第78話:打開策の模索
アイフェスは危険な状況へと陥っていた。
突如、《堕天使魅了》を発動した春木田マシロによって、他の出演者が負の感情に侵されてしまったからだ。
(いったいどうすれば⁉)
彼が《堕天使魅了》を発動していることは、オレだけしか気が付いていない可能性が高い。
頼りになるはずの大人たちスタッフも、異変に気がいていないのだ。
「「「――――ウワァアアア!!」」」
そんな孤軍奮闘の中、ひときわ高い観客の歓声が響き渡る。
“エンジェル☆キングダム”の曲の終わり、観客が惜しみない大歓声を上げていたのだ。
(ふう……なんとか終わったか。これでみんなが少しでも落ち着いてくれたらいいいけど……)
“エンジェル☆キングダム”の曲が終わったことで、他の出演者たちの症状は少し収まっていた。
だが“エンジェル☆キングダム”の歌はまだ二曲以上も残っている。次の曲の前になんとか解決策を見出さないといけない。
(……ん? 観客の様子も、何かおかしいぞ⁉)
だが更なる異変に気がつく。
“エンジェル☆キングダム”の曲が終わったというのに、会場の異様な雰囲気は収まらないのだ。
「……“エンジェル☆キングダム”、最高だったわね!!」
「……そうね! 最高にハイになれたわよね!!」
「……んー? あえ……でも、なんか、頭いたくない……?」
「……え、あんたも? 私もなんか、具合が……」
今度は観客の中も体調を崩している者が出現。興奮状態でありながら、明らかに体調不良者がいたのだ。
(あれは……もしかして、《堕天使魅了》の反動なのか⁉)
人はあまりにも興奮しすぎると、脳内麻薬が分泌される時がある。精神のリミッターが外れて、天国にいるようなハイテンションになってしまうのだ。
(あの状況は……マズイぞ⁉)
リミッターは精神と肉体を守るために存在している。
そのため長時間、興奮状態が続くのは危険な状況。反動で精神と肉体にダメージを及ぼしてしまうのだ。
(観客席もまだ軽度のダメージみたいだけど、今はまだいいけど、あと二曲もさっきの興奮状態が続けたら……大事故が起きる危険性があるぞ⁉)
真夏のロックフェスティバルで、興奮しすぎた観客が失神して救急車で搬送される事故がある。
しかも今回の観客の興奮状態は、ロックフェラーフェスの数倍はある。
このまま《堕天使魅了》を興奮していけえば、数百人規模の体調不良者が出てしまう可能性があるのだ。
(そんな大事故はなんとしても止めないと!やっぱりスタッフに相談を……そうだ、チーフプロデューサーに進言しよう!)
この現場のトップである総合プロデューサーは、今は司会をしており近づけない。
そこで二番目に決定権を有するチーフプロデューサーに相談に向かう。
ステージ裏で忙しそうにしているチーフに近づいていく。
「ん? ライタ君? どうしたんだい? そんなに血相を変えて?」
「えーと、実は相談がありまして……チーフも気が付いているかもしれませんが、ちょっと盛り上がりすぎて、観客や演者の人で体調が悪くなった人が出ているみたいなんです。だから、進行をちょっと調整した方がいいか思いまして……」
《堕天使魅了》という単語はオレの造語なので、他人には口には出せない。
ニュアンスをぼかしながら、会場に異変が起きることを伝える。
「ん? 特に異常なんてないと思うよ? もしもあったとしてもメディカルスタッフが対応するから安心しなさい」
チーフプロデューサーは聞く耳を持たなかった。
「で、でも、このままでいけば“エンジェル☆キングダム”以外の三組は、あまり良くないコンディションで、ステージに立たなくてはいけなくなりそうなんですよ」
「ん? 何を言っているんだ、キミは? さっきの大歓声を聞いて分かるだろう? 今年のアイフェスの大成功中! 今日は間違いなく伝説のフェスになるだよぉ!」
チーフが聞く耳をもたないのも《堕天使魅了》の影響の一つだろう。
