第80話:元気の伝授
アイフェス全体に危機が迫っていた。
(今回は出演者が発端となった事件……だからオレたち自身が解決しないと!)
そう決意して、最初にやってきたのはステージ裏の仮設テント。
中にいる三人の女性に会いに来たのだ。
(あっ、でも、どうやって彼女たちと⁉)
女性メンバーは控え室で着替える必要があるため、基本的には男性は入れない。
これは困ったぞ。
「あら、ライタくん? どうしたの、こんなところに⁉」
そんな時、ミサエさんが控え室から出てきた。
彼女は大空チセのマネージャーも兼ねているので、ちょうど中にいたのだろう。
「ミサエさん、ナイスタイミングです! チーちゃんと加賀美エリカさん、あと鈴原アヤネさんを呼んでもらっていいですか⁉」
女性でもあるミサエさんなら、彼女たちに伝言を頼むことが可能。藁にもすがる思いで頼み込む。
「えっ⁉ な、何を言っているの、ライタ君⁉ もうすぐ女性陣の三曲目が始まるのよ⁉ しかも何故か彼女たち調子を悪くして、話どころの場合じゃないのよ?」
「はい、それは存じています! だからこそ今しかないんです! とにかく三人に『市井ライタが大事な話がある』って伝えてもらえるだけでも結構です! なんとかお願いします、ミサエさん!」
《堕天使魅了》のことを、今はミサエさんに説明している暇はない。
オレは頭を深く下げて、誠心誠意で自分の言葉を伝える。
「ライタくん……⁉ わ、分かったわ。一応は伝えておくけど、あんまり期待しないでね。特にエンペラーな二人には、私からはあまり口出しはできないから」
「ありがとうございます、ミサエさん! 感謝しています!」
エリカさんとアヤッチはエンペラー所属で、相手は格上の大手事務所所属。
そのためオレごときの呼び出しに、マネージャーが止める可能性が高いのだ。
「ライタ君⁉ “大事な話”って何ですか⁉」
「ライチー君がわたくしに“大事な話”を⁉」
「ライライの話、聞きにきた」
だが一分も経たない内に、三人とも控え室から飛び出してきた。
特にエリカさんとアヤッチは自分マネージャーの制止を振りきって、オレのところに来てくれたのだ。
「三人とも来てくれて、ありがとう! えーと、ここだと、ちょっとアレなんで、あっちで話があるんだ」
今回の話は大人には聞かれない方がいい。
オレは三人を先導していく。
◇
ひと気のないステージ裏へ移動してきた。
(よし、ここなら大丈夫そうだな。さて、どう話を切り出そうかな? あっ……それにしても、三人ともかなり顔色が……)
改めて間近で見て気がつく。チーちゃんたち三人はかなり衰弱していた。
《堕天使魅了》の負の攻撃を受けていたため、目に見えてダメージを受けていたのだ。
これは予想以上に危険な状況。早く解決しないと。
「えーと、みんなも気が付いていると思うけど、今のアイフェスの会場は、“ちょっと普通じゃない状況”なんだ……」
《堕天使魅了》のことは三人にも説明している時間はない。
言葉をぼかしながら、状況の説明をしていく。
「うん、そうだね、ライタくん……正直なところ、私たちもちょっとギリギリかも……」
「悔しいけど、今回ばかりは今のこのわたくしですら、挽回は難しいかもしれないですわ……」
「わたしも、ちょっとしんどい、かも……」
三人は原因を理解していないが、自分たちの現状を把握していた。
そして普段は決して弱音を吐かない三人が、辛そうに口を開く。
見た目以上に精神的にもギリギリの状況だったのだ。
「そうだったんだ……でも、安心して! 解決できるかもしれない方法が、オレにあるんだ! だから、実行の時まで……オレの次の曲まで、三人も頑張って欲しいんだ!」
今回、頼みにきたことは、次の三曲目を耐え切ってもらうこと。
かなり抽象的なお願いだから、オレは頭を深く下げて想いをこめて頼み込む。
「ラ、ライタくん⁉ あ、頭を上げてください⁉」
「そ、そうですわ⁉ そんなことを頼まれなくて、わたくしたちは最後まで死力を尽くしますわ⁉」
チーちゃんとエリカさんは強がって答えてくれる。
「わたしも。でも、正直なところ、メンタル・エネルギー、ギリギリかも、わたしたち」
だが客観的にみて、アヤッチの指摘の方が正しい。
体力はまだ残っているが、《堕天使魅了》の攻撃で精神的なパワーが圧倒的な不足しているのだ。
「メンタル・エネルギー不足……か。それはマズイな。あっ、そうだ! それならオレが何か手助けできることが何でも言って! 栄養剤でも酸素吸入でも、とってくるから!」
控え室やメディカルルームには各種の体調回復アイテムが用意されている。
精神力を回復させるのに有効か不明だけど、オレが手伝えることは何でもする覚悟はある。
そんな時、チーちゃんが小さく口を開く。
「…………そ、それなら“ライタ君の元気” を分けて欲しいです……」
耳まで真っ赤にしながら、希望の手段を伝えてくる。
「へっ? 『ライタ君の元気を分けて欲しい』……? うん、それぐらなら朝飯前だけど?」
だが実際のところ、何をすればいいのだろう?
気功師のように手からオーラを発してみればいいのか?
