第88話:【3章:最終話】新たな先へ
3章最終話となります
リゾートホテルで春木田マシロと話をしてから、日が経つ。
ヘアースタイルを変えて騒がしかったオレの周囲も、なんとか落ち着いてきた。
「さて、今日も一日頑張るとするか!」
オレはいつものように通学電車を降りて、学園へと歩いていく。
今日は天気も良いから、平和な一日になりそうだ。
「よう、ライタ! “あの話”はもう聞いたか?」
だが、通学路で顔を合わせた金髪の友人ユウジから、いきなり衝撃の情報を耳にする。
「えええ――――⁉ 春木田マシロが“留学”するって、どういうこと⁉」
情報通のユウジから聞かされたのは、朝一の芸能界ニュース。
“エンペラー・エンターテインメント所属の期待の若手アイドル、春木田マシロが韓国に留学をする”という驚きの内容だった。
「え? えっ? あのマシロくんが韓国に? どうして⁉ どういうことなの、ユウジ⁉」
まさに寝耳に水。
オレは通学路で立ち尽くす。何が起きたか理解できずにいたのだ。
「何でも『春木田マシロはエンペラー・エンターテインメントの子会社である“エンペラー・コレアン”に自分の意思で移籍』したらしいで」
日本屈指の芸能事務所であるエンペラー・エンターテインメントは、外国にもいくつか子会社がある。
春木田マシロは“語学留学”という名目で、その子会社の一つである“エンペラー・コレアン”に移籍となったらしい。
「えっ……マシロ君は、“自分の意思で移籍を⁉ ど、どうして……⁉」
彼はリゾートホテルで別れ際に『ボクも頑張らないとな』と誓うように言っていた。
それなのに、どうして日本の芸能界を立ち去るように、韓国に行ってしまったのだろうか?
「うーん、今んところは理由までは、ワイも分からんな。ネットでも色んな推測がされてからのー」
情報通なユウジでも理由はまだ掴めていない。
日本中のアイドルファンが今まさに騒然としている最中なのだ。
(マシロくん……どうして韓国に……)
通学路を進みながら、彼のことを考えていく。
だが、いくら考えても、語学留学をする理由は見つからない。
「どうしてだろう……ん?」
そんなことを考えながら歩いている時だった。
「あっ、ライチー君……じゃなくて、市井ライタ!」
いつのまに到着した校門前で、一人の女生徒の声をかけられる。
「エ……エリカさん?」
恥ずかしそうにオレに声をかけえてきたのは、エリピョンこと加賀美エリカだった。
いつもは学園内ではあまり声をかけてこない彼女が、こんな目立つ場所で、いったいどうしたのだろう?
「し、仕事の話ですわ! 実はこの手紙を、“関係者”から預かってきただけすわ! それでも失礼いたしますわ!」
「えっ、手紙? オレに、誰から? エリカさん?」
「大事な手紙なので、ちゃんと中身を読むのですのよ!」
差し出し人を聞こうとしたが、エリカさんは顔を真っ赤にして立ち去っていく。
「いったい誰からだろう?」
大事な手紙と言っていたので、歩きがら急ぎ中身を確認してみることにした。
――――◇――――
ライっちへ
この手紙を見ているってことは、ボクの韓国留学の噂を聞いて、キミがビックリしている頃かな?
その噂は本当。
ボクは少しの間、韓国に遊びに行ってくるから
遊び相手はトップ韓国アイドルの連中さ
だから次にライっちに会う時は、ボクはもっと凄いアイドルになっているよ
ボクが凱旋した時は、キミとの再会を楽しみにしているよ♪
――――◇――――
無地の紙に丁寧な筆で、手紙にはこう書かれていた。
「これは……マシロくんからの手紙⁉」
差し出し人の名前は書かれていないが、手紙の内容を見て一目瞭然。
オレのことを“ライっち”と呼びつつ、こんな内容を書いてくる人は、世界中でも春木田マシロしかいないのだ。
(そうか……マシロくん、キミは“アイドルとして”韓国に行くのか!)
