソビエト連邦を奪い合うことになる。
なお連合国の盟主である日本にも当然、参加権はあった。
だが本来講和会議に出席するはずの自分は、長い間国に帰れなかったため、重度のホームシックにかかっている。
それでもイギリス王室のお招きに応じたり、国家稲荷主義ドイツ労働者党の当主が必死に頼むので、二時間ほどじっと椅子に座って肖像画のモデルになったりもした。
欧州で日本に友好的な国々には、色々とお世話になったり便宜を図ってくれたし、多少は要求に答えて機嫌を取っておくべきだろう。
なので各国に数日ほど留まったが、ようやく海外旅行も終わる。
そして第二次世界大戦を経て、日本の技術力を隠す必要がなくなったので、稲荷神専用航空機で日本まで一飛びで帰国したのだった。
聖域の森の奥にある我が家に帰宅した私は、長らく離れ離れになっていた家族との再会を、涙ながらに喜んだ。
久しぶりに思う存分に構い倒して、ぐっすり休んで次の日の朝になった。
食事を終えたあとは縁側で日向ぼっこし、狼たちの様子を微笑ましく眺めて一服しているときのことである。
居間の電話が突然鳴った。
受話器を取ると、日本政府から稲荷大社の謁見の間に来て欲しいと呼び出される。
しかしこっちは、ようやく平穏な暮らしに戻ったばかりだ。
それが一日しか休めずに表舞台に引っ張り出されるなど、冗談ではない。
内心で不満を抱えながら家を出て、稲荷大社の謁見の間に入ると、関係者は既に全員揃って席に付いていた。
しかも、日本の役人だけではない。
何故か諸外国の外交官まで居た。
何故こんなことになっているのかと、どうにもピンと来ない。
だが私は、取りあえず一段高い畳の上に敷かれた高級座布団に腰を下ろした。
そして日本政府の役人に目配せすると、彼は小さく頭を下げる。
慣例通りの挨拶を行ったあとに、堂々と発言した。
「稲荷様には、近日東京で開かれる講和会議に、ぜひとも御出席賜りますよう。
各国の外交官一同、よろしくお願い申し上げます」
いつもの緩い雰囲気ではなく、明らかに堅苦しかった。
だが今回は他国の目があるので、政府の役人も気を使っているようで真面目な表情だ。
ちなみに講和会議への出席要望は、何度か聞いた覚えがあった。
その時は、勝つか負けるかも定かではない戦時中で、そういう取り決めは目先の問題を片付けてから言うようにと、保留にして何も答えなかったことを思い出す。
だが無事に終戦して、昨日ようやく我が家に帰れた。
そんな家族との再会の嬉しさで、完全に忘れていた。
(正直やりたくないなぁ)
過去に講和会議に出席したことがあるが、正直に言えば面倒臭い。
それ以外にも色々と考えた私は、いつものように小細工無用ではっきりと発言した。
「せっかくですが、お断りします」
「「「えっ!?」」」
問答無用の拒否であった。
私は過去にも意見を却下したことはあるが、大抵は足りない頭で考えた代案を出していた。
しかし今回は全力で断り、それ以外の意見は出さない。
取りつく島もないという非常事態に、謁見の間に集まった関係者は明らかに困惑する。
「しっ、しかし! 稲荷様は! 連合国の盟主であられますれば!」
「ソビエト連邦の打倒は果たしました。もはや私が自ら先頭に立つ必要はありません」
日本に迫る危機は去った。残っているのは、後処理だけだ。
「そもそも私は隠居した身です。
高齢者に頼りすぎるのは、如何なものでしょうか?」
「御冗談を! 稲荷様はまだまだお若い!」
「とにかくです!」
大体かれこれ数百年は生きた私が若いはずがない。まあ気持ちだけは元女子高生のつもりだが、それはそれである。
役人たちの心にもないお世辞を受ける気はないので、強引に話題を変えた。
ぶっちゃけ利権や領土のことは、頭の悪い私にはいまいちピンと来ない。
それに手に入れても、私では管理できずに持て余すに決まっている。
なのでこの際、餅は餅屋だ。
その道のプロである外務大臣に任せて、諸外国と交渉してもらえばいい。
「連合国の盟主は欠席します。私の代理は日本政府が用意してください」
有無を言わさず、役人に追撃を加えた。
一応にっこりと微笑みながら返答したが、それを見た者たちは一斉に冷や汗をかく。
実は表情こそ笑っているが、心の中では静かに怒っていた。
(数年ぶり自宅に帰れて、家族と一緒にゆっくりしてたのに。
日本の危機でもないのに、いちいち引っ張り出さないでよ)
先程も言った通り、私は表向きは隠居した身だ。
しかし第二次大戦が起き、最終目標が日本だと知り、仕方なく重い腰を上げる。
連合国の盟主になったのは、ただの成り行きで、別にやりたかったわけではない。
そして戦後処理は、脳筋ゴリ押しや行き当たりばったりの私に、外交が務まるはずもなかった。
なので何故、自分が出席しないといけないのか、疑問しか浮かばない。
今こそ日本政府が、外国との交渉の窓口に立つ時だ。
色々理屈を述べたが、ぶっちゃけると何年もずっと働き続けてストレスが溜まり、ようやく実家に帰ってきたので、この機会にじっくり心身を休めたかった。
「今後しばらくは、緊急の用件でない限り、呼び出さないでください」
そう言って私は、座布団から立ち上がる。
そして動揺する政府関係者や他国の外交官たちを一瞥し、謁見の間から有無を言わさず退室するのだった。
しかし我が家に帰ろうと廊下を歩いている途中で、あることを思い出した。
唐突にピタリと足を止める。
「伝え忘れたことがあったのを思い出しました。
申し訳ありませんが、政府の役人を一人呼んでもらえませんか?」
静かに付き添っていた側仕えに声をかけると、姿勢を正して一礼する。
「了解致しました。稲荷様は個室にて、しばらくお待ちください」
側仕えが廊下を早歩きで戻り、謁見の間に入室したのを見届ける。
すぐに他の巫女が私に付き従い、個室に案内してくれた。
盗聴対策は万全で、備え付けの座布団に腰を下ろす。
そこでお茶でも飲みながら、政府の役人が来るのをのんびり待つのだった。




