第84話 イレギュラー
「大丈夫ですか!!」
「なっ、嬢ちゃん、こっちに来るな!! ここは俺が食い止めるから逃げろ!!」
駆けつけると、全身を甲冑に身を包み、大きな盾を持つ冒険者の一人が、巨大な熊型モンスターの攻撃を捌きながら声を張り上げた。
彼が先頭に立って迎撃している。
しかし、真っ赤な毛色の熊型モンスターの攻撃は重く、盾役の冒険者は防具のおかげでどうにか耐えている状況だった。
辺りには、ぐったりと横たわっている人たちもいる。
「私たちなら大丈夫です。援護します!! アーク!!」
「わふっ」
盾役の人の声を無視して、アークをモンスターに突進させる。
アークが風のように一瞬でモンスターとの間合いを詰め、前足を軽く振るっただけで熊型モンスターが膝から崩れ落ちた。
「なっ!?」
襲われている冒険者たちが、アークの強さに驚愕して動きを止めてしまう。
「驚いている場合じゃありませんよ。トドメを刺してください」
「お、おうっ、分かった!!」
危険なので、私が手をパンパンと叩いて指示を出した。彼らはすぐに体勢を立て直して、戦える人員で攻撃に当たる。
その間に、私は倒れている冒険者たちに駆け寄った。
「う、ううっ……」
皆まだ辛うじて生きてる。
でも、中には足や腕を欠損している人たちもいた。
「効いて……」
薬草の楽園で採った薬草を使って作った高位回復ポーションを振りかける。
すると、みるみるうちに手足が生えてきた。実際に生えてくるシーンを見るのは初めてだけど、結構グロい。
「すー、すー」
怪我だけの人には、ただの回復ポーションを振りかけて回る。
全員ギリギリだったけど、どうにか盛り返した。
薬草の楽園を見つけていたことが功を奏したね。
「グォオオオオオオ……」
アークのおかげで形勢が傾き、冒険者側が盛り返してモンスターを撃退できた。
「いやぁ、嬢ちゃん、強いんだな。俺はシルド。Cランク冒険者だ。おかげで助かったよ。それに仲間たちも全員助けてもらったみたいで、本当にありがとう」
シルドさんがホッとした表情で私たちのところにやってきて、仲間たちを一瞥した後、深々と頭を下げた。
「いえ、頭を上げてください。ご無事で何よりです。私はアイリス。同じくCランク冒険者です。いったいどうしてこんなことになったんですか?」
「こいつはマーダーベアっていうんだが、本当はもっと下層に棲息している凶悪なモンスターなんだ。少なくとも、こんなところで出てくるような奴じゃない。あとちょっと嬢ちゃんたちが遅かったら、俺たちは全滅していた」
「そういうことですか」
どうやらイレギュラーが起こっちゃったみたいだね。
「アイリス嬢ちゃんが通りがかってくれて、俺たちは運が良かったよ」
シルドさんは、仲間たちと自分たちの無事を祝い合う。中には、涙を流す人たちもいた。
本当に死を覚悟していたんだろうね。
助けられて良かった。
「そういえば、グレオス商会に雇われた冒険者の方を知りませんか?」
ふと、知っているかもしれないと思って聞いてみた。
「あぁ~、その人たちはもう……」
シルドさんは表情を曇らせる。
「そうですか……」
話を聞くと、この階層を探索している途中でグレオス商会でよく雇われている冒険者たちの亡骸を見つけたそうだ。
たぶん、さっきのマーダーベアに殺されたんじゃないかと言っていた。
「俺たちは受け取れない」
「でも……」
「命が助かっただけでもありがたいんだ。むしろ、帰ったら薬代も救助報酬も分割になるかもしれないが、きっちり払う。最悪、奴隷落ちでもなんでもする。それで勘弁してもらえないか?」
「いやいや、そんなことさせられませんよ」
私は慌てて体の前で両手を振る。
全員が落ち着いた後、マーダーベアはいらないのかと尋ねると、シルドさんが「倒したのはほとんど私の従魔だから受け取らない」と言ってきかなかった。
その上、真剣な表情でそんなことを言うものだからびっくりしてしまった。
「お嬢ちゃんの行為や薬には、それだけの価値があるんだ。上に戻ったら、きっちり契約を結ぶから頼むぞ」
「はぁ……分かりました」
どうやら頑として譲りそうにないので、一旦保留にして現実逃避することにした。
「アイリス嬢ちゃんはどうするつもりだ?」
「私は受けた依頼が残っているので、このまま先に進みます」
「そうか。今回は本当に助かった。改めて礼を言う」
シルドさんたちは、仲間が目覚め次第、地上に帰るそうだ。
私はシルドさんたちと別れて、二十一階層へと進む。
「見つけたぞ!!」
「アーク、ちょっと、どこ行くの!!」
「ピピッ!!」
私とエアは、すぐに走り出したアークの後を追いかける。
「この先にシモフリバイソンがいる」
「そういうことね」
しばらく走り続けていると、真っ黒な牛型のモンスターが通路を歩いていた。
シモフリバイソンはアークを見た瞬間、逃げようと踵を返す。しかし、アークの俊足から逃げられるはずもなく、あっけなく狩られてしまった。
「よしっ、次に行くぞ!!」
アークは鼻をヒクヒクさせると、すぐに次のシモフリバイソンのもとへ走り出す。
「まったく、しょうがない先輩だね?」
「ピヨッ」
私は、エアと一緒に呆れながらアークの背中を追った。
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