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参戦

<ラヴレンチー・ベリヤ>

 ソビエト連邦はポーランドを支配下に置いた。

 これといった障害もなく上手くいき、宣戦布告の理由も用意したので、開戦の言い分としては十分だろう。


 そして私や軍部の予想通り、欧州諸国が一時的な同盟を結び、我が国に戦いを挑んできた。

 わざわざ攻め込む口実をくれるとは、親切なことだ。


 既にイギリス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパの各国には、工作員が共産主義の種を撒いている。

 ソビエト連邦が攻め込むと同時に、反乱を起こすのだ。


 実際にアジア大陸では、大きな混乱が広がっている。

 共産主義勢力が軍部を掌握したり、独立運動が起きていた。


 最終目標は日本を侵攻することだが、今のところは順調に進んでいると言える。


 だがしかし、確実に効いているはずなのに、欧州は効果が薄い。

 それどころか共産主義が狐色に塗り替えられて、潜入させた工作員が捕らえられる事件まで起こっている。


 何が起こっているのか。調べようにも、ミイラ取りがミイラになる有様だ。

 思うように調査が進んでいないのが現状であった。







 モスクワに建てられた政庁、その作戦司令室に居るのはスターリンや政府の者たちだけではない。

 軍部関係者も揃っていた。


 もちろん私も会議の場に出席して、いつもの飄々とした顔で椅子に座っている。


「侵攻作戦はどうなっている」


 一番奥の席に腰かけている同志スターリンが、大机の上に広がる世界地図を、渋い顔でじっと見つめていた。

 そして軍部の関係者たちに尋ねる。


「はっ! 同志スターリン! 侵攻作戦は順調であります!

 我がソビエト連邦は連戦連勝! アジア大陸の資本主義を駆逐し──」


 遅かれ早かれ衝突するなら、ソビエト連邦が有利なうちにと開戦に踏み切った。

 当初は、軍部も乗り気だった。


 実際にアジア大陸は順調に赤く染まっていっているので、誰もが勝利を確信していた。

 なので、意気揚々と戦況報告を行う気持ちもわかる。

 だが残念ながら、同志スターリンの表情は一向に晴れなかった。


「では、欧州方面軍はどうだ?」

「えっ!? そっ、……それは!」


 途端に口数が少なくなった。

 さらに、今まで元気よく喋っていた軍の関係者が助けを求めるように、他の同志に視線を向ける。


 すると私を含めた皆が、揃いも揃って露骨に顔をそらしてしまう。


 時間にしてほんの数秒ほどのやり取りだが、彼は冷や汗をかいていた。

 そして観念したのか溜息を吐き、同志スターリンを真っ直ぐに見つめて、緊張気味に発言した。


「欧州は連合軍の抵抗が激しいですが、軍事、兵力等はソビエト連邦が上回っております!

 なので、今しばらく時間をいただければ──」


 ソビエト連邦は、数多の国々が寄り集まっている。

 まともに戦えば苦戦は必死だが、内部工作で暴動を起こせば共産主義に傾くはずだった。


 しかし残念ながら、現状はそうなっていない。

 何故ならここに来て、大番狂わせが起きてしまったからだ。


「つまり時間をかければ、リトルプリンセスにも勝てると?」


 同志スターリンが、軍部を責めるように威圧する。

 そして、怒気を含めた言葉を発した。


「そっ、それは! ……その」


 問答をしていた者は、徐々に声が小さくなっていく。

 後半は殆ど聞き取れなくなるが、リトルプリンセスには勝てませんとは言えない。


 だからこそ軍部の代表は、深呼吸をした後に気合を入れて、大声を出すのだ。


「確かに日本が戦争に介入したのは予想外で、欧州方面で劣勢なのは事実です!

