第59話:世間の評判
アイフェスは明日から第三週目に突入となる。
そんな前日の撮影のない休養日、オレは最寄りの駅のファーストフードにきていた。
「おっ、ライタ! 久しぶりやな!」
金髪の友人ユウジに誘われて、今日は飯を食べながらの話をしにきた。
「ユウジも久しぶり!」
今、学生は夏休み期間で彼に会うのも久しぶり。
ハンバーガー屋の二階席に移動して、二人で夏休みの話をしていく。
「そういえばユウジ、大手レーベルへの所属おめでとう!」
なんと夏休みの半ば、ユウジは大手音楽レーベルに所属することが決定していた。
動画チャンネルでユウジの新曲がバズって、大注目を浴びてスカウトを受けたという。
メッセージではお祝いを言っていたが、改めて直線祝いの言葉を伝える。
「サンキューなライタ! お前のお蔭で、ワイにも道が開けたでぇえ!」
今回彼の動画でバズった曲は、オレが何気なく鼻歌を歌ったモノが原曲。だからユウジはかなり感謝してきた。
「でも、ほら、オレは鼻歌を歌っただけで、ユウジもかなりアレンジしていから、ユウジの実力だよ、今回のことは?」
オレが鼻歌で思わず歌ったのは、三年後に放送されるアイドルアニメ“アイ・プロ”の歌。
だがユウジが配信した歌は、アイ・プロOPをかなりアレンジした別物だった。
だから大手レーベルに所属できたのは、間違いなくユウジに実力なのだ。
「もちろん、ワイに実力があるのは間違いないが、ライタからインスピレーションがあったことも、間違いないんや。せかやら作曲の印税も必ず払うからな!」
「そうなんだ? それなら期待して待っているね。あっはっはっ……」
友人から作曲分の印税などは頂けないが、ここは無下にも断れない状況。
とりあえず笑ってごまかしておく。
「あっ。でも、これでユウジも夏休み明けには、芸能科で昇格できるかもね?」
堀腰学園の芸能科には、暗黙の了解な“クラス昇格制度”がある。
裏で生徒が審査されている科目は、“所属事務所の規模”と“芸能人としての実績”の二つだ。
今回、ユウジの曲がバズってネット配信でランクイン。更に大手レーベルに所属したので、彼の昇格は間違いないのだ。
「ああ、もちろんや! それにライタから貰ったインスピレーションはまだ継続中! 今週中にはまた新曲をアップして、もっとガンガンいくでぇ! そして二年の春までには、一気にライタのいるA組を狙うで!」
「うん……ユウジなら絶対にいけると思うよ!」
オレは音楽のことは詳しくないが、ユウジからは何とも言えない可能性を、出会った時から感じていた。
オレとは違い、チャンスがあれば大きく羽ばたく才人なのだろう。
「おおきに! あっ、そういえばアイフェスの方も、例年以上に反響に大きいみたいやのう?」
「えっ? そうなの?」
なんとも言えない恥ずかしさがあるから、基本的に自分が関わった仕事の情報を、オレは見ていない。
だから今回のアイフェスもまったくの未視聴。世間的の反応を知らないのだ。
「ああ、そうやで! 特に昨夜の神回……加賀美エリカのサプライズのお蔭で、今朝ネット中でアイフェスでもちきりやで!」
アイフェスは収録日から突貫作業で編集。約二日遅れて、世間には番組としてネット配信される。
第二次選考の回は、昨夜に配信されたばかりの状況だ。
「そうか……エリカさんのアレが放送されたのか……」
加賀美エリカは精神的なことで歌レッスンの収録を、数日間休んでしまった。
だが第二次選考の当日に、イメージチェンジをして降臨。
彼女は圧倒的な歌のパフォーマンスを発揮して、女性部門で最初に名前を呼ばれて通過したのだ。
「“アレ”は本当に凄かったからね……」
彼女の当時の歌を、オレは現場で聞いていた。
今までの彼女の殻を破り、新しいアイドル像をオレたちに見せてくれた“まさに神回”。
今思いだしても鳥肌が立つくらいに、加賀美エリカは覚醒していたのだ。
「やっぱり現場も盛り上がっていたんやな? ネットでも“加賀美エリカのアイドル挑戦”を今まで批判していた連中が、手のひら返し状態や。おかげで今年度アイフェス女子部門では、今のところ加賀美エリカが一番人気やな」
アイフェスには番組非公式の人気ランキンサイトがある。
視聴者は配信を見ながらコメントして、いち推し参加者に投票可能。参加者の人気の度合いが一目瞭然なシステムなのだ。
