第85話:芸能科A組の反応
アイフェスが閉幕してから二日が経つ。
夏休み明けの久しぶりな当校日、オレは1年A組に入ろうとする。
「あっ……そうだ。一応は“帽子”を被って入ろうかな?」
前髪をバッサリカットして、まだなんか落ち着かない。
オレは帽子を深く被ってから、教室に入ることにした。
ちなみにこの帽子は、好きなアイドルグループの限定グッツ。いつも鞄に入れているお気に入り品だ。
「これなら大丈夫だろう。さて、いくか」
帽子を被っていけば、前髪や顔を隠せる。オレはA組に入っていく。
(……よし、とりあえずは気配を消して、席にいくか)
隠密モードで教室に無事に入室。左後ろにある自分の席に向かう。
(ふう……気がつかれずに、着席できたぞ)
なんとか無事に着席。帽子を被ったまま、HR前の教室内の様子をチラ見する。
(ん? あれ……全体的になんか、“明るく”なっているのか?)
夏休み明けのA組は、全体的に明るい色になっていた。
具体的に説明するなら、“髪を明るい色に染めている者”が増えていたのだ。
(ああ……なるほど。夏休みを、みんなエンジョイしていたのか……)
高校一年生の夏休みといえば、遊びたい盛りでハッピーな期間。そのため夏をエンジョイしていた者が多いのだろう。
芸能界の生徒とはいえ、まだ若い高校一年生であることは違いないのだ。
(楽しい盛りの高校一年生の夏か……そんな時に、ずっと仕事をしていたのは、A組でもオレとアヤッチ、エリカさん、マシロくんぐらいなものか……)
アイフェスはリアリティー系番組のため、ほぼ一ヶ月間拘束なフルに撮影期間だった。
そのため特に普通の高校生らしい夏の思い出は、今年のオレには一つもない。
今、冷静になって考えてみると、かなり異常なスケジュールだったな。
(ん? アヤッチとエリカさんは、来ているけど……あの様子だと……)
彼女たちの周囲には、普段の倍以上の人が群がっている。
アイフェスの大成功によって、二人の人気が今まで以上に急上昇。
クラスメイトがアイフェスの裏話を聞きだそうと、彼女たちに話しかけていたのだ。
(しばらく教室内だと、二人とはゆっくり話はできそうにないな……)
特にアヤッチと話ができないのは痛い。
でもアイフェス期間中で、彼女とは少しだけ仲良くなれた。
あまり焦らずにしばらくは見守ること徹しておこう。
(アイフェス出演者といえば……マシロくんは、今日は来ていないのかな?)
教室の中、彼の姿はない。
おそらくは仕事が入って、公休をとっているのかもしれない。
大手事務エンペラーに所属する芸能人は、学業よりも仕事のスケジュールを優先するのだ。
(そっか……マシロくんは、今日は休みか……)
思わずがっかりしてしまう。
何しろ一昨日のライブの後、出演者はバタバタしており、打ち上げは後日のスケジュール。
そのため彼とはライブ後は、ちゃんと話が出来ていないのだ。
(マシロくんと、少し話をしたかったな……“あの時の話”を……)
コラボ曲の時、彼と“不思議な世界”に一緒にいた。
上手く説明できないけど、マシロくんと少しだけ距離が近づいたような雰囲気だった。
だから、オレはゆっくりと話しがしたかったのだ。
(マシロくんと話をするのは、明日以降に持ち越しだな……ん?)
そんなことを考えている時、数人のクラスメイト近づいてくる。
「……ねぇ、あんた! 調子に乗ってじゃないわよ!」
「……ちょっとアイフェスで最後まで残ったからって、勘違いしているんでしょ⁉」
やってきたのはA組の女生徒数人。
いつもマシロくんの取り巻いている新人モデル軍団……自称“春木田マシロ親衛隊”だ。
でも、どうして関係ないオレに、いきなり罵声を浴びしてきたのだろう?
「……あんたが最後まで残れたのは、運だけなんだから、調子に乗らないでよね!」
「……そうよ! マシロ様と同じだと思っているんだっら、許さないんだから!」
ああ、なるほど、そういうことか。
彼女たちがいきなり罵声を浴びしてきたのは、オレを調子づかせないため。
『自分たちが崇拝する春木田マシロと、お前ごときはレベルが違う!』みたいな感じ、先制攻撃をしかけてきたのだ。
黙っているオレに対して、親衛隊は更に一方的に口撃を続けてくる。
「……ネットで見ていたけど、また放送事故になっちゃうし! あんたは本当に疫病神なんじゃない⁉」
アイフェスのチケットはプレミアム抽選で、かなりの入手困難。彼女たちはネット視聴組なのだろう。
「……そうよ! せっかくのマシロ様の大切なライブだったのに! どうして、くれるのよ⁉」
そのため放送事故に関しても、苦情を言ってくる。
放送事故はオレが悪いけじゃないので、明らかにいちゃもんだ。
「……そんなオタク臭い帽子なんて被ってだんまり決め込むつもり⁉」
「……誠意が足りないのよ、オタク野郎にくせに!」
彼女たちの怒りは収まること知らない。
アイフェスに関係ないことにまで、次々と口撃で因縁をつけてくる。
(帽子……か)
だが帽子に関しては、オレが悪い。
マナー的に『室内に入ったら、男性は帽子を取らない』と失礼にあたるからだ。
「……これは失礼しました」
だから相手の口撃のすき間を見計らって、オレは帽子をとる。
続けて今までの相手のクレームについて、事情を説明することにした。
「えーと、みんなが指摘するように、オレは最終選考に残ったのはたしかに幸運だったから。そのことに関しては自覚しているので、調子には乗ってないです。あと、放送事故の件はよく分からないです」
とりあえず低姿勢で相手の苦情に答えていく。
さて、これで少しは溜飲を下げてくれただろうか。
「「「――――っ⁉」」」
だが親衛隊の様子がおかしい。
帽子を取ったオレの顔を凝視して、何故か言葉を失っていたのだ。
いったいどうしたのだろうか?
