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連合国の盟主

 昭和十五年に大英帝国に打診し、日本が連合国の盟主を引き受けることになった。


 だが、そこまで本腰を入れて派兵する気はない。

 あくまでも主役は連合国の軍隊であり、こっちは少数精鋭なので名ばかり盟主なのは一目瞭然であった。


 しかし古来より統治者というのは、一番奥で椅子に座ってどっしりと構えているのが、何より重要である。

 なので、それで向こうが納得してくれるのなら、きっと問題はないのだろう。


「それで、戦況はどうなっていますか?」

「はっ! ポーランド西部だけでなく、エストニア、ラトビア、リトアニアの三国も前日未明、ソビエト連邦の支配地域となったようです!」


 戦況の報告に訪れたドイツ兵から報告を受けた後、足が届かずにぶらついてしまう高い椅子によいしょっと飛び乗る。

 続いて、大机に広げられたヨーロッパの地図をじーっと見つめる。


「報告ありがとうございます。下がっても構いませんよ」


 伝令に訪れたドイツ兵に、ニコリと笑いかけて下がらせる。

 そして、私は椅子に腰掛けたまま顎に手を当て、あれこれ考えを巡らせる。


 連合国は結成されたばかりで連携が取れておらず、明らかに後手に回っている。

 これでは数に勝るソビエト連邦の侵攻を押し留めるのは難しい。


 だが素人考えであれこれ思案しても、名案が浮かぶはずもない。

 なのでしばらくの間、私は表情をコロコロ変えながら図面とにらめっこをしていた。


 その途中に、ドイツの陸軍幕僚長が申し訳なさそうな顔をして日本軍のテントまでやってくる。

 続いて、若干知恵熱が出始めていた私に声をかけてきた。


「すまない、リトルプリンセス。連合国軍の兵士たちに、また言葉をかけてやってくれないか?」

「あのー、それ、昨夜もやりませんでしたか?」


 ちなみに現在私が居る場所は、首都ベルリンだ。

 日本が盟主をやってもいいよと打診した後、連合国が満場一致で私を指名した結果である。


 そもそも何が悲しくて、一国の最高統治者が世界大戦の最前線にまで出張らなければいけないのかだ。

 戦国時代ならまだあり得たかも知れないが、私が人間だったら即お断りしている案件である。


 もちろん、人外だろうと当然拒否した。

 だが日本からの派兵が少数では、連合国の兵士たちの中には盟主の命令に反発する者も現れるかも知れない。


 それに、リトルプリンセスが直接指示を出すわけではない。

 あくまでも戦地への慰問のようなものだと思って欲しい。

 そんな感じに大勢の連合国関係者から誠心誠意説得されたのだ。


 そこで私は、一理あるかもと納得してしまったのが運の尽きだった。


 その後、どのようなやり取りがあったのかは知らない。

 最終的に、日本からは陸海空の自衛隊員を三千人と、近代兵装。

 そして、銃弾やミサイルが雨あられのように直撃しても十中八九元気いっぱいであろう稲荷神が、危険な戦地へと派遣されることになったのだった。


 まあ私自身も、どうせ砲弾が直撃しても無傷だし別にいいかと、気楽な気持ちでここまでやって来た。


 そして昨晩ドイツの首都ベルリンに到着し、兵士と民衆からは熱烈歓迎ムードで迎えられたのだ。


 これは、皇国の興廃この一戦にありという迷言が大英帝国、さらにはヨーロッパ全土、おまけに世界中に通訳した上で、拡散されてしまったからだ。

 おかげで連合国の士気は、今現在アゲアゲ状態らしい。




 それが関係しているのかは知らないが、ドイツの首都なのに連合国軍がドカドカ入ってきている。

 さらに少し前までは敵だったのに仲良く食卓を囲んだりと、戦時下にも関わらず何とも和やかな風景だ。


 何でも最近は国家稲荷主義ドイツ労働者党という、何度聞いても正直良くわからない党が台頭した。

 おまけにその党から優秀な指導者が立つことで、国内情勢が安定してきているらしい。


 私もその指導者に会ったのだが、姿は何処かで見た覚えがあるちょび髭おじさんだった。


 そんな彼は、お会いできて光栄ですと、感極まったように私に握手を求めてきた。

 ついでに、その後は流れるように拡声器を渡されて、皆に向けて何か一言とお願いされる。


 だがしかし、いくら毎度場当たり的に動いていると言っても、そう簡単にスピーチが思い浮かぶかと言えば、そんなことはなかった。


 なので私はああでもないこうでもないと考えた結果、何をどうしてそんな結論にたどり着いたのかは不明だが、こぎつねコンコン山の中を大声で歌い始めてしまう。


 だがまあ兵士も民衆も大喜びで、アンコールまで頼まれる。

 楽団を呼んで前世の曲もうっかりお漏らしし、合計十曲以上通しで歌わされた。


 何でこんなことになったのかは、実際に歌った私にもさっぱりわからない。

 だが何だか知らんが乗り切れたのでよしと、ゲリラライブが終わったあとは現実逃避のため、布団に入って即ふて寝したのだった。




 話を冒頭に戻すが、何だかんだで私のスピーチ(お歌)は好評だった。

