第83話:フィナーレ
アイフェスと仲間の窮地を救うため、オレは大事な前髪をカット。
センターとして新生“チーム☆RAITA”を引っ張っていくことにした。
(さぁ、いくぞ!)
あと少しで自分たちの出番。三人の仲間を先導して、ステージ横に移動していく。
そんな時、途中ですれ違うスタッフがざわつき始める。
「ん? え? “チーム☆RAITA”の先頭の、“あの子”……誰⁉」
「“チーム☆RAITA”にあんなイケメンな子っていたったけ⁉」
「代打でメンバーチェンジしたの⁉」
イメージチェンジしたオレを、誰も市井ライタだと気がつけていない。ステージ横は一時騒然となってしまう。
「えーと、みなさん。実は“チーム☆RAITA”のセンターを交代して……」
そんな中、同伴してくれたミサエさんが即座に対応。新生“チーム☆RAITA”の新しいフォーメーションを説明してくれる。
そのお蔭でなんとかスタッフ内の混乱は収縮した。
(ありがとうございます、ミサエさん!)
生ライブでは音響や照明など、リハーサル後に細かく設定されている。普通は本番直前に急に変更などできない。
だが今回はミサエさんのお蔭で何とか、新しいフォーメーションも可能になったのだ。
(あと、アイフェスがまだ中断されていない……ということは、豪徳寺社長も裏で頑張ってくれているんだろうな……)
主催者である帝原社長は、アイフェスを強制中断させようとしていた。
だがオレたち出演者のために、豪徳寺ゼンジロウが帝原キョウスケと対峙。間違いなく時間を稼いでくれているのだ。
(ミサエさん、社長……みなさん、本当ありがとうございます!)
今となって気がつく。
どんなに優れたアイドルであって、一人の力ではステージには立てない……ということに。
事務所とステージスタッフ、ファンの応援とサポート。
多くの人たちの想いが集まった時に、アイドルはステージに立ち輝くことができるのだ。
(……ふう……これが“想いの力”……か)
そんなことを感じでいていると、何ともいえない“力”が湧きあがってくる。
自分だけの力ではなく、周囲から力が集約してきたのだ。
――――だが、そんな幸せな高揚感に包まれている時、一番の問題の人物がやってくる。
「――――あっはっは……!」
ステージ横にやってきたのは春木田マシロ。
《堕天使魅了》の発動が収まらず、かなり興奮した状態だった。
「ん? 市井ライタぁ……その顔は? ああ、そうか!」
他のスタッフとは違い、春木田マシロは一瞬でオレのことに気がつく。鋭い眼光を向けてくる。
「なるほど……それがお前の本当の姿なのか⁉ つまり、ようやく本気を出す気になったのか、市井ライタぁ⁉」
そして更に興奮した状態になってしまう。
「これで遠慮なく、キミを潰すことができるんだねぇええ!」
今の春木田マシロは暴走状態。制御できない力に、振り回されていた。
(マシロくん……この状態は……)
素人目から見ても、かなり異常な状態になっていた。
何しろ医学的に、リミッターの切れた状態を長時間維持することは、精神と身体には危険と言われている。
このまま暴走を続けていけば、“彼の命”にも害が及ぶ可能性が高い。最悪の場合、春木田マシロの命に危機が及ぶのだ。
(マシロくん……)
この現場で、彼の危機に気が付いているのはオレ一人だけ。
大人たちスタッフは《堕天使魅了》の魅了にかかり、正常な判断ができない。
もはやスタッフやマネージャーですら春木田マシロを止めることはできないのだ。
(マシロくん……なんとかしてキミのことも助けたい……アイドルである春木田マシロを……)
普段の性格的なことに関して、オレは春木田マシロが苦手なタイプ。
だが同時に“アイドルとして”は尊敬できる存在。だから何とかして彼の命を救いたい。
「……マシロ君、キミに挑戦をする」
だからオレはあえて挑発的な言葉を口にする。
「はぁ? 挑戦だって? 前髪を切ったぐらいで、何を勘違いしているの⁉ アイドルを舐めないで欲しいね! お前なんて!」
何故なら今の春木田マシロは支離滅裂な状態。まともな言葉をかけても聞いてはくれないだろう。
「いや、オレはアイドルを舐めてはいない。だからもう一度、伝える! オレはキミを倒す! アイドルとしてオレは春木田マシロを超える! これは宣戦布告だ!」
だから強い言葉で挑発する。
今までになくライバル宣言することで、オレに全意識を向けさせるのだ。
(“アイドルとして春木田マシロを超える”……そうか。これもオレの……)
同時に自分の中の想いにも気がつく。
これまで“アイドルとして自分の心”を押し殺して、オレは活動をしてきた。
だが本当は違っていたことに。
(“アイドルとしての春木田マシロを超える”……ああ、そうだな!)
