第77話:破滅への足音
――――時間はちょっと前まで戻る。
春木田マシロが立ち去った後、アイフェス・ライブは大盛況のまま進行していた。
今は“ドリーム☆ファンタジーズ”と“ファイブ☆スターズ”、オレたち“チーム☆RAITA”の三組が、それぞれ二曲目を終えていたところだ。
(ふう……なんとか二曲目もいい感じで終われたぞ!)
二曲目が終わって待機場所に移動しながら、安堵の息を出す。
一曲目の時に比べて、二曲目では開幕からかなり観客の盛り上げることに成功。
“チーム☆RAITA”の良いイメージが、だんだんと観客にも浸透しているのだろう。
(よし、このまま次の三曲目も頑張らないとな! ん? スタッフの様子が……?)
二曲目が終わって待機場所に移動中、ステージ裏のスタッフがざわついていることに気がつく。
いったい何を興奮しているのだろうか?
「……おい、知っているか? ネット視聴者数が凄い数になっているみたいだぞ⁉」
「……ああ、聞いたぜ! 過去最高の数字らしいな、今は!」
どうやら今年のアイフェスの視聴者数が、かなり高い数字になっているらしい。
今のところネット視聴者からは、“過去最高の当たり年”とまで高い評価を受けているらしいのだ。
「……今年は4組とも個性的で、注目を浴びているからな!」
「……ああ、そうだな。ネット投票もかなり割れているみたいだぞ!」
「……かなりの当たり年だな、今年は!」
今のところオレを含めた4組の各ユニットは、新人らしからぬ高いパフォーマンスを披露している。
そのため話題の口コミが広がり、ネット視聴者数が急増。
ネット視聴は有料にも関わらず、どんどん視聴者数が増えているという。
(“かなりの当たり年”……? ということは前世の歴史とはだいぶ変わったのか?)
実は前世でのこの年のアイフェスは“外れ年”と酷評された年度。視聴者数と来場者数はアイフェス史上最低数だった。
だが現在のところ全く逆の評価を受けているのだ。
(でも、どうしてそこまで評価が高まったんだろう? あっ……もしかしてチーちゃんとエリカさん、アヤッチ、マシロ君が参加しているからかな?)
前世でこの四人はアイフェスに参加していないが、今世ではセンターとしてステージに立っている。
つまり才能ある四人が参加したために、歴史が大きく変わっているのだろう。
まぁ……あと、オレも一応も参加しているけど、歴史を変えなんて影響力はないはず。
歴史が変わってしまったことは、あまり深く考えないようにしよう。
(好調か……なんか嬉しいな!)
これだけ大規模なライブになると、一人の演者が貢献できる程度は小さい。
だが自分が関わったライブが順調に進んでいると、何とも言えない高揚感がある。
(よし、この後頑張っていこう!)
オレ個人ができることはわずかだけ。全力で駆け抜けていくことを、再度心に誓う。
(えーと、スケジュール的には……次は“エンジェル☆キングダム”の二曲目か。それが終わったら、いよいよ後半戦だな……)
ステージ横の待機場所に戻ってきて、今後のスケジュールを確認していく。
自分たち“チーム☆RAITA”として歌を披露するのはあと二曲だけ。つまりステージ上に立てるのは時間して10分ちょっとだけしかない。
一ヶ月間の長期期間にわたってきたアイフェス。最後のゴール地点が見えてきたのだ。
(うーんと。今のところ、全ユニットは順調だから……このいけば大成功で終われそうだな、今年のアイフェスは! でも、みんなと離れ離れになるのは、正直なところ少し寂しい気もするけど……)
基本的にアイフェスで結成されたユニットは限定的なもの。そのため相田シンスケたち三人ともあと二曲でお別れになるのだ。
(ふう……でも、気持ちを切り替えていくか!)
待機場所でそんな感傷を切り替えた時だった。
――――グラグラ!!!
またステージ横が、突然大きく揺れる。
これは地震でも起きたのか?
