第81話:《閑話》動き出す大人たち
《帝原キョウスケの周辺の視点》
これはライタが大空チセたち三人の元に向かった直後の話。
◇
帝原キョウスケはある一つの決断を下していた。
「……さて、中断を伝えにいきますか」
彼が下した決断は“アイフェスを今すぐ中断する”という内容。総合プロデューサーと主要スタッフに伝えに行くのだ。
リゾートホテル本館からステージ裏に移動を開始する。
「……社長、ですが、本当によろしいのですか? 今のところ今年のアイフェスは、かなり高い数字が出ていますが?」
歩きながら確認してきたのは後ろを付いていくスーツ姿の男。帝原の“懐刀”であるエンペラー社長室長の和久井レンだ。
「ええ、もちろん数字は把握しています。中断することによる損失も誤差なく」
絶賛開催中のアイドルライブを突然中断することによる、主催者側の損失はかなりの高額となる。
だが頭の回転の速い帝原キョウスケは、すでに頭の中で計算を終えて中断の結果を出していたのだ。
「さすが社長です。ところで後学の為にも中断する理由をお聞きしてもよろしいですか?」
和久井レンは社長の言うことを聞くだけのyesマンではない出来る男。会話をしながらボスの真意を確認していく。
「理由ですか? 和久井は今の会場の異様な雰囲気に気が付いていますか?」
「“異変”……ですか? 例年になく観客も盛り上がっていて、自分には好調にしか見えませんが……」
和久井レンは社長室長としてはかなり有能な男だが、芸能世界にはそれほど深く精通はしていない。
あくまでも所属タレントたちは商品であり、ライブは宣伝と収益のためのイベントと考えているのだ。
「常人には好調に見えていますが、実はこの会場は異様な“氣”に覆われています。このままだと、当社にとって良くない事故が起きてしまいます」
帝原キョウスケは効率的で計算高い優れた経営者。
だが時おり“氣”のような非科学的が言葉を発する時もある。
「“氣”……ですか。なるほど、勉強になりました」
そのため社長室長である和久井レンも、あまり深く質問はしない。
何故なら少々危険な要素があるが帝原キョウスケが優れた経営者、たった一代で日本屈指のエンターテインメント・グループを作り上げた手腕は本物のなのだから。
「それでしたら社長、この後に総合プロデューサーたちに中断の指示を出したと後は、すぐに中断のマニュアルも指示しておきます」
アイフェスは万が一に中断となったマニュアルな何パターも用意されていた。
和久井レンは歩きながら電子タブレットを操作。すぐさまアイフェスを中断できる準備を進めておく。
あとは、この本館を出て総合プロデューサーに指示をだたら、一気に中断へと動きでいくのだ。
「――――ん⁉ お前は⁉」
だが本館ロビーを出ようとした和久井レンは、足を止める。
何故なら前方に嫌な男の姿を見つけたのだ。
「豪徳寺……か」
自分たちの出口を塞ぐように待ちかまえていたのは大柄の男。ビンジー芸能という弱小事務所を経営者している豪徳寺ゼンジロウだった。
「豪徳寺……社長。こちらは少々急ぎの仕事中でして、申し訳ありませんが、そこを通してもらっていいですか?」
正直なところ和久井レンはこの男のことが嫌いだった。
だが業界屈指の弱小とはいえ、一応相手は芸能事務所の代表。嫌な顔を出さずに道を譲るように伝える。
「よう、キョウスケ。そんなに急いでどこに行くんだ? よかったらオレをそこでお茶していかねぇか?」
だが豪徳寺ゼンジロウは無視をして、帝原キョウスケにゆっくりと近づいてきた。
「――――っ⁉ 申し訳ありませんが、帝原社長は今は緊急のため急いでおります! 失礼いたします!」
社長室長である自分をあからさまに無視され、和久井レンは思わず感情を露わにしてしまう。
高圧的な言葉で無粋な弱小社長をどかそうとする。
「ああん? 緊急のためだって? まぁー、難しい問題はガキどもに任せて、大人は見守ってやることも、経営者の勤めじゃねぇか、キョウスケよう?」
だが和久井レンは更に無視をされてしまう。最初から眼中にないほどのだ。
「ほほう……貴方も気が付いて、私を止めに来た、という訳ですか。腐ってもさすがは豪徳寺ゼンジロウという訳ですね」
更にボスである帝原キョウスケも、自分のことを超えて相手の話に乗ってしまう。
「まぁな……という訳で、少しだけ様子を見ようじゃねぇか?」
「いえ、結構です。大人である前に私はグループ企業の経営者。非常な決断をするのも大事な仕事です」
だがボスである帝原キョウスケは相手の言葉にのらない。
豪徳寺ゼンジロウを交わすようにして出口へと向かう。
「さっ、さっ、社長、参りましょう!」
和久井レンは勝ち誇った顔で、出口へと先導していく。
たしかに豪徳寺ゼンジロウは思考は読めない厄介な男。
だが、やはり自分のボスは何段階も格上。最初から相手にならないのだ。
「――――っな⁉」
だが出口に向かおうとして和久井レンは更に大きな声を出してしまう。
何故なら新たな人物たちが出口を塞いでいたのだ。
「え、越前会長⁉ それに、大和社長⁉」
出口を塞いでいたのは普通の人物ではなかった。
越前リョウコ……日本最大級のレコード会社“Eレコード”の代表であり、日本の芸能界にも大きな影響力を有する女傑。
大和タイジュ……日本屈指の広告代理グループのトップであり、日本のエンターテインメントを裏から握るドンだ。
「――――ど、どうして、貴方、お二人方が⁉」
この二人は芸能界だけではなく経済界においても日本トップクラスの人物なのだ。
「あ、あ、あっ……」
とてもではないが和久井レベルでは話にならない強者。
だが、どうして、こんな超大物二人が、ここに?
たしかに来賓客として本日は招待していたが、どうして出口を塞いでいるのだ?
明らかに先ほどの豪徳寺ゼンジロウを擁護している雰囲気なのだ?
「……なるほど。ゼンジロウに頼まれて、貴方たちが登場した、という訳ですか?」
だが一べつしただけで帝原キョウスケは全てを察したような言葉を口にする。
この二人が現れたのは偶然ではなく、豪徳寺ゼンジロウが根回していたと。
「――――なっ⁉ ど、どうして、この二人が、あんな弱小社長のために、わざわざ⁉」
冷静な和久井レンが思わず悪態を口に出してまうのも無理はない。
越前リョウコと大和タイジュは日本経済界のトップクラスであり、普通は簡単に腰を上げることなどあり得ないのだ。
「……という訳で、キョウスケ。久しぶりにこの四人でお茶でも飲んで、昔話でもしようぜ? 上の展望レストランで? それからでも決断を下すのは遅くはねぇと思うぜ?」
「……ふう……分かりました。十五分だけなら、貴方の茶番にお付き合いしましょう」
この両巨頭を前にしてさすがの帝原キョウスケも無視をすることはできない。ため息をつきながらエレベーターホールへと向きを変える。
「ですが、15分経っても解決しないようでしたら、即座に中断をしますよ?」
「ああ、そんだけありゃ十分だ。それじゃ、行くとするか」
こうして帝原キョウスケがアイフェスを今すぐ中断する、という行動は阻止された。
だが豪徳寺ゼンジロウが稼げたのは15分だけ。
“チーム☆RAITA”が次の曲を歌い終える時間が、最終タイムリミットとなったのだ。




