第71話:新たな気づき
エンペラー・エンターテインメント社長、帝原キョウスケからスカウトをされる。
芸能人なら誰でも渇望する、日本屈指の事務所への移籍。
アヤッチを助けることが目的なオレにも、メリットが多い甘美な誘いだった。
(エンペラーへ移籍か……)
だがオレは迷っていた。
心の奥底で“何か”が引っかかっていたから。
上手く言葉にはできないが、移籍に関してちゅうちょしていたのだ。
「おや? 迷っているのですか、市井ライタ君? もしも不安なことがあったら言ってください。“大抵の問題”は私の方で解決できますから」
帝原社長の言うところの『“大抵の問題”は解決できる』は方便や誇張表現ではない。
芸能界と経済界で権力を有するこのキレ者が、解決できない問題は少ないのだろう。
(問題……そう、問題があるんだ。それもオレ自身の中に……)
言われ気がつく。
心の奥底で“何か”が引っかかって正体について。今回の移籍話に関して、オレ自身に大きな問題があったのだ。
「ああ、そうですね。今日のライブが終わった後にでも、銀座の店で移籍の契約の話でもしませんか? 契約書も当方で用意しておきますので」
だが帝原社長は勝手に話を進めていく。
オレに主導権を握らせず、既成事実で包囲網を敷いてくる。
「さぁ、一緒に私と頂点を目指しましょう、市井ライタくん!」
このキレ者はビジネスの世界でも負け知らずなのだろう。
勝利を確信した顔で、右手を差し出してくる。
「わざわざお誘いいただき、ありがとうございます。ですが申し訳ありません、移籍の提案は丁重にお断りいたします」
だがオレは断りの言葉を口にする。今回の話は正式にお断りすると伝えた。
「“断る”と言いましたか? 私の聞き間違いでなければ?」
「はい、断るとたしかに言いました!」
「……その顔は……どうやら本気のようですね」
「はい。ちゃんと考え抜いて、出した答えです!」
たしかにアヤッチのことで最初は迷ってしまった。
だが今は違う。
ちゃんと自分の中で出した答えだった。
「なるほど、それは残念です。ちなみに、どういう理由ですか? 貴方にもメリットが多い提案だったはずですが?」
「はい、たしかに提案は素晴らしい内容でした。ですが“今の自分”にとっては、良くない話だと判断しました!」
「“今の自分”……ですか?」
「はい、そうです。私ごとになりますが、“今の自分”はアイドルとして……芸能人として中途半端な男なんです……」
今回の提案を受けて気がついたことがある。
それは『自分は芸能人として中途半端な男』だったということだ。
「『芸能人として中途半端な男』……ですか?」
「はい、そうです。恥ずかしながらオレは何の理念も夢もなく、すごく“個人的な理由”で芸能界に足を踏み入れました……」
オレが芸能人なった理由は『鈴原アヤネの命を救う』という目的のためだけ。他には一切なかった。
悪い言い方をするなら『一人の少女の命を救うために芸能界にやってきた』異分子。目的の達成のための道具として理由するため、オレは芸能界入りしたのだ。
「『何の理念も夢もなく、個人的な理由』ですか? ですが芸能界で成功していている皆さんも、最初はそんな理由が多いです。そこまで迷う必要はありませんよ?」
「はい、そうかもしれません。だからオレも最初はあまり深く考えずに活動してきました。でも今回、参加して気がついたんです……」
今回のアイフェスはサバイバル・オーディション番組で、当初は男女百名もの若手アイドル参加がいた。
「芸能界は競争社会で、必ず勝者と敗者はでてしまう。他人の夢や覚悟を、残った者は背負っていく必要があるって……」
だが三度の厳しい選考を行う過程で、ほとんどの若者たちは脱落。落選した者は誰もが、涙と共に番組を去っていった。
「彼らの涙する姿……本気でアイドル道に挑む姿を見て、オレは気がついたんです。『自分は中途半端な男』だったってことに……」
そんな姿を思い出し、今となって気がつく。多くの想いをオレは背負っていることに。
脱落した多くの者の熱い夢が、自分の心の奥底から込み上げようとしていたのだ。
「なるほど、そういう理由でしたか。ですが“熱い想い”とか熱意だけは、芸能界では生き残っていけませんよ? むしろ貴方は勝者として自信をもって、高いステージに移籍をするべきでは?」
「あまり上手く説明できませんが、オレがこの場にいるのは運が良かった……ただ、それだけです」
自分が最終選考を通過できたのは、前世の記憶と知識があったから。
幼い時から多分野の基礎技術を身につけ、隙間をぬう様に立ち回ってきたからだ。
「だからアイドルとしての覚悟は、恥ずかしい程度しかありません」
芸能界とアイドルに対する熱い想いは、間違いなく今回の参加者の最下位だろう。
「……なるほど。つまり今回の話を断った理由は、そういうことですか?」
「はい、そうです! だから中途半端な今の自分では、移籍なんてできません! 胸を張って前に進めるまで、上のステージなんて立てないんです!」
帝原社長に説明しながら、自分でもふと気がつく。
今世の自分が目指すべき、もう一つの目標が見つかったことに。
だからオレは口にする。
「オレは……過去の自分が元気づけられたように……“誰かを笑顔にする芸能人”になりたいんです!」
