第76話:指摘
アイフェス・ライブは大歓声と共に開幕していた。
4組の各一曲目の披露が終わり、オレたちは時間が少しだけ空く。
「やー、ライっち。ボクたちの一曲目、見ていたよね?」
そんな時、待機場所にやってきたのは春木田マシロ。
今のところ断トツに観客を沸かせていた当人が、危険な笑みで近づいてきたのだ。
「えっ……マシロ君……?」
まさかの人物の登場に、オレは思わず声を漏らしてしまう。
「「「…………」」」
一方で相田シンスケたち三人は、オレたちの絡みを静観している。
何しろ春木田マシロは今回のアイフェス・ライブでは圧倒的な存在。
この状況ではオレが一人で対応する必要がありそうだ。
(どうしてマシロ君が、こんなところに⁉)
今はアイフェス・ライブ本番の最中。
出演者は他のユニットのところに顔を出す余裕などないはず。
特に今回のライブの主人公的な存在である春木田マシロは、オレの何倍も準備で忙しいはずだ。
「んー? もしかしたらボクのこと心配しているのかい? ほら、ボクの準備は完璧だし、あと優秀なスタッフもいるから、余裕なんだよねー」
なるほど、そういうことか。
たしかに彼の所属する“エンジェル☆キングダム”は優秀なメンバーと、サポートスタッフが勢ぞろいしている。
そのため本番中でも春木田マシロは時間の余裕があるのだろう。
(でも、いくら時間の余裕があるといっても、わざわざここに来たんだ?)
アイフェス・ライブ中は参加四ユニットの待機場所は別々に用意されている。
春木田マシロの目的が読めない。
「ボクの一曲目の感想を聞きにきたんだ? ほら、ライっちたち、ステージ横で見ていたでしょ?」
「えっ、感想……を?」
本番の最中にわざわざ感想を聞きに来た、だと?
いったいどういう意図がある質問なのだろうか?
どう答えても相手の罠にハマるような危険性もありそうだ。
「えーと……一曲目は本当に凄かったと思うよ」
だがオレは率直な感想を述べる。
なぜなら“エンジェル☆キングダム”の一曲目は本当に素晴らしかったからだ。
圧倒的な五人のパフォーマンスで、断トツで観客を沸かせる。個人的な苦手意識がある春木田マシロだが、本当に感動的な光景だった。
「…………ふーん。それだけ?」
「えっ?」
だがオレからの称賛の感想を聞いても、春木田マシロは不機嫌そうな顔になる。
いったいどういうことだろう?
もしかしたらオレに語彙力がないから、称賛の言葉が足りなかったのだろうか?
「うーん、普通は、あれだけ見せられたら、対抗心が強くなるはずなんだけど。ライっちはアレを見て『ボクたちに勝ちたい』とか思わないの?」
アイフェス・ライブはユニット対抗的な要素もある。
番組公式サイトの投票システムやグッズの売上など、各ユニットの人気は顕著に現れるのだ。
「えっ……オレがマシロ君たちに勝ちたい? まさか⁉ そんなこと、思う訳ないじゃない」
だが“エンジェル☆キングダム”とオレたちとでは格が違う。
例えるならメジャーリーガーと少年野球のレベル差。最初から勝負にならないのだ。
「ふう……なるほど、そうきたか。つまりライっちは最初からボクのことを“眼中にない”ということか?」
「えっ……?」
まさかの指摘に思わず声を漏らしてしまう。でも、いったいどう意味だろう?
