第53話 届く噂(実家視点)
「おいっ、状況はどうなっているっ!?」
グランドリア家では当主ハロルドの怒号が響き渡った。
ノーマンの怠慢が露見し、以前と同じ品質のポーションを納品し直すように、という抗議がワイズマン商会を含むいくつもの取引先から届いている。
今はその対応に追われていた。
その数は一週間で一万本以上。それだけじゃなく、先々に納品する予定だった分やこれから抗議を受ける可能性もある。それを考えれば、一日に一五〇〇~二〇〇〇本ほどはポーションを作る必要があるだろう。
「じゅ、十名ほど集まりましたが、まったく納品数に届きそうにありません」
「なぜだ!? 全員薬師として名のある者たちなのだろう?」
しかし、その状況は芳しくない。
集まった薬師たちが一生懸命作っているが、彼ら一人一人が作れる魔法薬の量はせいぜい二十本。全員合わせても一日二百本にしかならない。
これではどう考えても全く足りない。
このままでは各商会からの取引は終了。それどころか、詐欺だと訴えられかねない。そうなったら、グランドリア家は終わりだ。
「わ、分かりません。ただし、彼らはこう申しております。『そんな速度で魔法薬を作れる薬師は世界のどこを探しても見つからないだろう。無理な条件を出すなら、私たちはおりる』と」
「そんなバカな!? アレは無能だったはずだ……有能なはずがない……何かの間違いだ。くそっ、こうなったら、数でどうにかするしかない。もっと薬師を集めさせろ!!」
「か、かしこまりました」
そもそもの発端は、第二王子の婚約者として聖女であるバーバラが選ばれたことにある。
家に聖女という有力なスキル持ちを迎え、商売や領地運営も急成長。調子に乗ったグランドリア家は、第二王子が王位に着けばグランドリア家は王妃の実家として、さらに権勢を強めることができる、と考えた。
ただ、第二王子が王位に就くには、当然だが第一王子が邪魔だ。そのため、計画を練って亡きものにしようとした。
しかし、計画はどこかから露呈し、あわや一族郎党皆殺し。だが、光明の一手となったのが、計画に使われた毒薬がアイリスが作ったものだったこと。
これはアイリスという役立たずがやったことで一切家とは関係ない、と、率先してアイリスを差し出し、グランドリア家から恩や利益を受けた貴族たちの助けを得たことで、どうにか連座は免れた。
だが、平穏も束の間、グランドリア家は再び追い詰められつつある。
そしてハロルドは、これまでのグランドリア家の急速な発展や拡大が、アイリスの異常なまでの調薬技術と労働に支えられていたことに気づかない……いや、気づくことを拒んだ。
切り捨てた判断が間違っていたとは思わない。思いたくない。
アイリスがいれば、この問題も押し付けられただろうが、もう処刑されてしまった。今更戻ってこいと言ったところで、死人が蘇るはずもない。
何を隠そう、殺したのは自分たちだ。何を言ったところで後の祭り。
アイリス抜きで問題を解決しなければならないという現実は何も変わらない。
「お父様」
バーバラの鈴の音のような美しい声が室内に響いた。
彼女が訪れただけで、重苦しい雰囲気の部屋に花が咲いたような華やかな雰囲気が漂う。
「おおっ、バーバラか。よく似合っているな」
「ありがとうございます」
バーバラはこれから取引先を回り、聖女の力で重傷者や怪我人の回復をしながら各地を回る予定になっている。
そのため、聖女にふさわしい清楚かつ美しい装飾が施された衣服を作っていた。その服はまるで、バーバラのために存在すると言っても過言ではない。
それほどに彼女の美しさと高貴さを引き立てている。
「それでは、しっかりと頼んだぞ」
「分かっております。私にお任せください」
「あぁっ、気を付けていくのだぞ」
「はい、お父様」
父の言葉を受けてバーバラは恭しく礼をした後、部屋から出て行った。
これで各地の取引先の溜飲も少しは下がるだろう。
後はバーバラが時間を稼いでいる内に、目の前の問題をどうにかするだけだ。
「だ、旦那様、朗報がございます!!」
開け放たれている扉を潜り抜け、使用人の一人が部屋に飛び込んできた。
「なんだ?」
「西の国境の街に凄まじい薬師が現れたとのことです」
「詳しく話せ!!」
「はっ」
その使用人が持ってきた情報は驚くべきものだった。
たった一日で数百人の傷を癒す薬を量産したり、村の不作を数日で解消したり、何日も元気な状態で働き続けられる薬を作ったり。
どこかで聞いたことがあるような話だが、ハロルドには思い至らなかった。
しかし、朗報であることに間違いはない。
「よし、すぐに西に使いを出せ、その薬師を必ず我が家に連れてくるのだ」
「はっ、かしこまりました」
指示を受けた使用人は、急いで部屋の外に駆け出していく。
「どうやら、私に運が向いてきたようだな」
ハロルドは、どうにかなりそうだとほくそえむ。
しかし、それが水のように手からすり抜けてしまう淡い希望でしかないことに、現時点でハロルドは気づくことはなかった。
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