……いや、これは違う。
今のちょうど“エンジェル☆キングダム”が二曲目をステージ上で披露しているところ。
つまり一曲目と同じように観客が興奮して、地鳴りが響いたのだろう。
――――グラグラ!!! グラグラグラグラ!!!
ん?
だが先ほどは何かが違う。
観客が興奮しているけど、“質”が先ほどと違うのだ。
(これは? 何が起きているんだ、ステージ上で⁉)
オレは急いでステージ横に向かう。
……何か嫌な予感がするのだ。
「「「おい、オレたちも行くぞ!」」」
同じように相田シンスケたちもついてくる。三人も不安そうな顔をしていた。
(な、なんだ、これは⁉)
到着した直後、信じられない光景を目にする。
ステージ上の光景が……いや、観客席も巻き込んで、異様な光景が広がっていたのだ。
(これは……観客が熱狂している⁉)
数千人で埋め尽くされた会場は、異様な熱気に包まれていた。
曲の途中だというのに誰もが絶叫を上げて、大地を踏み鳴らしていたのだ。
(……いやこれは熱狂じゃなくて、“発狂”寸前になっている⁉)
どんな大物アイドルが登場しても、普通はここまで観客は熱狂しない。
明らかに自我を失いかけたオーバーヒートのように興奮しているのだ。
(どうして、ここまで⁉ また“エンジェル☆キングダム”の影響なのか⁉)
今はステージ上で曲を披露しているのは 五人組男性アイドル“エンジェル☆キングダム”。
彼らのパフォーマンスを受けて、観客は異様なほどに興奮しているのだろうか?
急いでステージ中央を確認する。
(いや……違う⁉ “エンジェル☆キングダム”の人たちも、普通じゃない⁉)
ステージ上にも異様な状況だった。
“エンジェル☆キングダム”の“四人”のメンバーも、観客と同じように熱狂状態に。
まるでオーバーヒート状態の機会人形のように、歌い踊り狂っていたのだ。
――――だがステージ上で“一人だけ”違う状態の演者がいた。
(マシロくん……)
その者の名は春木田マシロ。
数千の観客と仲間である四人を発狂寸前に陥らせていたのは、センターで歌い踊る青年だったのだ。
(信じられない……こんな異常な状況は全部、たった一人で作りだしたのか⁉)
だが客観的に見て首謀者は間違いなく彼だった。
春木田マシロはステージ中央で歌いながら、ひときわ怪しい光を発して“輝いて”いたのだ。
(これもマシロ君の固有能力の《天使魅了》の一種なのか⁉)
彼は“パフォーマンスを見る者を魅了し、その声援を受けることによって自らのパフォーマンスを一時的に高める”能力、《天使魅了》を有していた。
まさか別の効果もであったのだろうか?
オレは全身神経を集中して観察する。
(いや……あれはさっきの《天使魅了》とは別物だ!)
今の春木田マシロは先ほどの眩しい光とは、明らかに違うオーラを発している。
あれは……赤黒く妖艶な光だ。
(あれはマシロ君の二つ目の固有能力なのか⁉)
今の能力に名前をつけるとしたら《堕天使魅了》。
効果として“危険な力で見る者すべてを強制的に魅力”だろう。
(“見る者すべてを強制的に魅力”……凄い能力だけど、でも、これじゃ、ヤバイよな⁉)
たしかに《堕天使魅了》の力を使えば、観客を熱狂させ盛り上げることは可能。
だが、強制力が強すぎて、観客はオーバーヒート気味。
あと何曲も続けていくのなら、受け得ている者の体力と精神力が持たないのだ。
(うっ……それに、この嫌な感じは、なんだ? オレまで……なんか……)
ステージ上を観察していると、悪寒を背筋が走っていく。
こんなことは初体験。いったい何だろう?