でも、さすがにオレも気功師の技は修行してきていない。
「い、いえ、違います。私たちギュッとして、“ライタ君の元気”を分けて欲しいです……」
「へっ? そんなことでいいの?」
“ただ抱きしめること”なら素人なオレでも可能。
少し恥ずかしいけど、チーちゃんの元気が出るのなら、なんだってやる覚悟はある。
「――――ちょ、ちょっと、チセさん⁉ どさくさに紛れて、何をハレンチなお願いをしているんですか、貴方は⁉ 卑怯ですわ⁉ アヤネさんも、何か言ってやってください⁉」
「わたしも、その“ライタ君の元気”をもらう案、賛成」
「えっ⁉ アヤネさんまで⁉ そ、それなら、わたくしも賛成いたしますわ! プロとしてモチベーションの維持は大切ですからね! け、決してやましい気持ちはないですわ!」
なにやら三人とも満場一致で、同じ方法に決まっていた。
ギュッと抱きしめられて、元気をもらいたいという。
(どうして、三人とも? いや、今はそんなことを考えている暇はない!)
何故こうなってしまったかは分からない。
だが彼女たちが元気になるのなら、理由なんていらない。
オレは急いで実行することにした。
「えーと、それならチーちゃんから……」
順番的に提案した彼女から、対応するのは正解だろう。
まずはチーちゃんに目の前に近づいていく。
「それじゃ、チーちゃん、いくよ?」
「はい……ライタくん……」
耳まで真っ赤にしているチーちゃんを、オレは正面から軽く抱きしめる。
同時に自分の全身から、相手に向かってエネルギーを発していく。
「チーちゃん、頑張れ……チーちゃん、頑張るんだ……何度も言うけど、キミは絶対に大丈夫……大空チセは絶対にトップアイドルになって、日本中の人を笑顔にしていく才能がある……だから絶対にこんなところで負けちゃダメだ!」
抱きしめながら、アイドルとしての彼女に対する想いを伝えていく。
前世と今世、大きく成長していく大空チセに、全身全霊でぶつかる。
「ライタくん……あっ――――っ⁉」
抱きしめられながら、チーちゃんは言葉を失っていた。
上手くエネルギーを与えられたかは不明。
だが今のオレが彼女にできることは全部したつもりだ。
「よし、次はアヤッチ……か」
全ての想いをチーちゃん伝えたので、次の女性のとこに向かう。
「それじゃ、アヤッチ、いくよ?」
「うん、ライライ……」
少しだけ顔を赤くしているアヤッチを、オレは軽く抱きしめる。
先ほどと同じように自分の全身から、相手に向かってエネルギーを発していく。
「アヤッチ……キミはオレの生きる希望で、輝くアイドルの一番星だ……だからこんなところで絶対に負けちゃダメだ……自分の夢を叶えるために、今こそ光を……“アイドル鈴原アヤネ”を爆発させるんだ!」
抱きしめながら彼女に対する想いを伝えていく。
前世では叶わなかった彼女の夢を、ずっとオレが夢見ていた想いに乗せて言葉にしていく。
「ライライ……あっ――――っ⁉」
抱きしめられながらアヤッチも言葉を失っていた。
今回も上手くエネルギーを与えられたかは不明。
だが今のオレが彼女にできることは全部したつもりだ。
全ての想いをアヤッチに伝えたので、次の女性のとこに向かう。
「それじゃ、いくよ、エリカさん?」
「ええ、お願いしますわ……」
クールビューティーな整った顔を、耳まで真っ赤にしているエリカさんを、オレは軽く抱きしめる。
自分の中に残っているエネルギーを、相手に向かって発していく。
「エリカさん……いや、エリピョン。キミはアイドルとして、もっと天高く登っていく存在だ……だからこんなところで止まっていていちゃダメだ……自分の全部を発して、新たなアイドルに昇りつめるんだ!」
抱きしめながら、彼女に対する想いを伝えていく。
加賀美エリカはアイドルを諦めた少女。
だが彼女は夢の火を消さず立ち上がった。そんな勇気ある少女に、自分の想いを伝えていく。
「ライライ……あっ――――っ⁉」
エリカさんも同じように言葉を失っていた。
上手くいったか自信はないけど、自分的には三人に想いは伝えたつもりだ。
「ふう……こんなことしか出来なかったけど、本当にこれで良かったのかな?」
ふと冷静に思いだしたら『オレはただハグをして、言葉を語りかる』しかしていない。
科学的にもこんなことでは、人のメンタル・エネルギーは回復できないだろう。
「うっ、うっ、ライタ君……ライタ君……」
「ライライ、のパワー……」
「ライチー君……ライチー君……」
だが三人とも様子がおかしくなっていた。
何やらブツブツと呟きながら、全身から段々と強いエネルギーが湧きあがっていたのだ。
「ライタ君……ありがとうございます! “この力”で、絶対に頑張ってみせます!」
「ライライのために、時間は稼いでくる!」
「ライチー君……わたくしのこの想いの全てを、今度は貴方に捧げますわ!」
――――そして三人は覚醒した。
今まで見たことがないほどの強いアイドルオーラを、全身から放出。
先ほどまでの衰弱した面影は消え、自信に満ちた満面の笑みで輝いていたのだ。
(えっ⁉ 予想以上に元気になった⁉ でも、どうして⁉)
なぜ三人ともオレが抱きしめただけで、ここまで覚醒したのか?
科学的に考えても不可思議な現象が、目の前で起きていた。
前世の知識があったとしても理解不能だ。
いや……人体の神秘と英知は、オレごときの頭では永遠に理解できない深いものなのだろう。
あまり深く考えないことにしよう。
「三人とも元気になってくれて、ありがとう! 少し大変だと思うけど、アイフェスは最後まで頑張っていこうね!」
まだ成長段階ではあるが、彼女たちは間違いなく“本物のアイドル”。
元気を取り戻した今は、これ以上頼もしい援軍はいない。
お蔭でオレも安心して、次なる行動を起こせる。
(よし! 次はオレたちのユニットを!)
こうしてセンター不在となった“チーム☆RAITA”の控え室に、オレは全力で駆けていくのであった。