手紙に書かれていたのは、マスコミも知らない重要な内容。
春木田マシロは語学留学ではなく、自分の意思でアイドル修行に行くのだ。
(そうか。だから“今の韓国”に……世界アイドルの激戦地の韓国に、武者修行に行くのか……)
この時代の韓国は“世界アイドル大国”の一つ。
韓国発のアイドルスターは、世界のビッグアーティストに肩を並べるほどの人気を誇り、彼らの音楽は、確立したジャンルとして世界的認知を得ていたのだ。
(でも日本人として、韓国アイドル業界に挑戦……か)
今まで韓国アイドル業界に挑戦して、成功した日本の男性アイドルは一人もいない。
何故なら韓国アイドル業界で成功するには、“完璧さ”が必須だから。
韓国のアイドルは優れた外貌や歌だけではなく、ダンスや作詞・作曲など多岐に渡り完璧な能力を要求される。
“初々しい姿でデビューして、成長する過程”を売りにする日本アイドルとは、真逆な性質。そのため今まで成功した日本人男性アイドルがいなかったのだ。
(……でも、“あのマシロくん”なら、絶対に成功するはずだ!)
だがオレは成功を確信していた。
何故なら“アイドル春木田マシロ”は本当に才能がある人物。
ライブでは暴走してしまったけど、数千人の観客を熱狂させた魅了は桁違いなポテンシャルだ。
(あの時のマシロくんの“本当の笑顔”なら、絶対に……)
先日のリゾートホテルでの対話で、彼は一皮むけていた。
だから真の《天使王子》として、苛烈な韓国アイドル業界でも成功すると、オレは心の底から確信していた。
(そっか……マシロ君、キミは更に上を目指すために、いばらの道を歩む選択をしたんだね。本当に凄い勇気の持ち主だよ、キミは……)
手紙を読んで全ての事情を把握。
春木田マシロに対して、最大級の称賛を送る。
「ん? ライタ、大丈夫か? 手紙見たまま、固まっておるけど?」
「あ……う、うん。大丈夫だよ。ちょっと、感慨深くなっていただけだから」
友人ユウジの見せられないことも、手紙には書いてある。
公式発表が事務所からあるまで、オレもそっと自分の胸に閉まっておくことにした。
「ねぇ、ユウジ……アイドルって、やっぱ、いいよね!」
だが手紙を読んで、今のオレは胸が熱くなっていた。
思わず自分の想いを口にだす。
「ん? 何を急に⁉」
突然の高いオレのテンションに、ユウジは首を傾げている。
「あっはっは……! それじゃ、下駄箱まで競争しようよ!」
だが説明はできないので、オレは駆けていく。
春木田マシロとのいつかの再会を胸に、進んでいくのであった。
◇
――――だが、この日起きた事件は、それだけはなかった。
教室に向かう途中の廊下の掲示板に、生徒が群がっていたのだ。
彼らは“とある張り出し”を見ていた。
「ん? なんだろう?」
野次馬根性発動。
一人オレは人混みにもまれながら、掲示物を確認にしてみることにした。
「えーと……」
掲示物には次のようなことが書かれていた。
――――◇――――
・D組の大空チセと天道ユウジの両名は“特別推薦制度”によって、来週からA組にクラス移動可能。
該当者は至急、職員室に来るように
――――◇――――
簡潔に説明にすると、こんな感じの内容だった。
「えええ⁉ チーちゃんとユウジがA組に転入可能に⁉ どういうこと⁉」
まさかの知り合いの名前が、廊下の騒動の中心になっていた。
思わず声を上げてしまう。
(あっ……そういうことか⁉)
だが直後、自分の中で納得もする。
何故なら前回のオレの時とは違い、二人が特別昇格するのにはちゃんと理由があったからだ。
(そうか……二人とも夏休み期間に、“プロとして成果”を上げていた、からか⁉)
この学園の芸能科は特殊なシステムで運営されている。
クラス分けは所属事務所の規模と、芸能人としての成果が評価されて行われた。
(チーちゃんはアイフェスがあったからか……)
アイフェスは地上波も特集を組まれるほど認知度が高い。
チーちゃんは最終選考まで残り、ツインセンターとして高い評価も受けていた。
(ユウジも夏休み中に、曲が大ヒットして大手レーベルに所属したからか……)
またユウジの新曲はヒットランキングでも上位に入るほど、高い評価を受けていた。
現役高校生シンガソングライターとして、業界でも話題になっていたのだ。
(二人とも夏休みの成功が、学園にも認められたのか)
まさに一発逆転の大成功。二人とも一気に飛び級で、A組へ編入可能となったのだ。
(これで来週から、二人とも同じA組になるのか……楽しみだな!)
