第79話:決断
《堕天使魅了》発動によって、アイフェス出演者と観客に危機が迫っていた。
そんな中、“チーム☆RAITA”には更なるアクシデントが発生。
センターである相田シンスケが足を負傷してしまったのだ。
「す、すまねぇ、ライタ……ちょっと、足を痛めちまったみたいだ。だが、こんなものは気合いで……うっ⁉」
「シンスケくん、無理をしちゃダメだよ⁉ 安静にして!」
負傷具合はかなり酷かった。
靴下の上からも腫れているのが分かるほど。おそらく捻挫をしてしまったのだろう。
「相田君、ちょっと待ってて、すぐに冷やすから!」
彼のマネージャーがアイシング治療で応急処置する。待機場所は一時騒然となってしまう。
(あのシンスケくんが負傷するなんて……)
彼は身体能力が高く、身体も頑丈なタイプ。そんな頼れる仲間の負傷に、胸が苦しくなる。
(きっと無理して頑張りすぎたんだろうな……)
《堕天使魅了》は観客を強制的に魅了する反面、共演者に精神的な負のダメージを及ぼす。
熱血で負けず嫌いな相田シンスケは、不甲斐ない自分に対して気合が空回り。ダンス中に足を負傷したのだろう。
(とにかく、この様子だとこの後、シンスケ君のセンターは無理だぞ……)
“チーム☆RAITA”の歌はセンターがかなり激しい振り付け。
あの状態ではで立って歌うことは可能でも、センターダンスを維持することは不可能だろう。
(かなりヤバイ問題だぞ、これは……残る三曲目と四曲目は、どうすればいんだ、オレたちは……)
“チーム☆RAITA”の次の出番まで、あと二十分ちょっとしか余裕はない。
その前にセンター問題の解決策を見出さないといけないのだ。
(それにマシロくんの《堕天使魅了》問題の解決策も見つかっていないし、オレはどうすればいんだ……)
今は“泣き面に蜂”の状態であり、更に解決策のない“八方ふさがり”状態だ。
(とにかく、一番厄介な《堕天使魅了》の問題の解決の糸口だけも、なんとか早めに見つけないとな……ん?)
――――そんな窮地に陥っている時、一人の男性が控え室に入ってくる。
「おっ、ライタ。ここにいたのか?」
「しゃ、社長⁉」
やってきたのは強面で大柄な男性。
オレの所属するビンジー芸能の豪徳寺ゼンジロウ社長だった。
「ん? どうした? そんな湿気たツラして?」
豪徳寺社長は強面で、事務所でも競馬新聞しか読んでいない。
だが何となく頼りになるオーラも有している。
「社長……」
特に今のオレにとっては救世主に見えていた。
「いい所に来てくれありがとうございます! ちょっと相談したいことがあります!」
ここは怪我人が治療している待機場所。社長を連れだし相談することにした。
◇
二人でひと気のないステージ裏に移動してきた。
「あん? どうした、こんな場所に連れてきて? 珍しく神妙な顔をしているところを見ると、例の“天使のなんとかのガキ”の起こしていることか?」
“天使のなんとかのガキ”
……今回の出演者の中で“天使”の異名があるの《天使王子》春木田マシロだけ。
「――――えっ⁉ もしかして春木田マシロくんが何かしていることに、社長も気が付いていたんですか⁉」
今回の《堕天使魅了》を気が付いている大人は、一人もいなかった。
それなのに大雑把そうな社長が、どうして気が付いていたのだろう?
