第61話:合宿生活と日課
アイフェスは今日から第三週に突入。
午前でグループ分けも完了し、午後からレッスンがスターしていた。
「……はい、それでは、レッスンは次のグループです」
「「「はい!」」」
第三週は“グループ結成制度”による歌と、ダンスの総合レッスンの期間だ。
リゾートホテル内の特設レッスン場で、グループごとにレッスンが行われていく。
(うん……やっぱり第三週まで残っているだけあって、全員のレベルが高いな……)
そんな中、自分の番が終わりオレは休憩中。
他のグループのレッスンを観察して感心してしまう。
第一週ではいた素人っぽい人は、もはや一人もいない状況なのだ。
(それに今日から“男女合同レッスン”だから、雰囲気が違うな?)
アイフェス開幕は総勢百名もの大所帯だったため2週間、男女二班に分かれてレッスンと撮影をしていた。
だが二回の選考を経た現在は、男女十五名ずつの少数精鋭状態。今日からは男女一緒に撮影レッスンしているのだ。
(男女合同……か。なんか、全員のテンションが高いかな?)
参加者はほぼ全員が十代で、異性の視線が気になる若者たち。
そのため男女両方とも良いところを見せようと、今日のレッスンのモチベーションが高いのだ。
(オレの中身は“枯れた社会人”だから、異性はあんまり気にならないな。けど、こうして女性アイドルを輝く姿を見られるのは、本当に有りがたいな!)
オレも別の意味で今日はテンションが高い。
尊い女性アイドルがレッスンする姿に、今にも限界化して変な声で叫びそうになっていたのだ。
(ふう……落ち着け市井ライタ……このままじゃ変質者として逮捕されてしまう。魂は熱くなっても、心は冷静になっていこう!)
なんとか絶叫する自分を抑え、平常心と取り戻す。
よし、これでなんとか逮捕は免れるだろう。
冷静に他のグループを見ていくことにした。
(ふむふむ……それにしても、やっぱり男女ともにレベルが高い人しか残っていないな。でも、最終的に残れるのは、男女二組だけか……)
アイフェスの最終日の生ライブフェスのステージに立てるのは、男女共に二組だけ。それ以外の人は、今週末で落選してしまうのだ。
(男女ともに二組ずつ……例年だと、たしか一グループは二人~五人くらいだったな?)
アイフェスの最終日ステージに立つ人数は、毎年違っていた。
少ない年だと男性が4人組と3人組。女性は3人組が二つ。合計系で13人しか立てなかった厳しい時もあった。
(たしか前世では“この年”に最終日のステージに立てたのは、男性が3人組と4人組。女性は4人組と5人組の合計、19人だったはず……)
今自分が参加している年のアイフェスに結果も、前世の記憶があるオレは知っていた。特に女性陣に関しては詳細に覚えている。
(でも、前世では、アヤッチたち三人はアイフェスに参加していないからな……)
鈴原アヤネと大空チセ、加賀美エリカは前世ではアイフェスに一度も参加していない。
何しろアヤッチは前世では弱小ビンジー芸能所属で、チーちゃんは別ルートでトップアイドルに到達。
エリカさんに至っては前世ではアイドルに挑戦すらしていないのだ。
(つまり今回ばかりは頼りの歴史も、まったく当てにならない、という訳だな)
だが今回、彼女たち三人はアイフェスに参加して、第三週間まで残っている。
その影響を受けたのであろう。
前世で最終選考までに残っていた女性アイドル数人が、既に第二次選考で落選していた。
つまりここでも歴史が大きってわっていたのだ。
(どうしてアヤッチたち三人の歴史が、ここまで変わってしまったんだろう? もしかしたら転生してきたオレが、原因なのか? いや……それは“ない”だろうな!)
将来のトップアイドルやトップモデルの大きいな運命を、オレごとき小市民が変革などできないはず。
おそらく何かの偶然が重なって、三人の運命がズレているだけに違いない。
(でも、このまま違う歴史を歩んでいて大丈夫なのか? 歴史の歯車の変革とか起きないかな?……うっ、考え過ぎたら頭が……知恵熱が……)
歴史が変革していることに関しては、あまり気にしでおく。
何しろタイムリープ映画とかでは主人公が小石を蹴っただけでも、世界歴史が前世と大きく変わってしまった作品もある。
いちいち気にしていては気が持たないのだ。
(ふう……あと、アイフェスの歴史の変革といえば、たぶん、春木田マシロもだよな?)
