第60話:グループ結成制度
今日からアイフェスは第三週目に突入。
三次選考を通過した参加者は、いつものリゾートホテルの中庭に朝一に集合する。
「……えーと、みなさん、おはよう。いよいよ今日から……」
総合プロデューサーから第三週について説明がされていく。
ここまで残った男性十五人と女性十五人の若手アイドルは、真剣な表情で説明を聞いていた。
(なるほど。やっぱり第三週は、総合トレーニング形式か……)
そんな中でオレだけは“話し半分”で聞いていた。
何しろこの年のアイフェスがどんな形式で開催されるか、前世の記憶を知っていたから。
特に一生懸命に話を聞く必要はないのだ。
「……えーと、あと、みなさんには今日中に“グループ”を結成していただきます」
ざわ……ざわ……ざわ……
総合プロデューサーの口から“グループ結成”という言葉が出て、参加者が急にざわつきはじめる。
昨年のアイフェスにはなかった制度に、誰もが動揺しているのだ。
(やっぱりこの年から“グループ結成制度”が始まるのか……)
そんな中でオレだけが平静を保っていた。この内容も前世の記憶ですでに知っていたからだ。
(“グループ結成制度”……か。みんながざわつく気持ちも分からなくはない。なにしろ参加者にとっては面倒だからな……)
アイフェスの“グループ結成制度”は少し特殊な方式。
総合プロデューサーがちょうど今説明しているけど、簡単にすると次のような感じだ。
説
――――◇――――◇――――
《アイフェス・グループ結成制度》
・まずは最初に参加者同士の話し合いで、五人以内の同性グループを複数組で結成する
↓
・第三週はグループ単位で行動して、レッスンを受けていく
↓
・第三週の最後に今までと同じように選考を行う。グループは一時解散。
↓
・第四週は残った参加者の中から、総合プロデューサーが指定して新ユニット結成される。
↓
・第四週の最終日に男女二組ユニットで生ライブフェスを開催する。
――――◇――――◇――――
要約すると今週と来週は、こんな感じの流れになる。
「……えーと、以上が“グループ結成制度”になります。なにか質問はありますか?」
総合プロデューサーから説明が終わり、質疑タイムとなる。今年からの制度になるために、参加者の疑問に答えてくれるのだろう。
「はい、質問があります! 今週は『自分たちが決めたグループで行動』と言っていましたが、グループの中の半分だけ三次不通過、ということもあるのですか?」
一人の参加者が手を上げて質問をする。かなり行動力がある男性だ。
「えーと、はい、もちろん、そういった結果もあるかもしれません。グループ行動はしてもらいますが、選考の基準はあくまでも“みなさんの個人”を判断します」
ざわ……ざわ……ざわ……
総合プロデューサーが答えて、また参加者がざわつく。
「……おい、グループ行動するのに、選考の基準は個人、ってどういう意味だ?」
「……さぁな。だが、それでも一緒に組むのは“強い奴”が最適だろうな」
「……そうだな。目立つヤツを一緒に組めたら、それだけクローズアップもされるからな」
総合プロデューサーの答えから“第三次選考の攻略法”を、彼らは見つけ出そうとしていた。
今回の参加者は若者といえども、魑魅魍魎が跋扈する芸能界で生きてきた者たち。
自分たちが業界で生き残るためのベストな行動を、各自で考えているのだ。
「……みなさん、理解が早くて助かります。えーと、それではグループが決まったところは、今日のお昼までに、私のところまでにグループ全員で来てください。それでは解散」
総合プロデューサーの一言で、朝一のミーティングは解散となる。あとの午前中は自由時間だという。
ざわ……ざわ……がや……がや……
解散が引き金になって、参加者は一気に動き出す。
「……ねぇ、よかったら、一緒に組みません?」
「……ええ、いいわよ。アンタのことは嫌いだけど、アンタは目立つから、利用させてもらうわ」
「……それは、こっちのセリフよ。私の方が利用させてもらうから」
攻略法を独自に見つけ出した者は、早くも行動を起こしていた。
同性の参加者に声をかけ始めたのだ。
(みんな行動が早いな……でも、この自由グループ制度では、それが“正解”なんだよな……)
アイフェスは個人なサバイバル・オーディションだが、最終的にはユニットで生ライブを開催する。
つまりグループ形成と行動ができない者は、グループ不適合者としてマイナー採点されてしまうのだ。
「……なぁ、オレと組まないか? 事務所は違うが」
「……ああ、いいぞ。オレも同じことを考えていたからな」
この二週間で“自分と周りの実力”を、多くの参加者は実感していたのだろう。
そのため各自で自分が生き残る方法を、ある程度は見つけ出し行動していたのだ。
(やっぱりみんな理解はしているんだな。アイドルグループはバランスが大事、ってことを)
グループアイドルは同じキャラが全員でも、人気は出にくい性質がある。
可愛い系とクール系、王道系、お姉さん系など、色んな要素がないと、多くのファン層を獲得できないのだ。
「……オレはあんたほど目立てないが、引き立てることはできる。組まないか?」
「……ああ、いいぜ。オレについてきたら、お前も通過させてやるぜ!」
そのため参加者は考えながら行動していた。
自分のキャラを客観視して、“目立つキャラ”の人は“サポートキャラ”に声をかけたり。
相乗効果を狙って“目立つキャラ同士”が組んだりしていた。
狭き門となる第三次選考を通過するために、誰もが必死になっていた思考行動していたのだ。
(三週まで残った猛者だけあって、さすがみんな行動が早いな。あっ、女性陣はどうだろう?)
