第78話 シュレーディンガーの卵
「え、もしかして守れなかった? どうしよう」
「落ち着け。その卵からは魔力が放出されている。死んではおらん」
「じゃあ、もうすぐ生まれるってこと?」
「おそらくな」
アークの言葉を聞いて、私はホッと胸をなでおろす。
盗賊の自爆に巻き込まれて死んでしまったかと思った。もしそうなっていたら、私は自分の迂闊さや甘さを一生責めていたに違いない。
ただ、アークも心配なのか、表情がわずかに強張っている。予断を許さない状況なのかもしれない。
――ピシッ、ピシピシッ
卵の表面にひびが広がり、中から淡い青白い光が漏れだしてくる。それと同時に、そよ風のような空気が卵を包み込むように舞い始めた。
私は慌てて卵を地面に置く。
ひびがどんどん大きくなっていくとともに、風も徐々に強まり、落ち葉や砂埃が舞い上がって、つむじ風のようにくるくると回った。
――コツ、コツコツッ
卵の中から、小さな体で殻を叩く音が響く。
――バキッ
しばらく見守っていると、一か所の殻が大きく剥がれ落ち、一瞬、中からクリッとした小さな瞳が覗いた。
一瞬だけ目が合った後、ひび割れが加速し、ひときわ大きな音が森の中に木霊した時、卵が完全に割れて幻獣の姿が露わになる。
その姿は、大きなひよこだった。羽毛はクリーム色に近い柔らかな色合いで、光の反射によってはかすかに青緑色に輝いて見える。
ひよこ特有の丸い瞳が、ジッと私を見つめる。
「ピィ」
初めての鳴き声と同時に、突風が吹き抜けた。
この子は、もしかしたら風を操れるのかもしれない。
ひよこはトコトコと私に近づいてくる。
「ピィピィ」
まるで「抱き上げて」と言わんばかりに鳴くので、優しく抱き上げると、体を私にすり寄せてきた。
「可愛い!!」
「ピピピピィッ!!」
あまりの可愛らしさに、思わず頬ずりしてしまう。
アークはツンデレさんだけど、この子は最初からデレデレ。素直な可愛らしさが爆発してる。どっちにも優劣はなくて、その性格でしか得られない栄養がある。
「ふんっ、全くずうずうしい鳥だ」
アークが不機嫌そうにそっぽを向く。
私ばっかり懐かれて面白くないみたい。
「ほらっ、アークも挨拶してよ」
ひよこをアークの前に差し出した。
ひよこはアークを怖がることなく、不思議そうに首を傾げる。
「新入り、分かっているだろうが、我の方が上であることを忘れるなよ」
アークは顔を近づけて睨みつけた。
「ちょっと、ひよこを怖がらせないでよ」
「ふんっ、この程度で怖がるような軟弱者など知らぬ」
「ピィピィッ」
私が叱ると、アークはまたそっぽを向いた。
「あっ」
でも、ひよこはそんなアークの機嫌なんてなんのその。
私の手の中からふわりと飛び出すと、そのままアークの頭の上に舞い降りた。
「おいっ!! 頭の上に乗るな」
「ピィピィッ」
アークが振り落とそうと頭を軽く振る。
でも、ひよこはしっかりとしがみついていて、頬ずりまでしてる。卵の時からそばに居たからか、最初から仲間だと思ってるのかもね。
「良かったね。ものすごく懐かれてるよ」
「良くないわ!! こらっ、いいかげん降りろ!! 鬱陶しい」
アークは必死に頭を振るが、ひよこは落ちる気配もなく、まるで遊園地のアトラクションでも楽しんでいるようだ。
「はぁ……はぁ……」
「赤ちゃんなんだから優しくしてあげなよ。先輩でしょ」
私が呆れ気味に言うと、アークはすぐに態度を変え、胸を張ってドヤ顔をした。
「ふんっ、仕方あるまい。我は寛大な先輩ゆえ、無礼な振る舞いも許してやろう」
「うんうん、私はアークのそういうところ好きだよ」
「わ、我はそんなことを言われても嬉しくないわ!!」
言葉とは裏腹に、しっぽがぶんぶん振られ、風が巻き起こる。
こういうところが可愛いんだけど、ほどほどにしてほしい。
「チュンッ」
ふと、ひよこがくしゃみをしたような声を上げると、また突風が吹いた。
「さっきから何度か感じていたけど、この子、やっぱり風を操っているよね?」
「そうだな。風系統の幻獣なのだろう」
見た目はただのひよこなのに、幻獣だけあって大きな力を秘めてるみたい。
将来はものすごい存在になるのかな。
私はひよこの将来に想いを馳せる。
「それじゃあ、名前をつけてあげないとね。ふわふわだからフワリとか?」
「なんだそれは。成長したら似合わんだろう」
見た目によく合うと思ったけど、アークに却下された。
おかしいな。良い名前だと思ったんだけど。
「じゃあ……風の子だから、エアルは?」
「……悪くない。短く呼びやすいし、空を司る者にも通じる」
ひよこは「ピュイッ」と一声鳴き、羽をぱたぱたさせた。
まるで賛成しているみたい。
「もしくは、エアっていうのもいいかも」
「雛のうちはエアでいいだろう。いずれ成長したら、相応しい名で呼べばいい」
「そうだね。ようこそ、エア」
「ピピィッ!!」
そう告げると、エアは嬉しそうに私の胸元に飛び込んできた。
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