オレは男性アイドルに関しては守備範囲外だが、アイフェスに前世の関しては男性側も一応は視聴していた。
だが、春木田マシロという大物がアイフェスに参加した歴史は、前世には無かった。つまり彼も歴史が変わった一人なのだ。
(やっぱり彼がアイフェスに参加しているのも、“何者か”が歴史を変えた影響なのかな? だとしたら、その者はかなり恐ろしい影響力を有しているな……)
年代トップの天才アイドルすらも意識させて、アイフェスに参加させる影響力を有する人物。
間違いなくオレのことではないとは思うが、気になって仕方がない存在だ。
(春木田マシロ……か。今のところオレに対して、まだ大人しくしているのかな?)
特に向こうから積極的に絡んでくることはない。もしかしたら彼は主人公的な立ち位置で忙しいのかもしれない。
(いや、油断はできない。何しろ“あの”春木田マシロだからな……)
春木田マシロは明らかにオレのこと“何かのターゲット”にしている。おそらく今は何かのタイミングを見ているのだろう。油断はできない。
「……えーと、それでは今日のレッスンは以上となります。今日はお疲れさまでいた!」
そんなことを考えていると、午後の男女合同のレッスンは終了となる。
総合プロデューサーから解散の指示がでる。
「……なお、今日からの夕食と入浴に関しては、スタッフと各自のマネージャーと最終確認を……」
今日からの“夜の生活”について、再度説明がされる。
(これは……いよいよ合宿生活が始まるのか)
アイフェス参加者の第三週は、一週間の合宿生活に強制突入となる契約。
リゾートホテルの敷地内にあるバンガローを何個も貸し切って、最終日の生ライブに向けて最後の仕上げをしていくのだ。
合宿はもちろん男女は別々のバンガロー。
スタッフとマネージャーにより厳しい監視もつくので、不純な行為も防止されている。
(ふう……合宿生活か。はじめての経験だけど、大丈夫かな?)
前世でもオレは特に部活道はしておらず、大人数での合宿はほとんどしていない。
そのため親しくない人との共同生活は、慣れてないのだ。
(上手く共同生活できるかな……)
そんな心配しているオレに、声をかけてくる男性がいた。
「おい、ライタ。飯を食ったら、一緒に洗濯しようぜ!」
「なぁ、ライタ。寝る場所はじゃんけんで決めようぜ!」
「頼むからイビキだけは勘弁してくれよなー!」
だが心配は杞憂になるだろう。
何故なら今回一緒のバンガローで寝泊まりするのは、例の熱血三人組だった。
人情に厚い彼らとなら、楽しい共同生活ができそうな気がする。
◇
◇
その日の夕方になる。
「ふう……いい風呂だったな!」
「飯も美味かったし、思っていた以上に、このバンガローも快適だな!」
「というか、ライタの夕飯の食う量、半端なかったよな!」
「あっはっはっは……面目ない」
予想以上に三人との共同生活は快適だった。楽しく夕食と共同生活を満喫していた。
「なぁ、この後は寝るまでどうする?」
「カードゲーム持ってきたから、四人で遊ぼうぜ?」
「罰ゲームも決めてやろうぜ! なぁ、ライタ?」
これが十代の青春合宿というものなのだろう。なんとも言えないポカポカした感じの良い雰囲気だ。
「誘ってもらってありがとう。でも、オレ、これからやることがあるんだ?」
だが楽しそうな青春カードゲーム大会を、オレは断腸の思いで断ることにした。
「やること? なんだ、それ?」
「えーと、ちょっと日課の自主練をしないいけないから、夕方は三時間くらい、その辺に出かけてくるね」
理由は自主トレをしないといけないから。凡庸なオレは自主トレをしないと、落ち着いて寝られないのだ。
「こんな時まで、自主トレを三時間も?」
「ん? それに“日課”っていうことは、毎日三時間もしているのか⁉」
「うん、そうだよ。正確に言うなら“小学生二年生の時から、早朝2時間と夜の3時間を毎日”かな?
