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第57話:《美女王》の苦しみ

 アイフェス第二週、歌のレッスン選考期間に突入。

 なんとか自分の生き延びる道を見つけたオレは、女性陣のレッスン場へ観察にきた。


 ざわ……ざわ……ざわ……


 だが加賀美エリカが歌おうとした時、急にレッスン場がざわつき始める。

 他の女性参加者たちが何やら話をしているのだ。


(午前中にもエリカさん、何かがあったのかな? あっ、エリカさんが歌うぞ!)


 そんな疑問の中、彼女が歌い出す。

 曲は今回のアイフェス専用の課題曲だ。


 ボイストレーナーのしどうのもと、エリカさんは歌っていく。


(…………ん? あれ? エリカさんの、この歌い方は……?)


 オレは聞き始めてすぐ、何かの違和感がある。


(これは……なんか、アンバランスな歌い方なのかな、エリカさんが?)


 加賀美エリカは別に音痴で、歌が下手な訳ではない、

 ちゃんとリズムをとっているし、歌詞も間違っていない。


 だが何かがアンバランスなのだ。


「……ねぇ、やっぱり加賀美エリカ様って、歌が苦手なの?」

「……まさか⁉ きっと、まだ本気を出していないのよ⁉」

「……でも、やっぱり何か変なのよね?」


 その証拠に、他の参加者たちも首を傾げる。

 彼女たちが思っていた『加賀美エリカとしての歌』のイメージと、現実の歌声のギャップがありすぎるのだろう。


(いや、ギャップ……とか、そういう問題じゃないな、これは? もしかしたらエリカさんは“何か”に迷いながら、歌っている感じなのか? あの雰囲気は……)


 オレにも違和感の正体は分からない。

 だが冷静を装いながらも加賀美エリカは内面で苦しそうな歌い方をしていた。まるで何かの重荷を背負いながら歌っているようだ。


「……はい、ストップ! えーと、エリカさんは、午前はここまでしておきましょう」


 そんな時、総合プロデューサーが曲を止める。おそらくプロである彼も違和感に気がついたのだろう。


 今回のアイフェスはエンペラー系が主催。総合プロデューサーは大人事情を察して、曲を止める判断をしたのだ。


「……はい、分かりましたわ」


 加賀美エリカはクールな対応で、歌を止める。表面上は特に落ちこんでいる様子はない。


「……少し失礼いたしますわ」


 歌い終えて、彼女はレッスン場から静かに出ていこうとする。マネージャーには『手洗い休憩にいく』と伝えていく。


(エリカさん……休憩に行くのか……――――えっ、涙⁉)


 だがレッスン場から出ていった彼女は、目に涙を浮べていた。

 スタッフや他の参加者からは見えない角度。だが隠れていたオレにだけは、彼女も泣きだした顔が見えていたのだ。


(“あのエリカさん”が涙を⁉ 大丈夫かな⁉)


