第33話 野営地の良い見本
「そんなこと言われても……」
転生者だってのは当然として、元グランドリア家の娘で大罪人として処刑されたアイリス・グランドリアだなんて言うわけにもいかない。
超健康スキルによって生き延びて、アークを従魔にした、少し調薬ができるEランク冒険者。
これが今の私の全てだ。
「……いや、詮索は無用だね。これは言い忘れていたけど、スキルと同時に冒険者の過去を探るのもご法度の一つだ。色々訳アリで登録するやつも多いからね。あの従魔はブラックウルフ、そういうことにしておこう」
「ありがとうございます」
返答に困っていると、マリンダさんが勝手に納得してくれた。
「それはそれとして、さっきの天変地異はその犬が起こしたってことで良いのかい?」
マリンダさんがアークの方を見る。
『どうなの?』
『ふんっ、我は少し運動しただけだ』
アークは我関せずとでも言いたげにそっぽを向いた。
どう考えてもアークがやったね、これ。
「えっと、そうみたいです」
「とんでもない従魔だね……まぁ、でも、これで今回の依頼は成功したようなもんだ。アタイは安心してあんたの教育に専念できそうだね」
「よろしくお願いします」
「はぁ……任せときな」
お互いの過去や能力については触れることなく、マリンダさんにいろんな知識を教わりながら村を目指す。
それからしばらくして、陽が傾いてきた頃。
「今日はここで野営をするよ」
川のほど近くにある開けた場所でマリンダさんが馬車を停めた。
「まだいけそうですけど……」
「そう思うかもしれないが、夜になるとモンスターが強くなり、動きも活発になる。このまま進むと森を抜けることになる。ここは開けていて見渡せるし、森からも離れている上に身動きがとりやすい。それに、ここは多くの旅人が使う野営場所だ。今も何人かいるね。だから、モンスターに襲われても対処しやすいんだ」
「なるほど」
マリンダさんの言う通りだ。
私たちは馬車を降りて野営の準備を始める。
「テントは川のそばに張らないほうがいい」
「何でですか?」
「川にはモンスターがいることがあるし、雨で増水したら危ないからだよ」
「確かに」
天候の話をしてくれた時に川の増水の話をしていたもんね。
「それじゃあ、まずは私がやってみせるよ。アイリス、ペグって知ってるかい?」
「名前だけ……確か、地面に打ち込むやつですよね?」
「まあ、その程度でも上等さ。やったことないなら、覚えときな」
「分かりました」
慣れた手つきでテントを張っていくマリンダさんの様子を、感心しながら眺めた。
テントってこうやって張るんだ……。
「今度はアイリスの番だ。自分でやってみな」
「はい」
見様見真似で布を広げ、紐を通し、石でペグを打ち付ける。
――バキッ
「あっ、失敗失敗」
ペグが折れ曲がり、石が粉々になった。
――バキッ
――バキッ
――バキッ
「あんた……どんな馬鹿力してんだい?」
「あははは……こういう作業にはあんまり向かないんですよね……あっ、そうだ!」
叩きつけるのが駄目なら直接刺せばいい。
――ズブッ
――ズブッ
――ズブッ
――ズブッ
ペグは全部簡単に地面に突き刺さった。
「ふぅ~」
「従魔が規格外なら、その主も規格外か……」
「何か?」
何か少し馬鹿にされたような気がするけど、気のせいかな?
「いや、なんでもないよ。次は火を起こすよ」
「火起こしなら任せてください」
火起こしは料理の時に学んだのでバッチリ。今回はすぐに起こせるはず。
「おっ、自信ありかい。じゃあ、任せるよ。ひとまず薪を拾ってきてくれるかい?」
「分かりました」
私はアークと一緒に薪を拾いに行く。
『どうだ? 旅に出られそうか?』
『そうだね。マリンダさんは凄く優秀な先生だから、今回の依頼が終わったらいけるんじゃないかな』
『そうか。確かにあの人間はなかなか使えるようだな』
『今回の依頼で会えなくなっちゃうのが寂しいね』
話をしながら腕一杯の薪と小枝を集めて、私たちは野営場所に帰った。
「お待たせしました」
「それじゃあ、火起こしやってみな」
「任せてください」
料理に初挑戦した時に何度もやったし、力加減も大分覚えた。
――カチカチッ
「ふー、ふー」
すぐに火口に飛んだ火種を、焚き付け材である麻ひもで包み込んで息を吹き込む。
――ボッ
すぐに火が大きくなる。小枝を集めたところに入れて火を大きくして、徐々に大きな枝をくべて火を大きくしていく。
「うん、なかなか手際がいいじゃないか。それじゃあ、ご飯にしよう」
今日の夕食は、買ってきた保存食、干し肉、硬パン、ハードチーズ、乾燥果実など。
「これ、なんかビスケットみたいで美味しいですね」
私は硬いパンをぼりぼりと食べる。
「それ、普通は噛めない程硬いんだけどね」
「そうですか? 割と普通に噛めますけど」
「あんたは顎もとんでもなく強いんだね……」
「まぁ、水は欲しくなりますけどね」
保存食はどれも味が濃いものが多い。少ないけど持ってきている水を飲んだ。
「おーい、そこの嬢ちゃんたち」
保存食を食べていると、背後から声がした。振り返ると、三人組の男たちが火のそばに座っている私たちの方へ近づいてくる。
「こんな場所で女だけってのは危ないぞ。よかったら一緒に火を囲まねぇか?」
言葉は穏やかでも、その目は粘つくような嫌な感情が含まれている気がする。
『こいつら、臭うぞ』
アークが露骨に警戒。マリンダさんも座ったまま、わざとらしく干し肉を噛みちぎった。
「火ならそっちにもあるだろう。ここは手狭なんでね。気遣いだけで十分さ」
「そんな冷てぇこと言わなくても──」
「アイリス、一つ、伝えるのを忘れていた」
マリンダさんが、相手の言葉を遮って話し出す。
「なんですか?」
「いいかい。顔見知りならまだしも、こういう場所にいる顔も知らない奴らは絶対に信用するな。モンスターよりも危険だ。大体不埒な真似を企むクズか奴隷にして売りさばこうって言う阿呆だからな。こいつらみたいに」
「分かりました」
なるほど。今の私は自分で言うのもなんだけど、かなりの美少女。そういう需要もあるんだろうね。
「好き勝手言いやがって。こうなったら、力ずくで連れてってやる」
男たちが腰につけている剣を抜こうとした。
「いいのかい。それを抜いて」
マリンダさんが挑発するように尋ねる。
「なんだと?」
「抜いたら、あんたら生きて帰れないぞ?」
「お前一人で俺たち三人を相手にできると?」
「アタイじゃないさ。こっちにはこわーい用心棒がいるんだよ」
マリンダさんがその用心棒を顔で示した。
「グルルルルルルッ、ウォオオオンッ!!」
アークが凄まじい形相で威嚇する。
『ひぃっ!!』
何かを感じ取ったのか、三人は抱き合って震えあがった。
「ひき肉になる前に、さっさと戻りな」
『失礼しましたぁ!!』
そして、彼らは走って去っていった。
「ざまぁないね」
「アーク、マリンダさん、ありがとうございます」
「気にすんな」
「わふっ」
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