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院長代理

 二十四時間働き詰めのまま、一ヶ月が過ぎた。

 その頃には院長代理にも、かなり慣れてくる。


 命を救った患者は多いが、その一方で手術をしても助かることなく、そのまま亡くなった者もいた。

 過去にも体験しているとはいえ、なかなかに辛いものがある。


 現在は第二次世界大戦の真っ最中なので、自分が実行を命じた作戦で敵味方共に多くの死傷者が出ていた。

 だが戦わなければ、もっと多くの犠牲が生まれる。


 なので今はとにかく前に進むしかないと、落ち込むことなく手術を行うのであった。




 そんなある日、私は朝の五時にも関わらず手術室でオペをしていた。

 補佐の医者や看護師は交代制だが、自分は二十四時間手術室に籠もりっきりになることも良くある。


 医療の発展のためという理由で撮影が行われたり、偉い医師がたびたび見学に来たりと、何処の医療ドラマだとツッコミを入れたくなる。


「院長代理! 急患です!」

「今は手が離せません。近くに寝かせておいてください」

「了解致しました!」


 報告にやって来た看護師が、手術室の扉を開く。

 続いて重症患者が寝かされているストレッチャーを、急いで中に入れる。


 なお入り口の扉の内側には、薄い狐火が陽炎のように揺らめいている。

 範囲を絞って消耗を抑えつつ、通過時に除菌をしているのだ。


「破片の摘出は終わりました。あとはお願いします」

「お任せください!」


 破片の除去と縫合を綺麗に済ませた患者を、他の医者や看護師に任せる。

 私は取りあえず水分補給して一息入れて、すぐに次に移る。


 メス捌きが驚くべき早さで洗練されてきている。

 おかげで一ヶ月前と比べて重症患者を処置する時間も、かなり短縮された。


(技量が上がるのは良いことだけど。こうも立て続けだと、ろくに休めないよ)


 今では重傷者をうちに搬送し、私が手術をしてから、あらためて他所の病院に搬送する。

 そんな謎の流れができる有様だ。


 次から次へと患者がひっきりなしに運び込まれてくるので、二十四時間働いても疲労しない狐っ娘とはいえ、これでは気が滅入ってくる。


 今も患者の内臓に深く刺さった銃弾を取り出したり、切断された手足の指を接合したりしている。

 手術をしながら器用に重い溜息を吐いた。


(心身共にタフなおかげで、こんな状況でもピンピンしてるけど。

 やっぱり先が見えなかったり、休みがないと仕事の熱意が下がるなぁ)


 京都で医者をしていた時は、征夷大将軍の段取りが終わるまでという期限付きだった。


 しかし第二次世界大戦は泥沼化していて、いつ終わるかは不明だ。

 下手をすれば、一年や二年では済まないかも知れない。


 当然、長く続くほど患者の数も増えていく。

 最終的には、一息入れる暇さえなくなるという悪循環に陥りそうだ。


「終わりました。次は?」

「今の患者で最後です!」

「そうですか。数日ぶりに休めそうですね」


 体は疲れていなくても、心はずっしりと重くなっている。

 少し休むだけで精神疲労が全回復するのだが、先が見えない中での激務が続くと、流石に参ってくる。


 しかし私がやらなければ見殺しにするも同然のため、大病院に勤めている限りは、選択の余地なく手術するしかない。




 院長代理として個室をもらったが、手術室からは殆ど出られない。

 あまり使うことはなかったが、今日は久しぶりに休憩がもらえた。

 おかげで血なまぐさい手術着を脱いで、ピンクのナース服に着替えることができた。


 院長代理という立場ながら、何故かこれだけは譲れないという強いこだわりを感じる。

 だが院内の指揮系統を混乱させないためにも、着用しておくに越したことはない。




 着替え終わって廊下に出た私は、自衛隊だけでなく多くの病院関係者に囲まれながら、過去に手術した患者の経過を見に行く。


 詳しく事情を知る医者に案内を頼んで、護衛や他の医療従事者を引き連れ歩く。


(何だか医療ドラマみたい)