前世で全てを失い絶望の淵にあったオレは、鈴原アヤネという一人のアイドルに救われた。彼女の前向きな姿に、オレは再び生きる希望をもらったのだ。
「演技でも歌でも、ダンスでも何でもいいから、一人でも多くの人を笑顔にしたい……それがオレの生きる道しるべなんです!」
だから人生をやり直すチャンスをもらえた今世では、恩返しがしたい。
誰かに生きる希望を見いだしたもらえる存在に、オレはなりたいのだ。
(ああ……そうか。これが今世でのオレの“第二の道”……か)
自分で口にして、ようやく確信。
今世で芸能界に入った新たなる目標。自分の芸能人としての進むべき道が、天啓のように見えたのだ。
「……なるほど、そうでしたか。少しは期待していましたが、貴方も所詮は弱者のように、甘い感情で動くタイプでしたか」
「はい、そう思ってもらって結構です! 甘い弱者だからこそ、弱い者の気持ちが分かるんです!」
ここまで覚悟を決めたら、帝原社長の皮肉など怖くない。オレは胸を張って自分の想いを口に出していく。
「あと、スカウトを断った最大の理由は……貴方のことが……帝原キョウスケさんのことが正直なところ“苦手なタイプ”だからです!」
更に感情が高まり、思わず本音を口に出してしまう。
「「「――――なっ⁉」」」
聞いていた相田シンスケたち三人は絶句する。
何しろ相手は業界内で最大級の権力者。冗談でも“苦手なタイプ”などと言ってはいけない相手なのだ。
「…………」
オレの本音に対して、帝原社長も反応。
能面のようないつものビジネルライク笑顔が消えてしまったのだ。
「この私のことを“苦手なタイプ”……ですか?」
その言葉と共に、帝原キョウスケの発する気配が一変。殺気にも似たオーラが発せられる。
(ああ……これオレ、やってしまったな……)
間違いなく激怒させてしまったに違いない。
このままでは今日のライブ、オレは間違いなく降ろされてしまうだろう。
あと今後も業界から干されてしまう可能性も高い。
(まぁ、でも言ってしまったものは、仕方がないな……)
だが自分の言動に後悔はない。それほど今の自分は覚悟を決めていたのだ。
「……くっくっく……」
だが次の瞬間、帝原キョウスケは予想外の反応となる。
いきなり笑い出したのだ。
「はっはっは……まさか“この私”に向かって『嫌いだ』と言ってくる若手がいるとは! しかも後悔もしていないとは! 本当に予想外で面白い人ですね、貴方は!」
しかも笑いながらも、オレのことを認めてくるような表情をしている。
いったいどういうことか理解不能だが、最悪の状況は回避できたかもしれない。
「ふう……久しぶりに笑わせてもらったので、今日は去りましょうか」
よほど上機嫌になったのだろう。帝原キョウスケは控え室を後にしていく。
これで一安心といったところだろう。
「ですが今回のことで、ますます貴方に興味が出てきました。“あの方の予言”を実行するためにも、貴方のスカウトは次の機会にします」
「えっ? “あの方の予言”……⁉」
いきなり厨二病的な単語を口に出してきたので、声をあげてしまう。
“あの方”と“予言”とか、いったいどういう意味なんだ?
「それでは今日の貴方のライブ、楽しみにしております」
だが、そう一方的に言い残して、帝原みかどばらキョウスケは立ち去っていく。
いったい何を言いたかったか、最後まで測りかねる人だった。
「ふう……」
だが最悪の状況を回避して、天敵が立ち去ってくれた。ようやくオレはひと息つく。
「……ああ、やばい……なんか、フラフラしてきたぞ……」
急に疲れが込み上げてきた。
まるで台風に立ち向かっていた後のように、どっと疲れが込み上げてきたのだ。
どこかに座って、本番まで急いで体力を回復しておかないと。
「おい、ライタ、大丈夫か⁉」
「とにかく、椅子に座って、落ち着くんだ!」
今まで緊張硬直していた相田シンスケたち三人が、急いで駆け寄って来る。倒れそうになるオレをサポートしてくれた。
「みんな、ありがとう……」
本当にありがたいサポート。椅子に座りながら感謝する。
「あと、なんか気を使わせてごめんね」
帝原社長の登場から移籍話で、彼らは緊迫の連続。大事な休憩時間を奪ってしまったのだ。
特にスカウトを断った話は、三人のモチベーションを著しく下げたに違いない。
「何を謝っているんだ、ライタ⁉」
「逆にスッキリしたぜ、お前の言葉に!」
「ああ、そうだぜ! 何しろあのエンペラーグループのドンを、ビシっと言い倒したんだからな!」
「まったく、見ていて、オレたちまで熱くなっちまったぜ!」
だが三人とも逆の反応。興奮しながらオレの言動を褒めたたえてくる。
まるで痛快な時代劇で悪役代官を成敗した後のように、興奮していた。
「ありがとう。みんなと組めて、本当に良かったよ、オレ……」
三人の気づかいに、思わず涙が溢れだしそうになる。仲間の熱い想いが、弱っていたオレの涙腺を刺激したのだ。
「おいおい、泣くのはまだ早いぞ、ライタ⁉」
「ああ、そうだぜ! この後のライブを成功させる時まで、涙は最後にとっておこうぜ!」
「ライタの言っていた『誰かを笑顔にする芸能人』に向けて、今日は前哨戦でいこうぜ!」
危険な権力者を討伐してことで、オレたちの士気は最高潮に。
「うん……そうだね。よし、いいこう!」
こうして最高のモチベーションの状態でライブへ挑むのであった。




