選手交代
日米野球は、十五戦十五敗と負け越している。
初戦以外は結果しか見ていないが、それでも最終戦で勝てる気がしなかった。
後半に差し掛かって日本側が負けていたら手を貸すと約束したので、私は重い腰を上げるしかないのだ。
取りあえず稲荷大社でただ待つのではなく、宇都宮にある球場に足を運ぶ。
顔パスで正面ゲートを通り抜けた私は、通路を歩いて観客席に出ると、電光掲示板をじっと観察する。
「負けてますね」
「はい、そのようです。稲荷様の出番も近いかと」
何となく漏らした呟きを、傍に控えている側仕えが拾った。
彼女の言っていることは事実だが、出番などないほうが良かった。
「……わざと負けている可能性は?」
「稲荷様が見ておられるのです。日本国民として恥を晒すわけにはまいりません」
側仕えから、すぐに答えが返ってきた。
どうやら私の助力を得るために、わざと負けている線はないらしい。
「冗談です。選手の皆さんを信頼していますよ」
私だってたまには冗談ぐらい言う。
そして観客席から見る限り、選手たちは皆、一生懸命野球の試合をしていた。
なのでこれはいよいよ、覚悟を決めることになりそうだと思った。
ちなみに先攻は日本で、四回の表の攻撃が終わり、MLBが十点でNPBが二点だ。
過去十五戦が黒星続きだったことから考えても、ここからの大逆転は正直厳しいだろう。
そして野球連盟の代表が慌てた様子で駆けつけたことで、私は渋々要請に応じたのだった。
今回は特例中の特例として、日本代表の控え選出として登録した。
背番号17はイナリの験担ぎだろうが、何故か専用ユニフォームも用意されていた。
尻尾と耳が覗くタイプなので、相変わらず良い仕事をしてくれる。
なおオーダーメイドを手がけた職人には感謝しているが、個人的には恥ずかし過ぎて泣けばいいのか笑えばいいのかだ。
しかし今だけは、いつものコスプレと割り切って、ありがたく使わせてもらう。
専用の個室で側仕えに着つけを手伝ってもらって、順番に袖を通していく。
さらには念の為に身だしなみを整えてもらった直後、球場のアナウンスが大音量で流れた。
「……に代わりまして! 背番号17番! 稲荷様!」
この期に及んでも、正直試合には出たくはなかった。
だが、こうなったら仕方ない。
私は大きな溜息を吐いて、側仕えに渋々声をかける。
「では、行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そう言って個室から出ると、近衛と野球連盟の代表がスタンバっていた。
そのまま、日本人選手の待つベンチへと案内される。
球場の通路を歩きながら、本当にどうしてこうなったのかと何度も考えたが、結局これといった答えは出なかった。
なので無駄なことを考えて気に病むよりも、開き直ってさっさと試合を終わらせて家に帰ろうと、そんないつもの脳筋的思考に切り替えるのだった。
私が日本代表のベンチに到着すると、既に五回表の攻撃が始まっていた。
現在は2アウト満塁になったところで、タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど自分の番だ。
用意されていたバットを適当に引き抜いて何度か素振りした後、狐耳用の穴が開いているヘルメットをかぶり、トコトコと歩いて打席に出てくる。
「バットを持つのも振るのも久しぶりですね。
ですが、まあ何とかなるでしょう」
バットを振って野球をするのは、前世で学生をしていた時以来だ。
しかし女子高生の頃にしていたのは、ソフトボールだったかも知れない。
こっちでも野球のルールを教えたときにも何度か振った覚えがあるが、私が直接出ることはなかった。
それはそれとして、相手のピッチャーは明らかに戸惑っている。
だがそれでも、流石はプロだ。
低身長で入れにくいだろうが、的確に狭いストライクゾーンを狙って投げてきた。
そこで私は、手加減しながらも最後まで振り抜く。
結果、投手が投げた球がバットの芯に当たり、景気良くかっ飛んでいった。
「少し力みすぎましたね。次からは、もう少し手加減しましょう」
狐っ娘に転生する前も、球技の経験はあまりない。
なので、少々力を入れすぎてしまったようだ。
バットを振った瞬間に突風が巻き起こり、至近距離に居たキャッチャーが尻もちをつく。
さらに正面のピッチャーの帽子が、風に舞って後ろに飛ばされた。
しかも打ち上げた球は、球場を越えて遥か遠くに飛んでいってしまった。
手加減はしたので摩擦熱で燃えつきることはないと思うが、何処に落下するのか皆目見当もつかなかった。
