第69話:本番の朝
アイフェス最終日の朝がやってきた。
オレはいつものよりも早起きして、ライブ会場となるリゾートホテルに向かう。
「ん? なんだ?」
リゾートホテルの駐車場に到着。送迎用の車から降りて、ホテルの違和感に気がつく。
昨日まではとは“何か”が違うのだ。
「これは……? ああ、そうか、もうお客さんが来ているのか」
違和感の正体はリゾートホテルの敷地内に、すでに観客が来場していること。
ライブは午後から開演で、まだ会場には入れない。
だが彼らはすでにリゾートホテルに早入りしていたのだ。
「そっか……みんな興奮が抑えられないで、来ちゃったんだな。分かるなー」
前世のオレもアイドルフェスがある時は、会場に早入りしていた。
期待が高いライブの時は、数日前から興奮が抑えられず、どうしても早く会場に向かっていたのだ。
「早入りしている、みんな、楽しそうだな……オレもまた生ライブに、お客さんとして参加したいな……」
今世では『アヤッチの命を助ける』という絶対的な目的があるため、オレは全てを我慢してきた。
アヤッチの近くにいるために、芸能人としてのスキルを磨くため、今世では一度もアイドルライブに客とし行けていない。
「よし! “全て”が片付いたら、またお客さんとしてライブに参戦しよう!」
今の芸能人とアイドル活動も、かなりの面白さはある。
だがオレにとって、アイドルオタク活動こそが全ての原点。
アヤッチを助けることが出来たら、、またお客さんとしてライブに行こう。
「でも、今は……今日のライブに集中しよう! あのお客さんを満足させてあげるように、自分の全力を尽くそう!」
久しぶりに見た同志アイドルファンを見て、気持ちが向上。
気持ちを新たに高めて、オレは集合場所へと向かうのであった。
◇
集合場所であるリゾートホテルの中庭に到着。
架設ステージ前に、アイフェス関係者が全員集合していく。
ざわ……ざわ……ざわ……
本日の4組の出演者とマネージャー、スタッフなど総勢百人近い関係者が勢ぞろいする。
全員が揃ったとこで決起集会が始まる。
「えーと、いよいよ今日は……」
全員を束ねる総合プロデューサーがステージで口を開く。
今日一日の段取りや最終調整の説明がされていく。
「……あと、本日の……」
そんな総合プロデューサーの目の下には、黒いクマがあった。
よく見ると、他のスタッフも同様の様子。
おそらく彼らは今日の準備のために、徹夜で準備をしているのだろう。
「……何度も言いますが、今年のアイフェスは例年以上の盛り上がりです! 絶対に……!」
だが彼らから疲労感は感じられない。
むしろ研ぎ澄まされた日本刀のように、鋭い誠意すら感じられる。
今年のアイフェスのために、プロとしてスタッフ全員が全身全霊で挑んでいるのだ。
(スタッフさんたち、凄い気迫だな……これはオレも負けていられないな)
大人たちスタッフの並々ならぬ熱意を受けて、オレは更にモチベーションが高まっていく。
お客さんのためだけではなく、彼ら関係者のためにも、今日のライブは絶対に成功させたい。
「……以上が注意事項となります。では、これより最終リハーサルをおこないます! みなさん、本日はよろしくお願いします!」
総合プロデューサーから最後の締めの言葉と、激励が飛んでくる。
「「「はい!」」」
返事から感じられるように、他の出演者とスタッフのモチベーションも高まっていた。
誰もが全身全霊で挑む中、最終リハーサルが始まるのであった。
◇
最終リハーサルは高いモチベーションの中、順調に進行。
出演者とスタッフは、気になる部分を最後まで調整していく。
「……はい、OKです!」
そんな中、オレたち4人組のリハーサルも無事に終わる。
「ふう……なかなかいい感じにできたぞ」
午後の本番まで時間はあるので、ステージ裏の控え室用テントに帰還。
ここはオレたち四人専用の控え室。
おかげで静かにひと息つける。
「ん? これはチーちゃんとエリカさんの歌声だ? 彼女たちもリハーサルしているのか」
彼女たちや他のユニットのリハーサルを、本音を言うならば見学したい。
だが、オレたちはこれからミーティングの時間。
ここはぐっと我慢して、午後の本番までお預けしておこう。
「……えーと、“チーム☆RAITA”の先ほどのリハに関してですが……」
担当スタッフと本番に向けて、最終ミーティングをしていく。先ほどの最終リハーサルから、更に詰めていくのだ。
ちなみに“チーム☆RAITA”というのは、オレたち四人組の正式ユニット名。
“ライタ組”のままでは流石にマズイ、ということになり総合プロデューサーが付け直してくれたのだ。
(“チーム☆RAITA”……か)
何故かまた“RAITA”というオレの名前が入っている。
総合プロデューサーのことはプロとして尊敬しているけど、ネーミングセンスだけはあまり当てにはできない、と確信してしまう。
「……えーと、今のところの確認事項は以上になります。あとは、本番まで待機してください」
「「「はい!」」」
担当スタッフとの最終ミーティングも無事に終わる。
午後の開演までは、まだ数時間もあるが決して余裕のスケジュールではない。
出演者は本番まで昼食をとりつつ休憩。体調とモチベーションを維持していく必要があるのだ。
「「「いただきます!」」」
“チーム☆RAITA”の4人はテント内で昼食タイムとなる。