 しかし! ソビエト連邦は必ずや勝利します!」


 そう言って軍部の代表は、作戦会議室の大机の上に広げられた世界地図の上の駒を、順番に動かしていく。

 極東の島国の海上にも、こちらの駒を配置する。


 その後、呼吸を整えて説明を始めた。


「まずもっとも警戒すべきは、日本と親日国なのは、間違いありません」


 アメリカも警戒すべきだ。

 しかし優先順位を考えると、日本と親日国よりも下になる。


 脅威ではあるが、共産主義による工作は成功しているのだ。

 まだ与し易いほうだろう。


「ですが彼の国は専守防衛が主です。

 なので欧州に送られてきた兵士は、千……いえ、二千程度でしょう」


 連合国の盟主になったものの、ソビエト連邦と隣接している。

 防衛に戦力を割かなければいけないし、共産主義が広まって混乱に陥っている東アジアの情勢も考えると、日本は周辺諸国を警戒せざるをえない。


「それに日本は軍事力はあっても、極東の島国に過ぎません」


 どれだけ軍事や技術力が高くても島国には違いない。

 広大な国土を有するソビエト連邦と比べれば、一国だけなら容易く蹂躙できる。


 なので軍部は、国境沿いにソビエト艦隊を配置して威圧し続けていた。

 防衛に戦力を割かせて、欧州方面を手薄にしているのだ。


「ですので、島国が戦争に動員できる総戦力など、たかが知れています。

 また、親日国も軍隊を送るでしょうが──」


 日本と同じ道を歩んできた親日国は、リトルプリンセスの後追いだ。

 当然のように参戦してくるが、そちらも専守防衛が基本である。


 たとえ欧州戦線に参戦しても数千程度なら、大した脅威にはならないと意見する。


「リトルプリンセスの警護も必要ですので、最前線に投入される数はさらに減るでしょう。

 以上のことから、我々が戦うべく敵は、ほぼ欧州各国となります」


 そうはっきりと告げた。

 確かに日本が介入すると聞いた時は肝が冷えたし、欧州連合の士気は上がっている。

 そのせいで苦戦を強いられているが、ソビエト軍部は十分に挽回できると判断していた。


「またアメリカは貧富や民族の差が激しく、共産主義を広まりやすいです。

 そのうち内部から崩壊していくでしょう」


 日本と親日国は、欧州方面では大した戦力にはなっていない。

 しかしまだ、アメリカが残っている。


 強大な軍事力を持つ国ではあるが、貧富の差が激しい多民族国家という弱点を抱えている。

 おかげで共産主義も広まりやすいし、成果は出ている。


 時間さえかければアメリカの資本主義経済を切り崩して、内乱を引き起こせる。


「それに欧州の連合国は同盟を結んでも、決して一枚岩ではありません。

 時間が経つごとに歪みが大きくなり、やがては烏合の衆となり果てるでしょう」


 最初こそソビエト連邦打倒で手を結んでいても、各国の損害が大きくなれば話が変わってくる。

 誰もが自国の利益を優先して動くようになり、下手をすれば足の引っ張り合いが始まるのだ。


 そうなればもはや、ソビエト連邦の思うがままである。


 連携が取れなくなった連合国を内部から崩壊させるのもよし、救援が送られずに孤立している部隊を包囲殲滅するのもよしだ。


「さらにアジア大陸には、共産主義が広がり続けています。

 じきに欧州戦線にも影響が出るでしょう」


 欧州各国は、アジア大陸に多くの植民地を抱えている。

 そちらを維持するには軍隊を置かなければいけないが、共産主義を広めて反乱を誘発すれば、本国の足を引っ張ることも可能だ。


 そこで説明が終わったのか、軍部の代表は大きく息を吐いた。


 つまりソビエト連邦は一見不利に見えるが、現時点で敗北濃厚なわけではない。

 十分に押し返せることが伝わり、スターリンも真面目な顔で考え込んではいる。


 静かな時間が少しだけ経ち、やがて納得したのか小さく頷いて、堂々と発言する。


「同志の言う通りだ。ソビエト連邦の勝利は揺るがない。諸君の健闘に感謝する」


 私と彼とは親友とも言えるほどの間柄だが、今回は下手をすれば粛清される可能性もあった。

 それでも軍部の代表が機転を利かせた作戦を立案することで、辛うじて回避された。


(もし粛清となれば、私だけでは済むまい。

 この場に居る者の殆どが、明日は不幸な事故に遭っていたかも知れない)


 何にせよ難を逃れたので、会議室の椅子に座りながら心の中でホッと息を吐いた。




 しかし本来ならば今頃、欧州の殆どが共産主義に染まっていたはずだ。

 リトルプリンセスが重い腰を上げたことで、まるで巨大な山が動き出したが如く、事態が急変してしまう。


 本当にまさか、彼女が自ら乗り込んでくるとは思わなかった。

 これはもはや、アメリカが本腰を入れて参戦してくるよりも厄介な事態と言える。


(やはり恐ろしいが、だからこそ屈服させがいがある。それでも今回ばかりは、流石に肝が冷えたよ)


 元々リトルプリンセスは自国に留まり、専守防衛を行うと読んでいた。

 だが、その予想は見事に外れてしまった。


 幸い今は私の手を離れて軍部に指揮権が移っていたので、会議の場では良い隠れ蓑になってくれた。

 しかし、次はどうなるかはわからない。


 それでも既に戦争は始まっているため、今さら止めることにはできない。


 ソビエト連邦が勝利するか、それとも滅びるかだ。

 泥沼の世界大戦は敵国を滅ぼすまでは、決して終わらないのだった。

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