仲良しの友達と同じクラスになることは、ボッチなオレにとって何よりも嬉しい。
今すぐに二人にお祝いに行きたいけど、もう朝のホームルームが始まってしまう。
時間に余裕がある昼休みに、部室で二人を盛大にお祝いしてあげよう。
(ふっふっふ……来週が待ち遠しいな……)
マシロくんが転校してしまい、オレ的には寂しくなったA組。
だけどチーちゃんたち二人が来たら、かなり賑やかな場所になりそうだ。
(アヤッチやエリカさんとも仲良くなれたし、このまま順調にいけば、A組での生活も、かなり充実した感じなりそうだな……)
そんな幸せな気分のまま、オレはA組へ入っていくのであった。
◇
――――だが、この日起きた事件は、それだけはなかった。
芸能科のA組に、更なる転入生がやってきたのだ。
「全員知っていると思うが、一応は自己紹介しやる。オレ様があの越前リュウイチだ!」
転校してきたのは長身の男子生徒。
けっこうイケメンだが、かなり傍若無人な人だ。
というか誰だろう、この人は?
「……ねえ、“越前リュウイチ”って、あの“越前リュウイチ”⁉」
「……あの顔は間違いなくそうよ!」
「……アイドルであり俳優でもある“スーパーマルチタレント”の“越前リュウイチ”だよ!」
「……しかも母親は、あの“Eレコード”の社長の越前リョウコよ!」
転校生が傍若無人な理由が聞こえてきた。
何でも彼は男性アイドル業界では、有名なマルチタレント。
なおかつ母親が日本最大級のレコード会社の代表だという。
(なるほど……親のコネもあって、見た目も良い男性アイドル……か。これはあまり近づかない方がいいかもな……)
親が権力を持つボンボンは、オレの前世の社会人の世界にもいた。
この手のボンボンには勘違いしている人物が多く、しかも厄介な存在。
親の功績を自分の権力だと勘違いをして、とにかく上から目線で圧迫してくるのだ。
(まぁ、でも、こちらか近づかなければ、害はないだろうな……)
“君子危うきに近寄らず”をモットーとするオレは、“越前リュウイチ”に関わらなことを固く誓うことにした。
◇
――――だが数時間後、その誓いは破られてしまう。
時間は昼休みに入った後で、場所はA組の教室内だ。
「――――なぁ、お前ら?」
業界で母親が強大な権力を有する越前リュウイチの周りには、既に何人かの取り巻きができていた。
そんな取り巻きに向かって、彼は“とある一言”を発する。
「この学園には“六英傑”という制度があるんだろう? でも、どうせ大したことがないんだろう? 何しろ負け犬な“三菱ハヤト”や“春木田マシロ”がいた程度のレベルだからな! はっはっはっ……!」
越前リュウイチは鼻で笑いながら、六英傑と二人のことを馬鹿にしたのだ。
「ということは“六英傑”に今は二つも空きがあるんだろう? それならこのオレ様が埋めてやるよ! このスーパーマルチタレントの“越前リュウイチ”様がな!」
――――ざわ……ざわ……ざわ……
まさかの発言に昼休みのA組はざわつく
芸能科で“六英傑”のことを、このように悪く言った者は今まで誰もいないからだ。
「そ、そうですね……」
「さすが越前リュウイチ様です!」
だから取り巻きはすぐにゴマすりを始める。
何故なら越前リュウイチの母親は、日本屈指のレコード会社“Eレコード”の代表であり、芸能界にも多大な影響力を有する。
業界内では“Eレコード”と“エンペラー・エンターテインメント”との力関係は同じくらいなのだ。
「そうだよな、お前ら? 後で、他の六英傑の連中に言っとかないな! はっはっはっ……!」
しかも今は全ての“六英傑”が学食に向かった直後。
そのためえ越前リュウイチはビッグマウスを発っても誰も咎められない。
今のA組内でこの暴君に逆らう者は誰もいないのだ。
(……“あのハヤトくん”と“あのマシロくん”が……“負け犬”……だって?)