「オレが“現役”の時にも、似たような奴がいたからな。芸能界には色んな奴がいたからな……」
オレは知らないが、昔の豪徳寺社長は名の知れた芸能人で、多くの修羅場をくぐり抜けてきた猛者。
そのため会場の異変にいち早く気が付いていたのだ。
「オレはホテルの本館にいたから、ライブを直接は見てねぇけど、あの観客の雰囲気を見たら、何かあったかは、だいたいの察しはつく」
「そうだったんですね……」
リゾートホテルの本館には来賓用のVIP室があり、今まで豪徳寺社長はそこで他の来賓者と交流していた。
だがアイフェス会場の異変に気が付いて、飛んで来てくれたのだ。
「来てくれて本当にありがとうございます! とにかく、このままじゃと今年のアイフェスは大変なことになるんです⁉ なんとか解決できませんか、社長⁉」
豪徳寺社長はしがない弱小事務所の経営者でしかない。
だが“頼れる漢オーラ”を常に放っている大人。
最後の希望の光として、事件の解決方法を聞いてみる。
「解決してくれ、だって? 詳しい事情は分からねぇが……この状況を解決するには“アイフェスを今すぐ中断する”ことが一番手っ取り早いぞ? それでもいいのか?」
「えっ……“アイフェスを今すぐ中断する”ですか⁉ あっ……でも、そうか……」
まさかの提案に思わず声を漏らしてしまうが、同時に納得もする。
(そうか、今すぐ中断したら、全てが一気に解決するのか。特に安全面は……)
今すぐアイフェスを中断できたなら、《堕天使魅了》の被害者は最小限に抑えることが可能となる。
救急搬送される観客はゼロ人で、世間的に大事件に発展することもないだろう。
(それにチーちゃんやアヤッチたち、シンスケたち三人に関しても……)
また他の三組の出演者の低評価も抑えることが可能。
今の彼女たちの低いパフォーマンスを、これ以上晒さなくてもいいのだ。
(もちろん中断することの影響もあるけど、解決策としてはベストなのかもしれない……)
絶好調中なライブをいきなり中断したことで、観客やネット視聴者からは大批判が押し寄せてくるだろう。
だが救急搬送者が出ることと、出演者の実質的な被害に比べることはできない。
豪徳寺社長の提案は“目から鱗が落ちる”内容だった。
「でも社長……こんな大規模のライブを、今すぐ中断なんて可能なんですか⁉」
だが現実的には不可能にも思える提案だった。
何しろすでに数千人の観客からはチケット代を徴収して、ネット視聴者も有料代金を支払っている。
中断するとなると、莫大な返金作業が主催者負担になってしまうのだ。
「まぁ、普通の主催者なら、中断の決断はできねぇな。だが“奴”は普通じゃないからな」
「えっ、主催者……“奴”って、もしかして……」
アイフェスの主催は《エンペラー・エンターテインメント》。
つまり主催者はその代表者である。
「ああ。もちろん、キョウスケ……帝原キョウスケだ。奴も貴賓室にいたが、オレと同じように異変に気が付いていたのさ。渋い顔して出ていったから、今ごろ情報を集めて、こう決断をするはずだぜ。主催者として“アイフェスを今すぐ中断する”っていう決定をな」
「帝原社長が、そんな決定を⁉ あっ……でも、そうか……」
あの危険な男は、冷徹な手腕でグループを急成長させた経営者。
自分が主催するアイフェスでも、個人的な感情では判断しない。
今後の経営で“マイナスになる可能性が高い”と判断したら、即座に中止を決断するのだろう。
(そうか……アイフェスはもうすぐ中断されるのか……)
まさかの大物が裏で動き出したことに、心の中で安堵の息をつく。
結果はどうあれ、これで最悪の状況を回避することが出来そうなのだ。
(アイフェスを中断してお終い……でも本当にそんな解決の仕方で、いいのかな?)
だが同時に、何とも説明できないモヤモヤが、心の奥底から込み上げてくる。
解決の方法が、なにか違うような気がしてきたのだ。
(帝原社長の方法は経営者としては間違っていない……でも主催者の権力で強制的にアイフェスを中断しても、いいのだろうか? もしかしたら根本的な解決にはならないじゃないのかな?)
今回の根本的な原因は、春木田マシロが暴走して無自覚に《堕天使魅了》を発動してしまったことだ。
もしもここで帝原社長が強制的中断したら、彼はどうなってしまうだろう?
たぶん、マシロ君は“もっと酷い状況”になってしまう気がする。
上手く説明できないが、別の意味で最悪な展開が起こりそうなのだ。
(それに強制中断したら、今回の出演者は……)
彼女たちが負の感情に侵されていたことを、多くの関係者は知らない。
そんな状況の中、アイフェスを強制的に終了したら、失敗者である出演者の今後はどうなるだろうか?