前世ではオレも愛用していたサイトだ。
「やっぱりエリカさんが一位か……ちなみにチーちゃんは?」
今回は自分が関わっているので、オレはサイトを見ていない。でも友達のことは気になってしまう。
「うーん、チー嬢は現在五位やな。一位から五位までは、エンペラー系列の女子が独占状態やからな」
現場で体感した感じだと、チーちゃんこと大空チセは女性部門のトップ3に入る実力がある。
「エンペラー系列の女子が独占状態……か。やっぱり、そうか」
だが生ライブと違って、視聴者には彼女の輝きは伝わりにくい。そのため箱推しファンが多いエンペラー系列が、上位を独占しているのだ
「まぁー、でもサイトのコメントを分析した感じやと、チー嬢の固定ファンも段々と増えているで? ビンジー芸能所属としては、かなり大健闘ちゃうか?」
「そうか、チーちゃんのファンは急増中なのか……うん、それは凄いことだね!」
今までのアイフェスで弱小事務所所属の参加者が、二次選考を通過した記録はない。
つまり第五位とはいえ、チーちゃんはかなりの成果を出しているのだ。
アイドルとしての彼女を推しているオレとしては、これ以上の喜びはない。
「あと、芸能科の女子の中やと、鈴原アヤネが不気味な感じやな?」
「えっ? アヤッ……鈴原さんが?」
いち推しの名前がいきなり出てきたので、思わず“アヤッチ”と叫びそうになる。
なんとか堪えることはできたけど、“不気味な感じ”ってどういうことだろう?
「ああ、そうや。今んところの放送じゃ、それほど目立った動きは出していない。というか『鈴原アヤネの登場シーンは意図的に編集されて少ない』っていうサイトの噂やで?」
「えっ、鈴原さんの登場シーンが、意図的に⁉ どういうこと⁉」
まさかのユウジの指摘に、オレは思わず声を上げてしまう。
何故なら彼女はエンペラー系列の本家である《エンペラー・エンターテインメント》の所属で、加賀美エリカと同じ《六英傑》の一人。
登場シーンを水増しで増やされることはあっても、減らされる理由がないのだ。
「それに関しては、ワイも現在調査中や。もしかしたら『最近お偉いさんを怒らせた』とか『エンペラーや番組の方針が急転換した』とかもしれんな?」
「そうなんだ……それは心配だね、同じ芸能科の生徒として……」
今世では大手事務所に彼女は所属している。
できればいち推しアイドルは、仕事の方も順調にいって欲しいものだ。
「というか、ライタは他人の心配をしてる場合や、ないやろ?」
急に話の矛先がオレに向けられる。
いったいどういうことだ?
もしかしたらオレは何か問題も起こしていたのだろうか?
「いやいや、そういうことやない! ライタは毎回の放送で、ほとんど映ってないやで? おかげで人気投票も毎回最下位クラスなんやで?」
「ああ、なるほど、そっちのことか」
毎回の放送で自分がクローズアップされていないのは、なんとなく察していた。
何故ならオレには男性アイドルとして“華”がなく、事務所パワーも最弱。
また今回の収録のために見た目を少しは整えているが、基本的に前髪の長いオタクっぽい外見だ。
あとダンスと歌の時は、オレは基本的に目立たないようにレッスンを受けていた。
そのため撮影はされてはいても、編集段階で“オレの出番”は消えているのだ。
その証拠に店内の若い客は、誰もオレに気が付いていない。
今話題のアイフェスだというのに参加者として、視聴者に認知されていないのだ。
「まぁ、仕方がないね。ほら、こんなオレだし?」
「いやいや、そんな呑気なことを言っている場合やないやろ⁉ 明日から最終選考の撮影も始まるんやろ? なにかPRせんと、最後まで生き残れないやで⁉」
ユウジが本気で心配してくれるのも、無理はない。
アイフェスは夏休み4週間に渡る長期プロジェクトだが、最終週は生ライブフェスの準備となる。
つまり選考が行われるのは今週が、最後の山場となるのだ。
「うん、そうかもね。でも、ほら、第三週まで残れたこと自体が、オレにとっては奇跡みたいなもんだし?」
心配してくるユウジに、あまり期待しないように説明する。
(それに今回の目標は、かなり達成されているからな……)
アイフェスでの個人的な目標、『アヤッチと距離を近くする』はけっこう達成されていた。
