第68話:夏休みの最後の一週間
アイフェスの“オーディション”の期間は終了。
今日からはフェスティバルとして期間に突入していく。
ざわ……ざわ……ざわ……
最終選考の通過者は、いつものリゾートホテルの中庭に集合していた。
リアリティー系番組としてのカメラも周りはじめ、今後について総合プロデューサーから説明を受けていくのだ。
「……えーと、そういう訳で、あと一週間後には、ここで生ライブを行います! 各ユニットはそれまで仕上げてきてください!」
「「「はい!」」」
総合プロデューサーからの説明は終わる。
詳しい話は各スタッフから説明され、参加者はここで一次解散。男女4つのユニットに別れて、別々の練習場へと移動していく。
そんな中、オレに最後に挨拶にくる少女がいた。
「しばらく会えなくなるのは寂しいけど……ライタ君に教えてもらったことを生かして、頑張ってきます!」
「最後のステージではわたくしの素晴らしさを見せてあげますわ!」
まず来たのはチーちゃんエリカさんの二人組。今回、彼女たちは同じユニットに所属となった。
上手くやっていけるか、オレは内心では心配していた二人だ。
「チセさん、わたくしの足だけは引っ張られらないでくださいませ」
「もちろんです。アイドルとしても女としても、エリカさんには負けませんから!」
「望むところですわ! それでは行きますわよ、チセさん!」
だが心配は杞憂に終わりそうな感じ。
この三週間の選考期間で、二人は互いを認めあう関係に進展。ライバル関係で互いに高めつつ、アイドルとして前に進んでいこうとしている。
これならオレも安心して最終日の生ライブを見ていられそうだ。
「ライライ、がんばろう」
少し遅れてきたのはアヤッチ。
彼女はチーちゃんたちとは別れたが、実力の高い人たちとユニットを結成していた。
「最終日のライブ、たのしみ」
そのため無表情な彼女も、かなりモチベーションは高そう。きっと最終日の生ライブも素晴らしいものになるに違いないだろう。
「うん、それじゃまたね、みんな!」
女性三人はオレに挨拶していき、それぞれのユニットへ合流していく。
彼女たちもこれから一週間かけて、本物のアイドルとして磨きをかけていくのだ。
「ふう……いよいよ本番へのカウントダウンか……」
三人を見送りながら、オレは感慨深くなっていた。中庭の架設ステージに視線を向ける。
「本物のライブが、もうすぐここで……」
アイフェスの最終日には“本物客”を入れた生ライブを開催。今日から一週間かけて、各ユニットを総仕上げしていく。
衣装合わせやレッスンなど、何個も並行していく過密なスケジュールになっていく。
まだ夢のように実感はないけど、本番は待ってはくれないのだ。
「おっ、リーダー。ガールフレンドたちとの挨拶は済んだか?」
そんな時、相田シンスケが声をかけてくる。熱血三組の他の二人も一緒だ。
「えっ⁉ な、何を言っているの⁉ チーちゃんたちは、ただの友だちだよ⁉」
いつも彼女たちとは一緒にランチ会をしていたから、誤解をされてしまったのだろう。
慌てて訂正をする。
「“ただの友だち”だって? さすがイケメンモテ男は余裕が違うな」
「ああ、そうだな。美女と美少女を三人も惚れさせて、さすがだよな!」
だが訂正しても、誰も納得してくれない。
それどころか、どんどん三人の話は大きくなっていく。
「でも、あの三人の子たちは、顔でライタに惚れている、とかじゃないだろう?」
「ああ、そうだろうな。なにしろ“本当はライタがイケメンなこと”は、この現場でもまだ知られていないからなー」
「だよなー。この真実を知っているのは、一週間共同生活してきたオレたちぐらいじゃねぇのか?」
「そうだろうな。総合プロデューサーや他の大人も、ライタがこんなにイケメンだったって知ったら、目の色を変えるかもな」
それに何故か『市井ライタは本当はイケメン』という突拍子もない話になっている。
美的感覚は人それぞれだけど、こんなオレがイケメンとか、あり得ないだろう。
「だが、イケメン度合いを表に出さないライタの、“この男義”がオレたちは気に入っているんだけどなー」
「そうだな。でも、よく考えらたら、ライタはとんでもない奴だよな?」
「ああ……なにしろ『イケメンビジュアルを封印した“しばりプレイ”で最終選考まで突破。なおかつオレたち三人まで最終選考を突破させる!』という、離れ業をしてきたんだからなー」
なにやらオレに対してかなり過大評価が高すぎる。
特に意味不明なのが『最終選考のステージでオレがバフをかけて、相田シンスケたち三人を引っ張っていった』と褒めてくるのだ。
「「「さすが、ライタだな!」」」
「あっはっはっは……なんかよく分からないけど、とにかく最終日のライブまで、よろしくね、みんな!」
ここまで誤解な過大評価されてしまうと、もう否定しても無駄だろう。オレは苦笑いして誤魔化す。
「さすが我らのリーダーは、余裕の笑顔だな」
「ああ、そうだな。それにしても生ライブか……いったいどんな感じのなるんだろうな?」
話の話題は最終日の生ライブに移る。三人は架設ステージと会場に視線を向ける。
「昨年の動画を見た感じだと、ここに観客はかなり入るみたいだよな?」
「そうだな。たしか去年の感じだと、チケットが完売して、プレミア価格になったらしいぞ……」
「まじか⁉ そんなに人気があるのか⁉」