食事後は休憩しながら、各自のマネージャーとミーティングタイムだ。
「ライタ君、お疲れさま! いよいよ、もうすぐ本番ね!」
「あっ、ミサエさんも色々とお疲れ様です」
そんな中、ビンジー芸能の専務であるミサエさんがテントに入ってくる。
彼女はアイフェス期間中、オレのマネージャーを兼務。送迎やタイムスケジュール管理など、色々とサポートしてくれていたのだ。
「そういえばチーちゃんのリハーサルは大丈夫でしたか?」
「ええ。チセも堂々としたリハーサルだったわ。周りのエンペラー系列の子に負けず劣らずだったわ!」
ミサエさんはチーちゃんのマネージャーも兼任している。
先ほどまで行われていたら彼女のリハーサルに関して、かなり満足そうだ。
「そうか。さすがはチーちゃんだ……本番が楽しみだな。」
ここ一週間、彼女のパフォーマンスを見ていない。
だがミサエさんがここまで興奮しているのなら、かなり仕上がっているのだろう。
エリカさんとチーちゃん組の本番ライブを、ステージ横から見学するのが、今から楽しみでしょうがない。
「ふう……それにしても未だに信じられないわ……」
ミサエさんが夢のような顔をしているのも無理はない。
何しろアイフェスの最終ステージに『エンペラー系列外のアイドルが立つ可能性』はゼロに近いからだ。
「アイフェスの最終ステージに立つタレントを、ウチから二人も出せたなんて……」
だが今年は異常事態が発生。
業界きっての弱小事務所“ビンジー芸能”から、なんと二人もファイナリストが出たのだ。
情報通な友人ユウジの話によると、業界でもちょっとしたニュースになっているという。
「ビンジー芸能がここまで注目されるなんて、初めてのことよ。本当にありがとう、ライタ君!」
注目を浴びることは、芸能事務所としてはメリットが多い。
そのため、まるでオレのことを救世主のように見てくる。
「いえいえ、それは違いますよ、ミサエさん。実力があるチーちゃんとは違って、オレが残れたのは運が良かったからです!」
アイドルの才能がないオレが、最終日のステージに立てるのは本当に運が良かったから。
あと、ここだけの話、前世の知識があったことも大きい。
前世の知識を使い、アイドル業界の隙間を狙い、運よくなんとかギリギリ合格してきたのだ。
「あと、オレが通過できたのは、仲間にも恵まれたからです」
相田シンスケたち熱血三人組と、最初に同じグループになれたことも、本当に大きな要因。
彼らは高いアイドル基礎技術を身につけており、同じ組のオレも恩恵を受けられたからだ。
もしも“顔だけ良くて技術がない人”と同じグループになっていたら、オレは間違いなく落選していただろう。
「それに、ミサエさん。感動していますが、アイフェスはまだ終わっていません! この後のライブを無事に終えた時こそ、本当の成功なんです!」
アイドルの生ライブは本番で何が起こるか予想ができない。
特に今年のアイフェスの注目度と、観客の熱気な異常なほど高い。
もしもオレたちが本番で大失敗してしまったら、どうなるか?
注目度が高い反面、アイフェスをぶち壊した根源として、炎上してしまうデメリットもあるのだ。
「なるほど……たしかに、そうね。それにしてもライタ君はいつも天然なのに、変なところで大人っぽい慎重さがあるわね?」
「えっ? そうですかね? あっはっはっは……」
変に慎重なのは、前世で社会人だった経験があるから。
でも転生のことがバレるのはマズイので、笑っておく。
「あっ、そういえば、豪徳寺社長はどうしています?」
今日はビンジー芸能の一世一代の晴れ舞台。朝一の集合場所には、強面な豪徳寺社長の姿もあったはず。
だが今はどこにも見えない。いったいどこで油を売っているのだろう?
「社長? 今は業界のあいさつ回り中をしているはずよ。いつも遊んでいるように見えて、社長も働いているのよね」
「なるほど、そうだったんですか」
アイフェス規模のライブとなれば、業界関係者も多くVIP席に招待される。
そのため経営者にとってはビジネスの場。
次なる仕事を受けるために、豪徳寺社長もセールスマンとしてあいさつ回りをしてくれているのだ。
ピッ、ピッピ♪
「あら、この人は? それじゃ、私も席を外すわ。なんか、あったらスタッフに相談してね、ライタ君」
仕事の着信があったのだろう。ミサエさんも忙しそうに、控え室テントを後にする。
本番を直前にして、関係者で暇な者は誰もないのだ。
「ふう……みんな、ラストスパート中なんだな……ん? このざわつきは?」
気がつくとテントの外が……架設ステージ側がかなりざわついている。
「あっ、そうか。開場したのか」
ミーティングと休憩をしている間に、開場時間になっていた。
入場した観客のざわめきが、控え室まで聞こえてきたのだ。
(いよいよ開場か……みんなも、来たんだろうな……)
オレの知り合いで来場予定なのは、金髪の友人ユウジとアイドル研究部のウタコ部長、義母と妹ユキの四人。
オレが最終選考を通過後は、四人とも自分のことのように興奮。今日のライブのチケットを入手していたのだ。
(知り合いと家族に見られるのは少し恥ずかしいけど、嬉しいな……よし、もう本番までモチベーションを高めていくか! ん?)
そんな気持ちを切り替えようとしていた時、テントにまた誰かが入ってくる。
(えっ……あの人は⁉)
本番直前のオレたちの控え室テントに、意外な人物が入ってくるのであった。