しかも彼らアイフェスのスタッフはこの一週間、最終準備のためも徹夜が続き。
体力の疲労も極限状態にあったため、《堕天使魅了》によって、冷静な判断が下せなくなっていたのだ。
「キミたち三組も“エンジェル☆キングダム”に負けないように、気持ちで体調不良をカバーしていくのが、プロとしての心持ちではないのか⁉ さぁ、マシロ君と一緒に伝説を作っていこうではないか!」
軽いトランス状態にあるチーフプロデューサーは、春木田マシロの支配下に置かれていた。
「はい……そうですね。出すぎた真似をして申し訳ありませんでした。それでは、失礼します」
こうなってはもはや進言は無意味。怒らせる前に身を引くしかない。
オレは謝罪して立ち去っていく。
(……くそっ! この分じゃ、他のスタッフや総合プロデューサーも当てにできないぞ! どうすればいんだ⁉)
だが内心では感情のまま焦っていた。
移動しながら策を探していく。
(なにか他に解決策はないのか⁉ このままじゃ、今年のアイフェスは大惨事なるぞ⁉)
今年のアイフェス視聴者数が急増中で、満員の観客も大盛況中。
客観的に見たら、誰の目にも成功に見えているだろう。
だが今のままでは“エンジェル☆キングダム”以外の三組は、今後十分なパフォーマンスを発揮することは不可能だ。
(このままのだと“真綿で首を締める”ように段々と死へのカウントダウンが……)
三組の明らかなパフォーマンスの低下に、ネット視聴者もだんだんと気が付き始めるだろう。
今は元気な観客もアイフェスが終了と共に、反動が一気に爆発。数百人規模での救急搬送者が出てしまうだろう。
(主演者の異常に……観客の大規模入院……そうなったら……)
間違いなく“悪い意味”で翌日の新聞とワイドショーのトップニュースになってしまう。
社会的にも大問題に発展して、スタッフと出演者は叩かれまくられるだろう。
更に……もしも観客の中に心不全などの死者が出た時は、今後のアイフェスの続行すら出来なくなるだろう。
(大人たちは期待できない……それならオレが!)
アイドル業界にとっての最悪の結末を、なんとか阻止したい。
オレは感情の高ぶるまま、“当人”のところへと向かうことにした。
「マシロくん! ちょっと話があるんだけど!」
今回の調本人……春木田マシロとはステージ裏にいた。ちょうど二曲目が終わって、一人で休憩に入るところだ。
「マシロくん……大事な話があるんだ!」
《堕天使魅了》を発動している当人を、止めることができたなら、なんとか最悪の状況を打開できる。
オレは覚悟を決めて前に立つ。
「大事な話がある、だって? 残念だけど、今はキミとおしゃべりしている時じゃないんだよ! だって“ボクの本気”はまだあんなモノじゃないからね! 圧倒的な実力差で、もっと徹底的にキミを潰してやるんだから!」
だは春木田マシロは話を聞いてくれる状態ではなかった。
目が悪魔のように血走り、かなりの興奮状態。まるで親の仇のように睨んでくる。
「“オレのことを潰したい”なら、フェスが終わった後に、なんでもしてくれていい! だからマシロ君の発動している、“その力”を抑えてちょうだい⁉」
だがオレは退くことはしない。
《堕天使魅了》のことは他人には説明できないから、なんとかニュアンスを変えて説得を試みる。
「“その力”だって? なるほど、この高揚感と無敵感は、ボクの力なのか? ああ……こんなのはボクも初めてだけど、今はすごく調子がいいだ……」
春木田マシロは無自覚で《堕天使魅了》を発動していた様子。
自分の新たなる力に、満足そうな笑みをもらす。
「“この力”は本当に最高だ! これをもっと引き出せたなら、ボクは無敵……あのキョウスケさんもボクの方を認めてくれはずだ! キミみたいなポッと出の奴なんかじゃなくて、ボクのことを褒めてくれるんだ!」
もはや春木田マシロは誰の話も聞けない状況。自分の《堕天使魅了》の力を更に高めようとしていた。
「マ、マシロ君……そのままじゃキミの身体も……」