 気が付くとオレは動き出していた。

 ホテルスタッフの出入り口から遠回りで移動。

 彼女の後を追っていく。


「エリカさん……どこに? あっ、いた⁉」


 レッスン場から離れた場所。ホテルの裏庭の木陰に、彼女の後ろ姿を発見。

 急いで近づいていく。


「あ、あの……エリカさん? 大丈夫ですか?」


 だが声をかけてから、『しまった』と少し後悔をする。


「――――なっ、市井……ライタ⁉ ど、どうして、こんなところに⁉」


 そういえば彼女は涙を流していたから。

 プライドが高い女性が泣いている時には、黙ってスルーした方が賢い男として正解なのだ。


「ええ……と、実はオレ、さっき、偶然通りかかって、エリカさんの歌を聞いたんだ」


 だがオレは見てみぬふりも、スルーすることもできなった。


「そしたら、走って出ていく姿を見かけて、心配でつい……」


 なぜならオレは賢いスマートな男ではない。

 それに彼には前回のファッションショーの時に、気づきを与えてもらった恩がある。


 更に加えるなら『アイドルが人知れず涙を流すこと』を、どうしても放っておけなかったのだ。


「なっ、わ、わたくしの歌を⁉ よりによって一番聞かれたくない人に聞かれてしまうんなんて……今すぐ死にたい気分ですわ!」


 エリカさんは涙を拭き隠しながら、顔を真っ赤にする。

 かなり怒った感じだけど、少しだけ元気は出たような感じだ。


「ご、ごめん。でも、死にたい気分になるほど、歌は下手とかではなかったから、オレは大丈夫だと思うよ!」


 口下手なので上手く弁明もよいしょもできない。とにかく励ますように正直な感想を述べる。


「あっ……でも、何かに迷いながら歌っていた気はしたけど……さっきのエリカさんは」


「『何かに迷いながら歌っていた』……ですか? そうですわね……たしかに、わたしはさ迷いながら、歌っていたのかもしれません……アイドルとして半端な存在として……」


 エリカさんの琴線に、オレの言葉が触れてしまったのだろう。彼女は急に下を向いて呟き始める。


 それにしても“アイドルとして半端な存在”と後ろ向きな言葉が、どうしても気になる。


「“アイドルとして半端な存在”って、もしかしたら、エリカさん、何かあったの?」


「ええ……それはアイドルを夢見ていたけど資格がなかった、一人の愚かな女の話ですわ……」


 そして自分に語りかけるように、エリカさんは静かに口を開く。


 ◇


 今から十年前、アイドルを夢見る少女がいた。


 TVや雑誌の中のアイドルに、いつも彼女は憧れていた。


 気が付くとかのじょはアイドルの真似をして、毎日朝から晩まで家で歌い踊っていた。


 彼女の口癖は『絶対に世界一のアイドルになるの!』だった。


 また顔を隠しながらも、アイドル志望配信者としてライブしていたこともあったと。


 だが小学高学年になった時から、彼女の身体に異変が起きていく。


 まずは身長が急激に伸びていき、中学に入るころには160cm以上に。


 また急成長したことが原因で声もハスキーになっていく。


 気が付くと彼女は前のように歌えなくなっていた。


 昔のようにアイドルソングを歌えない身体になっていたのだ。


 そして何度も挫折を繰り返し、彼女はアイドルとしての夢を諦めてしまう。


 偶然スカウトされたファッションモデルとして生きていくことで、夢を誤魔化していったのだ。


 ◇


「それって……もしかして……エリカさんの話?」


 聞いていてオレは、すぐに気が付く。

 この登場人物の少女は、加賀美エリカそのもの。

 彼女が歩んできた道なのだ。


「ええ……もしかしたら、そうかもしれませんわ。アイドルを諦めきれなかった加賀美エリカという愚かな女の話かもしれませんわ……」


 やっぱり予想は当たっていた。


(そうか……エリカさんは元々アイドル志望だったのか。それで急にアイドルに再挑戦をしたのか)


 今までの彼女の謎の行動の疑問が、話を聞いて解決した。

 きっとファッションショーの時に“何かのインスピレーション”を受けて、エリカさんはまたアイドルに挑戦を決めたのだろう。


 “インスピレーション”は何か分からないけど、かなりの存在の大きな人がいたのかもしれない。


 とにかく、これで全ての疑問が解決した。


「えーと、オレが言う資格はないかもしれないけど、エリカさんは“アイドルとして半端な存在”じゃないと思うよ?」


 彼女とは事務所は違うし、芸能科でも住んでいる世界が違う。

 だが彼女に前に向いてもらえたら、オレは嬉しいことは本心。

 自分の思っていることを伝えていく。


「前も言ったかもしれないけど、背の大きいアイドルだっているし、声がハスキーなアイドルだって需要があるから、そんなに深刻に悩まなくても、大丈夫だと思うよ?」


 今、彼女が悩んでいるは、アイドルらしからぬ高身長とハスキーな声について。

 だから自分の考えを率直に伝えていく。


「ええ、もしかしたら、こんなわたくしでも業界内に需要はあるかもしれません。ですが“わたしが成りたいアイドル”は……“幼い時から憧れていたアイドル”は違いますの!」


 だが説得は逆効果だった。

 彼女は今までになく感情を爆発させる。


「わたくしが成りたかったのは……もっとキラキラしたアイドルなのです! こんな声ではないのです!」


(エリカさん……)