今世ではオレは幼い時から自主トレーニングを積んできた。高校生になっても一日も欠かしていない平日ルーティン。
あと、休日や夏休みは、もっと長く自主トレをしていた。
「な⁉ しょ、『小学生二年生の時から、早朝2時間と夜の3時間』だって⁉」
「し、しかも一日も休まずに毎日だと⁉」
「そ、そんな修行僧みたいな生活をしている奴なんて……初めて聞いたぞ……」
話を聞いて三人は言葉を失っていた。
この反応は無理もない。何しろ普通の若者はそこまで幼い時からストイックにはできない。
精神年齢が高く、なおかる前世の後悔が深いオレだけにしかできない行動なのだろう。
「あっはっはっは……なんか、驚かせて、申し訳ない。というわけで、ちょっと行ってくるね!」
三人を引かせてしまい、なんか申し訳ない気持ちになる。逃げるようにバンガローから出ていく。
「ふう……自主トレのことは、あんまり他言しない方がいいかもな?」
気持ちを切り替えて、リゾートホテル敷地内の外れに移動。
ホテル専用のプライベートチーチ近くの、ひと気のない芝生の広場。
ここなら誰にも迷惑かけることなく、自主練ができそうだ。
「よし……今日も頑張るとするか!」
意識を高めて、集中して自主トレをスタート。
“芸能界に関する技術”を高めるトレーニングを、何度も繰り返していく。
発声やダンス、演技やトークなど、その種類は多岐に渡る。
(もっと集中して……もっと深く……)
オレは芸能人としての才能はない。
そのため人の何倍も努力しないと、今の場所に留まることも許されない存在。
イメージトレーニングを応用しながら、様々な負荷とトレーニングを自分にかけていく。
「ふう……よし、今日もいい感じだったな」
なんとか三時間で自主トレを完了。
いつのまにか全身にかいていた汗を拭きとりながら、今日の自主トレを振り返っていく。
「時間は……もう、22時か? こっそりシャワーを浴びて、早めに寝ないとな」
自主トレは朝の5時からも予定している。
成長期の身体を維持するために、十分な就寝時間を確保することも重要なのだ。
「さて、戻るとするか……」
プライベートビーチ側の芝生広場から、オレはバンガローに向かって移動。
ひと気のない裏道を進んでいく。
「……ん? あれは?」
帰路の途中で、人影を発見する。若い男性が街灯の下で何かをしていた。
「あれは……もしかして、ダンスの自主練?」
その人物はアイドル・ダンスをしていた。
真っ暗な夜空の中、小さな街灯だけを頼りに自主練をしていたのだ。
「す、すごい……オレ以外にも、こんなに頑張っている人がいるんだな、やっぱり……」
薄暗くて後ろ姿なので、顔は判別できない。
でも、あの人はアイフェスの参加者だ。
課題のダンスを何度も繰り返し踊っている。
「しかも……あの人、すごく上手い……それに、アレは長年の鍛錬で身についたダンスだ……」
遠目に見ているだけでも、すぐに理解できた。
あの人が何年もダンスの自主練を積んでいることに。
同じような年月を積んできたオレには、動きを見ただけで理解できてしまったのだ。
「また基本ステップを? すごく好きなんだろうな、アイドルのことを……」
色んなジャンルを自主練しているオレとは違い、あの人はずっとアイドル・ダンスを繰り返していた。
そのルーティンを見ていただけで、どれだけ深く入り込んでいるか容易に予想できる。
「いった誰なんだろう? あんなにアイドルに真剣に入り込んでいる人は……?」
気がつくとオレは近くまで移動していた。
相手の顔が見える所まで、無謀義に近づいていく。
「あっ、顔が見えそう……えっ? あの人は⁉」
街灯に照らされて見えた横顔に、オレは思わず声を出してしまう。
何故ならその人物はよく知っている人だったのだ。
「ん……?」
近づきすぎてしまったことで、相手にも気がつかれてしまう。相手はこちらに視線を向けてくる。
「ライっち?」
なんと自主練していたのは春木田マシロ。
《天使王子》と呼ばれる天才アイドルが、誰もいない薄暗闇でトレーニングをしていたのだ。
「もしかして盗み見てたのかい? ボクのことを?」
しかもいつもの雰囲気とは違う。明らかに殺気だった危険なオーラを発しているのだ。
「だとしたら、笑えない冗談だね、市井ライタ?」
こうして誰もいない夜更けの野外、危険な状態の春木田マシロに退路を断たれるのであった。




