第90話 得難いもの
私たちは、ダンジョンに入って人が多いエリアを抜け、狼型モンスターが群れになって現れる階層までやってきた。
あの狼型モンスターは、グレイウルフというらしい。
「ここからはシルドさん、お願いしますね?」
「イエス、マム!!」
私は助けに入ることはできても、冒険者としてのいろはは教えられない。
知識がなく、経験も浅いし、超健康なんて異質なスキルを持っている上に、アークやエアという凄い従魔がいるからね。
明らかに普通の冒険者とは言えない。私が教えたらきっと酷いことになると思う。
「いや、それはもういいですから。あんまりしつこいと……」
ちゃんと《《お話をして》》、これまで通りに接してもらうことになったはずなのに、引きずっているシルドさんを少し睨む。
「ひっ!? い、いや、アイリス嬢ちゃんがあんなに強かったとは思わなくてよぉ。デコピン一発でパーティでも一番防御力がある俺がやられるなんて、面目丸潰れだろ? あぁいう態度でも取ってないと辛いんだよぉ」
「あれでも手加減したんですけどね……」
「それは聞きたくなかったなぁ……」
私の言葉を聞いたシルドさんはガッカリと肩を落とす。その背中には真新しい大きな盾が背負われていた。
壊してしまった盾は私が弁償した。
シルドさんたちは、別にいいと言っていたけど、私が壊したことに違いない。だから、有無を言わさずに押し付けた。
Cランク冒険者の武具ともなると、相応の値段になったけど、孤児院に寄付してもなお、それなりに持っていたのでなんとか支払えた。
「皆もシルドさんの言うことをちゃんと聞くんだよ?」
『は、はい!!』
子供たちも私の力を見てから素直さが加速している。ロビン君でさえ、大人しく言うことを聞いているんだから、模擬戦(笑)は効果的だったかな……多分。
その代わり、距離が遠くなった気がするけどね……ははははっ。それはこれから改めて詰めていこう。
「それじゃあ、ダンジョンの探索の仕方から教えるぞ?」
『よろしくお願いします!!』
こうして、シルドさんたちによる冒険者の指導が始まった。
「いいか、ダンジョンにいる時はいつどんな時も警戒を怠っちゃいけないぞ? モンスターを倒した後だとしても、だ。そういう時こそ、冷静に周りの様子に気を配らなきゃならん」
ダンジョンに潜る際の基本的な注意事項から、斥候役、盾役、攻撃役など、役割に応じた立ち回りまで、幅広く知識を披露するシルドさん一行。
子供たちは真剣な面持ちで聞き入っている。私も知らないことばかりで、一緒になって耳を傾けていた。
「これ以上は言葉で言っても難しいだろう。ちょうどよくグレイウルフがやってきたみたいだから見本を見せる。ちゃんと見ておけよ?」
『はいっ!!』
丁度いいタイミングで通路の奥からグレイウルフの群れが近づいてくる。
「お前ら、やるぞ!! 子供たちにみっともない姿を見せんじゃねぇぞ!!」
『おう(えぇ)!!』
シルドさんがパーティメンバーに喝を入れ、グレイウルフと対峙する。
「しっ!!」
「ロックショット!!」
弓使いと魔法使いが先制攻撃を放つ。
何匹かのグレイウルフが勢いを失った。
「俺が押さえる!!」
すり抜けてきた残りのグレイウルフをシルドさんが阻む。
「よし、今だ!!」
その掛け声で前衛の攻撃役である剣士と斥候役が横から攻撃を入れてすぐに離脱。再び魔法使いと弓使いによってトドメが刺されていった。
「ガウッ」
ただ、少し数が多くて一匹後衛の方にすり抜けてしまう。
「すまん、一匹抜けた。頼む!!」
「プロテクション!!」
それでも慌てずに声をかけ、補助回復役の修道女然とした冒険者が半透明の壁を創り出した。
「キャインキャインッ」
突然現れた壁に激突してグレイウルフがのたうち回る。
「トドメ!!」
「しっ」
シルドさんの声に合わせ、弓使いがグレイウルフの頭を狙い撃った。
残っているのはもう半分以下。全員で総攻撃を仕掛ける。倒すのにそう時間はかからなかった。
「とまぁ、こんな感じだ。分かったか?」
『はいっ!!』
実際にやってみせたことで、より尊敬の念を深める子供たち。
くっ、本当はその視線は私が受けるものだったのに!!
私は心の中でハンカチを噛んで悔しがった。
「よし、今度は実際にやってもらう。危なくなったら、俺たちが助けに入るから焦らず、しっかりそれぞれの役割をこなし、連携してモンスターを倒すんだ」
『はいっ!!』
シルドさんの指示を受け、先へと進んで子供たちもモンスターと接触する。
「ここは俺にまかせろ!!」
「ちょっと、ロビン!! 前に出過ぎないで!!」
「うわっ、どこまで撃ってんだよ!?」
「おいっ、早く攻撃してくれ!!」
「うわぁ!!」
最初こそいい感じに先制攻撃を仕掛けられたけど、いざ接近してくると、ロビン君が勢い勇んで隊列を乱してしまった。
それをきっかけにして崩れて一気にピンチに陥る。シルドさんたちが助けに入ることでどうにか立て直しに成功し、事なきを得た。
ふぅ〜、見てるこっちはヤキモキしてしょうがないね。
「ソフィー頼む!!」
「任せて」
観戦と実戦を繰り返すことで、少しずつ子供たちの連携が良くなっていった。
やっぱり、現役冒険者に教えてもらえるのは良い経験になってるみたい。頼んで良かった。シルドさんたちが分かりやすく教えてくれてるのが良いんだろうな。面倒見が良さそうだから慣れてるのかもね。
「それじゃあ、そろそろ休憩にしよう」
『はいっ』
長い間戦闘を続けたため、子供たちの顔に疲労が色濃く出ていた。
「本来なら休憩中も周囲への警戒を怠ってはいけないが、今日は初日だし、お前たちの体力も足りてない。俺たちがやるからゆっくり休め」
開けた部屋に移動し、片隅で壁に背中を預けて疲れを取る。
指導では役に立たないけど、ここは私の出番。疲労回復のためにスタミナポーションでも出してあげようかな。
バッグから薬を取り出そうとしたところで別の冒険者たちが入ってきた。
彼らはロビン君たちと変わらない年頃の少年たちで、ロビン君たちを見るなり、あくどい笑みを浮かべながら近づいてくる。
「あんっ、どこかで見たことがあると思ったら孤児院の甘ったれじゃないか」
そして、彼らのリーダー格の少年が見下すように吐き捨てた。
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