三人が急に不安がるのも無理はない。
アイフェスの最終日の生ライブには、数千人規模の観客が来場。
トップアイドルのライブのように盛り上がり、信じられない熱気にステージ上は包まれてしまうのだ。
「そ、そんな、大観衆の前で、歌って踊れるのかな、オレたち?」
「先週の最終選考の時ですら、緊張しまくったかんらな、オレたちは……」
三人は芸能事務所に所属するプロのアイドルだが、まだメジャーデビュー前で新人に近い状態。
彼らは今まで経験してきた観客は、せいぜい数十人クラス。よく百人までの規模しか経験したことがない。
「す、数千人の規模のライブ……」
「ちょ、ちょっとでもミスしたら、どうなるんだろうな……」
それが一気に百倍近い規模に増大するのだから、急に不安になってきたのだろう。
三人とも深刻そうな顔になってしまう。
「なあ、ライタは普通な顔しているけど、緊張しないのか?」
「たしかアイドルとしての生ライブは初めてだったよな?」
そんな時、静かに聞いていたオレに、急に話がふられる。
一人だけ落ちつた顔をしていたから、三人とも疑問に思ったのだろう。
「えっ? オレ?」
オレはアイドルとしての観客の前に立ったことはない。
だが今のところ緊張はしていないのは間違いない。
「そう言われてみれば、あんまり緊張していないかな、オレは。ほら、世の中って、もっと理不尽で大変なことがあるし……それに比べたら、あんまり緊張しないんだよね」
前世でブラック企業に勤めていた時、本当に理不尽な会議にも強制参加させられていた。
まさに死刑台のような会議室と、上司たちの殺伐とした空気感。あの時の極度の緊張感に比べたら、全てが可愛く見えてしまう。
「ほら、あと、お客様は、みんなアイドルを好きな人ばかりだし! むしろやる気が出てくるよね」
ライブに来てくれるのは、アイドルに関して好意的な観客だけ。
だから数千人が来場したとしても、オレはまったく緊張しないのだ。
「さ、さすがはライタ、大物だな……」
「ああ、そうだな。だが、お蔭で緊張はしなくなってきたぞ、オレも」
「たしかに。なんか、ライタと一緒なら、大丈夫な気がしてきしてきたぞ!」
なぜかオレの顔を見て、三人から先ほどまでの緊張感が解けていく。
この分なら本番でも、緊張の沼にハマり込むこともないだろう。
「よし、ライタのお蔭で、緊張も解けてきたぞ!」
「ああ、そうだな。よし、リーダー、出陣前に、また気合入れを頼んだぞ!」
「えっ? オレが?」
いつの間にかオレがリーダーということになっていた。
雰囲気的に断ることもできなそう。
仕方がないので四人で肩を並べて、円陣を組む。
「えーと、それじゃ……最終日のライブに向けて、頑張っていこう!」
「「「おおお――――!」」」
こうして生ライブに向けて、ライタ組は出陣していくのであった。
◇
そこからの一週間は、あっとういう間だった。
スケジュール的には先週と同じように、歌とダンスの総合レッスンの毎日となる。
「……えーと、それでは、これからリハーサルを行います」
総合プロデューサーの指示のもと、架設ステージで何度かリハーサルも行った。
だが基本的に各ユニットでリハーサルを行い、他のユニットとの接触は最小限に抑えられた。
理由としてはリアリティー系番組として緊張感と期待感を高めるため。
チーちゃんたち他のユニットとの対面は、本番までお預けなのだ。
「……えーと、それでは、この衣装を……」
レッスンと同時進行で、他の準備も進んでいった。
事前に用意されていたアイドル衣装を、それぞれの体格に衣装合わせするのだ。
「……えーと、それは、番専の撮影を……」
衣装やメイクが決まったら、PR用の撮影も進行していく。
アイフェスの公式HP用の写真や動画の撮影をしていくのだ。
『~♪ アイフェス・ライブ、チケット好評発売中♪』
撮影された宣伝CMは、ネット配信やSNS、地上波でどんどん流されていく。
これによって番組を追ってきた視聴者のボルテージは、ファイナルに向けて一気に加速していくのだ。
ピコーン♪――――『おい、ライタ。今年のアイフェスは……』
また情報通な友人ユウジからのメッセージが、毎日のように届いていた。
それによると、今年の生ライブのチケットは、過去最高のプレミア価格がついたらしい。
ピコーン♪――――『今年は何故かエンペラーが例年以上に、なぜか宣伝に力を入れているらしいで』
例年以上の宣伝とタイアップで、日本中にアイフェスが広がっていく。特に若い男女の間では、アイフェス・ブームが起きているほどだった。
「……えーと、みなさん! 知っての通り、今年のアイフェスは、いつもと違います! ですから……」
おかげで総合プロデューサーとスタッフは気合い入りまくり。出演者の緊張感とボルテージも、今までになく高まっていった。
ざわ……ざわ……ざわ……
世間的にも撮影現場にも『今年のアイフェスのライブは、例年とはひと味違う』という緊迫した期待感が広がっていく。
――――そして、そんな緊張感の中、最終フェーズの日々はあっとういう間に過ぎていくのであった。
◇
今日は夏休みの最終日。
つまりアイフェスも最後の一日である。
「ふう……いよいよ、本番か……よし、出発するか!」
こうしてアイフェスの総仕上げである生ライブに、オレは万全の態勢で出陣するのであった。




