第75話 気を抜いた時にやってくる
それから数日。
厄介ごとに巻き込まれるということもなく、あっという間に過ぎ去っていった。
「物語なら毎日のようにイベントがあるんだろうけどなぁ」
「イベ?」
「んーん、なんでもないよ」
質問を適当に流しながら、左右を林に挟まれた道を進んでいく。
「この先に待ち伏せしている人間がいるぞ?」
「え? それってもしかして盗賊かな?」
その言葉を聞いて心が弾む。
何日もの間、なんのイベントも起こらないから少し退屈だったから。
「その可能性が高いだろうな。どうするのだ?」
「そりゃあ勿論、このまま行くに決まってるじゃん」
「はぁ!? なんだと!?」
返事を聞いたアークが何言ってんだこいつ、みたいな顔で私を見てくる。
だって、しょうがないじゃん。
盗賊に襲われるイベントは異世界転移や転生物の定番。本物と遭遇できるのならぜひしたい。スルーしたり、避けたりするのは野暮というもの。
「別にいいでしょ。どうせ負けないんだし。でも心配してくれて嬉しいよ」
今のところどんな攻撃もノーダメージ。盗賊に襲われたところでなんともないはず。
「心配などしておらんっ!! 勝手にしろ!!」
「我儘聞いてくれてありがとね」
「ふんっ!! やめろ、鬱陶しい」
隣を歩くアークに抱き着いてワシャワシャと撫でると、アークはそっぽを向いて私を引きずりながら先へと進んだ。
「死にたくなければ、金目の物を置いていきな!!」
「……」
それから百メートルほど歩いたとき、予定通りに盗賊さんが私たちの前に立ち塞がる。
あぁ、良い……。
セリフがいかにも盗賊って感じで言葉を失う。それだけじゃなくて、薄汚れた貧相な装備と、身だしなみを一切気にしていない見た目は盗賊そのものだ。
その全てが異世界ものの盗賊イベントそのものだった。
「恐怖で声も出ないみたいですぜ、兄貴」
「あぁ、俺たちは泣く子も黙るビスク盗賊団だからな」
「こいつは別嬪だし、兄貴が飼ったらいいんじゃないですか?」
取り巻きの二人がリーダーを持ち上げてる姿も、実に噛ませ犬っぽくて善き。
現在進行形で絡まれている自分が、本当に物語の中の主人公になったみたいな気分になる。
「おいっ、黙ってないで何とか言ったらどうなんだ?」
「あっ、ごめんなさい。話を聞いてませんでした。なんですか?」
おっと、感動に浸っていたら、うっかり受け答えをするのを忘れてしまった。
改めて話を聞く。
「ちっ、だから金目の物を置いて行けって言ってんだよ」
「それで、本当に逃がしてくれるんですか?」
冒険者ギルドでも注意されていたくらいだから、相当被害を出していたはず。そんなにあっさり解放してくれるとは思えない。
「へっへっへっ、分かってるじゃねぇか。逃がすわきゃねぇだろ」
案の定、私の質問に勝ちを確信したニヤけた気持ちの悪い顔で答える盗賊さん。
この、戦力差が分かっていないところも噛ませ犬感があって大変いいと思う。
「そうですか。それならこっちも抵抗させてもらいますね」
「うぉおおおおおおんっ!!」
私の返事とともにアークの咆哮が辺りに響き渡った。
――キキーキーキキキーッ!!
――グギャグギャグギャッ!!
林の中で野生動物たちの声が騒めき、鳥が空へと飛び立つ。辺りが一瞬にして静まり返った。
「「「……」」」
盗賊さんたちは身を寄せてガチガチと歯を鳴らしている。顔が真っ青になっていて、完全に戦う意志が消え失せていた。
とっても素晴らしい噛ませ犬イベントだったんじゃないかな。
ただ、その様子を見ていると、盗賊と言っても命を奪う気にもなれない。
私は動けなくなった盗賊さんたちを縄で縛り上げた。
「ほらっ、さっさと行きますよ」
「「「はっ、はい!!」」」
すっかり従順になった盗賊を連れて、近くにあった街に立ち寄り、突き出す。
「ちゃんと罪を償ってくださいね」
「「「はっ、はい!!」」」
盗賊さんたちは、突き出されたというのになぜか安堵した表情をしていたのが印象的だった。私はどこからどう見てもただの女の子にしか見えないはずなのにおかしいな。
足止めされたくないので褒賞金などは辞退してすぐに街を出る。
しばらく歩いていると、至る所に豊富な薬草が生えている開けた場所を見つけた。
「あっ、薬草がいっぱい!!」
「おっ、おい!!」
「これはピュリア草、こっちは――」
「はぁ……まぁいい。我も狩りに行ってくる。ここから動くなよ」
「あー、うん」
アークが何か言っている気がしたけど、何も耳に入ってこない。
すでに私には目の前の薬草しか見えていなかった。最低限、繁殖に必要な分を残して手当たり次第に採集してバッグに入れていく。
そして気づけば、日が傾いていた。
「あれ?」
我に返って野営の準備をしようとリュックを下ろそうとした時、違和感を感じた。
「戻ったぞ……どうした?」
傍にアークの気配が現れたのを感じとる。
でも、今はそれどころじゃなかった。
「ない……」
「何がだ?」
「卵!! 卵が無くなってる!!」
そう。背負っていたはずの卵が入っていたリュックが背中から無くなっていた。
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