今の彼は明らかに危険な状態。
《堕天使魅了》を更に発動したなら、反動で後遺症を負ってしまう危険性もあった。
「うるさい! そこをどけ、市井ライタ! “この力”でキミを徹底的に潰して、ボクの方が上だって認めさせてやる!」
そう言い残して春木田マシロは立ち去っていく。
(くっ……説得失敗だ……)
あの様子ではこれ以上なにを言っても無意味。
むしろ逆に興奮させて、更に状況を悪化させてしまう危険性さえある。
(どうすればいんだ、オレは……)
こうして何も打開策を見いだせないまま、破滅へのカウントダウンをしたまま、アイフェスは後半戦へと突入していくのであった。
◇
それ以降のアイフェスは、オレが予想した通りに“悪い方向”へと向かっていく。
「うっ……わたしなんて……」
「だめだわ……」
女性陣二組の三曲目が披露される。
だが誰が見ても分かるほど、三組のパフォーマンスが低下していた。
《堕天使魅了》の悪影響を受けて、本来の半分も力を出せずにいたのだ。
「……どうして、こんなことに……」
「……もう駄目だわ……」
彼女たちを襲っているのは、劣等感や自己嫌悪、悲観、自信喪失などの負の感情のオンパレード。
《堕天使魅了》の精神攻撃を受けて、誰も本来の力を出せずにいたのだ。
(くそ! やっぱり、こうなってしまったか⁉ 今のところチーちゃんとエリカさん、アヤッチの三人は頑張っているけど、このままじゃ彼女たちも……)
《堕天使魅了》の攻撃力は予想以上に強力。
アイドルとして精神力が強い三人ですら、いつもの半分もの力を出せずにいた。
今はまだ懸命に自分と戦っているが、彼女たち三人がダウンするのも、時間の問題だろう。
(これはマズイぞ……このままじゃ、みんなの“今後”にも影響が出てしまうぞ⁉)
業界的にアイフェスの注目度は高い。
高いパフォーマンスを発揮できた者は、シンデレラのように一気にメジャーデビューを叶えていく。
しかしハイリターンには、必ずハイリスクもある
逆に今回のように低評価なパフォーマンスをした出演者には、容赦ない評価が下されてしまうのだ。
(失敗したのはまだ1曲だけだから、まだざわついている程度だけど……このままいけば……)
最悪のケース、競争が激しい新人アイドルの世界で、二度と日の目を浴びられなくなる可能性もあるだろう。
(くそっ! 早く誰かに止めて欲しいけど、この暴走列車状態だと、誰にも期待できないし……)
莫大な予算のかかっているアイフェスは、もはや誰も止めることはできない。
しかも視聴者数は急増中で、表面上は大成功中。
司会である総合プロデューサーとスタッフの目には、今のアイフェスは絶好調にしか見えていないのだ。
(次はオレたちの三曲目か、なんとか打開策を見出さないと……)
――――だが“チーム☆RAITA”の三曲目は、さんざんな結果になった。
オレ以外の三人が《堕天使魅了》を受けて、本来の力を発揮できなかったのだ。
「す、すまん、ライタ……」
「オレたちが不甲斐なくて……」
「くそっ……」
ステージ裏に戻ってきて、三人とも自分の不甲斐なさに唇を噛みしめる。
せっかくの大舞台だといのに最悪のコンディション。
誰もが悔しくて今にも泣きだしそうな顔していた。
「み、みんな、気にしないで! 次の曲で挽回しようよ!」
未だに解決策はまだ見つかっていない。
無力なオレは精いっぱい励ますだけしかできない。
(きっと何か打開策があるはずだ……絶対に!)
――――だが現実は非常であった。
追い打ちをかける事件が、オレたちに起きてしまう。
「――――うっ⁉」
控え室に移動しようとした時、相田シンスケが悲鳴を上げる。
「ど、どうしたの、シンスケくん⁉」
「す、すまねぇ、ライタ……ちょっと、足を痛めちまったみたいだ……」
“チーム☆RAITA”の不動のセンターに負傷トラブル発生。
センターの激しいダンスは、今後は不可能となってしまったのだ。