「その顔だと自覚していないんだね? “自分が本気を出していない”ってことにさ?」
「えっ……オレが“本気を出していない”?」
更なる指摘に思わず聞き返してしまう。
たしかにアイドルに関しては素人だが、自分として全力は出しているつもり。
この一ヶ月間は本気でアイドル業に取り組んできたつもりだ。
「ふーん、なるほどね。自覚もしてなければ、意識的に力を隠していた訳でもないのか。だとしたら、一番タチが悪いかもね。ライっちはアイドル業を舐めプすぎじゃない?」
「オレがアイドル業を舐めている⁉ そ、そんな訳ないじゃない⁉」
舐めプレイしている指摘されたら、温厚なさすがのオレもカチンとくる。
「それじゃ聞くけど、ライっちは今回のアイフェスで一度でも“極限の状態”になったの? ハヤっちやエリカさんの対決した時にみたいにさ?」
驚いたことに春木田マシロは、かなりオレのことを調べていた。ドラマとファッションショーのことを指摘してきた。
「えっ……ハヤト君とエリカさんの時……」
指摘されて思わずドキリとしてしまう。
たしかにドラマ撮影とファッションショーの時は、“白く深い世界”に到達していた。
だが今回のアイフェスでは、そこまで深く潜ったことは一度もないのだ
「ほら、思い当たる節があるでしょ? つまり、それがライっちがアイドル業を、ボクたち生粋のアイドルを舐めている証拠なんだよ」
「い、いや、それは違うよ! オレだって、アイドルのことは本気で好きだし……あっ……」
そう断言しようとして、途中で言葉と止めてしまう。
思い当たる原因に気が付いてしまったのだ。
(あっ……そうか。指摘のとおり、気がつかないうちに自分でリミッターをかけていたのか⁉)
今回、一度も“白く深い世界”に到達していない理由。
それはオレがアイドルを好きすぎて、今回のアイドル業に関して力をセーブしていたから。
ドラマとファッションショーの時のように、自分の暴走でアイフェスを壊したくない。
その想いが強すぎて、気がつかない内に縛りプレイをしていたのだ。
「ふーん、ようやく自覚したみたいだね。それなら後は仕上げのターンだね。ボクの用意した何個かのプレゼントで、ライっちに本気を出させてあげないとね♪」
そう言いながら春木田マシロはスマートフォンを取り出す。何かの動画を見ながら不敵な笑みを浮かべている。
「プレゼント……か」
この男からの“プレゼント”は嫌な予感しかしない。目的は不明だが、オレの感情を揺さぶろうとしているのだ。
――――そんな時だった。
「おい、春木田マシロ! さっきから黙って聞いていたけど、舐めすぎなのはお前の方だぜ!」
静観していた相田シンスケたちが口を開きだす。
「ああ、そうだぜ!」
「オレたちの市井ライタを舐めんじゃねーぞ!」
仲間が馬鹿にされたと思ったのだろう。オレをかばう様に、春木田マシロに反論していく。
「いつも馬鹿にしているけど、お前のところの社長にも、ライタは目をかけられているんだぞ!」
「さっきも、ここにわざわざ来ていたんだぜ!」
オレが蔑まれていたと勘違いしたのだろう。三人は帝原社長が来ていたことを口にする。
スカウトのことは口にしていないが、オレの株を上げようとしていた。
「キョウスケさんが、さっきここに来ていた、だと?」
帝原社長の話題が出た時だった。
不敵な笑みを浮かべていた春木田マシロの表情が変わる。
今まで見たことないほど不安そうな顔になったのだ。
「ああ、そうだぜ! 詳しくは言えないけど、ライタのことを男として認めていたぜ!」
「つまりエンペラーに所属するお前たちと同格っていう訳さ、オレたちのリーダーは!」
相手が怯んだように見えたのだろう。相田シンスケたちは更にオレを持ち上げていく。
今までのうっぷんを晴らすかのように、春木田マシロに追撃をしかけえる。
「なんだと…………」
容赦ない追撃を受けて、春木田マシロは下を向いてしまう。
表情も曇り、うつむく。
いつもの天使のような笑みが消えてしまう。
「マ、マシロ君。大丈夫?」
さすがにこの状況はまずい。
三人は悪口を言っていないが、彼のデリケートな部分を触れてしまったのかもしれない。
心配になったオレは近寄って、肩に手を触れようとする。
「――――⁉ 触るな!」
「えっ⁉」
だが春木田マシロの様子が急変する。
今まで聞いたことがないような声を出してきたのだ。
(いや……“この声”は前に一度だけ聞いたことが……)
アレはたしか強化合宿中の夜のこと。
誰もいない広場で自主練をしていた春木田マシロと、バッタリと出会った時に彼が豹変した時だ。
「“キョウスケさんが認めた”だと⁉ そんなことは絶対に信じないぞ、市井ライタぁ!」
更に頭を上げた春木田マシロの顔は、別人のように豹変していた。
いつもの天使のような笑みは消え去り、まるで修羅のように激怒していたのだ。
「マ、マシロくん、どうしたの……? もしも不快な思いをさせてしまったのなら、謝るから」
原因は不明だが、何かが彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。オレは懸命に謝罪する。
「うるさい、市井ライタぁ! キョウスケさんに釘を刺されていたから、今までは穏便にしてきたど、……やっぱりお前だけは許せない!」
だが謝罪の言葉は一ミリも届かない。
「プレゼントなんて生ぬるいモノなんか使わず、ボクの本気で徹底的に潰してやる!」
そう一方的に言い残して春木田マシロは立ちさっていく。
いったい何が起きたのだろう?
とにかく後を追って、誤解を解かないと。
「……チーム☆RAITAのみなさん、そろそろ準備をお願いいたします」
だが追うことは叶わない。オレたちの二曲目の時間がやってきてしまったのだ。
こうなったか仕方がない。
オレは気持ちを切り替えて、二曲目の準備に取り掛かるのであった。
(マシロ君……“本気で徹底的に潰してやる”って……)
だが心の中でずっと引っかかっていた。
彼が去り際に言い残した言葉が、どうしても気になっていたのだ。
◇
――――それから10数分後、その心配は現実のものとなる。
春木田マシロがセンターを務める“エンジェル☆キングダム”の二曲目が始まった直後、ライブ会場に事件が起きてしまうのだった。




