決別
ミィモさんを倒したあとは、比較的スムーズに進むことができた。結界の“抜け道”を見つけられたのも大きい。
無事に合流したシルルにラヴリアの事情を話すと、シルルはショックを受けたように口元を押さえた。
「――そんな、ラヴちゃんが呪いの装備を……」
「シルちゃん……黙っててごめんね」
「いえ、私も“呪い持ち”であることは黙っていたので……おそろいですよ」
「……うん」
頷くものの、ラヴリアの顔は晴れない。友達を騙していたことに罪悪感を覚えているのだろうか。
『それより、これからどうするのよ。空を飛べば結界をスルーできるってのはわかったけど』
「とにかく、神聖国から脱出しようと思う」
神聖国から脱出すれば、呪いの装備所持は“違法”で済む。審問官も他国までは追ってこれない。
「ラヴリアも、それでいいかな?」
「……それは、その……」
歯切れが悪くなる。
『なによ、やり残したことでもあるの?』
「でも、ラヴちゃん……ここは危険ですよ? なにかやりたいことがあるとしても、いったん離れたほうがいいのでは?」
「で、でも……」
ラヴリアがなにかを訴えたそうな目をする。
「逃げたら、ラヴは自由になれるの……?」
「……わからない。でも、問答無用で殺されるよりマシだ」
もちろん、“呪い持ち”ならそれだけで肩身の狭い思いをするだろうし、国際指名手配でもされたら逃亡生活を送ることになるだろうけど。
「こればかりは、仕方がないんだ」
「…………そう、だよね」
ラヴリアが躊躇いがちに頷く。
とにかく、これ以上迷っている時間はない。審問官がここを突き止める前に、空へ避難しなければ……。
「シルル、頼む」
「わかりました」
シルルが胸の前で手を重ね合わせ、祈りのポーズを取った。
すると彼女の背中から、ぶわっと翼が生え――みるみるうちに純白のドラゴンの姿になる。
『皆さん、乗ってください』
『わたくしが一番乗りよ!』
「よし……ラヴリアも」
シルルの背に乗ってから、ラヴリアへと手を差し伸べる。
「…………」
ラヴリアは迷ったように、胸の前で手をさまよわせてから。
やがて、意を決したように、僕の手に触れようとして――。
「――そんなことをされたら困るな」
その一声で、彼女の手がびくっと止まった。
いつの間にか、ラヴリアの側に男が立っていた。
フードの下で妖しく光る、片眼鏡。その手には聖都のパノラマ模型のようなものが浮かび上がった本……。
嫌というほど見覚えがある男だった。
「マーズ……!」
『なにしに来たのよ! メガネビーム!』
思わず身構える。
マーズは僕をちらりと見るなり、なぜか溜息をついた。
「……やはり、死んでいなかったか」
「いきなり、ひどくないですか」
「……気分を害したなら悪かった。すまない」
「いきなり素直になられても」
『それより、なにしに来たかって、わたくしが聞いてるんですけど!』
「……まあ、そう警戒するな。俺はただラヴリアを迎えに来ただけだ」
「ラヴリアを……」
そうか、やっぱりラヴリアとマーズは仲間だったか。以前、マーズに水路に落とされたとき、無防備になったラヴリアが攻撃されなかった時点で予想はついていたけど……。
「ラヴリアを守ってくれたことには感謝する。しかし、この女には……役目があるのでな」
「……っ」
ラヴリアがうつむく。
『役目ってなによ?』
「答える義理はない」
マーズは鬱陶しそうに首を振るが。
「…………聖王の暗殺。それが、ラヴの役目だよ」
ぽつり、とラヴリアが呟いた。
「…………え?」
彼女の口から出るとは思えない言葉に、一瞬、思考が止まる。
「おい、余計なことをしゃべるな!」
「でも、話せば協力してもらえるかもしれないし……」
「またそれか」
「お願い、もう一度だけチャンスをちょうだい」
「…………ちっ」
マーズが舌打ちして、口を真一文字に閉じた。
ラヴリアはそれを見てから、意を決したように僕たちを見る。
「ノーくん。ラヴは聖都から出たいわけじゃないんだよ」
「……審問官たちに殺されそうになってるのに?」
「だって、ラヴは……“呪い持ち”になってから、聖都に入ったんだよ。最初からこれぐらいの覚悟はしてた」
「……っ」
たしかに、そうだ。
“呪い持ち”がたまたま聖都に流れ着くことなんてない。
それは僕自身がよく知っていることだ。
「……ノーくんも“呪い持ち”ならわかるよね? “呪い持ち”がひどい扱いを受けてるって。自由を奪われて、みんなから嫌われてる。そんな扱いを受けなきゃいけない原因は……」
「聖王だと?」
「……うん」
「だから、聖王を殺すの……?」
「……なら、話し合えとでも言うのか?」
マーズが、ふんっと鼻を鳴らす。
「……死しか問わず、だろ? やつらのモットーは」
「それは、そうですが」
「……俺たちだって普通の人間だ。人を殺したいわけではない。だが、これは必要な代償なんだ……仕方のないことなんだ」
「ノーくん、シルちゃん……お願い、ラヴたちの味方になって」
ラヴリアがすがるように懇願してくる。ここしばらくはずっと一緒にいたから、彼女がどれだけ勇気を振り絞って告白してきたかはよくわかる。
だけど、僕の答えは初めから決まっていた。
「……悪いけど、それには協力できない」
「な、なんで」
「聖王は……僕の知り合いだ。死んでほしくはない」
「……そっか」
当然、こんな言葉で、ラヴリアを説得できるはずもない。
「……ノーくんは優しいもんね。きっと誰が相手でも、守ろうとするんだね……」
今にも泣きだしそうな声だった。
その声が呼び水になったのか、黒くよどんだ空から、ぽつりぽつり……と雨が降り始めた。雨はどんどん勢いを増し、僕たちの体を冷たく濡らしていく。
「……わかったよ。ノーくんがそう言うなら――」
うつむいていたラヴリアの目から、1粒の雫がこぼれ落ちる。
「――始めよう、魔界ノ笛」