何しろ毎回のランチ会、彼女とチーちゃん、エリカさんの四人で同じテーブルを囲んでいたから。
二人きりでアヤッチと話す機会はないけど、前よりは話ができるようになっていたのだ。
(でも、欲を言えば、二人きりで話をして、彼女の身辺に異変がないか、探っていきたいんだけどな)
あと約半年後の三月には、“今世のアヤッチ死亡のフラグ”が待ちかまえている。
その前に何としてでも“彼女の不安要素”を排除したいのだ。
「まったくライタは相変わらず無欲というか、承認欲求がない奴やのー?」
「それにオレが残っていくことを、視聴者は誰も期待していないんじゃない? あの春木田マシロ君と違ってさ?」
男子部門は聞くまでもなく、春木田マシロが人気一位だろう。
圧倒的な人気と実力を兼ね備えた、誰もが期待する主人公キャラなのだ。
「たしかに春木田マシロは圧倒的な一位やけど、ワイは違うで! お前がヤツに勝つことに、期待しているんやで!」
「えっ? オレが春木田マシロ君に……勝つ?」
たしかに彼とは少しは因縁めいた関係ではある。
「まさか? そんなことは、絶対にないよー。あの人とは」
彼がオレにちょっかいを出してきているのは、あくまでも“遊び”だろう。
“絶対的な強者である春木田マシロ”が、“異端な雑魚の市井ライタ”をおもちゃにしている感じ。
同じ土俵も立つことすら許されないほど、両者にはアイドルとして大差があるのだ。
「とにかくお前のことをワイは全力で応援しているからな! 最終日の生フェスのチケットもゲット済みやからな!」
「最終日のステージに来るつもりなの、ユウジ⁉」
最終選考まで残れるのは、男女各二組の四グループだけ。
アイフェスでは特設野外ステージを設営して、その四組による生ライブファスを開催する。
初日のレッスンと選考、最終日のサマー・フェスまでは、アイフェスとしての全てのプロジェクトなのだ。
「ああ、もちろんいくで! 絶対に最終日のステージに立つんやで、ライタ!」
「応援ありがとう……とりあえず、精いっぱい頑張ってみるよ!」
オレが最終選考に残る可能性は、限りなくゼロに近い。あまり過度の期待をしないようにユウジに伝えておく。
「あっ、時間だ。明日からの合宿の準備もあるから、そろそろ帰るね」
先週までアイフェスは日帰りの撮影のスケジュールだった。
だが最終選考となる明日からは、リゾートホテルに泊まり込み合宿形式となる。
最終日の生フェスに向けて、スタッフと参加者はともに最終仕上げに入っていくのだ。
「ああ、気張っていくんやで、ライタ! 絶対に春木田マシロを倒すんやで!」
「うん、ありがとう! ユウジも音楽の方、頑張ってね!」
ユウジと激励をし合って別れる。
店を出て、オレは一人で帰路につく。
(それにしてもユウジは『絶対に春木田マシロを倒せ!』とか、過大評価が過ぎるよな……)
歩きながら、先ほどの激励を思い出す。
友人に過大評価されていることは、何とも言えない恥ずかしい気持ちだ。
(それに“オレの目的”は、彼に勝つことじゃないからな……)
間違いなくオレは今週末の最終選考で落選するだろう。
最後まで残りステージに立つ春木田マシロとは、ライバルでも何でもない。最初から勝負にならない関係なのだ。
(あと、オレは別に『春木田マシロに勝ちたい!』なんて欲もないし……)
スポーツ競技とは違い、アイドルとは順番を決める競技ではない。
人気の差異はあったとしても、色んなアイドルがいて個性はあって、“誰もが一番な世界”だと、オレは思っているのだ。
(だから『春木田マシロと勝負する必要はない』……ん? あれ……? なんだ、この感じは?)
だが、そんな時だった。
急に胸の奥に違和感がある。
オレが『春木田マシロと勝負する必要も、勝つ必要もない』と思うたびに、胸がチクチクするのだ。
初めて感じる不思議な違和感だった。
(これは、なんだろう? もしかしたらハンバーガーとポテトを食べ過ぎたからかな?)
だがオレは気にしないでおく。
もしかしたら若い高校生の肉体は、前世とは違う違和感があるのかもしれない。あまり神経質にならないことも必要だろう。
(とにかく……明日からの収録も、自分なりに頑張っていくとするか!)
アイフェスの最終選考に向けて、オレは一週間の選考合宿に突入していくのであった。




