第62話:夜に二人で
アイフェス合宿の初日の夜。
誰もいない野外で、春木田マシロに退路を断たれてしまう。
「もしかして、ボクのことを盗み見していたのかい? 市井ライタ?」
相手は何故か危険な状態になっていた。
いつもの軽薄な『ライっち』でなく、今は『市井ライタ』とフルネーム呼び。明らかに殺気だっているのだ。
「い、いやいや、“盗み見”とか誤解だよ? ほら、オレも自主練の帰りに、ここを偶然通っただけだから!」
相手は超大手事務所のエース級のアイドル様。
今までも決して仲は良くないけど、これ以上敵対感情を悪くするのは危険。必死で弁明をする。
「自主練、だって? こんな遅くまで?」
「う、うん。ほら、今はアイフェスの期間だから、“今宵くらい”は頑張ろうかなー、って柄にもなく思ってさー。あっはっはっは……」
笑ってごまかしているが、本当は自主練を幼い時から一日も欠かしていない。
でも正直に説明したら、先ほどの熱血三人組みたいに引かせしまうか、敵対感情をあおる危険性もある。
だから『今宵くらい』というニュアンスで答えておく。
「……なるほどね。そういうことだったのか」
必死の弁明が効いたのだろう。春木田マシロがいつもの軽薄な口調に戻る。
だが、この人は基本的に危険な存在。機嫌がまた悪くならない前に、早くここから立ち去った方が吉だろう。
「……ねぇ、マシロ君って、いつも、こういう自主練をしているの?」
だがオレは思わず質問をしてしまう。
先ほどの春木田マシロの自主練は、上手く説明できないが見事なもの。どうしても気になって、思わず質問してしまったのだ。
「……そうだよ。キョウスケさんに拾ってもらってからは、欠かしていないかな」
「キョウスケさん……拾って?」
オレが知っているキョウスケは、《エンペラー・エンターテインメント》の帝原キョウスケ社長しかいない。
春木田マシロとの共通の人だから、彼のことを指しているのだろう。
でも意味深な顔で、『拾ってもらって』とは、どういう意味だ?
「残念ながらボクとキョウスケさんの話はできないね。だって、キミは面白そうだけど、別にボクは認めてないからね?」
春木田マシロの顔がいつもの危険な天使の笑みに戻る。
もしかしたら帝原キョウスケのことは他人が踏み込んではいけない話なのかもしれない。
話をもう一つの聞きたいことに移す。
「ねぇ、前から聞きたかったんだけど、どうしてオレを面白がってくるの? ほら、こんなオレをイジっても、春木田君には利益がない、と思うんだけど?」
聞きたいことは彼の今までの言動について。
A組に編入した初日以降、この人は何かと絡んでくる。別に迷惑はしていないが、どうしても気になるのだ。
「ボクがキミに絡む理由? うーん、それは“面白そう”だからだよ」
「えっ……面白そう?」
「うん、そうだよ! ほら、ぜんぜん、才能が無いに、勢いだけでA組昇格してきて、何かと《六英傑》を意識しているじゃん?」
「六英傑を意識……」
オレはアヤッチに近づくため、常に六英傑のことは観察していた。向こうからしたら《六英傑》を意識している、と思われていたのだろう。
本当は誤解を解きたいが、春木田マシロは話を一方的に続けていく。
「ボクも最初は無視するつもりだったけど、でも“あの”ハヤトっちをキミは倒して、日本の芸能科から追い出したたじゃん?」
ハヤト君と共演しただけなのに、なぜか“倒した”とか“追い出した”とか、物騒な話になっていた。
でも六英傑側からしたら、オレの存在はそうなのかもしれない。
「あの時、ボクはワクワクしたんだ! 退屈な芸能界に、面白そうな奴がきたって! だから反応を見るために、ファッションショーでプレゼントを用意したり、アイフェスにも参加できるように、キョウスケさんに根回しておいたんだ!」
『アイフェスにも参加できるように』か。
なるほど、やっぱりオレが今回参加できたのは、帝原キョウスケだけはなく、春木田マシロも裏で動いていたのか。
しかも理由は『反応を見るため』とか、オモチャとして見ている狂気さがある。
「でもさー。実はちょっとガッカリもしているんだ? だってライっち、今のところ全然面白くないじゃん? こっそりプレゼントを用意してあげても、なんか安定ルートで火も消しちゃうし、今回は見ていて面白くないんだよね!」
オレは“サポート特化”や“最終順位通過作戦”で、この二週間活動してきた。
そのため面白味を期待する春木田マシロにとっては、平凡で面白味のない男に見えたのだろう。