おそらくアイドルとして彼女たちには、今後は明るい未来はない。
下手したら“アイフェス中断の元凶”として出演者とスタッフ関係者は、芸能界から切り捨てられてしまう可能性もあるのだ。
(ということは、アイフェスを強制終了したら経営者の利にはなるけど、出演者や関係者にとっては、何も問題解決にならないのか……)
先ほど胸の奥底から込み上げてきたモヤモヤの正体はコレだった。多くの問題は解決できるけど、確実に不幸になる人が出てしまうのだ。
(甘いかもしれないけど、できたら全員がハッピーになれる解決で終わって欲しかったな……)
今の自分は何の力もない若造。願望はあるが現実的に、全ての者が救われるのは不可能なのだ。
(でも……本当に、これでいいのか?)
胸の奥底から込み上げてきたモヤモヤは、依然として消えていない。
いや……むしろ先ほど以上に大きくなってきた。
そのモヤモヤは自分自身に問いかけてくる。
(また諦めていいのか、オレは? 前世の時みたいに、また諦めてしまうのか?)
前世のオレは怠惰な生活を送っていた。
だが交通事故で多くを失い、諦めた人生を送っていた。
(いや……違う。オレは誓ったはずだ。絶対に後悔はしないと……)
そんな絶望の淵にあったのは一人の少女であり、多くの少女たち。いつも前向きで笑顔を絶やさないアイドルだった。
(考えろ、市井ライタよ……思いだすんだ、オレよ……今、自分が何をすべきを……)
心の中のモヤモヤに向かって問いかける。
自分自身に自問自答していく。
今世の自分が何をすべきか?
今の自分がしなくてはいけないのか?
(今世の自分がすることは『アヤッチを救うこと』……そして、するべき道は、もう一つ……)
――――“誰かを笑顔にする芸能人”になりたい。
今世で見つかったら、その言葉を思いだす。
(――――あっ⁉)
すると心の中が晴れ渡る。
大きくなっていたモヤモヤが、一瞬で消え去ったのだ。
(“誰かを笑顔にする芸能人”……そうだな、市井ライタ……今のオレが……アイドルとしてするべきは、コレなんだよな!)
もはや心の迷いは一つもない。
アイドル市井ライタとして、今の自分が何をするべきか思いだした。
そしてこの窮地を打開する“新たな策”が見えてきたのだ。
「……社長、お願いがあります」
だが今の自分は何の力もない若造。頼りになる人物の力を、借りる必要があった。
その中の一人、豪徳寺社長に声をかける。
「あん? どうした? 急に、そんな神妙な顔になって?」
「アイフェスを今すぐ中断されることを……帝原社長がアイフェスを強制終了することを、少しだけ止めてください!」
恐ろしく頭の切れる帝原社長なら、中断を実行することに時間はかけないだろう。
オレの新たな策を実行するためには、まずは彼を足止めする必要があるのだ。
「はぁ? キョウスケをオレが止めるだって? オレみたいな弱小社長に、そんな大層なことが出来ると思うのか、お前は?」
「はい! 社長なら絶対に出来ると思います! もしも無理だったら、オレたちの曲まで……あと十五分だけでもいいので、時間を稼いでください!」
豪徳寺社長と帝原社長の間には、何やら過去に因縁がある様子。その全てを使ったら時間稼ぎは可能な気がする。
「ライタ……お前、その目は⁉ ふう……そんな目で見られたら、嫌って言えねぇじゃねえか。仕方がなねぇ、時間は稼いでやるぜ」
「社長、ありがとうございます!」
「だが、天使のガキの方はいいのか? 奴の方がよっぽど厄介だぞ?」
「その問題はオレがなんとかします! それではお願いします!」
ここから先は時間との戦いとなる。
帝原社長の足止めは豪徳寺社長に任せて、オレは移動を開始する。
(今回は出演者が発端となった事件だ。オレたちが行動して解決しないといけないんだ!)
そのために最初に向かうのは、ステージ裏の出演者控え室。女性陣がいる仮設テントの区画だ。
(オレ一人じゃ不可能だから……彼女たち“本物のアイドル”の力も借りないと!)
こうして絶不調になってしまった三人の元へ、オレは全力で向かうのであった。