 現実に視聴はしてないが、白くそびえる巨大な塔のドラマがあったと、何処かで知った気がする。

 そしてこういった医者の大名行列っぽいのは、漫画にもたびたび登場した。


 ただし今回中心に居るのは、院長代理の狐っ娘だ。


 流石にこれを題材にして娯楽作品を作るのは、無理があり過ぎる。

 たとえ作るとしても、きっと私抜きだろうなと思った。




 それはともかくとして、自分が手術した入院患者の病室の前に到着したので、早速中に入らせてもらう。


 だが私は別に、これといってやることはない。

 そもそもここは外国で、日本語は基本的に通じない。

 通訳込みで患者とやり取りを行うのは、不便極まりなかった。


 お供のプロの医者が診察をする様子を、邪魔にならない位置から観察するのがせいぜいだ。

 それでも手術後の経過は通訳してくれるので、順調に回復していることがわかって一安心できた。


 案内役のお医者さんが、何かお言葉をかけてあげてくださると患者も喜びますと言われたので、にっこり微笑みながら、早く元気になってくださいねと無難な発言をするのだった。




 殆ど同じようなやり取りを行い、病室をいくつか回った私は、途中で急患の報告を受けた。

 病院内を風のように駆け抜けて、護衛を置き去りにして病院の入り口へと向かう。


 休憩時間はいつも唐突に終わるので、突然の急患にも慣れたものだ。

 そんなことを考えながら階段を駆け降りて、一階に到着する。

 相変わらず、患者や医療従事者でごった返していた。


 だがそんな中でも、ストレッチャーに乗せられた重症患者はすぐに見つかる。

 私はトコトコと近づいていくものの、何だか少しだけ様子がおかしかった。


(どうして、すぐに患者を手術室に移送しないんだろう?)


 今は患者を囲むように人集りができているようで、彼らは何やら大声で叫んでいる。

 しかし独断先行で突っ走ってきた私には、通訳が居ないので内容がさっぱりわからない。


 だが病院の関係者が私に気づき、何人かの人が英語と簡単なジェスチャーで、何とか状況を伝えようとしてくれた。


「ええと、近づくな……危険?」


 私が意味を理解して取りあえず足を止めるのと同時に、ピンが抜ける微かな音を狐耳が捉えた。

 そして人集りの中心から放物線を描き、棒状の物がこちらをめがけて飛んできた。


「よっ……と」


 反射的に掴んでしまったが、取りあえず顔に近づけてマジマジと謎の物体を観察する。


 どうやら私が手に持っている物は、爆弾のようだ。

 アクション映画やアニメや漫画、様々な娯楽作品に出てきたので間違いはない。


 周り人たちが危険だとか、早く投げ捨てろだとか騒いでいる。

 だがピンが抜かれてしまっているし、爆発までの猶予は殆ど残されていない。


 狐っ娘パワーで遠くに放り投げても、この辺りでは人の居ない場所など存在しなさそうだ。

 自衛隊員も慌てた様子で、危険な爆弾を取り上げようとしている。


 ならば私がやることは一つだと考えて、思いつきですぐに行動を起こす。


「狐火!」


 私は手に持った棒状の手投げ爆弾を真上に軽く投げて、周りを青い炎で隙間なく包み込む。

 次の瞬間、爆発音が響き渡って眩く輝いたが、それだけだ。


 普通の火のように使うこともできるが、狼の姿形を取ったり幻のように揺らめかせたりもできる。

 つまり七つの玉を探す物語の気と同じで、私のイメージや集中力に左右されるが、ぶっちゃけ何でもありだ。


 今回は手投げ爆弾の周囲に結界を張って、外部と遮断した。

 音や光は通したので都合の良いバリアだが、ファンタジーやSFには良くあることなので気にしない。


「少し驚きましたが、怪我がなくて良かったです」


 周囲の人たちは、驚きの表情で固まっていた。

 だが自衛隊はすぐに私を隠すように円陣を組んで、第二の襲撃に備える。


「あの! おっ、お体のほうは?」

「傷一つありませんので、大丈夫ですよ。それより今は──」


 今重要なのは、病院で爆破テロを行った者を尋問することだ。

 どう考えても、私を狙っていたのは明らかだ。


 そもそも、連合軍の盟主がいつまでも最前線近くに留まっていたのでは、狙ってくれと言っているようなものだった。


 これに関しては私の責任だが、鉄砲や爆薬でやられるような狐っ娘ではない。

 逆に返り討ちにしてやんよと、内心でシャドーボクシングを行う。


 だがまあとにかく、ここまで関わったのだから、ある程度の情報は掴んでおくべきだ。

 取りあえずは思いつきで、私を殺害しようとした相手を尋問して、事情を聞くことに決めたのだった。

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― 新着の感想 ―
自分の体を盾にしてじゃなくスマートになってる…!
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