EP 32
ここのところ様子がおかしいなとは思っていたけれど、付き合っている彼女とうまくいってないという話を聞いていたから、別段気にも留めなかった。
だから、私が風邪を引いて仕事をお休みしたとき、権現社長による言いつけで、寝込む私の様子を見にきてくれたときも、たっちゃんの様子がおかしいことに気づくこともできなかった。
「なんだよ、バナナがおやつだって? そんなバカなことあるかよっ! バナナってのはな、たくさんの栄養素を含んだ、この世で最も崇高な完全栄養食だぞ。それをたかがおやつだと? バカにしやがって。あのスカしたヤロウ、白ちゃんのジム仲間かなんか知らねえけど、めっちゃ気にくわん!! バナナの皮で滑って頭でもぶつけりゃいいんだ。あ、いや、それじゃバナナが可哀想か……」
バナナへの偏愛ww
たっちゃんはその日、柳田さんが来訪する前に、食欲のない私のためにおじやまで作ってくれた。一口食べてみたらなかなか美味しいではないか。
「たっちゃん凄いね。ちゃんとお料理できるんだ」
おじやを食べてから薬を飲み、ベッドに入る。柳田さんが来るまで横になろうと思い、布団に潜り込んだ。
「まあね。俺、一人暮らしが長いからね。だいたいの料理は作れるよ」
「そうなんだ。別れた彼女さん、見る目ないねえ」
私が力なく笑うと「もうアイツのことは吹っ切れたから」と。
「俺な、好きな人ができたんだ」
「えっ!? ほんとう? 早ぁっっ!! でも、それは良かったねぇ。次いこ!! 次っ」
私が咳をしながらも、おめでとうと祝福を伝えると「それでさ、好きな人ってさ……白ちゃんなんだけど」と言った。
「え?」
熱は下がり、咳だけが辛い状態だったけれど、あまりに驚きすぎて咳き込んでしまった。
ごほごほごほっっ。ん〝ん〝ん〝 ぐぁあぁぁ、あ〝あ〝。痰が絡んでしょうがない。かぁーペッ。誰か龍角散持ってきて!
「大丈夫? 白ちゃん」
たっちゃんはベッドの横に座り込むと、布団の上から背中をポンポンと優しく叩く。顔を近づけてきて覗き込むように、そっと髪に触れてくる。え〝え〝え〝ええええぇぇええー!!
「たっちゃん、ちょ、ま待って、嘘でしょ」
「嘘じゃない。白ちゃん可愛いキスしてい?」
凸過ぎるわ!!
「待て待て待てえーーえぇい!」
「風邪がうつるって? 別に俺にうつしてくれていーしな」
ちゃうわ!
顔を近づけてくるのも強引すぎる。私の頭の中で警報が響き渡った。ウーウー『未確認危険生物接近中』と。
どうしようどうしたらいいの? もうすぐ柳田さんが来ちゃうというのに。
「そそそそんな素ぶり全然なかったじゃない」
「まあ? でも俺、白ちゃん最近細っそりしてさ、可愛くなったっていつも言ってたじゃん俺?」
「いやいやちょっと前まで彼女いたし。時系列おかしくない?」
「フラれてからさ、社長と飲みに行ったじゃん。あのとき、最近の白ちゃんイイなって」
変わり身早えぇぇ! 早えぇぇくない?
「キスしてい? キスするよ?」
「ヤダよっっっっっ」
がばあっと布団を頭から被った。そのとき、頭に浮かんだのは……柳田さん。の筋肉。
はああ´д` ;
柳田さんくらい筋肉があったら、4の字固めからのバックドロップ、テンカウントでギブ言わせるのにぃぃ!
布団を引っ張られる感覚があったが、私だって布団から意地でも出てやるもんか。最初のチューくらい、好きな人としたいっっ。
そこで、ピンポンとチャイムが鳴った。
(た、助かったあ……もうなによなんなのよ! たっちゃんってば)
とにかく命拾いした。けれど、厄介も甚だしい。これ以上こじれる前に早々に帰ってもらわねば。
けれど、当の本人はルンルンだ。
「白ちゃん、もうちょい痩せたらもっともっと可愛いくなりそう。俺のためにも頑張ってよ!」
たっちゃんが、ピンポンを連呼する玄関へと向かうときに放った言葉が、心のどこかに引っかかった。




