第74話 農家の守り神
翌日。
目を覚ますと、卵が両手で抱えてちょうどいいくらいまで大きくなっていた。
幸い発熱は治まっている。
「めっちゃ育ったね」
「お前の魔力をずっと吸ってるからな。このまま吸い続けたら、とんでもない化け物が生まれるかもしれん」
アークが少し引いていた。
災厄と呼ばれていたというアークが引くレベルって何が生まれるんだろう。
「どんな姿でも元気に生まれてくれるならそれでいいよ」
でも、爬虫類でも、虫でも、鳥類でもなんでも、ただ無事に生まれてきてくれるならそれでいい。勿論、猫やウサギのような可愛らしい幻獣なら好きだから嬉しいけど。
私はリュックに卵を入れて旅を再開した。
「むっ、もうすぐ雨が降りそうだぞ」
一時間くらい歩いていると、アークが鼻をヒクヒクさせながら言う。
「ほんと?」
今は空にそれらしい雲はなく、穏やかな天候でまさに旅日和。
どう見ても雨が降りそうには見えない。
「うむっ。雨の匂いがするからな」
「そんなことまで分かるんだね」
「ふむっ、我には簡単なことよ」
人の匂いだけでなく、天候まで分かるとか万能すぎる。
「どうしよっか」
「この先に人間が集まっている場所がある」
「それじゃあ、そこで雨が止むまで雨宿りしよ」
「うむ」
このまま行っていたらどこかで雨に降られてた。アークが一緒で良かった。
それからしばらくすると、雲が空を徐々に覆い始める。
「本当に降ってきそうだね」
「我は嘘など言わぬ」
「私には匂いが分からないもん」
「これだから人間は」
アークと会話をしながら進んでいると、すぐに雨が降ってきた。小さな街が見えたので、急いで中に入り、雨宿りできる場所を探す。
食事処はアークが一緒なので拒否される可能性が高い。宿屋も泊るわけじゃないし、入りずらい。
「あっ、冒険者ギルド」
もしかしたらないかと思ったけど、冒険者ギルドがあったのですぐに中に入った。今まで寄ってきた冒険者ギルドよりもこじんまりしていて、あまり大きくない。
ちょうどよくここにいたのか、他にも何人か冒険者や旅人らしき姿が見えた。
「うぉおおおっ、いきなり雨降ってきやがったぞ!!」
「街が近くて助かった!!」
私たちの後にも冒険者ギルドに駆けこんでくる人たちがやってくる。
冒険者ギルドは誰でも入りやすいので、こうやって人が集まってくるんだろうな。
しばらく依頼掲示板を見ながら時間を潰す。
掲示板には、近辺によく出現するモンスターの討伐や、南の街との道に現れる盗賊の退治、防虫剤の作成などの依頼が並んでいた。
まだ、盗賊と会ったことがないから会ってみたいな。それに雨宿りしている間、ちょっと暇なので、防虫剤の作りは暇つぶしにちょうどいいかもしれない。
せっかく雨宿りさせてもらっているので、少し恩返しもしておこう。
「すみません」
「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」
「この依頼を受けたいんですが」
「えっ、あなたがですか?」
私が掲示板から獲ってきた依頼書を見るなり、少しがっかりするような私の顔を見つめてきた。
「はい、一応これでも薬師なので」
私はギルドカードを提示する。
「えっ、Cランク? 薬師?」
受付嬢さんはギルドカードと私の顔の間で視線を行き来させた。
「すみません、見えませんよね」
「あっ、い、いえ、こちらこそ、誠に申し訳ございませんでした。防虫剤の依頼を受けていただけるということでよろしいですか?」
「はい。ちなみにどこか部屋を借りることってできますか?」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
依頼を受けた私は、小さな個室へと案内された。
幸い、国境を越える際に崖下で見つけた薬草の群生地のおかげで、防虫剤が作れる材料は揃っている。
バッグから調合道具を取り出してすぐに調合を開始。数十分ほどでまとまった量の防虫剤を完成させた。
「すみません」
「あれ? どうかされましたか?」
「防虫剤ができたので持ってきました」
「え、もうですか!?」
職員が信じられないような顔で私を見る。
このくらい誰でも作れると思うんだけどな。
証拠として、私はバッグから防虫剤を取り出してカウンターに置いた。
「はい。確かめていただけますか?」
「わ、分かりました」
私の手から防虫剤を受け取った受付嬢さんの目が淡く光る。
「ま、間違いなく防虫剤ですね……依頼達成です。これだけあれば、虫害に悩む村がいくつも助かります。本当にありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
多分、受付嬢さんはファンタジー作品でよくある鑑定のようなスキルを持っているっぽい。判別できないと偽物を出す人たちもいるだろうから当たり前なんだろうな。
報酬はギルドの口座にいれておいてもらう。
外を見ると、雨足が弱くなり、空も明るくなってきていた。
「アイリスさんはこれからどちらへ?」
「南の街ミノスに向かっているところです」
「Cランク冒険者なら大丈夫かとは思いますが、最近盗賊が出るという話なのでお気を付けください」
「分かりました」
受付嬢さんと二、三話をしていると、外が一気に明るくなってくる。
窓の外から太陽の光が差し込んできた。雨も止んでる。通り雨だったみたいだね。
軽く物資を補充した後、私は街を後にした。
◆ ◆ ◆
数日後。虫害で悩む近隣の村々。
「うぉおおおおおおっ、今日も虫が来ないぞ!!」
「なんだ、この防虫剤は!!」
「いったい誰が作ったんだ!?」
「これを作った人は農家の守り神だ!!」
アイリスがあずかり知らぬところで農家の守り神が爆誕していた。
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