表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/280

第二次世界大戦

 昭和十四年になり、第二次世界大戦が勃発した。


 だが、それは私が知る朧気な正史と比べても、明らかに異なるものだ。


 まず、ドイツとイタリアと日本が三国同盟を結んでいない。これは私が大反対したせいだ。

 条約を結ぶのは構わないけど、パスタの国が足を引っ張りそうだと、そんな第六感が働いたからである。


 そして次に違和感を感じたのが、ソビエト連邦がポーランドに侵攻したのが発端という点だ。

 ちなみに中華民国と戦っているほうは、何故かモンゴルが参戦した以外は、特に目立った動きはない。


 この件に関しては、日本まで戦火が飛んでこずに済んで良かったと、ホッとした。


 何だかんだあって、宣戦布告もないまま突如侵攻を受けたポーランドは泣いていいと、私はそう思ったのだった。




 だがいきなり侵攻を受けたからといって、無抵抗にやられるはずがない。

 実際にポーランドは慌てて兵力四十五万をかき集めて迎え撃ったが、ソビエト連邦は兵力八十万と近代兵器を多数揃えて、事前準備も万端である。


 これはもう戦う前から勝敗が決まっている。そんな酷い状態での戦争開始となった。


 それからしばらく経ち、案の定ポーランドはボコボコにされる。

 ちなみにソビエト政府の言い分だが、『今回の軍事行動は、ポーランド東部に住むウクライナ人とベラルーシ人を保護するためのものである』と、そう堂々と宣言したので大した面の皮の厚さであった。