少し離れた女性陣に目を向けてみる。
チーちゃんたち知り合いの三人が気になるのだ。
(女性陣は……やっぱり、エリカさんの周りに人が多いな)
加賀美エリカの周りには多くの女性参加者が群がっていた。
なにしろ彼女は実力が高く、エンペラー系列の本家に所属している。
加賀美エリカと一緒に組むことで、自分にもクローズアップ効果を狙う。おこぼれで第三次選考を通過しようと画策しているのだ。
(さすがはエリカさんだな……ん? アヤッチもけっこう人気があるな?)
アヤッチこと鈴原アヤネの周りも、何人かの女性参加者が群がっていた。
彼女もエンペラー系列の本家に所属する有望株。
加賀美エリカとは違うタイプのアイドルのため、アヤッチと属しやすい人たちが集まっているのだ。
(アヤッチもさすがだな……あと、チーちゃんは……大丈夫かな?)
彼女に実力はあるが、今までの二人とは違い弱小事務所の所属。孤立していないか心配だ。
(ん……あれは⁉ おお、チーちゃんもすでにグループが集まっているぞ⁉)
なんと彼女の周りにも、何人かの女性参加者が群がっていた。
雰囲気的にチーちゃんと同じような、温厚な性格の子たち。仲良さそうに話をしている。
おそらくはオレの知らないところで、この二週間でチーちゃんにできた友だちなのだろう。
(ふう……チーちゃんも決まって良かった。えーと、あの雰囲気だ、女性陣は四組くらいになるのかな?)
女性陣は大きく分けて、加賀美エリカ組と鈴原アヤネ組、大空チセ組、あと残り一組。
そんな感じの四グループに決まりかけていた。
(みんな、上手くまとまりそうで良かった。本当は“三人が同じグループ”になるのを、ちょっと期待していたけど。でも、毎日のランチ会の様子だと無理だったのかな?)
オレとランチ会をする時、彼女たち三人はとは一緒のテーブル。でも三人はいつも互いにけん制し合っていたのだ。
ランチ時の三人は仲が悪いとか、互いが嫌い、とかではなく、
『エリカさん、貴方のことは尊敬していますが、“女として”はここでは絶対に負けられません!』
や
『チセさん、それはわたくしのセリフですわ! 今日はその席を譲りなさい!』
や
『ライライの隣、なんか落ち着くから』
みたいな感じで、何故かオレの隣の席を奪い合っていたのだ。
女心はオレにはよく分からないが、互いにライバル視しているから、今回も自然と別々のグループになってしまったのだろう。
(まぁ、仕方がないけど、ライブフェスにはまたシャッフルして、二組しか出られないから、あの三人の誰が同じユニットになる可能性もあるはず。それまでの楽しみにとっておこう……)
視聴者としてアイフェスの最大の楽しみは、個性的なアイドルたちが行動と運命によって、新たなるユニットを結成していくこと。
どんな化学反応が起きるか楽しみでしかない。
(女性陣は早めに決まったけど、男性陣もそろそろ決まりそうだな?)
一般的に女性の方がグループを形成する能力は高い、と聞いたことがある。
今回も男性陣の動き出しが、少し遅れていたのだ。
(男性陣は……やっぱり春木田マシロがダントツで人気だな……)
今回のアイフェスで女性陣が三強なことに対して、男性陣は春木田マシロの一強。
そのため彼の周りに多くの男性参加者が群がっていた。
実力が高く、エンペラー系列の本家に所属している彼と、誰もが一緒に組みたがっているのだ。
(さすが春木田マシロは人気が高いな……あと、群がってない人たちは“二位通過”狙いかな?)
春木田マシロ組とは別なグループも形成されていた
おそらく彼らはグループとして第二位で選考通過を狙っているのだろう。
何しろ春木田マシロと同じグループになっても、彼の光が強すぎて個人落選する危険性もある。
人数が多すぎるグループだと、目立たない人だけ落選する場合もあるからだ。
そのため二位通過狙いのグループ作戦が、自然と発生しているのだろう。
(ん? あっちにもグループができるな? あそこも二位通過狙いだな?)