 別に兵の士気をあげるだけなら自分でなくても構わないはずだし、微妙に渋る。


「兵士に声をかけるぐらいなら、私でなくてもできますよね」

「しかし、うちの政党は、その、少々特殊でね」


 国家稲荷主義ドイツ労働者党が、現在多数派を占めていることを思い出す。

 私は納得せざるを得なくなった。


 だがまあ制空権は確保してるし、どうせ死なない体だ。

 それでドイツの陸軍幕僚長の気が済むならと、渋々承諾する。


 なお打ち合わせ中に、ベルリンだけズルいと多くの不満が寄せられたらしい。

 日本製の装甲車に護送されて、前線近くの駐屯地を目指すことに急きょ変更になったのだった。




 装甲車の後ろの窓から外を見ると、パリ講和会議で連合国側が手心を加えてくれたのと日本の支援で、復興はかなり進んでいた。

 町並みが比較的美しいだけでなく、道路もきちんと走りやすく整備されていることがわかる。

 だが、もしソビエト連邦に負けたらどうなるやらと、若干不安を感じる。


 それからしばらく揺られて、道中で何度か燃料補給を受けたり小休止を挟む。

 やがて長時間のドライブは終わり、国境近くの駐屯地に到着する。


 きちんと整列して待機している、数え切れないほどの多国籍軍の兵士の姿があった。


「ではリトルプリンセス。マイクをどうぞ」

「どっ、どうも。準備万端ですね」

「私も兵士たちも、この日が来るのを心待ちにしていましたので」


 私としてはこんな日が来なければいいと思っていたが、口には出さない。空気の読める狐っ娘なのだ。


 なお自分は本物の稲荷神ではない。それでも多少なりとも期待してくれているなら、盟主の役目を頑張って果たすのも良いだろう。


 私は多くの兵士たちを見渡せる舞台へと案内されて、そこに続く階段を小さな足で一歩ずつ登っていった。


「ええと、初めて会う方も居ると思いますが。私が連合国軍の盟主、稲荷神です」


 舞台の上に立ってマイクを片手に持って喋りかける。

 正直数えるのも嫌になる程の大勢の多国籍軍の兵士は、整列したまま黙って私の話を聞いている。


 そしてそのすぐ隣の通訳が、一拍遅れて各国の言葉に翻訳して語りかけていた。


 しかし数百年の経験で、民衆の前で喋るのには否応なしに慣れさせられた。

 だが流石に、これだけ大人数はかなり珍しい。

 それに皆真っ直ぐ真剣な表情でこちらを見ているので、その点もかなり緊張する。


「まず貴方たちに尋ねたいことがあります。

 私の後ろには、何がありますか?」


 この問いかけに答える者は居ない。上官が整列したまま口を開くなと命じているのだから当然だ。

 それでも、各々が心の中で考えただろう。


「正解は、皆が大切にしているモノです。

 それが何かは私には想像しかできませんが、きっと皆それぞれ守りたいモノがあるでしょう」


 ここで私がソビエト連邦に背を向けて喋ったら、今の発言は赤面ものだったかもと考えたが、そんなことはなかったので本当に助かった。


「連合国軍の敗北は即ち、貴方たちの大切なモノを失うことを意味します」


 私は大きく息を吐いて、一拍置く。

 表情は全く動いていないが、目に闘志を宿した兵士たちが少し怖い。


「ですのでどうか、皆さんの大切のモノを守るため。今だけは力を合わせて戦って欲しいのです」


 お願いしますと、最後にペコリと頭を下げてマイクの電源を切ろうとしたが、ここでいつもの行き当たりばったりが出てくる。

 私は意識を集中し、関東大震災と同じように無数の狼たちを召喚した。


「見た目は少し怖いですが、私直属の衛生狼です。

 前線で負傷した者を回収してくれますので、上手く使ってくださいね」


 狼たちに戦わせる気はない。

 もし人間を殺したら世界の敵エンドに進むかも知れないし、そういうのは極力避けたかったのだ。


 だがこれで私も連合国のために協力しているアピールもできたので、一先ずは良しとしておく。


 とにかく百どころか千を越える狼たちを呼び出した私は、態度には出さないように気をつけていても驚いている大勢の兵士に背を向ける。


 ゆっくりと舞台から降りていった。

 途中まではよくあるスピーチ内容で無難だが、お仕事完了と言って良いだろう。


 連合国の盟主の役目を果たしたので、ドイツの陸軍幕僚長にマイクを返そうとする。

 しかし何故か彼は、立ったまま男泣きしていた。


「あの、体調でも悪いのですか?」

「いえっ! リトルプリンセス! 素晴らしいスピーチでした!」

「は、はぁ、それは……どうも」


 こちらの手を握り、上下にブンブンと振ってくる陸軍幕僚長に唖然とする。

 でもまあ仕事を果たせたなら問題はないかと、始終にこやかな笑顔を維持した。


 この後、私は精鋭の自衛隊に護衛を頼み、最前線近くの駐屯地に集まる兵士たちや各施設をあちこち歩いて見て回る。

 怪我人の治療や、食料配給といった慰問を行うのだった。

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