暴走状態の彼を助けたい、と同時に“この人を超えたい”と心の底から高ぶっていた。
“同世代の中で最強アイドル春木田マシロ”を、オレは倒し男として超えたいのだ!
「くっ……この圧は⁉」
オレの覚悟の言葉が効いたのだろうか。
春木田マシロは言葉を失っていた。
この様子なら“今後はオレだけ”を見てくれるはずだ。
「――――それでは“チーム☆RAITA”のみなさん、お願いします!」
そんな時、スタッフから声がかかる。
オレたちの出番がやってきたのだ。
「よし……それじゃ、みんな、いこう!」
「「「おう!」」」
春木田マシロに注目させることには成功した。後はステージ上で行動を起こすしかない。
オレたちはステージ中央に駆けて出していくのであった。
◇
オレたち四人はステージ中央に立つ。いよいよ運命の三曲目が開始されるのだ。
だが観客の反応がおかしい。
「……はぁ……早く、春木田マシロ君の番にならないかな……」
「……もう、春木田マシロ君以外の曲はいらないわよね!」
「……胸が苦しいくらいに、待ち遠しいのよね!」
誰もオレたちのことを見ていない。
《堕天使魅了》の影響が収まらず、催眠トランス状態のまま。
他のユニットに意識がいかなくなっていたのだ。
「……早くマシロ君の曲が聞きたいなー。うっ……でも、また頭痛が……」
「……え、あんたも? 私も、さっきから心臓が……」
そして観客の体調は先ほどから悪化していた。
興奮状態がずっと収まらず、本格的に体調に異変が起きていたのだ。
(あれはマズイ⁉ この曲で絶対に解放してあげないと!)
センターなオレは決意をともにマイクを強く握りしめ、曲の合図を口に出す。
「“チーム☆RAITA”……新生“チーム☆RAITA”の曲いきます!」
合図と共に、曲がスピーカーから流れ出す。
“チーム☆RAITA”の三曲目がスタートしたのだ。
――――♪――――♪
オレたち四人は曲に合わせて踊り始める。
足を負傷している相田シンスケは、今回は動きの少ない後列にいる。それでもかなり痛いはずなのに、笑顔で動いていた。
(シンスケくん……よし、オレも負けずに!)
仲間の不屈の頑張りを見て、更に勇気が溢れ出してきた。
そんなタイミングで歌い出しの部分がやってくる。
「――――!!――――♪――――♪――――!!」
オレは曲の最初から、全開で飛ばして歌っていく。
最初からフルスロットルの最高速度で駆け出していく。
(ペース配分を考えていては、絶対に勝てない!)
何故なら《堕天使魅了》の力は生ライブにおいては強力無比。
だから自分もペース配分など考えている場合ではないのだ。
(よし……いい感じにスタートしているぞ!)
全力スタートダッシュは無事に成功。
かなりハイリスクがある戦法だけど、“チーム☆RAITA”は爆走街道を突き進んでいた。
「「「――――!!――――♪――――♪――――!!」」」
今のところ仲間の三人の歌とダンスも崩れていない。
オレに引っ張られる感じで、今までの中でも最高のパフォーマンスを発揮していた。
よし、いい感じだぞ!