(この悪寒は⁉ あっ……まさか⁉)
嫌な予感がして、急いで視線を後ろに向ける。
一緒に見にきていた相田シンスケたち三人たちの身が心配だ。
……だが時すでに遅かった。
「……うっ……す、凄すぎる……」
「……アレに比べたら、オレたちなんて……」
「……この後に、どうやって歌えばいいんだよ、オレは……」
三人は真っ青な顔で立ち尽くしていた。
足がガクガクと震えて、今にも泣きだしそうな表情。熱血三人組にはありえない弱気になっていた。
(これは⁉ もしかして《堕天使魅了》の悪影響が出てしまったのか⁉)
劣等感や自己嫌悪、悲観、自信喪失。
同業者やライバルの異次元すぎるパフォーマンスを目にすると、人は精神的なマイナスダメージを負ってしまう。
今回はそれが信じられないレベルでダメージを受けていたのだ。
(くっ……これも《堕天使魅了》の影響なのか……あっ、もしかして⁉)
ふと、気がつく。
急いで更に周りに視線をおくる。
何故ならステージ横に来ていたのは、オレたち男子ユニットだけではなかったのだ。
「うううっ……」
「あ、あんな凄いのに比べたら、わたしって……」
ステージ横に駆け付けていたのは女性陣も。
“ドリーム☆ファンタジーズ”のメンバーも同じように精神的なダメージを受けていたのだ。
「みなさん、しっかりするのですわ!」
「みんな、私たちは自分らしく頑張っていこうよ!」
精神力が強く耐えきれていたエリカさんとチーちゃんは、必死で仲間に声をかけている。
だが間近で受ける《堕天使魅了》は強力すぎて、他のメンバーは立ち直れなかった。
「う……わ、わたくしも、どうすれば……」
「エ、エリカさんまで⁉ うっ、う……」
更にエリカさんとチーちゃんも頭を抱えてしまう。
強力すぎる《堕天使魅了》の圧力に、二人も耐え切れなくなってしまったのだ。
負の感情に飲み込まれ、二人とも今まで見たこともないほど弱気になっていく。
(チーちゃん⁉ エリカさんまで⁉ そ、そんな……あっ、しまった、アヤッチは⁉)
ステージ横には彼女の属する“ファイブ☆スターズ”も来ていた。
「「「うっ……」」」
そして“ファイブ☆スターズ”のメンバーも既に《堕天使魅了》の術中に。
全員が精神的なダメージを負っていた。
「アイドル……なんて……」
その中にはアヤッチもいた。
彼女は普段は感情を出さないが、今は負の感情に飲み込まれている。真っ青な顔で頭を抱えていた。
(これは危険すぎる状況だぞ⁉ このままだと自分たちが歌うどころじゃないぞ⁉)
アイフェスはまだ前半部分しか終わっていない。
つまり“エンジェル☆キングダム”以外の三組は、この最悪のコンディションでステージに立たなくてはいけないのだ。
いや……最悪の場合、負のダメージを受け過ぎて、ステージに立てなくなる者も出てくる可能性もある。
(これはライブどころの話じゃないぞ⁉ 総合プロデューサーとスタッフは何をしているんだ⁉)
状況を打開するため、大人たちの状況を確認する。
この異常な状況に、プロである彼らも気がいているはず。
きっと何か対応策を応じてくれるはずだ。
(えっ……あれは……?)
だが希望のはずのスタッフも、危険な状況になっていた。
「……おお、“エンジェル☆キングダム”の二曲目、凄いぞ!」
「……なんか、心が引き寄せられるよな!」
「……ああ、このまま彼の勢いにまかせ最後までいきましょう!」
「……それに、この視聴者数を見てみろ! 今年のアイフェスは伝説になるぞぉ!」
彼らも目の色がおかしくなっていたのだ。
あれも《堕天使魅了》の影響なのだろうか。プロであるスタッフですら客観的に判断ができなくなっていたのだ。
(これはマズイ……このまだと……どうなっちゃうんだ……)
こうして突如、降臨した堕天使によって、アイフェスは最悪の状況へと追い込まれていくのであった。