(海に落ちてくれればいいけど、あれは成層圏を越えたかも)
とんでもないホームランに、観客は興奮して大盛りあがりだ。
しかし日米の選手は、あまりにも規格外の出来事だったためか、皆呆然としてしまっている。
なので私はバットを放った後に、一塁に向かって悠々と歩いて行く。
日本の選手の背中を押す形で塁を順番に周り、仲良くホームベースを踏ませるのだった。
あいにくその後は、他の選手がすぐにアウトを取られてしまった。
なのでMLBが十点、NPB六点で、日本の快進撃は止められてしまう。
攻守が交代し、次はアメリカ側の攻撃だ。
私たちは守りを固めるために、それぞれ配置につく。
「ですが何で、私がピッチャーなんでしょうか?」
日本代表監督の采配に文句を言うつもりはないが、疑問に思うのは仕方ない。
一応申し訳程度の投球練習はしたが、それでも私は野球のド素人だ。
変化球は何度か見て覚えたが、本番で上手く投げられる自信がない。
「きっと性格の問題なんでしょうね」
物作りのような、細かい作業は問題なく行える。
それでも勝負において相手を騙したり陥れるなどの駆け引きを、わざわざやりたいとは思えなかった。
結局、野球で私が自信を持って投げられるのは、真っ向勝負のストレートだけだ。
事前に監督とキャッチャーに伝えておいたのに、あっさりゴーサインを出した。本当に意味がわからない。
結局、今はアメリカのスター選手と真正面から対峙し、ピッチャーのポジションについている。
「はぁ、嘆いても始まりません。とにかく無心で投げましょうか」
私は愚痴を漏らした後に、かなり適当なフォームを取る。
とにかく自分が投げやすい姿勢を取り、キャッチャーが構えたミットを狙って勢い良く投球した。
「すっ! ストライーク!」
パスッではなく、ドゴンというやけに重い音が球場に響き渡る。
「……えっ?」
バッターは瞬き一つできずに、棒立ちである。
疑問を口に出したあと、確認のためにキャッチャーの構えるミットに視線を向ける。
投球練習で人間が受け止められる速度に調整したが、それでも200キロ以上出ている。
構えた場所に的確に投げるのでキャッチャーはともかく、反応できる打者はそうはいないだろう。
「向こうの打者が球速に慣れる前に、さっさと終わらせてしまいましょう」
私は小細工など必要ないと言わんばかりに、豪速球を投げ続けた。
そしてどの打者も三球三振で沈めていった。
なお、途中でバントの構えを取る選手も現れる。
だがあまりに重すぎたので、軌道を変えることすらできずに、バットを弾き飛ばしてしまう。
それでもプロなので、キャッチャーが取りこぼしているうちに、痺れる手を無視して走り出した。
その際に私は、こぼれ球を驚異のカバー範囲で素早く駆け寄って拾う。
送球することなく走者にすぐに追いついて、後ろからタッチしてアウトを取った。
送球が早すぎると一塁手がエラーするので、この手に限るのであった。
ちなみに日米野球の結果だが、うちの辛勝であった。
大勝にならなかったのは、野球はチーム戦だからだ。
たとえメジャーリーグの選手たちを三者凡退で沈めても、日本の打者が鳴かず飛ばずでは意味がない。
敵チームが自分をフォアボールで歩かせようという作戦には、跳躍しながらバットを振って場外ホームランを打つ。
ただ一点しか入らなかったので、差は殆ど縮まらなかった。
だからなのか、八回裏にはどうせ負けるならと、狐火をまとわせた直球をやけくそ気味に投げ続ける。
幻影とはいえ視覚的に派手で、しかも球速二百キロを越えていたのだ。
陽炎のように揺らめいて、格好良いの一言に尽きる。
日米野球の解説者は、これぞまさにライジングボールだと絶賛した。
なお実際に投げている私は、ただのストレートでしかない。
なので試合後のインタビューを受けた時に、あれは狐火ストレートですと、適当な名前を付けたのだった。
また、米国代表の野球選手が、写真撮影によるスパイ活動をしていたことが発覚した。
ただしこれは日本ではなく、私個人に対してだ。
アメリカにもペロリストが増えていることを、否応なしに実感させられる。
ついでに飛び入り参加したことで、野球人気の低迷は防げた。
しかし結局、他の競技も国際試合で日本が負け越しそうな時には、助っ人として呼ばれることになる。
何とか断るために、足りない頭を捻って考えるハメになってしまう。
だが私が参戦したのは最初の数回のみだ。
あらゆるスポーツで勝利を強奪していくので、これでは勝負にならないと、外国からの抗議が殺到した。
結果、重い腰を上げなくて済むようになったので、ようやく一安心したのだった。