だが、そんな雰囲気の中で、オレひとり肩を震わせていた。
越前リュウイチが発した暴言を、聞き逃すこがすことが出来なかったのだ。
(……あの二人は負け犬なんかじゃない……あの二人は……)
二人とも思い出が込み上げてくる。
掃除に胸の奥から、マグマのような熱い感情が込み上げてきた。
「期待して転入してきたけど、この学園もたいしたことがないな! はっはっはっ……!」
「――――おい!」
気がつくと叫んでいた。
下品な笑い語を上げている越前リュウイチに、オレは飛びかかっていく。
そのまま彼の両肩を、両手で拘束する。
「な、なんだ、キサマは⁉ 無礼だぞ⁉ その手を放せ⁉」
相手はかなり驚いた様子だが、傲慢な態度は変わらない。
「無礼なのはお前の方だ! ハヤトくんとマシロくんは“負け犬”なんかじゃないんだから! あの二人は誰よりも勇気があって、今はイバラの道に挑戦しているチャレンジャーなんだから!」
だからオレは更に興奮してしまう。
先ほど馬鹿にされた二人への想いで、つかむ両手に力が更に強くなる。
「な、なんだ、コイツは⁉ ひっ――――い、痛いよ――――!」
幼い時からアクションの鍛錬も積んできた、オレの握力は100kg近い。
「――――オ、オレ様の、肩の骨がぁぁあ⁉ ん、ぎゃ――――⁉」
その握力が怒りのあまり、リミッターが解除。
捕まれている越前リュウイチは、真っ青な顔になっていく。
だがオレは言葉を止めない。
「この芸能科の“六英傑”は、お前みたいな奴には絶対に務まらない! あのハヤトくんやマシロくんが大事にしていた。大事な称号なんだから!」
芸能人が多く在籍するこの学園の中でも、“六英傑”は特別な存在。
本当の天才である《天才俳優》と《天使王子》の二人ですら、影ながら努力して手にした呼称。
才能がありつつ、努力した六人だけにしか許されない至高の呼称なのだ。
「だから……お前みたいな奴には、絶対に“六英傑”なんて名乗らせない! あの二人が帰ってくるまで、オレが守る……たとえオレが六英傑になってでも、お前なんかには名乗らせないんだから!」
「――――ひっ⁉ ひゃぁあぁ⁉」
オレは感情を吐き出すあまり、怖い顔になっていたのだろう。
越前リュウイチは恐怖あまり、その場に腰を抜かして、情けない悲鳴を上げる。
「…………はっ?」
その時、オレはふと我に返る。
「あれ……?」
――――見回すと、静まり返ってしまったA組の教室内。
――――尻餅をついて四つん這いで逃げ出している、御曹司である越前リュウイチ。
――――それを上から見下ろしているオレ。
かなりマズイ状況だ。
「ええと……越前リュウイチ……くん? さっきは、ちょっと言い過ぎました。えーと、オレは市井ライタと申します。今日からよろしくね?」
急いで謝罪しながら自己紹介する。
何しろ相手は業界でも強大な権力を有するレコード会社の御曹司。
弱小事務所に所属する名もないオレなんて、一瞬で消されてしまう権力者なのだ。
――――だが直後、この日三個目の事件、最大の事件が舞い込んでくる。
「ラ、ライタはおるか⁉」
事件をA組にもってきたのは、またもや金髪の友人ユウジ。
だが今までになく焦った様子だ。
「ど、どうしたの、ユウジ? もしかしたらユウジとチーちゃん、A組に特別昇格おめでとう、のこと?」
「いや、そんな小さなことやない! “ビンジー芸能”が……お前んところの事務所が、“エンペラー・エンターテインメントの傘下に入った”っていうニュースが、たったさっき発表されたんやで!」
「え? う、うちの事務所が……エンペラーの参加に⁉ ど、どういうことなの?」
「よく、わからんが、公式サイトで、ついさっき発表されてやで! とにかくお前は、今日からエンペラー系列所属のタレントになったんやで!」
「ええ⁉ こ、このオレがエンペラー系列の⁉」
◇
――――こうして不遇だったアイドルオタクな青年ライタの芸能生活は、新たなるステージへ突入していくのであった。