 申し訳程度に西部を残したり、和平条約でこれ以上の侵攻はないと保証する。

 だが結局、殆どの領土は植民地にされてしまう。

 それでもポーランド自体は存続できただけでもマシなのかは、私には良くわからない。







 なお第二次世界大戦でソビエト連邦が侵攻を決断した本当の理由だが、日本とオーストラリアの情報部に探らせた結果、根底には私の存在があったようだ。


 ソビエトの共産主義が大粛清と軍備拡張を推し進めることで、何とか巨大勢力を保ってはいるのは有名な話だ。


 一方、稲荷主義はそんなことはない。

 数百年かけて自分が何もしなくても、勝手に世界に広まっていった。


 さらに稲荷主義は共産主義よりも遥かに強固で、逆にソビエト連邦の思想を塗り潰している有り様だ。


 このままではソビエト連邦以外の国々が狐色に染まるのも時間の問題と考えた。

 少なくともソビエト連邦のヨシフ・スターリンは、危機的状況と判断したようだ。


 そして彼は、世界でもっとも優れた共産主義を守るため、稲荷主義に染まっていない国々に救いの手を差し伸べ、さらに各国をまとめて私を討ち滅ぼすために開戦を決意した。


「そのような裏の事情があったのですか」

「ソビエト連邦にとって、稲荷様は世界を滅ぼす邪神といったところでしょうな」


 総理大臣の平沼さんや他の政府関係者と一緒にお茶を飲みながら、稲荷大社の謁見の間でいつも通りに気楽に会話する。


 しかし私は、世界を滅ぼすつもりは毛頭ない。

 逆に助けているつもりだ。


 それを、稲荷主義は悪とか定義付けするのは何だかなーと思う。

 だが相手がソビエト連邦なら、仕方ない気がしてくるから不思議だ。


「エストニア、ラトビア、リトアニアにも裏で圧力をかけているようです。

 ソビエト連邦の進撃は、まだ続きそうですな」


 どうやらソビエト連邦は手始めに、まずはヨーロッパ全土を赤く染めるつもりらしい。

 しかしすぐ隣に邪神がいるのに、国境付近の守りを固める以外は全くのノータッチだ。


 なので私は、何故日本に真っ直ぐ侵攻して来ないのか疑問に思い、平沼さんに質問する。


「もし稲荷様を一番に狙った場合、全世界は一斉にソビエト連邦を非難し、攻め滅ぼす口実にするでしょうな」

「それは、勘弁してもらいたいですね」


 もしそうなれば、きっとソビエト連邦は全世界からタコ殴りされる。

 国どころか、存在自体を消去されかねなかった。


 けどまあ、それ自体は別に構わない。

 だが私が原因で、罪もないソビエト国民が泣きを見るのは、少しだけ可哀想に感じた。


「ヨーロッパは連合国を結成して、ソビエト連邦に対処するようですが」

「何か問題でも?」


 平沼さんが角砂糖を入れたコーヒーを一口飲み、肩を落として溜息を吐く。

 一方私は、コーラ味のグミを小さな口に咥えてモグモグしたり、指で摘んで引っ張ったりと呑気に遊んでいた。


「日本にぜひ連合国の盟主として参戦して欲しいと。そのような要望が殺到しておりまして」


 彼の言葉を聞いた私は、グミで遊ぶのを中断してあからさまに体を強張らせる。

 続いて、油の切れたブリキ人形のように首を動かす。


 他の政府関係者へと順番に視線を向けると、誰もが皆顔をそらして冷や汗をかいていた。


 さらに後ろめたい気持ちを誤魔化すように、わざとらしい口笛を吹いている者までいるので酷いものだ。


 私は仕方ないので真面目な顔で、堂々と自分の意見を口に出す。


「彼の国の最終目的は、私の排除です。

 ソビエト連邦も隣国ですが、今攻められているのはヨーロッパで、現時点の日本は被害を受けていません。

 盟主ならイギリスかフランスがやればいいのでは?」


 どれだけ技術と軍事力があっても、日本は鎖国を解いてから大きな戦争を経験したことがない。

 いきなり連合国でリーダーシップを取って欲しいと頼まれても、上手くいくとはとても思えない。


 なので、私としてはこれまで荒波に揉まれてきた大英帝国かフランスこそが相応しい。

 もし断っても、盟主をやりたい国なら他にいくらでも居る。


「それがイギリスとフランスも、日本が盟主となることを強く希望しており、ドイツや各国も支持すると」


 政府関係者の発言に、私は大いに驚いた。

 もはや自分の知っている正史は完膚なきまでに破壊されて何処にもないのだと、否が応でも理解してしまう。


「つまり、日本が連合国の盟主になればドイツも共に戦うと?」

「間違いないかと」


 ドイツとソビエト連邦が戦うのは、朧気な正史でもそうだったはずだ。

 ただし、そこには日本との共闘も含まれる。


 それ以外が大きく違いすぎて、第二次世界大戦がこの先どのような展開を見せるのかが、全くわからない。


「今回の件ですが、稲荷様はどのようにお考えでしょうか?」


 私はコーラ味のグミを咀嚼して飲み込んだ後、腕を組んで真面目な顔で考える。


 実はこの時点で私の中で一番油断ならないと思っていたのは、ソビエト連邦ではなくドイツだった。

 もし正史の強制力があるのなら、彼の国の動向に日本も引きずられる可能性が高い。

 なので近い距離で監視と制御を行いたかったのだが、連合国と一緒に戦えるのは大きかった。


 五分ほど知恵熱が出るほどウンウンと必死に考えた私は、ようやく結論を出す。


「わかりました! 連合国の盟主をやりましょう!」


 これまで日本は、決して他国の戦争に関わろうとはしなかった。

 欧州や大陸とも常に距離を保ち続けたのだ。


 しかし、今回は初めて攻めに転じる方針を口に出す。


「「「えっ!?」」」


 最高統治者である私の発言を受けて、平沼さんや政府関係者や親衛隊の者たちは皆は言葉を失って呆然とする。

 さらに畳みかけるように小さな口を動かす。


「自衛隊は専守防衛が主です!

 しかし、日本に降りかかる火の粉は払わねばなりません!」


 その場のノリと勢いで私はカッと目を見開き、特に意味もなくガバっと立ち上がった。

 さらに何処かで聞いたような台詞を、深い意味も知らずに大声で叫ぶ。


「本土を焼き尽くす大火になる前に、水際で阻止するのです!

 皇国の興廃! この一戦にあり! 各員一層奮励努力せよ!」


 その姿を見た謁見の間に集まっている大勢の人々は、皆一斉に涙を流しながら私に向かって姿勢を正す。

 そして頭が畳と擦れそうな程に深く頭を下げて、ははーっと、恭しく跪いたのだった。


「コホン、と言うことで。名ばかり盟主で良ければ参戦しても良いと、連合国にはそう打診しておいてください」

「稲荷様の先程のお言葉! しかと記録に残しました!

 ご命令通り、一語一句淀みなく連合国にお伝え致します!」


 いつも気楽に雑談していると思っていたのだが、実はちゃっかりと録音されていたようだ。

 今さらながら知らされたが、ならばその場のノリで思いついた台詞を口に出すのではなかった。


 表情は辛うじて冷静さを保ってお茶をすする。

 どうせ喉元過ぎれば熱さを忘れてまた悪ノリを繰り返すだろうが、現時点の心の中ではやっちまったと嘆き悲しむ。


 今日も周囲がワッショイワッショイする中で、背筋の冷や汗がしばらく止まらなかったので、ある意味ではこれが私の日常であった。







 少しだけ時は流れて昭和十五年になる。


 今年は東京でオリンピックが開かれるのだが、欧州に向かう準備を進めながらで大丈夫かなと、心配になってしまう。


 ちなみに結論から言えば、オリンピックは無事に開催された。


 参加できなかった国が複数出たものの、世界中から大勢の人が集まる。

 東京で博覧会を開いた時を上回る混雑具合であった。


 当然、私も応援に行き、日本人がメダルを取るところを生で見られて、とても嬉しい。

 テレビカメラの取材を受けることになったが、その辺りは仕方ないと諦めてインタビューに答えていく。


 ただ、外国からも大勢取材に来ていて彼らにも撮影されたので、通訳の人がてんやわんやしていたのが印象的だった。


 そして毎度思うのだが、私ではなくもっとオリンピック選手にスポットライトを当てるべきだ。


 日本が金メダルを取った瞬間に、興奮して勢い良く立ち上がり、満面の笑みでピョンピョン跳ねる狐っ娘を、そんな何度もニュース番組でリピート再生しないで欲しい。

 本気で恥ずかしいので、お願いだからもっと選手の活躍を流してもらいたい。


 しかし世界は依然として混沌としているが、日本は今年も平和に年を越すことができて良かった。

 そう思いつつ温かなコタツに足を入れ、ミカンの皮を剥くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