「え、え、え⁉ ……あ、あなた様は、どちら様ですか?」
「も、もしかして転校生様ですか?」
「そ、そこは市井ライタという奴の席なので、転校生の方は空いている席は、あちらですよ……」
何やら彼女たちは、オレのことを転校生だと勘違いしている。
これは、いったいどういうことだろう?
あっ……そうか。
もしかして前髪をカットしたオレの素顔を見て、転校生だと勘違いしているのだろう。
ざわ……ざわ……ざわ……
ん?
でも、どうして、ここまで彼女たちの態度が急変しているのだろう?
まるで『すごく好みのタイプなイケメンを目の前にしている』ように、彼女たちは頬をピンクに染めているのだ。
だが転校生だと勘違いされたままではマズイ。
早く事情を説明しよう。
「えーと、ここは自分の席で間違いないです。なぜなら“オレは市井ライタ”だから。ちなみに前髪は切っただけなので、本来はこんな感じです」
自己紹介をしつつ、手で目元を隠して証明する。
手で目元を隠すと、前までのオレに戻り分かりやすい。
よし、これで彼女たちも信じてくれるだろう。
「え、え、え――――⁉ そ、そんな⁉」
「あ、あのオタク野郎が……こ、こ、こんなイケメンだったの⁉」
「そ、そんな、信じられないわ⁉」
だが次の瞬間、親衛隊は悲鳴のような声を上げる。次々と叫び声を上げていく。
「も、もしかして、夏休み期間に整形を⁉」
「で、でも、アイフェスの撮影があったから、そんなことは不可能じゃん⁉」
「と、ということは“市井ライタは最初からこんなにイケメンだった”ということなの⁉」
うるさすぎて彼女たちが何を言っているか、聞き取れない。
でも“オレが本物の市井ライタであること”は理解しれたようだ。
「分かってくれて、ありがとう。でも、そろそろ朝のホームルームが始まるから、みんな自分の席に戻った方がいいかも?」
親衛隊の騒ぎはかなり大きい。おそるおそる声をかける。
「ひっ、ひぃ――――ご、ごめんないさい!」
「さ、先ほどは失礼しました⁉」
何やら態度を急変させ、謝罪しながら親衛隊は散っていく。
まるでオレの教室内での立場が、一気に逆転したかのような雰囲気だ。
どうして、こんなことになったのだろう?
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……
気がつく教室中がざわついていた。
A組の全生徒がオレの顔を凝視しながら、唖然としているのだ。
「……お、おい、あのイケメンの人、転校生じゃなくて、市井ライタなんだってよ⁉」
「……ど、どういうことなんだ⁉ いったい何が起きているんだ⁉」
「……もしかしたらオレたちは幻覚でも見ているのか⁉」
騒ぎは収まっていなかった。今やA組中が大騒動になっていたのだ。
「えー、何を騒いでいる? 朝のホームルームを始めるぞー!」
その後、担任の先生が来たところで、ようたく騒ぎは鎮火。
無事に一限の授業は始まってくれた。
◇
チラ……チラ……チラ……
だが授業中も、クラスメイトはオレの顔をチラ見してきた。
特に見てくるのは女子たち。
彼女たちは授業をまったく聞かず、オレの顔ばかりを見てくる。
更に中には目をハートマークにしている子たちもいた。
(みんな一体どうしたんだろう? そんなに珍しい顔なのかな? まぁ……でも、しばらくしたら落ち着くだろう)
◇
そんな感じでざわついた一限が終わった。
二限との間の、短い休み時間となる。
ざわ! ざわ! ざわ!
だが事態は更に大きくなってしまう。
短い休み時間だというのに、他のクラスの生徒までが、A組の廊下に押し寄せてきたのだ。
「……ねぇ、A組の子からメッセージ来てたんだけど、D組にいた“あのオタク”が、あのイケメンくんなんだって⁉」
「……えー、信じられない⁉ もしかして“能ある鷹は爪を隠していた”っていうこと⁉」
「……それなら今まで“ぶさオタク野郎”って馬鹿にしていた人たちは、見る目が無かった、ってことじゃん」
「……それに、あのイケメンくんがアイフェスで最終選考に残ったのも、もしかして運だけじゃなかった、っていうことなの⁉」
「……それにマシロ様もいいけど、あの人の方も悪くないよねえ?」
「……うん。なんか、ギャップ萌えで良いよね!」
野次馬が何の話をしているか、まったく聞き取れないほどの大騒動になっていた。
こうして昨日まで予想もしていない騒ぎが、オレを中心にして起きていたのだ。