 爆発させた感情を聞いて、彼女の本心が見えた。加賀美エリカのジレンマが分かった。


(そうか……エリカさんには、大事なアイドル像があったんだな。だからイメージと違う自分の声にギャップに、自分自身で苦しんでいたんだな……)


 加賀美エリカは普通の歌なら、かなり上手く歌うことは出来るのだろう。


 だが彼女はアイドルソングに対しては、人並み以上の想いれと熱意があった。


 そのため先ほどのレッスンでは彼女はハスキーボイスを押し殺していた。

 結果として違和感だらけのアイドルソングになってしまったのだ。


(エリカさんの問題、か。どう声をかければいいだ、こういう時は……)


 彼女が自分の声質に自信がないのは、数年に渡ってしみ込んだもの。

 たとえ、ここでオレが上辺だけで励ましても無意味。次のレッスンで彼女はまたギャップに苦しみだろう。


 こうした時はなんと言えばいいのか? どんな言葉をかけただいいのか?


 まだ加賀美エリカと付き合いが浅いオレは、次なる言葉が何も出てこない。


「ううっ……こんなことなら、またアイドルなんて目指さなければよかった……」


 オレが何も言い出せないでいると、エリカさんはどんどん暗い顔になっていく。


 明らかにかなり危険な状態。

 このままでは闇落ちして、二度とアイドルは目指さなくなってしまうだろう。


(うっ……)


 だが、やはり言葉が出てこない。心の奥底から出てくる言葉が、今はまだ見つからないのだ。


「ああ……戻りたい……昔のエリピョンに戻りたいよ……」


 そんな時、いつもと違う口調で、加賀美エリカは小さく呟く。


「……ん? “エリピョン”?」


 彼女が何気なく口にした単語に、オレは思わず反応してしまう。


 何故なら、どこか聞いたことがある名前なのだ。


(あれ……“エリピョン”って、誰だっけ? 前世のアイドル? いや、違う。エリピョンさんはたしか今世で……)


 自分の今世のアイドル記憶を探っていく。その中にエリピョンという少女がいたのだ。


(……あっ、思い出した! “エリピョン”は小学生の頃に見ていた、アイドル配信者の名前だ!)


 今の時代、スマートフォンで誰でもライブ配信可能。

 オレが小学生時代によく見ていた、アイドル志望の少女の名前が“エリピョン”だったのだ。


(あー、すっきりした。エリピョンさん、懐かしいな……ん? 『昔のエリピョンに戻りたいよ』?)


 すっきりした同時に、新たな疑問ができた。

 先ほど加賀美エリカは間違いなく『昔のエリピョンに戻りたいよ』って口にしていたのだ。


 それって、どういう意味だろう?


 しかも先ほどの昔話の中でも『顔を隠しながら、アイドルソングを配信者としてライブしていた』と、彼女は語っていた。


(もしかして……)


 全ての情報をアイドル脳で整理して、たどり着く仮説は一つしかない。

 間違いないと思うけど、本人に確かめてみるしかない。


「ねぇ、もしかしてエリカさんって、“天才アイドル少女エリピョン”なの?」


 “エリピョン”の正式配信名は“天才アイドル少女エリピョン”。少し厨二病的な名前が懐かしい響きだ。


「――――な、な、な、何を言っているのですか、こんな時に貴方は⁉ そ、そんな昔の素人配信者など知りませんわ⁉」


 だが彼女はいっこうに認めようとしない。

 きっと黒歴史ノート的に恥ずかしいのだろう。


 それなら仕方がない。オレも自分の黒歴史ノートを公開する。


「ほら、オレは“始祖ライチー”だよ! エリカさんが“エリピョン”時代に、何回もボイス交流していたじゃん!」


 オレの黒歴史ノートに一つは、小学生時代の視聴者ネームが“始祖ライチー”であること。

 この名前で小学生時に“エリピョン”と交流していたのだ。


「えっ……“ライチーくん”? 貴方が、あの“ライチーくん”だったの⁉」


「うん、そうだよ! 久しぶりだね、エリピョン!」


 こうして“天才アイドル少女エリピョン”と“アイドル応援隊☆始祖ライチー”は、約五年ぶりにリアル世界で再会するのであつた。


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― 新着の感想 ―
[一言] エリカ様とは幼馴染みたいなものだね(*^▽^*)
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