(……ん? 会場の雰囲気が⁉)
曲が進んでいくにつれて、会場の変化に気がつく。
「……ねぇ、このユニット……なんか良くない?」
「……うん、なんか、胸にくるよね……」
先ほどまで誰もオレたちを見ていなかった観客。彼らの目の色が段々と変わってきたのだ。
「……というか、このユニットのセンターの人、あんなにイケメンだったっけ⁉ 超好みなんだけど⁉」
「……もしかしたら、後ろにいたオタクっぽい子が、センターになったの⁉」
「……えっ、まさか、そんなことがあり得るの⁉」
オレたちのことは眼中になった観客が、だんだんと“チーム☆RAITA”を意識してきた。
つまり《堕天使魅了》の催眠トランス状態から、解放されつつあったのだ。
(よし、いい感じだぞ! あっ……でも、これじゃ足りないな⁉)
この曲の後はまた“エンジェル☆キング”の出番となる。
つまり観客はまた《堕天使魅了》の虜になってしまうのだ。
(くそっ……どうすればいんだ⁉)
《堕天使魅了》は“強制的に相手を魅了する”効果がある
つまり根本から解決をしないと、被害は防げないのだ。
(《堕天使魅了》を根本から解決……か。でも、どうすれば……)
解決策を模索するが、具体案が浮かんでこない。
生ライブにおいて《堕天使魅了》の効果がチートすぎるのだ。
(“強制的に相手を魅了する効果”がある……か。ん? ということは……もしかして、逆の発想で⁉)
そんな時、“ある策”が浮かんでくる。
実行する自信はないが、理論的にはわずかに可能性がある策だった。
(でも、本当に可能なのか⁉ それに“全力”を出したら……)
“ある策”を実行するには、オレも全力を出す必要がある。
だが前に全力を出しかけた時……ドラマ撮影とファッションショーの時に、大惨事が発生してしまったのだ。
(また迷惑をかけえてしまう可能性が……)
前回の失敗の光景が頭に浮かび、思わず全力を出すことに躊躇してしまう。
(いや……迷うな。今は迷っている時じゃない……多くの人を助けるために、やるしかないんだ!)
曲はすでに後半部分に入ってしまった。
もはや他に安全策を探す余裕や、躊躇している暇はない。
わずかな可能性に賭けて、行動にでるしかないのだ。
(ふう……いくぞ……)
オレは歌いながら意識を集中していく。
“自分の全力”を出すために、更に“深み”へと潜っていく。
(今よりも“もっと深い世界”に……アイドル市井ライタとして、もっと“先の世界”へ入っていくんだ……)
――――♪――――♪
気がつくと会場の雑音が全て消えていた。
聞こえるのはスピーカーから流れてくる曲と、仲間たちの歌声だけだ。
(“この世界”は……ああ、そうか……)
演技やファッションショーの時を同じように、深い意識の世界、“白い世界”に到達していたのだ。
(いや……今回はこれじゃ足りない……もっと深い世界に……次なる高みを目指すんだ……)
《堕天使魅了》を打破するためえには、まだ力が足りない。
だからオレは更に集中力を高めていく。
(もっと深く潜るんだ……そして、もっと強く輝くんだ……そう、“あのアイドルたち”のように……)
オレが前世で大好きだったアイドルたちは、ステージ上で輝いていた。
彼女たちはファンの声援を受けて、女神のような輝きを発していた。
おそらく普通の人には入れない世界を、トップアイドルたちは見ていたのだろう。
(あの時の“輝き”を思い出すんだ……そうしたら、もしかしたら……)
“トップアイドルたちのいた世界”へ、オレは更に踏み込んでいく。
(――――っ⁉ これは……?)
その時だった。
“今まで見たことがない世界”が突然、目の前に出現する。
(……ここは……虹色の世界……?)
目の前に広がっていたのは“七色に輝く世界”。
地平線の向こうまで輝きを発する、夢のような世界だった。
(これは彼女たちの見ていた世界なんだろうか? 違うかもしれないけど……この力があれば……)
全身からマグマのようなエネルギーが溢れ出してきた。
(“今のオレ”ならいけるかもしれない!)
エネルギーが全身を覆い尽くし、まるで全知全能の存在になったような状態。
今の自分なら“ある策”を間違いなく実行できるはずだ。
(……ん? でも、曲が終わるのか?)
だが発動したタイミングが遅かった。
気がつくと三曲目の終わりがやってこようとしていたのだ。
(いや、まだ終わりにはできない! いくぞ……オレも《堕天使魅了》を!)
“ある策”とは“自分も《堕天使魅了》を発動する策”のこと。
同じ力を発して春木田マシロの《堕天使魅了》を打ち消すのだ。
(よし……今のオレならいけそうだぞ! 《堕天使魅了》を……いや、いくぞ、《七色支配》を!)