あと“こっそりプレゼント”には心辺りがないけど、何かを知らずにしかけていたのだろう。
(どうして、こんなオレを、ここまで面白がるんだ? でも、この人はオレのことを“面白いオモチャ”として、イジってきているんだな)
彼の思考回路の中で危険すぎて、理解不能な部分の多い。
とにかく今後のためにも、オレへの過大評価な誤解を解いておきたい。
「そうだったんだ。ほら、オレは本当に面白くない男だから、今まで過大評価すぎただけで、このまま消えていきから、気にしなくてもいいと思うよ?」
アイフェスの参加の中でも、オレは最底辺の実力しかない。今までは前世の記憶を頼りにして、なんとか生き残ってきた。
だが実力が必須な最終選考では、間違いなく通過できない凡人。春木田マシロが思うようなサプライズな面白さはないと説明する。
「キミのことを過大評価していた、だって? そうかなー、ボクの見積もりは間違いないはずなんだよね。ファッションショーの時のように、ライっちはもっと面白い奴になるはずなんだよねー」
また過大評価しているが、ファッションショーの時もオレは何もしていない。
やったことといえば“チーちゃんに軽くアドバイスした”ことと、“自分で大失敗のウオーキングしたこと”ことだけだ。
だが思い返しながら、春木田マシロは独り言をつぶやき始める。
「ファッションショーの時は……ああ、そうだったね。“相乗効果”だ。ライっちは仲間を助ける時に力を発揮……大事な存在が窮地になった時に本気を出すタイプ……だったね」
そして何かの答えに到達して、顔を上げる。
「ふっふっふ……いいことを思いついたよ。次のプレゼントで、少しはライっちも本気を出してくれるかな?」
「えっ、次のプレゼント?」
「そう……今週末は楽しみにしておいてね。きっとエキサイティングになるから!」
そう不敵な言葉残して、春木田マシロは闇夜に立ち去っていく。
(次のプレゼント? 今週末? どういうことだ?)
一人残されたオレは検討がつかない。
だが嫌な予感はしていた。
何しろ相手は“あの”春木田マシロ。また良くないことを実行するに違いないのだ。
「ん? あっ、ヤバイ、もうこんな時間だ!」
気がつくと時計が23時を過ぎようとしていた。消灯時間をオーバーしている。
早くバンガローに戻らないと、明日の朝に起きられなくなってしまうのだ。
(春木田マシロ……か。気を付けていかないとな)
初めて二人きりで話をして、改めて危険な人物だと実感。
気を引き締めていくことを決意する。
◇
◇
春木田マシロは危険な存在だが、アイフェスの撮影は止まってはくれない。
第三週の強化レッスンはどんどん進んでいく。
「……えーと、おはようございます。では、今日も一日、撮影よろしくお願いします」
第三週は午前と午後に総合レッスンのスケジュール。
参加者は今まで以上の集中力で、各レッスンに挑んでいく。
(今日のレッスンも楽しかったな。さて、今宵も頑張るとするか!)
オレは早朝と夜の自主練も前と変わらずしていく。
でも春木田マシロに会わないように、場所だけは変えていた。
「なぁ、ライタ。オレたちも自主練に参加させてくれ!」
「オレたちももっと上を目指したいんだ!」
更に変わったこと。
なんとは二日目の夜から、同室の三人も自主練に合流したのだ。
お蔭でいつもは孤独な自主練が、一気ににぎやかになった。
「えーと、三人とも、このダンス動きは、もっと、こうした方がいいよ? あと、歌い方なんだけど……」
オレは自主練だけは、絶対に手を抜かない性分。三人に対しても思わず厳しい要求を出してしまう。
「なるほど、そういうことか!」
「さすがライタの教え方は分かりやすいな!」
「なんかオレたち、一気に上達した気がするな⁉」
だが三人とも厳しい要求に、努力をもって答えてくれた。
毎日の三人での自主練は、実りあるレベルアップ時間となっていた。
(みんなありがとう……もしかしたら三人は最終選考を通過できるかも?)
正直なところオレたち四人の総合力では、最終の突破は難しい。
だが朝と夜の自主練のお蔭で、特に三人組が急成長。かなり期待がでてきたのだ。
(オレはたぶん無理だけど……この三人だけでも、なんとか通過させたい!)
こうしていつも以上の熱意で、オレはグループ自主練を積んでいくのであった。
◇
◇
こうしてアイフェス第三週目は、あっとう間に日が過ぎていく。
そして気がつくと週末に、最終選考の朝がやってきた。
「み、み、みんな大変だ!」
だが最終選考の早朝、オレたち四人に大事件が襲いかかるのであった。




