降下
ライトニングフォックス作戦開始から数時間が経過し、私はモスクワ上空を飛んでいた。
川崎が開発した国産輸送機を借りて、自分も参戦させてもらったのだ。
なお当たり前だが、連合軍の将校たちからは大反対された。
しかし、今の私は連合国の盟主だ。
権力のゴリ押しと実質最高戦力という事実を強調して、無理やりにでも要求を通した。
これでホテルに缶詰の生活とはおさらばできるし、作戦の成功率も上がる。
だがそのせいで、自衛隊だけでなく、連合国からも私の護衛部隊を編成して同行することになった。
しかし、そこはまあ仕方ないと諦める。
そもそも最高司令官自らが出撃するなど、あり得るはずがない。
もし殺害されたり捕らえられたりしたら、戦局が一気にひっくり返ってしまうからだ。
そんなことを機内の座席に座りながら、私はぼんやり考えていた。
すると、自衛隊員の一人が報告をしてくれる。
「稲荷様、間もなく降下地点です」
彼は軍服を着ているが、私は巫女服を着用している。
ヘルメットも被っていないし、一人だけ凄く浮いていた。
理由は言うまでもなく、この先ドッタンバッタン大騒ぎになるからだ。
銃弾や砲弾を避けるのは容易だが、やむを得ない事情で体で受け止めることもあるかも知れない。
被弾すれば肉体的に無傷でも、服は間違いなく損傷する。
ならば三百年以上経っても風化やほつれ、破れなどとは無縁なスーパーアーマー。ではなく、巫女服を選択するのも当然であった。
「しかし稲荷様、本当に参戦されるのですか?」
「自分で言うのも何ですが、私は連合国軍の最大戦力です。
参加したほうが、友軍の被害も少なくなるでしょう」
今使わずに、いつ使うと言うのだという奴だ。
私はどんな攻撃もノーダメージだし、素手で鉄板を打ち抜くのは余裕である。
ソビエト連邦の軍人からすれば、理不尽なバグキャラのようなものだ。
それ以外にも理由があり、ホテルの缶詰生活が長すぎてホームシックになってしまい、退屈過ぎて溜まった鬱憤を発散したかった。
なおその辺りは口に出す必要はないので黙っておき、別の発言をする。
「ライトニングフォックス作戦を、確実に成功させるためです」
「確かに稲荷様が参加されれば、失敗することはないでしょう」
自衛隊員の質問に、私は深く頷いた。
そして作戦の指揮を執るのは、頭があまり良くない私よりも、戦略が得意な人に丸投げする。
そこでちょうど良いタイミングで、機内のアナウンスが入った。
「モスクワ上空に到着しました! これより、輸送機の後部ハッチを開きます!」
宣言通りにハッチが少しずつ開いていくのを見ながら、私は席を立った。
「では、先に行かせてもらいますね」
「稲荷様! お一人では、無茶でございます!」
私を護衛するために各国も精鋭を出したので、単独行動は迷惑がかかる。
だが、部隊を率いていては移動が遅くなるし、護衛への被害を気にしながらの立ち回りでは、狐っ娘パワーを十全に使うのは難しい。
彼らを説得できるだけの理由があれば良いのだが、あいにくパッとは思い浮かばなかったし、そんな時間はない。
今は一分一秒が惜しいので、私は開き直って勢い任せで大声を出した。
「無茶ではありません! 何故なら私は日本国神皇! 稲荷神だからです!」
我ながら強引にも程があるが、行き当たりばったりで乗り切るのはいつものことだ。
そして、もはや背後で自衛隊員が制止するのも聞かずに、開いたハッチから勢い良く飛び降りた。
ちなみに、パラシュートは外に出る直前に外して、機内に放り投げている。
ろくに軌道修正もできずに地面との距離がぐんぐん近くなり、気分は紐なしバンジーであった。
兵は神速を尊ぶと考えて、高高度からパラシュートも持たずに飛び降りたが、途中でコレは不味いんじゃないかと気がつく。
「落下地点に人が居たら、不幸な事故に!」
私は無事でも衝突した人は間違いなく即死だ。
せめて軌道だけでも変えるか、もしくは衝撃を緩和しなければいけない。
そう思った私は咄嗟の思いつきで、狐火で巨大な翼を形成してバサバサと羽ばたく。
鉄の男のように両手両足から放出して姿勢制御したほうが、脳筋ゴリ押しの私としては得意なはずだ。
しかし最悪、地面に向けて発射してしまいそうなので、ぶっつけ本番で時間がない今はオススメできない。
「姿勢制御よし! 落下速度も落ちてる! 軌道変更──」
咄嗟に青白い翼を形成したのは良かったが、私に喋れたのはそこまでだった。
勢い良くモスクワ市内に設置されていた巨大な人物像に激突し、完膚なきまでに破壊してしまう。
幸い咄嗟の軌道変更で人が少ない場所に落下し、頭からではなく足から着地できた。
おかげで何処かのホモビのように、疲れからか不幸にも黒塗りの高級車に追突し、連合国軍をかばいすべての責任を負った稲荷神にはならずに済む。
しかし一時的とはいえ、体が地面に半分埋まってしまう。
少し驚いたものの、予想通り傷一つない狐っ娘は強引に羽ばたいて飛び上がり、穴から脱出を果たしたのだった。
服も体も汚れてはいないようだ。
だが身嗜みを整えるのは大切なので、翼を消していつもの習慣で適当に払ってから周りを見回す。
突然の都市部への空襲で、あちこちで火災や倒壊が発生している。
そしてモスクワ市内を逃げ惑う人々が、驚愕の表情でこちらを見ていることにも気づく。
きっと、パラシュートなしで空から降ってきて、誰かの像を壊してしまった狐っ娘が珍しいだろう。
「立ち止まっている時間はありませんし、行きましょうか」
周りの人に日本語が通じるとは思わないが、そう口に出してから、何となく上空を見上げる。
すると、爆撃によって敵戦力をある程度削ったあとに、落下傘により降下してくる大勢の兵士と、戦車部隊の中では明らかに目を引く74式が、次々と参戦して来ている。
私の部隊は後続なので、既に政庁に攻め入っているだろう。
断続的な発砲音や砲撃の爆発音、さらには悲鳴や怒号など狐耳が捉える。
激しい戦闘が行われている場所は、きっと重要施設だ。
たとえ違っても、連合軍の援護にはなる。
なので、こちらを呆然とした表情で見ている市民は無視して、私は大きな声で叫ぶ。
「来なさい! 狼たち!」
いつものように狐火で大勢の狼たちを作り出して、救助活動に向かわせる。
そして私も、また見ぬ戦場に向かって、勢い良く駆け出したのだった。
余談だが、私は連合軍の盟主で、立場的には総大将だ。
なのでモスクワ市内に、甘寧一番乗りという無茶は通らない。
これが日本なら神皇権限でゴリ押せる。
多数の国が同盟を組んでいるので、なかなか難しいものがあった。
なお、盟主が単身で最前線に飛び込むのは滅茶苦茶である。
そこは手榴弾の直撃を受けても傷一つつかないことや、最大戦力を投入すれば軍の士気や成功率が上がるといった、割と適当な理由でゴリ押した。
あとはあまり使いたくはないが、ここぞとばかりに盟主権力を振るって認めさせる。
それでも、他の部隊が先に降下してからだ。
自分は後続なので、他の部隊のサポートに徹する条件を飲まされたものの、本質は脳筋だ。
結局のところは行き当たりばったりであり、私がルールだを貫き通させてもらうのだった。