今足を踏み入れている世界にちなんだ新しい能力。
オレは《七色支配》を発動。
――――“強制的に魅了した相手を支配する”新たる能力だ。
(スタッフのみなさん、オレの話を聞いてください! この曲が終わったら、少し予定を変更しましょう!)
オレは《七色支配》の力を使いながら、全スタッフに心の中で提案する。
(せっかく盛り上がってきたから、このまま“コラボ曲”にいっちゃいましょう!)
提案したのはコラボ曲への移行について。
本来はラストのスケジュールを前倒しにしようと、《七色支配》の力で強制的に提案する。
「――――な、なんだ、今の頭に直接聞こえてきた声は⁉ 神の声なのか⁉」
「――――お前も聞こえたのか⁉ とにかく従うしかないぞ!」
「――――ああ、このまま、コラボ曲にいくぞ!」
なんとかスタッフに提案が受け入れられた。
総合プロデューサーから音響、照明までの全スタッフが神の声に従って動いていく。
――――♪――――♪♪――――♪
プログラムが急遽変更される。
三曲目が終わると、同時にコラボ曲がスタートしたのだ。
(さぁ、マシロくん、コラボ曲だよ!)
このコラボ曲は男性2ユニットが一緒に歌う曲。
ステージ横にいた春木田マシロに視線を向ける。
「い、市井ライタ……お前は、いったい何をしでかしているんだぁ⁉」
春木田マシロはステージ横で絶句していた。
いったい何が起きたか理解できずにいたのだ。
(さぁ、オレたちと一緒に歌おうよ! あれ、それとも、もしかして一緒に歌のが怖いのかな?)
だが、そんな彼の動揺に構わず、オレは構わず《七色支配》の力を強める。
相手が動きやすいように軽く挑発する。
「――――い、市井ライタぁ⁉ ボクを舐めるなぁ!」
春木田マシロはコラボを受けてくれた。
“エンジェル☆キング”のメンバーを引き連れて、ステージ中央に飛び出してくる。
(うん、これは、楽しくなりそうだね!)
男性2ユニットがステージ上に勢ぞろい。
“エンジェル☆キング”の乱入にオレは高揚していた。
何しろライバル同士が同じ場で歌い踊るのだ。
まるで好敵手と剣を交えるよう剣士のように、オレは胸が高まっていた。
(さぁ、いこう、マシロくん!)
――――♪――――♪♪――――♪
コラボ曲がスタート。
2ユニットで歌い始めていく。
《堕天使魅了》の支配下にある“エンジェル☆キング”
VS
《七色支配》な“チーム☆RAITA”
との総力戦だ。
(市井ライタぁああ!)
そんな中でも春木田マシロの攻撃力は飛びぬけて強力。
“チーム☆RAITA”を食い千切る狂気さで襲いかかってくる。
(マシロくん、いい感じだね! もっとドンドンきてちょうだい!)
だが全てをオレは受け入れていく。
暴走状態な《堕天使魅了》な彼の負のエネルギーを、あえて吐き出させていくのだ。
(ん? 気のせいか、どんどん調子が良くなっていくぞ、オレ?)
《堕天使魅了》の負のエネルギーを受けても、オレは変な感じはしない。
むしろ逆に吸収したかのように、自分の調子が良くなっていく。
もしかしたらこれも《七色支配》の力なのだろうか。
(くっ――――市井ライタ……お前のこの力は……!?)
そのため春木田マシロから狂気の力が、徐々に弱まっていく。
オレに力を吸収されていくため、《堕天使魅了》の力が弱体化していたのだ。
(どうしたの、マシロくん⁉ 出し惜しみをしちゃダメだよ! さぁ、アイドルとして、更に“深くて高いて眩しい世界”に一緒にいこうよ!)
だがオレは更に《七色支配》を強めていく。
何故なら今は最高に気持ちが高揚している瞬間。
この春木田マシロと一緒なら、更なる次元へいけそうなのだ。
(ラ、ライタぁああ!)
うん、さすが春木田マシロくんだ。
臆することなく、オレに応じてくれた。
(マシロくん、やっぱりキミは最高だよ! よし、最後まで一緒に駆けていこうよ!)
◇
◇
――――その後のことはよく覚えていない。
だが、この年のアイフェスは“伝説”となり、一人の救急搬送者も出さずに終了したのであった。