男性陣はパッと見た感じ、三個のグループに別れている。
最大グループが春木田マシロを中心にした精鋭組。
あと二位通過狙いの同規模のグループが二組。
これで合計三組が既に決定されようとしていた。
(なるほど、面白い傾向だな。男性参加者も色んなことを考えながら、行動をしているんだな……)
アイフェスは基本的に個人的な能力を比較されて、各選考通過者が決められていく。
だがグループ制度が適用されていたため、色んな想いと行動が発生していたのだ。
(ふう……それにしても、男女共に見ごたえがあるムーブだったな。この回の放送も間違いなく神回になりそうだな!)
視聴者にとってサバイバル・オーディションを見る醍醐味は、こうした参加者同士の人間関係の動きを見ること。
『売れっ子アイドルになりたい!』という目標のために、喜怒哀楽の感情が繰り広げられる人間ドラマな要素が、アイフェスが人気の理由なのだ。
(この神回はどんな感じの視聴者反響になるんだろうな? くそー、オレも参加していなかったら、絶対に見たいのに!)
もちろんオレもサバイバル・オーディション系の人間関係は大好物。
今回は参加しているから、見られない自分の立場を悔やむ。
(ん……? あれ? 『オレも参加』?)
そんな時、ふと気がつく。
今の自分がリアルに立っている場所と状況を、ようやく理解したのだ。
(――――あああ⁉ オレも参加者じゃん⁉)
今まで男女のグループ形成を、他人事のように楽しく観察していた。
しかも今回は自分も参加者なのだ。
(これはヤバイ⁉ オレも急いで、どこかのグループに入れてもらわないと⁉ って、もしかしたら、もう手遅れ⁉)
ふと周囲を見回すと、オレは一人ぼっちになっていた。周りには誰もない。
(やばい……このままだと、“一人グループ”になってしまうぞ⁉)
グループ分けのタイムリミットは今日の正午まで。
それまでにどのグループに入れなければ、自動的に一人グループになってしまうのだ。
(一人グループはまずいぞ⁉ ど、どこか、今から入れてくれそうなグループは、どこかない⁉ ――――いや、なさそうだぞ、これは⁉)
男性参加者はほぼグループ訳が終了していた。
弱小事務所に所属するオレのことを、もはや今から入れてくれそうなグループはどこにもない。
(ああ……これはやってしまった……この一週間はどうなるんだろう……)
前世のアイフェスの歴史でも、一人グループで第三次選考に挑んだ愚か者はいない。
そのため一人グループになった者が、どんな仕打ちを受けるか想像もできない。
きっとスタッフからは
『はぁ……カメラもスタッフも足りない現場なのに、一人グループで撮影とか止めて欲しいよな……』
とため息をつかれるに違いない。
きっと他の参加者からは
『おいおい、あいつ一人だって⁉』
『マジで⁉ ウケる(笑)』
と嘲笑を受けていく、地獄の一週間になるに違いない。
想像しただけで吐き気がしてきた。
(ああ……せっかく第三週まで残ったの、いきなり大失敗してしまった……)
後悔と失敗のオンパレード。
もう一度タイムリープできるなら、今日の朝一に絶対に戻りたい。
(はぁ、どうしよう……誰か助けて……ん?)
そんな時、誰か気配に気がつく。三人の男性が、こちらに駆け寄ってきたのだ。
「ライタ、もしかしたらお前、一人グループでいくのか?」
「さすがライタだな!」
「強者はさすがに違うな!」
やってきたのは例の“撮影前のウォーミングアップ運動”をした熱血三人組。
オレのことを猛者ソロプレイヤーだと勘違いして、感心した視線を向けてきた。
「いやいや猛者とか、ソロとか、そうじゃなんだ! ちょっと考え事をしていたら、出遅れて困っていたんだ!」
このままだと変な誤解が広まってしまう。
慌てて訂正して、本当に困っていることを伝える。
「なっ……そうだったのか?」
「それなら、オレたちと一緒に組まないか?」
そんな窮地のオレに、救いの手が差し伸べられる。三人がグループに誘ってくれたのだ。
「えっ……いいの⁉ こんなオレだけど、迷惑にならない?」
嬉しい反面、申し訳気持ちでいっぱい。
何しろダントツに弱小事務所に所属して、なおかつ目立たない存在。アイドルとしての能力も低い。
“百害あって一利なし”とはオレのことなのだ。
「ああ、もちろん大丈夫だぜ!」
「お前ほどの男が入ってくれたら、オレたちも心強いからな!」
「勇気を出してライタに声をかけて、よかったぜ!」
「ああ……みんな、ありがとう……」
三人の男義溢れる言葉に、思わず涙が出そうになる。
なんかオレのことを過大評価しているけど、地獄のようなソロプレイをこれで回避できたのだ。
「みんなありがとう! これから一週間、よろしくね!」
こうして有りがたい熱血三組とグループを結成して、オレは鬼門である第三週に挑んでいくのであった。




